瞳の中の星影
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光side
鳴り止まない拍手の中、トロフィーを受け取る。
最後の姿勢までやり切った更夜はその姿を保ったまま気絶して、病院に運ばれてる。
「彼に、素晴らしかったと伝えてくれ」
トロフィーを渡してきた審判の人が涙ぐみながら、そう言ってくれる。
「ありがとうございます!!!」
表彰台から駆け降りて、投げたトロフィーを先生が受け取る。
二人で走りながら、変な笑いが込み上げてくる。
「よくやった!て言うか感動のシーンがこれかよっ!!」
「先生ドンマイ!更夜は?!」
「病院について処置を受けてる。連れてってやる!!」
「やったぜ!」
なんだ、このテンション。バカみたいだ。足袋を脱ぎ捨てて、スニーカーを履いて、走る。走る。
もつれそうになる足を叩いて、励まして、ひたすら走る。
「光!こっちだ!」
「先生足早っ!」
「舐めんな!」
あはは!と二人で思いっきり笑って、ただひたすら走り抜けた。
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「今やっと眠ったところだから、静かにね…」
「はい」
個室の部屋に通されて、先生と二人でそろそろと中に入る。
鉢巻を外されて、道着を脱いで…Tシャツで寝かされてる。
「更夜…」
顔色が良くなった更夜がすやすや寝てる。
痛み止めが効いたのか?ぴくりとも動かない。
ドアの外に出た先生と、お医者さんが話してる。
骨折、打撲…警察…単語だけ聞いてると不安になってくる。
今になって、俺も体が急に重たくなってきた。
更夜の顔の横に頭を置いて、サラサラの髪の毛を撫でる。
痛かっただろ。俺のこと守ってくれて、勝負の約束も守ってくれてありがとう。
怪我させてごめん。本当にごめん。
心の中でつぶやく。
「星、親御さんに連絡してやる。影のご両親が今県外にいてな…付き添えないんだ。個室は風呂もついてるし、制服があるからそれに着替えてくれ。影が起きたらナースコール押してやってくれるか」
「はい…」
更夜にくっつきながら返事を返すと、先生がなんとも言えない複雑な顔になる。
「…思春期特有のものって事もあるんだぞ」
ふ、と笑ってひたすら更夜の顔を見つめる。
「それでもいいんです。」
「そうか。…明日また、迎えにきてやるからな」
「はい」
先生が更夜の道着を持って個室から出て行く。
静かな空間に、更夜の静かな呼吸が広がる。
額をくっつけて、更夜の呼吸を確かめる。
同点優勝とか…負けじゃないよな?
怪我してなかったら負けてたのかな…。
それでもいい。こうして一緒にいられるなら。更夜が無事でよかった。本当によかった…。
「ん…いてて…」
「更夜?起きた?」
慌てて身体を起こして、頬をなぞる。
パチパチ瞬いた薄い色素の茶色い瞳が俺を映してる。
「僕…気絶しちゃったの?」
「うん。凄いよお前。坐した後にそのままの姿でいたんだ。審判の人が泣いて褒めてたぞ」
「あは…そうなの?武士みたいだね?」
「そうだな。正しく武士だ。カッコよかった…」
けほけほむせる更夜の胸を撫でて、じっと見つめる。ナースコール押すか。
「待って。どっちの勝ち?」
左手でナースコールを押そうとした手を押さえられて、眉を下げたいつもの情けない顔になってる。
「引き分け。二人とも勝ちだ」
「なぁんだ。僕が勝ったと思ったのに」
「なんだよ。俺が勝ったらダメなのか?」
「だって、僕が言おうと思ってたんだもん」
もじもじしながらのの字を書いてる。
何を言うんだ?
