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ブラックストリート  作者: エッグ・ティーマン
26/26

悲しき定め

2019年 リムソンシティ 連邦警察支局

 バネッサ警部の携帯電話の着信音が鳴る。警部は慌てて廊下に出る。

 「今仕事中なんだけど・・・」「そうか、そんな悠長なことを言ってる暇ねえはずですぜ。」とオスカーの声が聞こえる。「え?どういうことよ!」「ふん、あんたが欲しがってた情報をやるよ。」バネッサは驚きのあまり口を開く。「まさか・・・」「そうだよ。ラースキンの居場所が分かったんだよ。」「どこにいるの?」「あんたの報酬次第ではな、言ってやってもいいぜ。」「何円いるのよ!」「ざっと・・・2000万工面してくれませんかね?」「は?高すぎるわよ!」「おいおい・・・言っとくけどこっちは別の人物からラースキンの殺しを依頼されてるんだぞ!」バネッサは黙る。「まあ・・」「あんたの狙いは分からないけどさ、俺があんたにつくか別の人物につくか決めるのはあんたの態度次第だぜ。」そう言ってオスカーは一方的に電話を切った。


 ハリー刑事がその様子を見ていた。彼と共に様子を見ているのはハーマンとダロスだ。「彼女を監視してくれませんか。定期的に私に報告をよろしくお願いします。」そう言ったハリーに対して二人の警官は頷く。これは連邦警察支局への抑制になるかもしれない。ハリーをとことん利用してやろうじゃないか。


 バネッサはしばらく考えていた。私はリムソン市警のキャロル刑事部長にうまく利用されているだけだ。ラースキンについて情報を探る仕事は彼女からの依頼でやったものだが、本来は連邦警察に属しているバネッサがやってやる義理はない。だけど、オスカーがラースキンを殺そうとしている情報はつかんだ。この件を利用できるかも・・・・

 「あなたですよね?ラースキンを消そうとしてるの。」バネッサは今、イタリアンマフィアのベルディに電話を掛けた。「何故だ?俺が奴を消す理由はない。」「ふうん。でも、最近あなたが雇ったオスカーっていう殺し屋がラースキンを消す依頼を受けたわ。」しかし、返って来た反応は予想外のものだった。「何だと!しかし奴がなぜオスカーに・・・」「え、どういうことですか?」「実はな・・・私はオスカーを殺し屋じゃなくてスパイとして使ってるんだよ。地下格闘技を支配する黒人評議会の元に奴を送り込んだ。最近謎の集団の暗躍で黒人、チカーノ、ヤクザ、チャイナマフィア、そしてダニエル一派どもが全員結託してネットワークを作ってる。」「ええ、そのようね。」「何だ。知ってたのか。」「舐めないでください。私は情報通です。その情報には興味がなかったけど・・・興味出てきたわ。」「ああ、そうだろうな。だが情報収集の能力はまだまだだな・・・俺がオスカーを雇ったことまでは突き止めたものの・・・」嫌味を言いかけるベルディを遮ってバネッサは言う。「手を組みませんか?」数秒黙ってベルディが口を開く。「何だ?何が狙いだ?」「オスカーに殺人を依頼した奴の正体はつかみきれていないでしょ?」「ああ。そうだな。あんたがその正体を暴いてくれるというのか?で、報酬を俺が払うと?」「ええ、そうよ。悪い話ではないでしょう?」「ううむ・・だけど、俺は既にオスカーを雇っているからなあ。まあ、考えさせてもらうわ。」そう言ってベルディもまた一方的に電話を切る。バネッサは溜息をついて天井を睨みつけ、呟いた。「ベルディが使えない以上、ラースキンを救う理由は見当たらないわね・・・」


