父親
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翌日、レベッカはいつものようにクロフォード邸に出勤した。
「おはようございます。デニスさん。」
「おう、おはよう。きょうは天気は大丈夫そうだから、きのうの続きをやろうぜ。」
「はい。」レベッカがにっこり。
「レベッカのその笑顔はさあ、ほんと、かわいいよな。」
「あら、デニスさん、どうなさったんですか、いきなり。」
「いや、思ったことを言ったまでよ。きのうの話をカミさんにしたらよ、このかわいさで、そんな優しいことされたら、ティモシー様は惚れちゃうだろうって言ってたぞ。」
「いやだ、何を仰ってるんですか。」
レベッカは真っ赤になって俯向いた。
「そう言えば、結婚式は来週末だっけか?」
「はい。」
「モテるだろうな、レベッカ。」
「デニスさん、どうしたんですか、きょうはなんだか変ですよ。」
「別に。いつもと同じさ。だがなあ、これでレベッカが嫁にいっちまうと、寂しくなるなあと思ってよ。」
「そこまで話飛躍します?」
レベッカは笑っている。
(まったく無自覚で、天真爛漫って、ティモシー様もてーへんだな。こりゃなかなか落とせねえな。)デニスはひとりごちた。
ホートン卿が魔導師団長室に入ると、秘書がクロフォード卿からの手紙を持ってきた。
朝一番で届いたのだそうで、昨日のことでお礼方々会いに来たいということだ。
秘書に午前中ならいつでも良いと返事をするように指示をしたら、クロフォード卿はすぐにやってきた。
「ホートン卿、きのうはうちの倅があなたのところの令嬢に大変世話になった。心から礼を言う。感謝してもしきれない。」
「クロフォード卿、君から私に礼は必要ない。娘がしたことだ。娘から、すでにご令息から礼を言われたと聞いている。」
「もう何日も前から庭師に来てもらっていて、そこに腕のいい女性の庭師がいるとは聞いていたのだが、それがまさか貴殿の令嬢とは思いもかけなかった。しかもきのうは愚息が大変世話になった。」
「ひとつ訊いてもよいか?」
「なんなりと。」
「なぜデンバー伯爵の娘を娶せようとしたのだ?」
「それか。実は迂闊なことだったのだが、かの娘は名前を偽って、母親の前夫の姓を名乗ってきたのだ。倅にはすでに何人も見合いをさせたが、すべて断られておってな、どうせ今回もだめだろうと、たいして確かめもせずに見合いをさせてしまった。」
「なんと、投げやりな。ご子息が気の毒だ。娘も言っておったぞ。ご子息はとても心根の優しい、立派な方で、しかも傷は名誉の証であるのに愚かな娘たちに貶められて、気の毒でならないとな。」
「そんなふうに言ってくれたのは貴殿のご令嬢だけだ。情けないことだ。」
「そうか。貴族も腐ってきておるな。」
「まったくだ。嘆かわしい限りだ。・・・ところで、折り入って話がある。」
「なにかな?」
「きのう助けてもらったすぐ翌日にこんなことを言うのはあきれられてしまうかもしれないが、どうだろう、貴殿のご令嬢をうちの愚息と見合いをさせてもらえないだろうか。」
「うーむ・・・」
「実はゆうべ倅に話した所、倅はご令嬢とは親しく話をさせてもらっているそうだが、しかしご令嬢は貴族がお好きではないそうで、いずれ平民と結婚するだろうと話していたということだ。しかし、倅はまだしばらく話をしていたい、そしてもし可能ならば、自分を候補のひとりに入れてもらえるように努力したい。これは自分の問題で、親の力を借りたくはない。だから家と家の話はやめてくれと言われた。だが、親ばかと笑われようが、儂はこんなに理解のある優しく賢いご令嬢を他の男に取られたくないのだ。どうだろう、考えてはもらえまいか?」
「そんなに言ってもらえるのはありがたいが、しかし、娘も一途なところがあるし、ご子息の言われる通り、せっかく親しくなってきているのに頭越しに家と家で話をしたらへそを曲げるかもしれん。・・・どうだろう、この庭の管理が済むまでは、とりあえずは見守っているということでは。その間に娘に出会いがあることはない。まだしばらくはかかるであろうから、その間にご子息に頑張ってもらうということではどうだろうか。」
「そうか・・・いや、あせった儂が間違っているな。すまなかった。」
「それにしても、デンバー奴をなんとかしてやりたいな。貴族の面汚しだ。すこし相談しようではないか。」
父親同士の会話はそして続いていく。
「デニスさんデニスさん。」
レベッカが小声でデニスを呼んだ。
「ん、なんだ?」
「見て見て、中庭」
野次馬のお誘いである。
「いつも朝のうちはティモシー様はああやっておひとりで訓練してるんですよ。」
「うわ、そうか。なんか強そうだな。」
「ねー、ああいう人は仲間にすると心強いけれど、敵にはしたくないですよねー。」
「わははは、ちげえねえ。」
そう言っていたら、ティモシーがふと顔をあげ、手を振った。
「きゃ、デニスさん、見つかっちゃった。」
「おっといけねえ。仕事仕事。」
レベッカはちょっと困ったなと思いつつ、手を振り返した。
訓練が終わってしばらくしてティモシーがやってきた。
「おはようレベッカ。」
「おはようございます、ティモシー様。」
「きょうは素振りをしていたら君の姿を発見したぞ。」
「えへへへー、野次馬やってたの、見つかっちゃいました。」
「いつも見えてるのか?」
「いいえ、最近この辺の木をやってるので見えるようになりました。すごいですね。すっごく強そう。デニスさんとね、ティモシー様は仲間にすると心強いけれど敵にはしたくないねって話してたんですよ。」
「わははは、そうか。まあ、君たちは仲間だからな、何かあれば必ず助けよう。でも、そうだな、喧嘩はしないようにしよう。」
「ふふふ、喧嘩するなら口喧嘩だけ。」
レベッカはそう言ってウインクをした。
ティモシーはどきりとしたが、必死でそれを隠した。
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