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ブラックストリート  作者: エッグ・ティーマン
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潜入捜査


2018年 アメリカ共和国 ランド州 リムソンシティ 行政特別区 バーネット刑務所

 ラースキンは鼻血を流してうめいた。体が鉄棒にぶつかる。相手の大男は容赦なくパンチを入れてくる。その目は異常だった。痛めつける喜び、血を見る喜びがその男の目には宿る。

 ラースキン巡査は今、この大男を殺す任務を負っていた。彼が潜入捜査をする地下格闘技組織では戦って人が殺せた奴しか受け入れないからだ。そしてリムソン市警は捜査のためならいかなる違法行為も辞さない。そのため彼は今警官でありながら殺人に手を染めようとしていたのだ。

 ラースキンはやっとのことで体を起こすと、相手の顔にパンチを叩きこむ。だが、相手は正気を失っている。パンチにはお構いなしに回し蹴りを決めてきた。ラースキンは倒れる。そして男はラースキンの頭を踏もうとする。甲高い笑い声が漏れている。ラースキンはわずかな力を振り絞って、男の足をつかんで引きずり倒した。二人は倒れた状態で戦う。ラースキンの目お近くにパンチが当たり、視界がくらむ。大男はラースキンの頭をつかんで立ち上がってしまう。ラースキンは相手の片手にかぶりつき、どうにか手を引きはがした。形成は不利だ。大きな二本の手がラースキンの首に伸びた。振り払おうとするが、その手をひねりあげられてしまう。思わず大きな叫び声が出てしまう。痛くて手が使えないラースキンを見て、相手の男はほくそえんで一気に手をラースキンの首にかけた。ラースキンは負けを悟る。これはあくまでも潜入捜査の事前準備だ。こんなことで死ぬなんて、情けない。離婚した妻とその妻の元で暮らす子供たちに大笑いされる自分が見えた。

 が、いきなり力が弱まる。相手は苦しそうに腹に手を当てる。リムソン市警の最低限(これは文字通りまったくもって最低限であったのだ)の支援である毒物(食べ物に混ぜたようだ)が効いてきたようだった。ふらふらになりながらも、ラースキンは体制を立て直し、相手の顔に連続パンチを叩きこむ。うってかわって「待て」の合図をする相手の手をひねりあげた。そのまま距離をつめ、足を引っかけて倒し、顔を踏みつける。大男は血を吐いた。だが容赦なくラースキンは顔を踏み、股間を蹴り上げ、頭を蹴り上げた。毒物が効いている男には抵抗する力がない。

 ラースキンは自分が殺人をしなければいけないと聞いた時には驚いたものの、この大男に対してはなぜか殺すことに罪悪感を感じない。こいつは今収監中のビンセントという傭兵だ。違法ナイトクラブに用心棒として仕え、幾人かを病院送りにし、またとある殺人事件にもかかわった疑いがもたれている。

 憎しみを込めて、ラースキンは両足でビンセントの首を踏みつけ、遂に殺した。

 任務完了だ・・・と思うとラースキンは脱力し、そのまま倒れてしまった。


ラースキンはうめいて目を開けた。白いライトが顔を直接照らしている。起き上がったラースキンは自分がリムソン警察の医務室にいることを知った。薄汚れたベッドに横たわっている。

 「おお、起きたかな?打撲などのけがは見られるが、奇跡的に骨折などはないようだな。今日一日休めばなおるだろう。」と言いながら、ドクター・ダニエルが入室してきた。彼は医務室付きの非常勤医師で、普段はリムソンシティ総合救急センターで外科手術を行っている。(この街では毎日けが人が出るため、彼は毎日オペをしている。)だが、彼の裏の顔は麻薬売人の元締めだ。犯罪組織などのバックを持たない売人であり、病院内のシンナーなどを売りさばく他、運び屋の体を解剖して麻薬を取り出す裏稼業も行う。犯罪組織がバックについていない犯罪者は大抵捜査機関をバックとする。例えばどこの犯罪組織にも上納金を払っていない売春宿の経営者ホーバンはリムソン警察風紀課の爺さんたちに賄賂と風俗を提供している。この医者もそうした手合いの一人で、ほぼ無料に近い形でリムソン警察と契約を結び、さらには麻薬取引で得た金をロックウェル署長に渡している。

 ダニエルは寝ている間に手当をしてくれたらしく、顔は包帯で覆われていた。さらに背中には絆創膏が何枚も貼られているようだ。背中が骨折していないという事実に驚いた。刑務所の空き部屋に仮設された鉄棒リングに、幾度となく背中を打ち付けたからだ。顔も鼻の骨が曲がっていると思う程痛い。「前進痛いと思うが、捜査本部のお偉いさん方が有給を三日用意してくれたらしいから、その間は休んどけよ。」とダニエル。うめき声が漏れる。たった三日!ラースキンとしては一か月くらい休みたかった。だが上層部は潜入捜査の開始を急いでいるらしい。幼稚な理由で。

