証人殺し
2019年 ジャカシティ
アメリカ共和国で一番のカフェ「フォレストサロン」の駐車場に警察車両が集まっている。
駐車場の隅にある喫煙スペースに規制線が張られている。その中に鑑識捜査員数名が入り、何かの写真をとっている。
カフェ内部は緊急的に警察に貸し切られていた。
「お辛いところ申し訳ありません。事情聴取はやめましょう。」との担当刑事の言葉に、ジュディは「申し訳ありません・・・」と言いながら涙を拭いた。喫煙スペースで亡くなっていた女性は彼女の家族だ。ちょうど亡くなった瞬間に電話をしていたため、警察は事情聴取をしようとしたが、ジュディはあまりのショックで刑事の質問が耳に入らない。それを見かねた担当刑事が事情聴取を中止したのだ。
マーガレット・スコッティの死は突然だった。何者かに刺殺されたのだ。抵抗した痕跡がみられたが、犯人は確実に心臓を突いていた。
四日後 ジェファソンシティ 司法省 第二会議室
「ハウスラー長官、頼む。」とのファットの指示を受けた警察長官ハウスラーが中央の演台に進み出て円卓に座るペンタゴン関係者に説明を始める。「とある証人の証言です。お手元の資料をご覧いただければ分かると思いますが、到底信じられない内容の証言です。」こう言った後、ハウスラーは説明を始めた。
今、フランス政府の要請で司法省主導の犯罪組織捜査が行われていることはご存じでしょう?薔薇鉄仮面隊というフランス最大の犯罪組織です。強盗やハッキング、暗殺など複数の犯罪を裏で操っている疑惑が持たれていますよね。今回その組織と関係性が噂される人物の取り調べを行いました。人物名ですか?司法取引により、その人物の名前は伏せます。では、証言内容に入りましょう。結論から言いますと、薔薇鉄皮隊はアメリカ軍の反共作戦に協力しているというのです。ええ、驚きになるのも無理はありません。犯罪組織と軍の癒着など、あなた方の厳格な管理を目の当たりにしている我々にとっては非常に信じがたいことです。
「私は驚きませんがね。」ドアが開き、いきなり若い男が入室してきた。会議室にいた者達がざわめく。「トム大統領!」と驚いたファットに対して、若き大統領はにこやかに答えた。「ブレストン上院議員が体調不良になられましてね、会食は中止になりました。先日あなたから報告を受けていた証言に関して、私も思い当たる節がありましたのでね・・・」
トムは演台近くに移動して、いきなり話し始める。
最近の国際ニュースにて、世界各地の反共テロにアメリカ軍の武器が使われていたと話題になっています。本当は私が国連あたりに出向いて釈明などをしなければならないところです。現に各国首脳より批判的な電話をいただいています。では、なぜホワイトキャッスルとしての声明を発表しないか、ということですが、まだ詳しいことが分かっていないのですよ。
私はペンタゴンに、どこから武器が流出したのか調べるように指示いたしました。しかしながら、ペンタゴンよりいただいた調査結果によると、武器の流出は確認されなかったということですね。
さてと、はっきり言いましょう。私はこの調査結果に納得をしておりません。武器の流出はどこからかあったはずです。そこに来てこの重大証言です。軍隊と犯罪組織の癒着。この二つを結びつけて考え・・・私は軍隊内での再捜査が必要だという結論に至りました。しかしやり方を変えてみましょう。今度は・・・ファット長官、司法省主導で軍隊内部を捜査していただけませんか?