二日後 ジェファソンシティ 行政特別区 司法省本部

 長官執務室の電話が鳴り響く。ファットはすばやく受話器を取る。「ああ、ラウール君か。どうしたね?」かけてきたのは連邦警察総監のラウールだった。「長官のお耳に入れたいことがございまして・・・」そう言ってラウールが報告した内容にファットは耳を疑う。「ハウスラー君が殺し屋を警察に入れただと!しかし何故・・・」「分かりません。しかし、リムソンシティでのロックウェル署長殺害事件について捜査を進めている中で判明したのです。彼を洗ってみるべきだと思いますが・・・」「ああ、ありがとう。監査の連中を送りこ・・・」「長官、司法省の方々は今軍幹部の取り調べで忙しいでしょう?今回の捜査、長官のゴーサインがいただければ連邦警察のほうで捜査できますが?」「そうか・・・分かった。令状の取得は任せなさい。」「はい!」


同時刻 連邦警察本部

 勢いよく答えたラウール総監は電話を切る。「アン、お手柄だ。」しかしアン冷ややかな目でラウールを睨む。「総監の株があがりますね・・・」アンの嫌味に気づかないふりをして総監は続ける。「今回は私たちの上司という立場にあるハウスラー長官を取り調べる。心して捜査を進めてくれ。」

アンは溜息をついて答える。「承知しました、総監」


三日前 トルーマン州 コロンブス山

 「こいつ、殺そうか?」とラースキンを見やるボックスマン。しかしアイリーンがそれを止める。「ダメよ。あなたは今私の正式な部下になった。私はあなたにラースキンを殺さないように命令するわ。」ボックスマンはそれを聞くと頷く。「分かった。だけど、あんたの兄がそれを知ったら殺しに来るぜ。」「ええ、そうよ。だけどあなたは私の手下よ。兄の手下ではない。」「ああ、もちろん分かっていますぜ。だが、あんたの兄に連絡は取れる。」アイリーンのイラついたような返答。「あんた、手下の分際で私とラースキンを脅すわけ?」「いやいや、そんなつもりはありませんよ。私はただ、あなたのお兄さんの壮大な計画の手伝いをして差し上げようと思っただけですよ・・・」「あっそう。」と言い、アイリーンは溜息をついた。「少し休憩するわ。」「ラースキンとベッドに行くのかい?」「あのねえ、あんたには関係ない話でしょ!」アイリーンがやや乱暴に立ち上がってハンモックで寝ているラースキンの方を見やる。「ラースキン、おいでなさい。」


 「愛してるわ。浮かない顔してどうしたのよ?」とラースキンの髪を触りながら尋ねるアイリーン。「ああ、俺も愛してるとも。なあ・・・」「どうしたの?」「あんたの兄の壮大な計画とは何だ?」するとアイリーンの顔が強張る。「言ってるでしょう。それは話せない。」「たとえ愛してる人にもか?」アイリーンは悲しそうな顔をする。「ええ、話せないわ。そうなことよりさ・・・」「ボックスマンは計画を知ってるのか?」「壮大な計画とは言ってるけど、たぶん知らないでしょう。私も全貌は分からないの。兄は昔から秘密好きだったから。」疲れたようにアイリーンが答える。


 ボックスマンはドアの向こうにいて、聞き耳を立てていた。彼は小さくつぶやく。「バカ女め。お前さんよりも計画については詳しい。それに・・・ラースキンのこと、兄さんに言ってあるからな。俺はあんたの兄さんも脅したのさ。いまや、俺は世界情勢の鍵を握る存在だ・・・」


二週間後 リムソンシティ モンロー地区

 ベルディは電話を取った。「あなたからか、珍しいな。」と皮肉を電話相手に言うベルディ。だが、相手はその皮肉を無視する。「少しあんたに忠告したい。」「ほう?」とベルディ。「あんたはリムソンシティに現れてる勢力の調査を進めているな?」ベルディは黙る。「おい、聞いてるか?」と相手。「ああ、聞いていますとも。ダスケさん。」少し固い声だ。「やめた方がいい。今すぐ手を引け。」「何ですと?」「あんた、ひいてはあんたの属するファミリーのためだ。」「何故だ?」と警戒心を強めながらベルディ。「彼らはあんたを始末するくらい簡単だ。俺も彼らの一人と知り合いでな、あんたがウェストランドでオスカーにやらせたことを知ってるぞ。その知り合いから聞いたは話さ。」ベルディは思わず叫ぶ。「俺を脅してるのか?」「いや、俺はいつだってイタリア人の味方さ。だけど彼らはそうじゃない。しかも彼らはマフィアよりも、私よりも、ひいては大統領よりも大きな力を持っている。あんたが手を引かない場合、彼らはあんたを簡単にひねり潰すだろう。私には彼らを止めること力は無い。せいぜい気を付けることだ。」「おい、彼らってのは・・・クソっ!」ダスケは一方的に電話を切っていた。ベルデイはイラついた顔でしばらく歩き回っていたが、急に足を止めた。「オスカーの動きは読まれてるな・・・」

