貴族嫌い
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レベッカはデニスのいるところに戻って、
「デニスさーん、ばれちゃったー。」
「そうだなー。ま、しょーがねーんじゃね?」
「あんまり酷いから、黙ってられなくて。」
「わかるよ。あれはねーよな。俺がレベッカだったら同じことしたぜ。」
「そう?でも、なんだかやりにくくなっちゃったわ。今のこと、忘れてもらえないかしら。」
「ま、いちおう頼んでみてもいいかもな。」
「そうね。まあ、今のところは知らん顔して剪定の続きをやります。」
「それがいいそれがいい。」
せっかく何事もなかったかのように剪定をしていたのに、ティモシーがやってきた。
「レベッカ、すこし話せるか?」
「あ・・・はい。降りたほうが・・・いいですよね?」
「できればそうしてくれるか?」
「はい。」
レベッカはするすると梯子から降りた。
ティモシーが
「レベッカ、ああいや、キャロライン嬢と言ったほうが良いのだろうか、先程は助けてくれてありがとう。とても感謝している。」
「いいえ、ちょうどここから見えてしまったもので、あまりのひどい態度にがまんできなくなってしまって、余計なことをしてしまいました。ごめんなさい。」
「何を言うか。隠していた身分を明らかにしてまで助けてくれて、しかも、とても思いやりに溢れた言葉だった。本当に感謝してもしきれない。どうもありがとう。」
「やめてください。私はおっちょこちょいで、こんなふうに突っ走ってしまうから、ご迷惑かけてしまったかと思います。お父様に怒られたりはなさっていませんか?」
「いや、父とはまだ話していないが、あれで怒るような人ではない。父も絶対に君に感謝していると思う。」
「そうですか。ティモシー様は大丈夫ですか?」
「なにが?」
「あんなに失礼な態度を取られて、傷つかれたかと思って。」
「ああ、ああいうのは慣れているんだ。全然大丈夫だ。だが、今まで誰かに俺のためにあんなふうに怒ってもらったことがなくて、むしろ心がほっこり暖かくなって嬉しい。」
「まあ、そうですか。それならよかったわ。」
レベッカはにっこり笑った。
「君の笑顔には癒されるな。」
「そうですか?こんな顔でもお役に立てることがあるなら嬉しいです。」
「こんな顔でもとは、君は本当に自覚がないのだな。」
「あの、ひとつお願いがあるんですけど。」
「ああ、何でも言ってくれ。」
「もしできれば、これからも私は園芸屋のレベッカでいさせていただければと。」
「君がそう望むなら、もちろんレベッカと呼ばせてもらおう。」
「ありがとうございます。よかったー。」
レベッカは本当に嬉しそうに笑った。
「おお、こちらにいらしたんですね。キャロライン様、先程はありがとうございました。」
ノーマンがやってきた。
「ノーマン、レベッカはこれからもレベッカと呼ぶように希望している。そのように頼む。」
「そうですか。はい、畏まりました。」
レベッカはにっこり笑った。
「ところで、お話中申し訳ありませんが、主人がぜひキャ・・・レベッカ様にお礼を申し上げたいと申しております。もしよろしければ、邸にお越しいただけませんか?」
「えっと・・・」
「ノーマン、私がまず父上と話がしたい。私が行こう。」
「はい、承知致しました。」
「ではレベッカ、失礼する。」
「はい」
レベッカははいと答えたあとで、口で『ありがとう』と合図した。
「デニスさん、これからもレベッカでいけそうです。よかったー。」
「そうか、そりゃあよかったな。ティモシー様は良いお方だ。」
「はい。」レベッカはにっこり。
「さーて、あの女のせいできょうは仕事が遅れちまったな。でもまあ、文句も出ないだろう。あと1本やったら終わりにするかな。」
「そうですね、あと1本、頑張ります!」
それからレベッカはいつものように鼻歌を歌いながら剪定をした。
「おいレベッカ、それはなんて歌だ?」
「これは、えーっと、なんでもありません。」
「なんでもないことねーだろ?」
「なんでもないんです。私が適当に歌ってるだけですもん。」
「へー、お前歌も作れるんだな。」
「そんなだいそれたものじゃありません。鼻歌なんて適当でしょ。」
「そうかぁ?で、なんでいつも鼻歌うたってんだ?」
「植物って音楽が好きなんですって。それで、音楽聞かせるといい感じに成長するんだそうですよ。デニスさんも歌ってあげれば?」
