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星影の瞳に映る  作者: 只深
8/9

大人の約束



━━━━━━

 更夜side


「こんなにメールしてたの…」


 光がお風呂に入ってるからこっそりパソコンを取り出して、送ってきていたメールを最初から開いて行く。

たくさんのメールたちが未読のまま残ってる。四年分、毎日、毎日メールが届いていた。



 最初は大事な時にきついこと言ってごめん。許してくれ、から始まる。

 些細なきっかけで、僕の昇段試験前に喧嘩して。

 最後だと思ったメールは「俺なんかがお前のこと好きでいる資格ないよな。距離を置こう」だった。




 昇段試験はそれの怒りのおかげで受かったようなものだから、どちらにしても光のおかげだったんだけど…。


 だんだんと不安そうになって行くメール。


 ごめん、寂しいよ、会いたい、許してくれないのか?嫌いになったのか?彼氏でもできたのか?返事が欲しい…。

 同じ気持ちだったのに僕が怖くて見ていなかったから、ずっと辛い思いをさせていた事が明確に伝わって来る。


 不安な言葉の一つ一つが自分の心にささった破片を拾い上げて、溶かして行く。

 好きな人が苦しんでいる姿を見て、僕は救われてしまっている。


 そして、文章が前向きなものになって行く。



 ずっと好きだ、諦めない、大会見にきてくれてありがとう、嬉しかった、寂しいけど更夜が生きていると思うだけで元気になれる…欲しかった言葉たちが体の芯から温めて、涙が溢れる。

 胸がズキズキしてるのに、幸せな気持ちに満たされて、溶かされて行く。

 


 