 ベルディは電話に出たバネッサに言う。「あんたに協力しよう。今、俺が追ってる勢力の連中からの警告を伝言してきた奴がいる。あんたも知ってる大物ギャングからだ。俺が追ってる連中はオスカーの動きを知っている。俺が以前したある依頼について警告者が把握していた。俺が追ってる連中から聞いたとぬかしやがった。だが、あんたの動きは知らないはずだ。」するとバネッサの勝ち誇った声がする。「契約成立ですか?」「ああ、契約成立だ。報酬はいくらでも用意しよう。」と答えるとベルディは電話を切った。


翌日 リムソンシティ リムソン市警本部

 キャロルはバネッサからの電話を受けて考え込む。「まず、現時点でラースキンは無事なようね。」「ええ、オスカーがまだ殺していないということはそういうことね。」とバネッサ。「でも、彼はラースキンを殺すつもりかしら。」「私が辞めさせたわ。」「え?どうやって?」「オスカーは協力してくれる見返りにとんでもない額の大金を要求した。けれどもその金はとある人物が用意してくれたんですよ。」「ふうん、大体どの立場の人か想像はつくわ。で、これからどうするのかしら?」「決まってるじゃない。オスカーと共にラースキンの居場所に乗り込むわ。」「ええ、そうして頂戴。ハリー刑事も連れて言ったらどうかしらね?」「ハリー?私あの男嫌いよ。」「そうでしょうね。だけど、事情を言えば理解してくれるはずよ・・・・」「ふん。そもそも、その『事情』を言う時点でハリーに逮捕されるわよ。金を出した人物のことを話さなければいけないんだから。」「なるほど・・・あんたにはそういう問題があったわね。」少し考えるキャロル。そしてとある考えにたどり着く。「ハーマン達から聞いた話だけど、そっちに私立探偵のムンバクさん達が行っているはずだわ。彼に事情を話して仲裁を頼んで。彼はアンダーグラウンドにもコネがあるけど、ハリー刑事のような優秀な警官からも信頼されてるの。」バネッサは溜息をついて言う。「分かったわ。ムンバク一行に接触してみる。」

 

直後 連邦警察リムソン支局

 ムンバク達はハリー刑事の捜査協力者として部屋を与えられていたが、差し当たってはすることがない。ジュディは青白い顔で外の景色を眺めていた。彼女の様子を見ながら廊下でムンバクとダイムラーは話していた。「彼女は危険な状態だ。マーガレット殺害の犯人への復讐に取りつかれています。」とダイムラー。ムンバクはつらそうな顔で頷く。「そうだね。彼女の気をまぎらわそうと有給休暇を与えようとしたが拒否された。」「しかし今のままでは・・・」「一応ハリー刑事に許可を貰ってカウンセラーをつかせているが、いつか彼女は壊れてしまう・・・」「特に今のような何もできない状態では・・・」とダイムラーが言ったとき、声がする。「何もできないことはない。」そこにはバネッサがいた。


 「ラースキンの居場所が分かっただと!」とムンバク。「ええ。でも、居場所の情報は裏社会から得たわ。」それを聞いてダイムラーがつぶやく。「やはり・・・そうか・・・」「ええ、しかも情報源は黒幕に雇われた殺し屋よ。」「何!?」とムンバクが叫び、虚空を見つめて上の空だったジュディに顔にも驚きが浮かぶ。「つまり・・・ラースキンは・・・」「今は生きてるけど殺される予定よ。早く救わなければ!」「だったら、まずその殺し屋を逮捕してもらわなければ・・・ハリー刑事を・・・」そう言って立ち上がったムンバクを制止するバネッサ。「この件を明るみに出してほしい人物は他にもいるの。名前は出せないけど、私の裏社会のコネの一人とでもいっておくわ。」ムンバクは意味ありげな苦笑いを浮かべると言う。「なるほど。その人物が殺し屋を買収したか?」バネッサは少し驚く。「よく分かったわね。」「ああ、大体あなたの言いたいことは分かる。ハリー刑事と話してくるよ。」