 その理由はライバルの捜査機関である保安官事務所のスキャンダルを見つけるためだった。潜入する地下格闘技の会場には保安官助手の出入りもみられるという。つまり、今回の潜入捜査の目的は地下格闘技組織の撲滅とともに、保安官事務所の立場を崩すことも含まれる。

 溜息をついたラースキンはダニエルとともに医務室を出て、そのままタクシー乗り場に向かった。



 三日後 リムソンシティ 行政特別区 リムソン警察署

 ラースキンは二日酔いで痛む頭を抱えて捜査会議に出席した。この馬鹿どもの集まりへの出席によって、ラースキンの頭痛は悪化した。

 潜入班(といっても三人しかいないが)のリーダーであるガンビーが三人全員が格闘技組織から承認されたという。ガンビーは裏社会の情報屋のコネで警備員として雇ってもらい、同僚のマーガレット巡査は副業(リムソン警察上層部公認)である風俗嬢の経歴を生かして選手のもてなし係として、そしてラースキンは地下格闘に参加する選手として潜入する。「潜入は四日後からだ。不用意な発言をしないためにも、組織の深くまで潜らずに構成員の話から自然と情報を引き出してくれ。」という。難しいことをいいやがる、とラースキンは思う。だいたいラースキンとマーガレットは本来潜入捜査員ではない。本来は情報管理課のデスクで上層部が押し付ける退屈な書類仕事をさばく仕事をしていた。ヤクザとチャイナマフィア間の抗争にリムソン市警内のとある派閥が介入し(というよりも抗争の発端がその派閥だった)、結果として派閥に与する捜査員が全員怪我。その中にガンビーを除く潜入捜査員全員が含まれていたため、急遽として応援に入ったのがなぜかラースキンとマーガレットだったのだ。少しでもアクティブな仕事がしたいという軽い気持ちでオファーを受け入れた過去の自分をラースキンは呪った。

 

 四日後 リムソンシティ ホーネット地区

 深呼吸をしてラースキンは目の前のバーの扉に向かう。先ほど、他の二人からは先に潜入したとの連絡が入っていた。

 防弾チョッキを着て、腰にライフルを差した用心棒が入ろうとするラースキンを手で押しとどめた。「武器は俺が預かろう。」溜息をついて、愛用のピストル二挺を渡した。「うちは会員制だが、お前は会員か」と用心棒。この質問は想定内だ。落ち着いて「ペットは猛犬と毒蛇」と合言葉をささやく。用心棒は眉を上げ、「格闘技場に案内する客だ。合図があり次第入れるぞ。」とトランシーバーにささやく。数分後に、応答があった。「入れ。案内人がいる。」とだけ言って用心棒は道を開ける。

 入った途端、いきなり黒いスーツを着た大男に腕をつかまれた。その大男は無言でラースキンを引っ張っていく。彼はポーカー遊びに興じる金持ちたちや安っぽい愛の言葉をささやき合う浮気人間と愛人、ヘビースモーカーの吸う質の悪い煙草の煙などの間を通り抜けて、なんとトイレに入った。トイレの奥の清掃用具庫をあける。ラースキンは不安になってくる。はやくも身分がバレている可能性があった。

 清掃用具庫の中身は空っぽだ清掃用具はない。その代わり、キーパッドがついた鋼鉄製の扉がある。その横に何とガンビーと見知らぬ男がピストル片手に立っている。警備員として扉を守っているようだ。ガンビーは表情を変えない。さすが潜入捜査のプロだ。二人の警備員は黙ってどき、スーツの大男がキーパッドに数字を入力して解除。

 扉を開けたとたん、そこにはすさまじい光景が広がっていた。コンクリート製の階段が十段ほどあり、下りると200畳ほどの部屋が広がっていた。その部屋には多くの檻が設置されており、檻の中では血だらけの選手たち(男が多いが、女もいた。)が戦っている。ほとんどの選手はナイフで戦っているようだ。また、人間ではなく巨大な蛇や牙が鋭い猛犬と戦っている選手もいた。それぞれの檻の周りを高級スーツに身を包んだ者や派手なアクセサリーをじゃらじゃら付けた者、そしてチームカラーの服を身に着けたギャングなどが取り巻いている。彼らは賭け、あるいはチームに属しているギャングを応援するために集まっているようだ。それらの者は殺し合いの様子を見ながら煙草を吸い、はしゃぎ、野次をとばし、大声で応援する。それぞれの檻には屋根がついており、そこに実況者兼審判の座席が付けられている。彼らの仕事は試合の開始の合図をすること、選手に罵倒を浴びせて煽り立てること、試合終了の宣告と清掃人に遺体の片づけを指示すること(デスマッチの試合が終了したということは遺体が発生するということである。)である。単なる殺し合いのためルールはないようだ。奥にはドリンクバーと多くのトレーニングマシーンがあり、選手たちがトレーニングを受けたり、飲み物を飲みながら接待嬢と談笑したりしている。また手前にはたくさんのベッドがあり、血だらけになった選手に白衣を着たスタッフが手当を施している。勝者用の救護スペースのようだ。そこで息絶える者もいて、慣れた手つきで清掃人が死体をトレーニングスペースの後ろの裏口から運び出している。下に下りると、ナイフが大量に陳列された棚に気づく。ナイフはサバイバルナイフ、果物ナイフ、バターカッター、見たことのない刃渡りが大きいナイフなど無限の種類があるように思われた。選手は棚の管理人に料金を払ってナイフを借りるようだ。どの選手も棚に行っていることから自前の武器の持ち込みは禁じられているらしい。