「よせやい。俺が歌ったら枯れちまうぜ。」
「あっはははは、デニスさん、おもしろーい。」
「ああ、やっぱりレベッカはこっちのほうがいいな。」
「こっち?」
「キャロライン様もかっこよかったけどよ、レベッカのほうがいいや。」
「あら、もうキャロラインはお忘れください。私はレベッカですから。」
レベッカはそう言ってウインクをした。
デニスはガラにもなくどきっとした。
その日はその木が終わってレベッカは帰った。
夕食の時、レベッカはきょうあったことを話した。
「お父様、ラルフ・デンバー伯爵様ってご存知?」
「うむ、親しくはないがな。とかくの噂のあるご仁なので知ってはいるぞ。」
「ああ、俺も噂だけは知ってる。今の奥方で何人目だっけな、博打好きで金に困ると離縁して金持ちの妻に乗り換える。それと今の娘が、ジョセフィーヌ嬢だったかな、性格の悪さで有名だ。」
「まあ、そんな方なんですか。ひどいわ。」
「それがどうした?」
「きょうね、ティモシー様がお父上様に呼ばれたと思ったら、お見合いにそのジョセフィーヌ様が見えたんです。私とデニスさんは木の剪定してたので、ティモシー様とジョセフィーヌ様が中庭に出てらしたのが見えてたんです。」
「お前ら、野次馬やってたんだな。」
「見たくなくても見えちゃうんだもん。コホン。それでね、急にジョセフィーヌ様が叫んで、ティモシー様が醜い顔を見せて怖がらせようとしたってぎゃーぎゃー騒いだの。」
「ひでーな、それ。醜いって、ブスに言われたくないよな。」
「あはははは、お兄様ったら。ティモシー様は黙って四阿に座ってらしたけど、ジョセフィーヌ様が喚いていて、あんまり失礼だから私、ジョセフィーヌ様のところに行って怒鳴っちゃったの。」
「げげ、お前、やらかしたな。」
「ちょっとね。それでね、あなたが醜いって言ったティモシー様のお顔の傷はお国のために戦った名誉の傷だ、それを醜いと言うことは、お国に対する忠誠心を醜いと言ったも同じだって言ったの。」
「おおっ、お前かっこいいな。」
「 そしたら私を誰だと思ってるんだ、私の父はラルフ・デンバー伯爵よ、って言って、平民の分際で無礼者、名を名乗れって言われたの。 それで私はグレッグ・ホートン侯爵の娘、キャロライン・ホートンです。お父様によろしくお伝えください。私もあなたのことを父に報告致しますって言っちゃった。お父様、ごめんなさい。面倒事を持ち込んでしまって。」
「何を言うか、でかしたぞ、キャロル。それでこそうちの娘だ。」
「キャロルちゃん、よくがんばったわね。偉かったわ。貴女が誇らしいわ。」
「お前、いいとこあるよな。妹ながら惚れたぜ。」
「よかった・・・私、出過ぎたことしちゃったって、怒られるかなって心配だったんです。お父様お母様お兄様、ありがとう。」
「さて、それでは明日 デンバーの奴をとっちめてやろう。あいつは日頃から目に余る行動が多かったが、これと言った決め手がなかったのだが、これはいい口実に使えるぞ。キャロルのおかげだ。ジョセフィーヌとやらも、年下の令嬢をいじめたりしていると聞いているからな、これもお灸をすえねばならんな。」
「それで、ティモシー様は大丈夫?お気の毒に。」
母が気にしている。
「あとでわざわざ私にかばってくれてありがとうと言ってくださったわ。大丈夫か訊いたら、慣れてるって仰ってた。お気の毒よね。ひどい人がいっぱいいるのねえ。だから貴族は嫌いだわ。」
「でたよ。お前の貴族嫌い。」
兄が笑っている。
「だって、あれに慣れちゃうなんて、貴族の令嬢って嫌な人が多すぎない?」
「まあな、だから俺はもう、その線は終わった。」
「明日はデンバーの奴をとっちめる前に、クロフォード君と話したほうが良さそうだな。まったく、クロフォード君だって、デンバーの噂は知っていただろうに、そんなところの娘をなぜ娶せようとしたのか。それほど切羽詰まってるってことか。でも、自分だって独身でティモシー君を養子縁組したんだから、そんなにがつがつすることもないのになあ。」
「なにか事情がおありなのかもしれませんわね。私は社交の場に出ていないから情報もなくて申し訳ございません。」
オードリーが謝った。
「なあに、社交なんてせんでいいさ。あんなのに現をぬかすような妻にはなってほしくない。」
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