三日後 謎の場所

 ダスケは今、「会員」たちと会っていた。「どうだった?」と聞いたのは「会員」の一人である元副大統領ドロゼンバーグだ。「分からない。返事を言う前に電話を切りやがったからな。」「そうか。場合によると次の大統領はマフィア討伐に力を貸すかもしれんな。」と別の「会員」。だが、

ダスケは言う。「確かにイタリア人は傲慢だ。だが奴らは大きな力を持っている。その裏社会の権力があんたらを支えている。奴らを切るのはもう少し先でいいだろう。」とドロゼンバーグ。「おい待てよ、私たちの正体に行きつかれては元も子もないだろう。」と話すのはなんと立憲民主党元党首バルトだ。「いや、こいつが何とかするさ。」とドロゼンバーグはダスケを指さす。「ああ、任せろ。俺なしではイタリア人どもは麻薬を手に入れることもできないし、黒人ギャングと平和にやることはできない。」「ふん。そうかい。」バルトはイラついたように言う。「あんたの利益を守るためだろう。」この言葉に、ダスケは言い返す。「ああ、そうとも!だけどそれはあんた達の利益になるだろ!」すると、突然重厚な声が響く。「バルト、そのならず者の言う事にも一理ある。ここはこいつに任せてみよう。」姿を現した人物の顔には青い仮面。「マフィアはつぶさない。それよりも・・・」そう言いながらその人物は円卓に座る「会員」のメンバーを見渡す。「はやくハリー政権をつぶせ。仕事が遅いぞ。」「申し訳ありません、総裁・・・」「会員」達は「総裁」と呼ばれるその人物に頭を下げる。


二日後 リムソンシティ 貧民街

 男はホームレスたちに金を握らせて静かに言う。「失せろ。」それを受けてホームレスの中で一番年上の者が言う。「撤退だ!」ホームレスたちはその人物の指示に従って近くの廃工場の中に引っ込んだ。

 男はカードを出すとゴミ箱の中に落とし、去った。一人のホームレスが外に出ようとすると、年上の物が止める。「待て!まだだ。」その年上のホームレスが見た先には、車のライトがあった。その車から、なんとオスカーが下りてきた。彼はゴミ箱にあゆみより、カードを取り出すと満足気に頷いてそれをポケットにしまう。

 車を出しながら彼は電話をかける。相手はベルディだ。「ああ、今カードを受け取った。」「了解。そのクレジットカードは私の所有する銀行口座と結びついている。口座には4000万ドルが入っている。」「感謝する。」「じゃあ、頼むぞ。」「ああ。バネッサは知ってるんだよな。」「ああ、知っている。全て彼女に任せてある。」「分かった。ラースキンを確保したら、どうする?」「いったん私のところに連れてきてもらおう。しばらく私がかくまおう。無論尋問もするがな・・・」「はいよ。」そう言ってオスカーはその場を去る。


四日前 リムソンシティ 連邦警察支局

 ムンバクとハリーはラースキン救出作戦について話し合っていた。「しかし、懸念事項があります。」とハリー。「バネッサと殺し屋は信用できるのでしょうかね?」「ええ、お気持ちは分かりますよ。それにバネッサの口ぶりから一枚嚙んでいる裏社会の住民がいるようですしな。」「ええ。裏社会からの情報をもとに動くのは危険です。ムンバクさん、裏どりをお願いできかせんかね?」「構いませんが、恐らくバネッサは信用できるでしょう。彼女は汚職警官でありますが、嘘はつきません。まあ、純粋にラースキンを助けるわけはないでしょうけどね。」「ラースキンを助け出したら、素直に私に引き渡してくれればいいんですがね・・・」「それについては不安が残りますね。ですが、信用できそうな協力者がいますよ。」「ほう・・・誰ですか?」「リムソン市警の現役刑事部長のキャロルさんです。彼女もラースキンさんを救出したいと思っている。あなたの前でラースキンさんに何か証言してもらいたいようです。」「そうか・・・ありがとうございます。キャロルさんに連絡をとってみます。私からの許可が出たとバネッサに伝えていただけますか?」


