20 安らぐ一時
20 安らぐ一時
武村は翼が翡翠を連れてきたと知った時、我が目を疑った。
自分が交通事故で無くした愛しい我が娘が、蘇ったのだ。
神博士の手により、蘇ったと聞き、この時ばかりは神博士に感謝した。
神博士は恐らく翡翠を利用する為に蘇らせたと容易に想像がつくが、それでも嬉しかった。
――よもや神博士に借りを作るとは思わなかったな。
帝都の貴族街の一角にある武村邸の前で親子は感動の再会を果たす。
武村と翡翠の目と目が交錯する。王土の民の末裔であることを示す鳶色の瞳が何よりの証であった。
二人は熱い抱擁を交わす。父と子の感動の再会は翼や御言、そして麗花の前で行われた。
「翡翠……形はどうであれ、娘が蘇ったのを喜ばない親はいない」
「父さん……」
武村と翡翠は涙を浮かべて再会の余韻に浸っていた。
そんな時、屋敷の中から武村の母、黒曜がお世話係に付き添われ、武村たちの前に姿を現した。
顔にしわが刻まれたお年寄りであり、優雅な御召し物を着ている。
「剣太郎……貴方が大元帥となり、さらに孫娘までも帰って来たと知って天にも昇る気持ちだよ。
今日はお祝いをしなくては。麗花様も御言さんも一緒に御馳走を食べていきなさい」
母、黒曜は孫娘までもが帰ってきてとても嬉しそうだった。
武村は翡翠が神博士によって蘇った事は伏せる事にした。
翼たちにも目線で指示をし、全員で空気を読んで、精神を患った母に余計な事を言わないと合図した。
「やったー! 御馳走が食べられる!」
無邪気に喜ぶのは究極生命体である御言。一番の危険要因である。
黒曜は御言が究極生命体だと言う事を知らない。
もし、この中に究極生命体が、混じっていることが知られたら母は錯乱するであろう。
武村は危険要因である御言に注意深く目配せをした。
六人で食卓を囲み、世間話に花を咲かせる。母、黒曜は久しぶりに笑顔で何よりであった。
そんな時にふと、黒曜が話を切り出した。
「所で、剣太郎、大元帥となったからにはガイア帝国軍全軍に号令を掛けられるのだろう?」
「ああ、ガイア帝国軍全軍十万を好きに動かせる立場だ」
「だったら、早く神博士を倒してガイア帝国を救っておくれ! 私の夫を奪った神博士一派など皆殺しにしてしまえ!」
「……母さん」
母、黒曜は突然、感情が高ぶり、大声を上げた。
間違いない……母はまだ父親の幻影を追っているのだ。
最早、神博士を倒したとしても父は帰ってこない事を知りながら、夫の幻影を追い続ける。
何と悲しき事であろうか。武村はいたたまれない気持ちとなった。
今回はここまで。
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