13 最強戦士の試練1(新島彰敏)
13 最強戦士の試練1(新島彰敏)
新島は武村と翼、三人で帝都に赴いていた。帝都の鷹匠邸に足を運ぶ道中、鷹匠麗花にとある懸念を隠しきれなかった。
まだ直接感じたわけではないが、武村の違和感の正体に勘の良い彼は気付いてしまった。
鷹匠麗花はまだ疑惑の範疇だが、五つの究極生命体を継承している可能性があった。
――あのガキ、誰に唆されて究極生命体になったんだ?
粗暴だが、頭の良い彼は疑惑の懸念のその先、鷹匠麗花が誰かに唆されて究極生命体になった事まで考えが及んでいた。
もし、誰かに唆されて究極生命体になったのだとしたら、唆した相手が許せなかった。
まだ子供である鷹匠麗花を間違った道へと進ませた相手は只ではおかない
人間最強としての矜持だ。それにまだ鷹匠麗花を救える希望も僅かにあった。
――まだ人間を食べてなければ救える。いや、救って見せる!
新島は粗暴で口が悪いが、優しい心根を持っている。
人類の敵である五つの究極生命体を継承したかもしれない鷹匠麗花を救おうと思えるのは彼だけかもしれない。
奇しくも究極生命体に最も恐れられた彼が、究極生命体を救おうとする。
帝都の町並みは活気づいている。老若男女が往来し、文明の最先端を行っている。
翼は子供らしく道中、眼を輝かせて歩いているが、何処か複雑な気持ちを抱えているのが伺えた。
それが何なのかは分からないが……武村を見やると彼も何か思案していた。
ガイア帝国は究極生命体と五百年にも及ぶ争乱を繰り広げているが、帝都はそれを微塵も感じさせない。
隣で歩く武村とは特に会話をしなかった。鷹匠邸に入ると、ガイア帝国初代皇帝の銅像が目に入る。
鷹匠家は代々、帝国の外戚として繁栄し、忠誠心に溢れた家柄だと聞く。
「ようこそ、お出で下さった。我が娘の婿殿」
当主である鷹匠翼徳大総統が新島と武村を出迎えると語気を強めて婿殿と新島の名を呼んだ。
――婿殿と来たか……いや、もう鷹匠麗花を守れるのならば結婚しても構わねえな。
新島はもう後戻りはしなかった。鷹匠麗花……彼女を守れるのならば結婚してもいいとさえ思っていた。
「大総統閣下。久方ぶりですな。早速だが、鷹匠麗花と二人で話させてくれ」
新島は大総統相手でも強気な物言いは崩さない。
人間最強と称される英雄である新島だからこそ、唯一許されるのだ。
「勿論ですとも……娘の部屋に案内させましょう」
召使たちに案内され、鷹匠麗花の部屋の前で、大きく息を吸い、彼女の部屋をノックする。
部屋の中に通された新島は鷹匠麗花と二人だけで対面する。
鷹匠麗花は顔を赤らめて、新島を見つめていた。
鷹匠麗花は高貴な衣装に身を包み、長い黒髪をたなびかせて冷たく輝く瞳を覗かせている。
こうしてみると確かに鷹匠麗花は美人だった。大総統が溺愛するのも頷ける。
だが、違和感をすぐに見抜いた。纏い持つ雰囲気が人間のそれとは明らかに違う。
それに将軍の力を持っていない偽物にしては中々のオーラを持っている。
「新島様……お初にお目にかかります。鷹匠麗花と申します。お慕いしておりました」
鷹匠麗花は貴族の礼をして、新島への想いを口にし、彼の胸に飛び込もうとしたその手を新島は捕まえた。
「お前、究極生命体だろ?」
新島はいきなり核心に迫った。鷹匠麗花は口元に手を当てて、ビクッと体を震わせた。
自らが究極生命体だとバレた事に動揺を隠せない様子だった。
「新島様とは言え、無礼ですよ。超名門の姫君であり、大総統の愛娘にその物言いは許せません」
鷹匠麗花は苦し紛れに言った。しかし、その眼は泳いでいた。
明かに隠し事をしている。嘘をつくのが下手なタイプ……いや、それにしてはこのお嬢様は大総統等を騙しているが。
大総統が、気付かないのは娘を愛しすぎている故に目が曇っているからだ。
「最強の戦士である俺を騙せると思っているのか? お前は明らかに究極生命体が持つ雰囲気を醸し出している」
鷹匠麗花の顔は見る見るうちに焦りの様相を呈している。
「フフフ、新島様は冗談がお好きな様子ですね。何より『証拠』がない」
鷹匠麗花はなおも、しらを切り通している。
確かに鷹匠麗花の言う通り、証拠が無いのも確か。
「分かった。じゃあ手を出せ」
新島は鷹匠麗花に手を差し出すように命じた。頭が良い方ではない鷹匠麗花は要求通り左手を差し出す。
その手に新島は腰に差してある短刀をクルクル回した後、彼女の手の甲を切った。
「何を!?」
鷹匠麗花は痛がる素振を見せ、そして恐るべきことが起こった。
瞬く間に手の甲に出来た傷が見る見るうちに跡形も無く塞がる。
瞬く間に以前の美しい手の状態に戻った。
最早言い逃れは出来ない。鷹匠麗花は人類の敵、究極生命体であった。
「その再生能力は究極生命体特有のものだ。言い逃れは出来ない。
お前は五つの究極生命体の一人の様だが、どうする?