翌日 リムソンシティ ウェストリムソン

 暗くて小さい路地に入り口を持つ小さな建物があった。さび付いた入り口ドアに血のように赤い文字で「リムソンヘブン」と書かれている。建物の窓は蜘蛛の巣と埃、そして鳥の糞で汚れていて中は見えない。だが、破れかけた黒いカーテンがかかっているようだ。入り口わきのゴミ箱には生ごみ、紙ごみ、鉄くずなどありとあらゆるゴミが詰め込まれており、あふれ出して悪臭を放っている。

 そんな中バネッサ警部は鼻をつまみながらドアを四回ノックした。ドアの上部についている鉄格子から禿げた頭に大きな傷がある男の顔が現れた。「ああ、あんたか、入りな。」その男はそういうと中に戻っていった。

 バネッサはドアをあけると顔をしかめた。酷い臭いと酷い光景だ。床にはボロボロの毛布が一面にしきつめられていて、その上に呻いたり虚空を見つめていたりする男女が大勢寝ている。皆皮膚がカサカサで、口からは黒くボロボロに腐った歯が見える。そして酷い悪臭。

 そう、ここは麻薬中毒者があつまる麻薬窟だ。ここはダニエルの手下たちが経営していて、麻薬を求める者達を「収容」して麻薬漬けにする。奥のキッチンで二人の売人が様々な麻薬をひたすら調合し、それを持って他の売人が麻薬をいる人々に配り歩く。ここを利用するには4日当たり500ドルを支払う必要がある。衛生環境を見るとかなり高い額だが、ここに来るのは末期の中毒者だけだ。売人から定期的にクスリを購入するジャンキーが売人の紹介でここに来る。売人の紹介で来た者は四回ノックしてさらに売人から教えてもらわないと分からない「暗号」を答えてドアをあけてもらうのだ。

 しかしバネッサは「顔パス」で入れた。彼女は麻薬窟の客として入ったわけではないからだ。

 バネッサはキッチンに入り、売人の目の前に小さな麻袋を五つ置いた。「バウントからのプレゼント。連邦警察麻薬取締局から手に入れた高級品よ。」売人はにやりと笑い、バネッサも笑い返す。「奥でボスが待ってるぜ。」「はいよ。」そう答えたバネッサはキッチンの奥の扉を開けた。そこには先ほどの禿げた男がいた。大男だ。「よお!」と陽気にあいさつする大男。どうやらこの男が麻薬窟を取り仕切っているようだ。そして男は言う。「すまんな、バネッサ。」その瞬間、バネッサは後ろから何者かに袋をかぶせられた。嫌な臭いがし、呼吸が乱れる。袋をかぶせたのはキッチンにいた売人の一人だ。男はものすごい力で袋を引っ張り上げ、バネッサがぐったりすると袋を取る。「バネッサを殺した。死体処理の手配を頼むぞ!」そう言うとボスの男は電話を切る。


翌日 リムソンシティ 連邦警察支局

 「だめですね刑事さん、バネッサと連絡が取れません。」とムンバク。ハリー刑事は困った顔をする。「彼女、何をしているんだ?これじゃあオスカーと連絡の取りようがないじゃないか。確か今日出発でしたよね?」「ええ、その筈です。バネッサとオスカーがラースキン救出に向かう予定でした。」ハリーは頭を抱える。「ムンバクさんはオスカーの連絡先はご存じないですよね?」「ええ、分かりません。今情報屋に連絡を取っているところです。」


三時間後 トルーマン州 コロンブス山

 以前のようにボックスマンはベランダで新聞を読みながら警戒を続ける。

 警備を彼に任せたアイリーンは今、リビングで紅茶を飲んでいた。向かい側にはラースキンもいる。「ごめんなさい、もう少しの辛抱よ。兄が計画を完遂するまでね。」と言い聞かせるアイリーンに対し、ラースキンは小さく笑う。「もう納得したよ。アイリーン。君のお兄さんの計画は知らないけど、俺はお前といれるだけで幸せだよ。」