「待って下さい、大統領!我々はアメリカ共和国軍です。国を守るために、国民に忠誠を誓って・・・」共和国軍統括司令官ジャックが立ち上がり、抗議する。それに呼応するようにペンタゴン副長官レビンスキーの甲高い声が響く。「大統領が再調査をお望みでしたら、我々も最大限協力を・・・」トムは溜息をつき、ハウスラーに頼んでマイクを借りる。「皆さん、静粛に!」不満顔のペンタゴン関係者たちが黙った。「つまり、あなた方には後ろ暗いことはないのですね?」「そうですとも!」と憤慨したように答えたのはペンタゴン政務長官バリーだ。トムは数秒間をおいて、「それならば司法省の調査が入ったとしても堂々といつも通りに業務をこなしていただければいいのですよ。ファット長官は不正には敏感ですが、非常に公正です。何もなければ、あなた方が国防において重要な役割を占めることを再確認するだけで終わるでしょう。」と締めくくる。
翌日 リムソンシティ リムソン市警
ロックウェルは沈黙を続けた後バネッサに問う。「ラースキンに何を吹き込んだのかな?」バネッサは軽く笑い、答える。「何をおっしゃっているか分かりませんよ、ロックウェルさん。」「ふん、とぼけるのか。私はラースキンにある命令を下したが、彼はそれをなざりにして連続殺人事件の最捜査を行っている。どういうことだね?」「あれは、キャロル刑事部長の承認を得ているようですよ。それよりも・・・」バネッサは少し体を前に傾けて言う。「私からも聞きたいことがありますのよ。」「ああ。何だね。」「ラースキンにマーガレット刑事を見張れという命令をしましたね。」ロックウェルは少し動揺する。「なんでそれを・・・ラースキンめ、バウントの犬にそれをしゃべるとは・・・」「そして・・・そのマーガレットは何者かに殺されました。ニュースで見たでしょう?」「ああ、残念だよ。」「あの・・・質問に答えていただいていませんが?」「ラースキンにマーガレットを見張らせていたのは、あの女がハニートラップの可能性があったからだ。」「誰からの?」「ふう・・・聞いて驚くな。薔薇鉄仮面隊からだよ。」「え?」予想外の展開に今度はバネッサが驚く。「さてと・・・」ロックウェルは疲れたように溜息をついて、バネッサに頼む。「ラースキンとキャロルを呼んでくれないか。真実を話す時が来た。」その声はいつものロックウェルとは異なっていた。何か重大な覚悟を決めた声だ。
ラースキンとキャロルは顔を見合わせた。ロックウェル署長は何を企んでいるのだろう。「入りますか・・・」「そうね。」二人は息を吸って署長室に足を踏み入れる。ロックウェルが待っていた。
ニュースを見たな?マーガレットがジャカシティで殺された。君には彼女を見張れといったね。だけど・・・私はあの女を愛していたんだ。ああ、分かってるとも。私は老いぼれ、彼女は若々しい婦警だ。一般的に考えて適切な関係ではないね。それに多分マーガレットは私のことを心から好きではない。彼女はどんな男にも愛の言葉を告げることができるように訓練されている。ホーバンの道具にすぎなかったんだ。だけど、不思議と彼女の死は私を悲しませるんだ!そして・・・私は彼女を殺した犯人を知っている。何だと思うね?薔薇鉄皮隊の誰かだろう。ああ、混乱するのは分かる。だけど、私の話をまずは聞いて欲しい。
私はヤクザ連中や黒人街の連中から金を巻き上げている。そう、賄賂だ。だがその賄賂の半分ほどは上に流れる。つまり、警察庁だ。警察庁の連中は連邦警察からも金を巻き上げている。これで分かるね?バウントも賄賂を受けている。それらは連邦警察本部に流れるんだ。全国の警察署で同じようなことが行われている。警察庁はそうした裏金を軍隊と共有しているんだよ。そう、奴らは仲がいい。だけど、私の予想外だったことがある。ホーバンから警告を受けたんだ。私はそれを不思議に思い、ヤクザどもに調べさせた。するとな・・・ホーバンが関与している地下格闘技場は、実は薔薇鉄皮隊が裏で動かしていることが分かった。その話はあとでしよう。これで私はある推測にたどりついたんだ・・・薔薇鉄皮隊と警察又は軍の癒着。衝撃的だった。だが私は警察庁の幹部にこの話をぶつけてみた。奴の反応から察するに、図星だったようだ。私は大物を脅して金を得てみようと考えたんだ。今では後悔しているよ。
薔薇鉄皮隊との癒着を見抜いた私は奴らにとっては脅威だろう。マーガレットは警察庁の裏金の真実を突き止めてくれた。だから、薔薇鉄皮隊がホーバンの上にいることは分からないだろう。だが、自覚せずに彼女は薔薇鉄皮隊のために動いている可能性があった。そう。それで君に動きを追わせようとしたんだよ、ラースキン。