「でも、引き分けなら二人とも言えばいいよね?」
「こ、更夜?何を言うつもりなんだ?」
「光と同じこと」
どきり、と胸が跳ねる。
心臓の鼓動が速くなって、胸が苦しくなってくる。
ど、どういうことなんだ?俺と同じって…。
「僕、鈍いでしょ?本当は最初からずっとそうだったのに、やっと気付いたんだ」
「な、何?何を?」
「光から言ってよ。ボク、その、アレ。ちゃんと調べたんだけど。僕の方がボトムっていう位置だと思うんだけど」
「はっ…!?し、調べた!?ボトムって何だ?ネコとかじゃないのか?」
「ああ、うん、そうともいう。て言うか先にキスしちゃってるんだし今更だよねぇ」
「うっ、ごめん…だってあんまり更夜がかわいくて、綺麗で…気づいたらしてた。」
「…ん。は、はやく言って」
上目遣いで見つめられて、クラクラしてくる。なんだその顔。初めて見た。
かわいい。かわいい…。
瞳を閉じて、更夜の唇を食む。
何度もキスして、小さく呟く。
「更夜のことが好きだ」
ふっ、と微笑んだ更夜が自分からキスしてくる。
「僕も、光が好き」
微笑んだ更夜を見つめて、抱きしめる。
やっと言えた。なんだよ。俺だけじゃなかったのか。
じわじわと嬉しい気持ちが体を包んでくる。
胸があったかい。更夜を抱きしめているはずなのに、自分が包まれて行くような気持ちがしてる。
俺の事が好きだと言ったその一言が、ただ自分の中に満たされていく。
「あの、僕恋人になる?」
「えっ…そうだろ?嫌なのか?」
「ううん。色々と大丈夫かなぁ?って。まだ子供だし」
「別に、もうすぐ卒業するんだし、大人になるだろ?」
「うーん?じゃあいいか…。彼氏さん、よろしくね」
うわ、彼氏って言った。
彼氏だって!俺が更夜の彼氏…!!!
「うん…」
胸がドキドキして止まらない。
嬉しい。
「これでずっとそばにいられる?」
「うん…」
「あの、それで……今後についてお話ししたいんですが」
体を離して、しっかりした顔つきになった更夜を眺める。
お前、こう言う時も冷静なのか。
「僕、進路大学なんだけど。光は?」
「あっ…あーーー。」
しまった…すっかり忘れてた。
ヤバい。まずい。振られるかもしれない。
告白したその日に…。
「んー?なんかありそうだね?」
「いや、その、ごめん。更夜に夢中で本気で忘れてました。本当にごめんなさい」
「なに?怖い。どう言うこと?」
眉を下げて不安げにしてる更夜。
ごめん。俺…。
「留学するんだ。イギリスに。足の手術があって…」
「あー。って手術?なに?病気?」
「いや、違う。昔から転びやすくて、それで運動部辞めてたんだ。膝の関節の手術して、それで治るから」
「なぁんだ。…じゃあ仕方ないよ。どのくらい行くの?」
「一年で帰ってくるけど、そのあとは大学に行く。更夜の一年下から始める。そう言えば…って待て。先に先生に診てもらわないと」
「そうだね。忘れてたね」
「俺たち浮かれすぎだな…」
違いない、と頷く更夜を見つめながら、ナースコールのボタンを押した。
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「…思いが通じた初日に同衾とはこれいかに」
「どう…なんだって?」
「同衾。同じ布団で寝るってこと」
「別に…なんでダメなんだ?」
「ダメってことはないけど…」
暗闇の中で、目の前で好きな人と身体を寄せ合って、話してるこの状況は確かになんだかドキドキしてる。
でも、なんか…更夜は通常通りだ。
ドキドキしてるの俺だけ?