ガイア帝国軍は究極生命体は見つけ次第、処分する権限を持っている。ここで処分しても良いんだぞ?」
新島は怖い表情で脅した。こんなことはしたくないが、少しでもこの世間知らずのお嬢様に己の過ちを知って欲しい。
鷹匠麗花は怯えた表情を造り、張り詰めた糸が切れるようにその場に崩れて大泣きした。
これまでの彼女は気品のあるお嬢様として社交性仮面を被っていたようだが、本質は何処にでもいる普通の女の子である。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 全ては新島様を手に入れる為だったの。
翼……あの子に新島様を取られたくなかったの。
将軍として力が……才覚が無かったのにも悩んでいた。
何れ、あの子に地位も追いつかれ、新島様を取られる最悪のシナリオを阻止したかったの」
鷹匠麗花はワンワン泣いて究極生命体になった動機を話した。
新島は彼女を責める事はしなかった。鷹匠麗花は悩みを抱えていたのだ。
それについて思い悩んだ結果の事だ。ならば責めることは出来ない。
鷹匠麗花は皇帝の外戚たる超名門の姫君として生まれ落ちた。
大総統が年老いてから出来た子供なので溺愛され、我儘放題でちやほやされて育った。
だが、このお嬢様には力が余りにもなかった。無かった言う言い方には語弊がある。
能力的には普通の年頃の女の子であるが、将軍としてはとてもやって行けない水準である。
――この子を責める事はしたくはない。
「……そうか。辛かったな。お前も色々悩んでいたんだな。
俺はお前を責めない。だが、誰に唆されて究極生命体となった?」
だが、まだ経緯が分からない。誰に唆されて究極生命体になったのかが知りたかった。
麗花はどこで究極生命体と出会い、誰に唆されたのか。
麗花を唆したのは五つの究極生命体の誰かなのは疑いの余地はない。
「五つの究極生命体の一人、生命道だと彼女は言っていました」
麗花は下を向いて真実を述べた。それが真実なのは麗花の仕草から見て取れた。
五つの究極生命体……生命エネルギーを力とする厄介な究極生命体である。
前代の生命道は新島が討伐した。それから新たに継承したのならば二十年は立っている。
前代の生命道は強かった。それに神孝太郎博士の側近であり、最も忠誠心が高いと自負していた。
だが、前代の生命道は敗れた。新兵だった頃に武村と共に無謀にも前代の生命道に挑んだ。
強かったと記憶している。若い長髪で長身の女性だったが、武村はへまをして死にかけた。
新島はそれを助け、力に目覚めて彼女をアッサリと討伐した。
力に目覚め、帝王の血が完全覚醒した時は記憶に新しい。例えようのない万能感。
五つの究極生命体すらも凌駕する力……その万能感に酔ってしまうのを極度に恐れた。
「前代の生命道は俺が自ら倒した。それから継承したのだとしたらまだ若いはずだ」
新島は怖い表情を造る。もしや……と考えて新島はその考えを打ち消した。
彼の記憶にあの少女の思い出がよみがえる。武村をひたすら慕っていた少女の事を。
新兵になって二年後に戦死したと伝えられた時は武村と二人で涙した。
「平城御言と名乗っていました。武村戦士長を慕っていたようで……」
それを聞いて新島は愕然とした。俄かには信じたくはなかった。
武村を慕っていた少女があの後も生きて五つの究極生命体になっていたとは。
平城御言……あの小柄で少し不気味な出で立ちの少女……裏切って五つの究極生命体となり人間を何人食べたというのだ。