「さてと・・・それで薔薇鉄皮隊がホーバンの上にいた件だが・・・ホーバンの監視役がすぐ近くにいた。女だ。名前は不明。だが・・・偽名はアイリーンだ。ラースキン、君の知り合いだ。」
1998年 フランス パリ
「ねえ、私のおもちゃ取らないでよ!」と少女が怒る。「ふん!べー!」舌を出した少年は部屋から出て廊下に走り出し・・・メイドとぶつかった。メイドは持ってきた洗濯物を落とす。「おぼっやま!」メイドは怖い顔をして少年を睨むが、少年は走り出そうとする。しかし重厚な声が響き渡って少年は足を止めた。「シモンおぼっちゃま。来週お父様がお帰りになるそうですよ。あなた様が行儀よくしてらっしゃることを期待しているというお手紙をいただきました。さて、シモンおぼっちゃまとテーヌお嬢様にもお手紙が届いていますよ。」白髪でオールバックの執事が白い手袋をはめた手に二つの封筒を持って現れた。
「捕まえた!返しなさいよ。」少女が少年に追いつき、おもちゃをもぎ取る。少年は執事の手から封筒をひったくると少女に渡した。「パパからだよ。」少女は一瞬驚いた後に満面に笑みを見せた。
二日後
窓から外を眺めていた二人は車が入ってくると笑顔になった。二人は顔を見合わせると、部屋を飛び出した。
マイルズは走り寄ってきた二人を抱きしめた。「おお、元気そうだね。」二人の勢いに圧倒されるマイルズ。同じ車から下りてきた老人が言う。「おいおい、シモン、テーヌ、君達のパパは飛行機に乗って来たから疲れているんだよ。」「ははは・・・そうだね、おじいちゃんの言うとおりだよ。パパは少し休みたいな。」「えー、遊ぼうよ。」と不満そうな少年。少女がたしなめる。「だめよ。パパは疲れてるんだってさ。」「えー」「シモン、安心しろ。夕飯の時間には元気になってるさ。それまではテーヌと遊んでいてくれ。」
老人は応接室にマイルズを招き入れた。「すまんな。お前は私の家族だから本来は外部の客が入るこの場所に入れるべきじゃないんだが・・・」「いえいえ、お義父さん、私はかわいい子供たちがいるのにあなた方に世話をまかせきりで・・・」「気にするな。それに、君は本来子どもを作る予定はなかったんだろう。私の尻軽娘が避妊薬を飲んだと嘘をついて・・・」「ちょ・・・お義父さん!」マイルズは顔を真っ赤にしている。「ハハハハ、まあ良識的な思考の持ち主であればあのときのお前を叱っただろうけどな。私は知っての通り変人だからな。」
咳払いの後マイルズが本題に入る。「まことに申し訳ないんですが・・・」「ん?何かな?」と笑顔で老人が言う。「私の子どもたちと同じようにかくまってほしい奴がいます。」「ブラッドリーから聞いているよ。大やけどをしたんだってなあ。頼まれずともかくまうつもりだよ。」と老人。「本当ですか!ありがとうございます!」マイルズはその場で深々と頭を下げた。「まあまあ、顔を上げなさい。君は私の家族じゃないか!遠慮はいらんよ。頼み事は何でも聞くよ。」「ありがとうございます!迷惑ばっかかけて申し訳ありません。」「いいんだいいんだ。それよりかわいい子供たちが待ってるよ。遊んできてあげなさい。」「は、はい・・・」マイルズは慌てて立ち上がると出て行った。
入れ違いにノックをして入って来たのは執事だ。「おう、ブラッドリー、何の用かな?」ブラッドリーは無言で老人に近づき、耳元で言う。「ボスがあんたの孫と会いたいとさ。」老人は動揺の表情を見せて立ち上がり、ブラッドリーを睨みつけた。「お前のボスに伝えろ!調子に乗るなとな!いいか、お前含め奴の組織の構成員は皆私のおかげで豚箱行きを免れてるんだぞ。私の家族には手を出すな。」「はい、お伝えしますとも。」ブラッドリーは薄笑いをして答え、廊下に出る。そして閉まった戸の方に向いて独り言をつぶやいた。「あんたの孫は我々の後継者だ。あんたがどう望もうがそうなる。ボスはもう権力を手に入れたよ。あんたの守りはいらない。」
2016年 リムソンシティ ドラゴンホテル
シルクハットを深々と被った男がエントランスから入って来たオスカーを見る。オスカーは数秒エントランスを見渡していたが、まっすぐカウンターのほうに向かって歩き始めた。男はそれを見ると立ち上がり、オスカーは横を通ったタイミングでぶつかった。「申し訳ない・・・」「いえいえ・・・」そう答えたオスカーと男の目が一瞬合う。オスカーは去ろうとする男を呼び止めた。「チェックインまで時間があるのですが、どこか過ごすのにいい場所は・・・」「このエントランスの向こう側にカフェがあります。実は私の行きつけのカフェでね。よかったらご一緒しませんか?」「いいですね。」オスカーは答え、男についていく。二人ともカフェにつくまで無言だった。