 その時、「クソ!」という声と銃声が聞こえる。二人は慌てて窓の外を見た。


 ボックスマンはベランダに通じる階段を上がろうとする男を蹴り落した。しかし男は階段下からライフルを狙い撃ちしてくる。「くそ!」とつぶやいたボックスマンは下がってライフルを取り、応戦しようとして・・・うめいた。弾丸が股間に当たっていた。「ふん!」階段を上がって来た男はボックスマンに近づくと蹴り飛ばした。ボックスマンはライフルを取り落としながら宙を舞い、ベランダの机の上に叩きつけられる。それを見下ろす男はオスカーだ。


 使用人たちがアイリーンとラースキンの周りを囲み、上を指す。「寝室に行きましょう、テーヌ様!」使用人のうち屈強な男がアイリーンを引っ張って寝室に連れていく。

 「あいつは俺の知り合いだな。」そう言ってラースキンは使用人のうちの一人の銃を奪い取ると呆気にとられる使用人を後にしてベランダに出る。


 「ふん・・・俺を消しにきたか・・・」ボックスマンはオスカーを見上げて問う。「ああ、そうだぜ。」「だが、俺は・・・」と言いながらよろよろ立ち上がった彼は・・・また蹴られた。「馬鹿野郎!大統領暗殺計画についてお前さんは単なる武器の準備係だったなあ!」オスカーはそう叫ぶと、「まさか・・・」と言いかけたボックスマンの頭部を撃った。ボックスマンは即死だ。「そうだよ。俺が大統領を撃ったのさ。」すると、いきなり「そうかい、馬鹿やろう!」と声がする。オスカーは笑い、ゆっくりと振り向く。「ああ・・・あんたでしたか?」ラースキンがオスカーに銃を突き付けている。「俺をブルーショッツの連中に引き渡しやがって!クソ!」しかしオスカーは両手を上げながら弁解する。「すみません・・・・遂金欲しさに・・・」「ほう、くそったれだな!」と叫んでラースキンはオスカーに詰め寄る。オスカーはよろよろと下がる。「許すと思うか?てめえを警察につきだしてやるよ。大統領狙撃犯としてな!そうなんだろ?」オスカーは肩をすくめる。「ええ・・・後悔していますよ。本当に・・・だからあなたを迎えに来た。詫びたくて志願した。」「志願だと?」「ええ・・・俺の雇い主があんたとテーヌを迎えにくるように俺を使わしたんだ・・・」「なぜこいつを殺した?」とラースキンがボックスマンの方に体を傾けて聞く。

 オスカーはそのタイミングを逃さなかった。「うお~!殺してやらあ!」と叫んで飛び掛かる。油断していたラースキンは銃を取り落し、転がる。オスカーは勝ち誇ったようにライフルを取り出してラースキンを狙い撃つ。間一髪で回避したラースキンは這って銃を取りに向かう。しかし、指先に激痛が走る。弾丸が指先を貫いていた。顔を歪めたラースキンに対し、オスカーは蹴りを入れる。ラースキンの手がライフルから離れた。壁にもたれかかったラースキンを見下ろして笑うオスカー。「雇い主の命令はボックスマンとあんたを消すことだ。」そう言ってオスカーがライフルを構えると同時にラースキンは跳躍した。オスカーの胸を蹴り上げる。オスカーがひるんだ一瞬の隙を突いてラースキンはオスカーを突き飛ばして自分の銃を拾った。「くそ!」オスカーは罵り声をあげるとライフルを構え直して振り向き・・・死んだ。ラースキンの手に握られている銃が火を吹いてオスカーの命を奪ったのだ。