「更夜は俺の事本当に好きなのか?」
「どうして?」
「なんか、落ち着いてるだろ?俺だけソワソワしてる」
「ソワソワしてるの?」
じっとして見てくる瞳がカーテン越しの月明かりにゆらめいて、蕩けるような光を宿してる。
「うん。まさか俺の事す…すきだなんて思ってなかったし」
「そうかな…僕光のことずっと見てたでしょ?」
「そう言えば…そうだな。」
「手を繋いでも嫌じゃなかったし」
「うん」
「キスされても嫌じゃなかったし」
「う、うん…」
「伝わらない?本当に?」
「そう言うわけじゃないけど、なんか落ち着いてるし」
「先のこと考えてるだけ。遠距離恋愛でしょ?卒業式まで一緒だとしても半年くらいした後離れ離れだもん」
「…ごめん…」
胸元に更夜の頭がくっついてくる。
あったかい…体温が伝わってきて、胸の鼓動がおさまらない。
「ドキドキしてるね」
「更夜が居て、くっついてると思うとこうなっちゃうんだよ。」
「僕だってドキドキしてるよ?」
「…そうなのか?」
両手で手首を掴まれて、そっと胸に押し当てられる。
俺と同じで早い鼓動が手のひらの下で脈打っている。
「…ね?」
「本当だ…」
「好きだって言葉にしてから、ずっとこうだよ。光が好きだって言ってくれたから余計に…。
心が苦しくて、ずっと一緒にいたいけどそう上手くは行かないでしょ?手紙とか、メールとか…そう言うことをするしかないけど、キスしたりくっついたりできなくなると思うと苦しい。
切なくて、寂しくて…どうしようもなくなる。光が読んだ小説を思い出した。恋とは監獄である、って」
俺が音読したやつか。おれもまだあの時は理解してなかったな。
確かに恋に落ちた時はたくさんの音がしていた。
更夜の歌、ピアノの音、つけられた炎が俺の胸の中の爆弾に火をつけて、波のように攫われていったカケラ達。
一本の矢が突き刺さったままの心は更夜に射止められてる。
弓の名士らしいよ。一発で仕留めやがって。
「僕のこと、ちゃんと閉じ込めててよ。離れてても、好きでいさせて。…浮気しないでね」
「しない。更夜の事だけが好きだから…好きでいてもらえるように努力する」
「ん…」
ぐりぐり顔が押し付けられてくる。
キスの先は、まだ知らないけど。大人になって、ちゃんとした人として立ったら、その時は更夜の全部をもらうから。
「待っててくれるよな?」
「待つよ。好きだもん…」
しっかりした体の更夜をだきしめる。
大きいと思っていた背中が小さく見える。
今は同じくらいだけど、俺の両親も親族もみんな高身長だ。
包み込めるような人になって、更夜を抱きしめて…守ってあげたい。
「ごめんな、怪我させて」
「光のせいじゃないでしょ?」
「うん…でも怪我してなかったら負けたただろ。姿勢の加点がいつもの更夜ならもっとあったはずだから」
「それはそうだねぇ。でも、光が負けてもこうなってた」
「そ、そうか…うん…」
胸元からのぞいた更夜の目がキラキラしてる。このキラキラエフェクト、多分見えてるの俺だけだよな。
「光の目のなかに僕は星が見えてた」
「ん?星?」
「真っ黒な瞳の中にキラキラ光る星がたくさん見える。光が泣いたら流れ星みたいだった。
名前の通りに光る星を体の中に置いて、光はずっとキラキラ輝いてるんだ」
すっ、と爆弾がまた追加される。
「お前、そう言うのサラッと言うのなんなの?クサいセリフ散々言ってもケロッとしてるし」
「クサイかな?でも本当のことだもん。きっとこの星影が見えてるのは僕だけだから。僕の光だから他の人にはあげないよ」
「なんか、色々とドキドキするな…」
「ドキドキするならもっと言う。名前の通りだねぇ。
夜を更えながら、光の中の星影を見て、その光の輝きを僕だけが見てる。僕だって、ドキドキしちゃうよ」
「本当に…もう…加減してくれ。心臓ががもたない…」
更夜が喋るたびに顔に熱が集まってくる。
爆弾がトントン、と大量に置かれる。
「光はかわいいな。僕が喋るとすぐ赤くなるし。僕のことですぐに泣くし」
「むぅ…」
「僕だけにしてね。他の人に見せちゃダメ」
「独占欲?意外だな」
「僕だってこんなの初めてだよ。光の事僕の中に閉じ込めて、誰にも見せたくない。どこにも行かせたくない。」
「俺も監獄行きか。望むところだ」
部屋の中に沈黙が満ちる。
二人して、思わず笑ってしまう。
密やかな笑いが収まって、優しい月明かりの中見つめあって、自然に唇と唇で触れ合う。
柔らかい唇がもたらす熱に酔いしれながら瞳を閉じた。