新島は歯軋りをした。武村に何と伝えればよいのか分からなかった。
それに娘が究極生命体に唆されて究極生命体に成ってしまったと知ればいくら溺愛しているとはいえどうするというのだ。
「平城御言は俺と武村の同期だ。三人で将軍の座を目指して夢を語った友だ。武村と御言は付き合っていたんだぞ」
新島はそれとなく暴露した。武村と御言が付き合っていたことを……。
それを知った麗花は顔を両手で覆って涙した。
恐らく御言に聞かされていたのだろうが、新島はそれを麗花の手懐ける為の子芝居だと断じた。
二十年も究極生命体として人間を食べ続けた化け物に良心などある筈がない。
幾ら、過去の戦友でも、最早、人間と究極生命体は水と油……交じり合うことは決してない。
「彼女を責めないでください。御言は本当に優しい子」
麗花は大粒の涙を零して御言を庇った。
「いや、奴はもう化け物だ。恐らくお前を利用する為に情に訴える作戦を取ったんだ。
お前を究極生命体にして利用する為ならばどんなことでもするだろう。
良心の呵責など微塵も存在しない。お前は騙されたんだ」
新島は項垂れる彼女に騙されたと告げた。だが、麗花は腕を振った。
「違うの……御言は悪くない。助けを求めた私が悪かったの……。
彼女は恐らく仲間が欲しかったのだと思う。
それに武村戦士長の一度縋りついた手を決して振り払ったりしないという事を教えられて今でもそれを守っているの」
麗花は必死で自らを化け物にした御言を庇った。それを見て、新島は悟った。
そう言えば武村は絶対に手を振り払ったりしない男だった。
それは上手く愛情を注げない翼に対してもそうだ。奴は絶対に縋りついた手を放さず見放さない。
――こんなところで、武村の考え方が生きているとはな。
新島はフッと笑い、事情を察した。御言は単に仲間が欲しかったのだ。
恐らく究極生命体となり、孤独に苛まれ、死のうと思っても武村を想って、彼に再び巡り合いたくて死ねなかったのだ。
そう思うと彼女を責める気はしなかった。
御言はもう救えないが、この手でそれを終わらせるのも悪くはない。
――御言、俺がお前に引導を渡してやる。
しかし、まずは目の前のお嬢様の処遇である。
大総統が部屋の扉の前で聞き耳を立てていることは人間最強である新島ならばお見通しである。
「おい! 聞いているんだろ?」
そう言うと、扉がガッと開き、大総統と武村が入って来た。
「御言……あいつが五つの究極生命体。それも奇しくも生命道だとは……」
武村は歪んだような顔で絶望の色を浮かべている。
自分が若い頃へまをして殺されかけた生命道を継承したのが、よりにもよって昔の彼女だったのだから。
「おおお……! 我が愛しの愛娘が、究極生命体だと……!」
大総統はいつもの威厳が無くなり、老け込んだように絶望している。
そんな大総統の足元に彼の溺愛する愛娘、麗花が縋りついている。
「お父様、ごめんなさい! 今まで騙していてごめんなさい!」
麗花は泣きじゃくりながら、大好きな父親に許しを乞うている。
そんな愛娘を見て、大総統は力なく頷き、逡巡するように大いに葛藤の渦に苛まれ、その後、力いっぱい麗花を抱きしめた。
「それでも愛そう……私の娘に変わりが無いのだから」
その安心させるような声音を聞き、麗花は涙ながらに、
「お父様、ありがとう……大好き」
父と娘……大総統父子は熱い抱擁を交わし合う。
その奥で翼が見下したような憎悪を抱いていたのに気付いたのは新島だけだった。