 「ラースキン!」アイリーンが走り出てきた。「指が焼けてるわ!いますぐ応急処置をしないと!」アイリーンがそう言うと同時にラースキンは気を失った。


二時間後

 夢から覚めつつあったラースキンの耳に男女の会話が聞こえる。「ダメよ!彼を殺さないで!」「テーヌ、分かってくれ!総裁は今後の我々の成長のために必要なんだよ。もしこいつを生かせば総裁との同盟関係に支障がでるかもしれない。」「私には関係ないわ。」「おいテーヌ、なんてことを言うんだ。総裁は世界を操れるんだぞ。総裁をバックにつければどの組織も、どの政府も、我々に手出しできまい。」「そうかもね。でも、私彼と出会って愛を覚えたわ。私は冷酷な女王にはならない。人間味のある娼婦となるわ。」溜息をつく男。「生憎お前と俺は分かり合えないようだな。すまん・・・愛してる・・・」

 男の持つ銃口がアイリーンに向いている様子が目に入った途端、ラースキンは飛び上がり、男の背後を襲う。「クソ!」男はどうにか銃口をアイリーンのほうに向けようとするがラースキンは彼の腕を締め上げた。しかし手は引き金にかかっている。「離れろ!」男は叫ぶ。しかしラースキンは全力で男を押し倒す。男はうめいて・・・絶命した。

 「あんただったか・・・」ラースキンが見下ろした先には連邦警察剛腕刑事のハリーの死体があった。彼こそがアイリーンの兄であり、「薔薇鉄仮面隊」の首領であった。

 アイリーンは泣き崩れている。「兄さん・・・」ラースキンがその肩に手をかけるが、アイリーンは優しく手をどかした。「一人にして・・・あなたは行って。私との関係はおしまい。」ラースキンは悲し気にため息をつくとオスカーの車に向かい、乗り込んだ。





エピローグ

 今、アメリカ共和国は変動の時代を迎えている。

 軍に引き続き警察内部での不祥事。全国の汚職警察が賄賂や脱税などで不正に裏金を作っていた。これらの裏金は最終的に警察庁長官ハウスラーのもとに集まる。警察庁は資金をアメリカ軍に提供していた。さらに、軍と通じていた「薔薇鉄仮面隊」に対する捜査を妨害した事実が明らかになった。

 過去最大規模の不正を感知できなかったとしてヘスリー臨時大統領は辞任を発表。選挙が開始された。現状では、犯罪組織の撲滅を謳った立憲民主党が優勢である。


 男の覗いているスコープの先に移送車両が見えた。「よし・・・」男は呟いて狙い撃つ。弾丸は移送車両の窓を壊して飛び・・・移送車両が爆発した。男は「任務完了だ。」と言うと携帯のような電子端末を取り出した。そこの画面には沢山の人物名が並び、となりに四角い空欄があった。空欄のほとんどは埋まっている。男は「警察庁長官ハウスラー」と書かれた横の欄にチェックを入れた。その下に「薔薇鉄仮面隊首領テーヌ」の名前があり、そちらはまだチェックが入っていない。


 その男からの暗殺完了通知を読むのは軍幹部のマリクだ。マリクは受話器を取ると電話をかける。「もしもし・・・・」「やあ、できたかな?」電話向こうからはドロゼンバーグの声が聞こえる。「ええ、ただいま。」とマリク。「そうか、助かったよ。君達にはいつも助けられているね。」ドロゼンバーグは満足気だ。マリクは疑問を聞こうと思ったがやめた。自分達の秘密組織は命令を忠実に実行するだけだ。なぜそのような命令が下されるかは探るべきではない。


「薔薇鉄仮面隊は役に立たなかったな。」とつぶやくのはイギリス議会国議長のトーマス。「ああ・・」と相槌を打つのはアメリカ革新共和党の大物であるノーラン元大統領だ。「奴らがあそこまで役に立たないとはな・・・」武装組織「ラキア神聖軍」の総司令官も同調する。その時、重厚な声が響き渡った。「奴らと組んだ結果、失敗したな。だが他にも方法はあるぞ。」三人の大物は口を閉じた。緊張が走る。「なにせ・・・我々ダーククラブズは不滅ですからな。」恐る恐る口を開いたノーランの言葉に重厚な声の主が笑いだす。三人も緊張が崩れて笑い出した。彼らの笑い声は不気味のこの聖堂に響き渡る。

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