 最後のメールは、日本にいく。恋人が居たとしても奪ってやる。お前を絶対諦めたりしない。って強い言葉が並んでいた。




 僕とは違う、光の心の強さが見える。

 僕は逃げ道を作って、光が最後の締めくくりをしに来てくれた事を喜んでしまっていた。

 やっと楽になれる、やっと苦しみから解放されるって。


 心を囚われたままで、ずっと好きだったくせに。


 直接会いにも行かず、言葉を交わさず、何も確認しないまま彼を傷つけたのに…僕はなんて酷いことをしたんだろう。

 どうして信じなかったんだろう。

 全部が全部、僕の心の弱さのせいだ。光に依存して、自分が傷つくのが怖くて逃げてた。


 光に寂しさを与えていたのは僕だ。

 それでも会いにきてくれた光の事を手放してあげることなんて、出来ない。





「メール見てたのか」


 優しい声が、頭の上から降って来る。

 胸が痛い。怪我を押してまで僕のために走ってくれた愛しい人の声が優しすぎる。




「泣いてるじゃないか。こっち向いて…」


 僕はパソコンの上に頭を落として、丸くなる。見れないよ。こんな風に思っていてくれた人を傷つけて…酷い奴なんだ。




「なぁ、顔が見たい。更夜。泣いてるとこ見せてよ…」


 肩に腕が回って、くるっとひっくり返されて、ベッドに寝転ぶ。

 カタタ、とキャスターのついたベッド用のテーブルが避けられて、あったかい体で包まれた。

 ピッとリモコンの音がして、部屋の明かりが落とされる。



「更夜…」

「や、やだ…」

「なんで?キスしたい」

「むり…僕が重ねてきた罪を今確認したところですので…」 

「なんだそりゃ」



 とすん、とベッドが揺れる。

 首の下に回された手が体を引き寄せてぎゅっとくっついて来る。




「好きだよ。更夜。こんな風にまた一緒に居られるなんて夢みたいだ。嬉しい」

「うう…ううー」

「頑固だな?どうしたら顔見せてくれる?」



 両手で覆った手の指の隙間から更夜の真っ黒な瞳がのぞいて来る。

 優しい目。優しい声。

 前に聞いた時よりも一段低くなって、背も伸びて、かっこよくなってしまった光が横にいる。




「好きだ…好き、大好きだよ…」


 甘い声で光が指の先に、手の甲に、たくさん唇で触れて来る。

 耳に触れた手のひらが熱い。すりすり擦られて、背筋がゾクゾクしてる。


「かわいい…」

「ん…耳、やっ」


 耳から離れた手がそっと僕の手のひらを掴んで

 顔を露わにする。

 微笑んだままの光が小首を傾げて、鼻先を突く。



「やっと出てきたな?」

「…ごめんね、僕…光の事傷つけた…」

「別にいいだろ。もうこうして傍にいてくれるんだから」


 顎の下に手を差して、持ち上げられる。

 柔らかい唇が触れて、何度も何度もキスが甘く落とされる。



「もう、二人とも大人だろ?キスの先に進みたいんだけど」

「…僕、した事ない…」

「俺だってないよ。でもちゃんと、勉強してきたし、用意だってしてきたぞ」


 ほおに熱があつまる。あっつい。

 光の目が見れない。




「用意って?そこまでするつもりだったの?」

「うん。恋人がいたら…その。あれだ。強引にして堕としてやろうと思ってた」


「痛いことするの?」

「まだそこまでは知らないよ。そもそも両思いなら優しくしたい。甘やかして、とろとろに溶かしたい」


「うぅ、なんか…すごい恥ずかしい。そんな事言う人じゃなかったのに…」

「そうだっけ?子供だったからな。言葉にするのが難しかったんだ。

 離れていた分、愛情が増してる自覚はある。」



 胸元に顔を押し付けて、ぐりぐりする。

 光の体はもう完成されてる。胸元の筋肉はムキムキだし、体も大きい。

 僕は高校生で体の時が止まってしまった。

 背も伸びないし、心も育ってない。

 突然大人になってしまった光の言葉が受け止めきれない。




「更夜は変わらないな。背は少しだけ伸びたかな。顔つきは変わったけど」

「…顔?」



「うん、寂しそうな顔が色っぽい」

「そんな事…そういえば言われた事ある」



 ふわふわ思い出したのは、駿が連れてってくれたゲイバー。駿はノーマルなのに僕のために連れてってくれたんだ。そりゃもうモテモテだった。駿も僕も。




「誰に?」

「…ゲイバーの人」


「なに…遊んでたのか?」

「違うよ。飲んだ勢いかな…めちゃくちゃモテた。人生であんなにモテたのははじめてだった」


「妬けるなそれは。でも、気づいてないかもしれないけどさ。更夜は高校生の時モテてたよ。虫除けに苦労した」


「そ、そんなわけないでしょ。誰にも告白されなかった」

「出来なかったんだよ。早熟で、心が大人の更夜が眩しかったんだ。誰にも手が届かないし、誰も触れなかった。第二ボタン以外みんな掻っ攫われただろ?」


「光だってそうだったじゃん」




 二人で交換した第二ボタン。懐かしいな。

 なんで僕までみんな取って行ったのかわかんなかったけど。



「俺は派手な顔してるからな。そういえばメガネやめたんだな」

「うん。いちいち付け替えるのめんどくさいし、高校生の時は人の顔見るのが苦手だったから」

「授業中見てただろ?」

「光だけだよ」


 顔を覗き込まれて、頬で固定される。キラキラの目が見つめてきて逃げられない。




「俺だけ見てたのか?」

「うん…」


「これからもそうしてくれるよな?」

「…うん…」


 黒い瞳の星の中に、ゆらめくものが見える。渦を巻いて、僕の目を射止めて体の熱が上がる。




「更夜のことが欲しい。俺に全部くれないか…」

「うん…いいよ…」



 優しく微笑んだ光が唇を啄んで、深く重ねて来る。

 僕はうっとりと瞳を閉じた。


 ━━━━━━




 衣服を脱ぎ捨てたまま、お互い真っ赤な顔をして見つめ合ってる。

 なんていうか、凄かった。


 一人でするよりずっと満たされた心の中で、光がくれたものがいっぱいになってたぷん、と音を立てる。




「怪我治ったら、最後までする…」

「うん」

「大丈夫か?痛くなかったか?」

「うん…まだ先があるのが怖い。気持ちよかったです…」

「そっか…」



 僕が知らなかった光の体がくっついてくる。あったかい。じわじわ染みてくる体温が心地よくて、幸せな気持ちが後から後から湧いてくる。

 溺れちゃいそう。




「俺さ、陸上選手しばらく続けるけど、将来は更夜と弓の道場開いて、また弓道やりたいんだ」

「そうなの?どこで?」

「最後は日本に帰りたい。結婚するならアメリカでしなきゃだけど」

「でも…結婚しなくても一緒にいられるよ」

「だめ。更夜を放っておくと碌なことにならないってわかったからもうしない。卒業までにもこっちに絶対来る。毎日電話する。喧嘩しても別れないからな。メールちゃんと見てくれ」

「は、はい…」


「有名になりはしたけど、そんなの関係ないからな。俺から離れても地の果てまで追いかけてやる。絶対逃さないから」

「光…怖いよ。わかったから、もうちゃんとメールも見るし、僕のこと捨てたりしないって信じてる…」


「本当か?約束できる?」

「うん」




 満足げに微笑む光。つられて笑ってしまう。



「あと、お酒は俺がいる時だけにして」

「う、うん」

「酔った勢いでゲイバーなんか行かれたら泣くからな」


「うん、もう行かない。光も…浮気しないでね?」

「絶対しない。できないから。」


 手のひらがすりすり、右手の薬指を撫でる。くすぐったいよ。




「明日の夜、日本を発つ。次に会えるのはちょっと先だけど…なるべく早く帰ってくるから。出迎えてくれ」

「わかった。お見送りしてもいい?」

「うん。一緒に来てくれると嬉しい」


 ぎゅーっと体を抱きしめ合って、光の中に閉じ込めてもらう。


 僕、ずっとこうしてたい。光の中から、もう逃げ出せなくして欲しい。

 僕の中にも…閉じ込めて、いなくならないで欲しい。




 いつまでもいつまでも抱きしめ合って、いつの間にか、僕たちは眠りについていた。


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