低い声で男が言う。「ウェストランドでの仕事、ご苦労さんだったな。」「ああ、どうも。さてと・・俺を呼び出した理由は?」オスカーが答える。先ほどの紳士的なやり取りとは違う二人のやり取りだった。「実はな・・・新たな依頼だ。」「ふうん・・・まあ、言ってみてくれ。」「ラークに接触して、最近のこの街の様子を聞き出してくれ。」「スパイ?物騒なあんたが殺しを依頼しないとはな。」「ああ、今回は殺しの依頼をしようにもターゲットが分からなくてな。」「と言うと?」「実はな、最近この街に新たな組織が侵入しはじめている。」「へえ、面白いことになってきたじゃねえか。」「オスカー、真面目に聞いて欲しい。奴らは多くの組織を乗っ取っている。今のところ、黒人どもとジャップども、チカーノと中国人は奴らに動かされている。他にも乗っ取られた組織があるかもしれない。」オスカーは驚愕の面持ちで聞いていた。さらに男は続けた。「てなわけで、我々イタリアンにも被害が及ばないようにしてほしいんだ。そのためには、実態が分からない覆面集団の正体を暴いて欲しいわけさ。頼んだぞ。」「報酬次第ではな。」とオスカー。「希望額を出そう。」と言って男は少し顔を上げる。その顔はモトリオールファミリーのアンダーボス、ベルディそのものだった。
三日前 ジャカシティ とあるビジネスホテル
「ジュディ、一旦帰って・・・」とダイムラーが説得を試みる。「嫌よ!犯人を捕まえるわ。」とジュディは頑なに言う。「それは当局が・・・」「私たちは今までリムソンシティで捜査してきたじゃない!」「ああ、分かってる。あなたの気持ちも・・・だけどここの警察官はムンバクを知らない。彼らはムンバクを捜査妨害したとして・・・」「ダイムラー、やめるんだ。彼女の説得は無理そうだよ。」と言いながら部屋にムンバクが入って来た。「しかしムンバクさん・・・」「知り合いの警官がいる。ジュディ、警察署まで来るか?」「ええ、行くわ。」
ダイムラーは溜息をついて後を追う。
同日 リムソンシティ 連邦警察支局
「よお、女が見つかりそうだってな。全くお前は・・・」「ハーマン刑事、ハンクの部屋まで案内して下さい!」「はいはい・・・」ハーマンはラースキン達を「緊急対応武装警察課」と書いた部屋まで案内した。大きな部屋である。「連邦警察支局の機動隊の連中はこの中にいる。ホーバンを撃ったハンクって奴もいるはずだ。」
「ああ、俺だが何の用だ。」とハンク刑事が答えた。「なぜホーバンを撃った?」とラースキン。「質問に答える前に俺の質問に答えてくれ。」とハンク。キャロルが眉をしかめた。返事を待たずにハンクが質問する。「なぜお前はホーバンを襲った凶悪犯なのに釈放されたんだ?あんたの上司かな?」「ああ。あんたの推測は合ってる。ロックウェルが俺を釈放させた。だけど俺はもうすぐまたここの取調室に戻る。」ハンクが不思議そうな顔をする。「悪徳警官にしては珍しいな。反省してるのか?」「そもそも俺は釈放される気がなかった。勝手にロックウェルがやったことだ。」「ほう。でも釈放されてよかったろ。」「今は良くなかったと思ってる。それはロックウェルも同じだ。」「ん?どういうことだ?」ハンクの顔に警戒感が走る。「ロックウェルはハリー刑事と話している。そして俺は今から取調室に戻る。ロックウェルがハリー刑事に真実を全て話す。俺もロックウェルから聞いたことを全て話す。」
ハンクの顔が震えた。「クソ!」ハンクはいきなり銃を取り出す。ラースキンはハンクの腹を蹴りつける。ハンクは銃を落とした。
ハーマンが入って来た。「ラースキン、取調室に来い。」「今行きます。それから、もうひとつ取調室を開けておいたほうがよいかと。ハリー刑事にお伝えください。」
キャロルはピストルをハンクに突きつけている。「手伝ってちょうだい!」との指示で驚きながらも周りの機動隊員はハンクを抑え込んで手錠をかける。
「ふん・・・おしまいだ・・・」うつろな目でハンクはつぶやく。
ロックウェルは応接室で待っていた。緊張している。ハリー刑事は数分で応接室に入ると言う。待っている間、小型の盗聴器発見機を用いて確認する。盗聴器は仕掛けられていない。
「少しお待ちください。今、お会いになる準備をしております。」ハリー刑事の部下が紅茶を運んできた。ロックウェルにとってお茶はありがたかった。気分が落ち着くからだ。紅茶に口をつける。
違和感。苦い。めまいがする。視界がぼやける・・・悟った。ロックウェルは消されるのだ。裏切った罰として・・・体が冷える。脈が遅くなる。吐血する・・・・
紅茶を運んだ警官は外に出た後にやり、と笑う。「次はハンク・・いや俺の同業者セバスチャンを消さないと・・・場所は・・・ほうほう、奴も可哀そうだ。俺が取り調べの担当になってる。ライバルを見た奴の顔を見てみたいもんだ。」そう独り言をつぶやくのは殺し屋ボックスマンだ。




