信頼できる人
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その日の夕食はクロフォード卿も参加した。
クロフォード卿は厳格で少し怖そうな気がしていたが、意外と面白いおじさまだとレベッカは思った。ティモシーにしても、冷徹だとか言われていたけれど、実際は優しくて話しているととても楽しいので、武人というのはそういうものなのかしらと思った。もしかしたら家ではひょうきんな父も、ちゃらんぽらんに見える兄も、外では厳格な魔導師なのかしらと思うと、ちょっと可笑しくて笑ってしまった。
「レベッカ、どうした?」
くすくすっと笑ったレベッカを見たティモシーが訊いてきた。
「ごめんなさい、ひとりでクスクス笑いなんかして失礼ですわね。実は、私、クロフォード様って厳格でちょっと怖い方かなという気がしていたのですが、今夜意外と面白くてかわいらしいおじさまなのだなと思ったんです。ティモシー様にしても冷徹だとか言われていましたけど、実際は優しくて話しているととても楽しい方なので、武人という方はそういうものなのかなと思って。そう考えると家ではひょうきんで冗談ばっかり言ってる父も、ちゃらんぽらんなおもしろい兄も、外では厳格な魔導師だと思われているのかしらと思ったら可笑しくて笑ってしまいました。」
「おいおい、儂はひょうきんか?」と父が言い、兄は「ひでーな、ちゃらんぽらんかよ。」と笑っている。
アーロンが
「キャロル、お兄様は魔導師団ではお父様に次ぐ実力者で非常に自らに厳しい方だと言われていますよ。」
と、お茶目な顔をして笑っている。
「もしかして、アーロン様も家でのお顔と外でのお顔と違うのかしら?
「ははは、こいつは魔導師団では寡黙でストイックな男と言われてるぜ。」
兄がバラした。
クロフォード卿は
「おお、この年になって初めて女性からかわいらしいと言われたぞ。息子よ聞いたか。これは祝杯ものだ。」と、嬉しそうに笑っている。
ティモシーは、
「私も優しいとか楽しいとか物心ついてから言われてないので、祝杯に加わりましょう。」と笑っている。
「殿方はお茶目さんよね。そしてキャロル、あなたの言うように、可愛らしいわ。でも、お仕事の場になると厳しくなられるのよね。そこが素敵なところだわね。」
「本当に。私はいつもヘラヘラやってるので、いけないなあって思います。もっと厳しく頑張らなくっちゃ。」
レベッカがそういうと、
「やめとけ。お前が厳しくやりだすと、たぶん何がなんだかわからないまま突っ走る。ヘラヘラくらいでちょうどいいぞ。」
兄が止める。
「それなのよ、お兄様。私ね、何がなんだかわからないまま突っ走るから失敗するってわかってるのよ。今回のこの殴られちゃったのだって後先考えないで突っ走っちゃったから結局迷惑かけちゃった。ごめんなさい。でも、止まらないのよ。犬の首輪みたいなのつけとけばいいのかしら。」
「そうだなあ。『待て』とか『おすわり』とか覚えないとな。」
兄はおもしろそうに言う。
「あっ。」
「どうした?」
「私、きのうティモシー様に『待て』って言っていただいたわ。ティモシー様だったらちゃんと言うこと聞いていれば間違いないわね。」
「そうだな。」
「私、これからしばらく待ちます。お父様とお母様とお兄様とアーロン様とティモシー様のおっしゃることはちゃんと聞きます。」
「うん。そうだ。特にこのお兄様の言うことを聞け。」
「おい、バーニー、なぜ『特にお兄様』なのだ?」
と父がからかう。
「はははっ。」
兄は笑ってごまかした。
夕食が終わって、父がティモシーを別室で酒に誘った。
兄はティモシーが躊躇したのを見逃さなかった。
「きょうはなにか都合でも?」
「あ、いえ、その・・・実は、レベッカと夕食の後話をしようと約束していたので。」
「ふーん」
兄がニヤニヤ笑っている。
「きのうは酔ってすぐに帰ったものですから。」
兄がなにかいじろうとしたのを見て取ったクロフォード卿は、
「では今宵は私といかがですかな?たまには年寄り同士もよいのでは。」
とホートン卿を誘った。
「そうですな、ではサロンで一杯やりましょう。」
兄が
「助かったな、ティモシー君。」
とウィンクをし、
「アーロン、もう少し飲もうか。」
と誘って2人で飲むことにした。
ティモシーはレベッカの部屋のドアをノックした。
すぐにレベッカの足音が聞こえて、ドアが開いた。
「今夜はよろしいのですか?」
「ああ、父親同士で飲んでいる。兄上はアーロン殿と飲んでいる。俺は解放された。」
「よかったー。」
レベッカは嬉しくてニコニコしている。
「どうぞ、お茶淹れますね。お楽になさってください。」
「ありがとう。」
レベッカはハーブティーとクッキーを持ってきた。
「これは君のクッキーか?」
「はい。」
「ではいただこう。うん、美味い。」
「そうですか?嬉しいです。」
レベッカはとても嬉しそうだ。
「レベッカの作る菓子やパンはどれも美味いな。」
「ほんと?」
「もちろん本当だよ。嘘をいっても仕方ないだろう?」
「ふふふ、そうですね。ありがとうございます。・・・あの、ティモシー様、またご相談したいことがあるんです。」
「ん?なんだ?」
「あのね、お菓子とパンを作っていて、考えてるのは、誰に食べてもらいたいか、なんです。それによって作るものが変わってくると思うんです。」
「なるほど。」
「たとえばティモシー様だったら、甘すぎない軽いお菓子か、お腹持ちの良い甘くないパンがいいかなと思うんですけど、いかがでしょう?」
「そうだな。そのとおりだ。少し休憩する時などは今のみたいな菓子がよいし、訓練の後などは腹持ちのするパンがいいな。この間のチキンの入ったパンとか、ハムとチーズのパンなど、とても美味かった。」
「お菓子もあまくないものがあるといいでしょうか?」
「そうだなあ。でも、そんな菓子あるか?」
「考えます。」
「レベッカは菓子やパンを作ることにしたのか?」
「決めてません。この間ティモシー様が今はまず体を治して落ち着いてから決めたほうがいいっておっしゃったでしょ?ですから私、『待て』を守ろうと思ってます。」
「レベッカは俺を信用してくれるのか?」
「はい。」
「俺が騙しているとは思わないのか?」
「騙すって?」
「例えばだ、レベッカはとても美しいから、騙して俺のものにしようとか、だ。」
「ティモシー様はそんな方じゃありません。」
「なぜそう言える?」
「なぜって、今までお話してきて、そう思うんです。」
「俺が何か善い人そうなことを言ったか?」
「えーと、ティモシー様は私の話を聞いてくださいます。それから考えてお返事してくださいます。その時に私のことを考えてくださっているのがわかります。自慢をなさらなくて、むしろ謙虚すぎるくらいです。私のことを見下すようなこともなく、他の人のことも見下しません。だまって修行なさっていて、すごくお強いんだそうですけど、それを鼻にかけることもありません。ひどいことを言われても黙って耐えて、いやいや謝罪されたら許してあげます。そんなティモシー様が悪い人のはずがありません。とっても善い人です。ですから私、ティモシー様のことが信じられるんです。」
「ありがとう。こんなに言ってもらったのは初めてだ。」
「でも、ほんとのことでしょ?」
「本当だ、と、胸を張って言えるよう、もっと頑張らないといけないな。」
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