 スーツの大男はトレーニングスペースにある、パイプ椅子に座っている眼帯をした初老の男にラースキンを押し付けて戻っていった。「こんにちは。ようこそ。」とその男はあいさつすると説明を始めた。「ここはあなた様のような勇者が集まるところです。文字通り戦闘に自分の命をかける、こんなスリリングな経験が出来る場所はここだけです。さて、このスペースはトレーニング及び休憩ができるスペースです。多くの勇者がここで鋭気を養い、自分の力を最大限まで高めるのです。ここでは喧嘩は禁止ですよ、真の勇者は場外乱闘はしないものです。ここにいる勇者たちが敵となるのは檻の中だけです。その代わり檻の中では私共が提供する武器を使えばどのような方法でも構いません、全力で戦って敵を葬ってください。さて、ここでのトレーニングが充分できましたら私のような紫のスーツを着たスタッフにお声がけください。開いている檻に入っていただきます。檻によって戦闘方法は異なり、人間対人間、人間対毒蛇、人間対猛犬またそれらの組み合わせです。入る檻はこちらで決めさせていただきますので、人間一人と毒蛇一匹、猛犬一匹を同時に対応できるようご準備しておくことをおすすめしますよ。ああ、言い忘れていました。私共は武器のレンタルに限り、代金をいただきます。ほとんどの収益はこの戦闘の有料動画配信とこの場所で戦闘を見学できるプレミアム会員の料金、そしてカモフラージュで行っている表のバーから得ております。ただし、選手は動画で自分の顔がダークフェブに流出すること、そして負けた場合遺体は処理され、正式な埋葬は行われないことを了承していただく必要がありますね、サインを。」ぞっとしながらも渡された紙にサインする。「よし、なにか質問はありますか。」「そうだな・・・戦闘に使われる蛇と犬も戦闘のとき死ぬことがあるだろう。」「ええ。もちろんです。選手か蛇犬、どちらかが死ぬことになりますからね。」平然と答える男。その目は冷たく機械的に光る。「そうした際の仕入れ先はどこなんだ。」男は少し鋭い目つきになってから、作り笑いを浮かべて答える。「すみませんな。仕入れ先の情報は極秘でして。というのもこの蛇犬は実験を施されて殺人本能のみを残したものです。一般には流通していないもので裏ルートで仕入れているものになりますからね。」「ああ、分かった。後は質問はないよ。」「そうですか。それではごゆっくりお楽しみ下さい。」

 ラースキンはドリンクバーに行き、紙コップをとるとビールを注いで近くの木製の椅子に腰かけた。殺し合いの様子を観察しようとしたが、檻の周りに集まる人のせいでよく見えない。だが試合終了の檻の中は大抵血の海であり、切り刻まれた遺体を作業着を身に着けた柄の悪い清掃人が平然と黒い袋に入れて回収する。軍隊に属していたラースキンは平気だが、マーガレットは大丈夫なのだろうか。清掃人らは「スタックルーム」と書かれた裏口から出入りしている。その隣には「プレミア会員入り口」と「出口」があった。観戦者はプレミア会員入り口、選手はバーのトイレの入り口から入り、出ていくときは全員出口を通るようだ。出入口にも防弾チョッキを付けた屈強な用心棒がいる。

 「ねえ、素敵な人ね。」いきなり接待嬢に声を掛けられる。ヨーロッパ系の女性で目は綺麗な青色。半分透けたドレスから大きな胸が見える。金髪はポニーテールにまとめられている。なかなかの美人だと思った。「やあ。」と気軽に挨拶するラースキン。「あなたの筋肉見せてよ。」ラースキンは腕をまくり上げて女性に思う存分さわらせてやる。「すごいわ!」サービスのための反応でもラースキンは少しうれしくなった。おっと、今は捜査中だ。この女から情報を聞き出さねば。ラースキンは慎重にこの女と絆を深めることにした。「君こそ綺麗だ。名前はなんというんだね。」「私?アイリーンよ。」「素敵な名前じゃないか。」「ありがとう。あなたの名前を教えて。」「俺か?俺はラ・・・リックだ。」適当に考えた偽名を名乗る。「あら、似合うじゃない。」女はこぼれるような笑みを浮かべる。この修羅場に似合わない笑みだ。ラースキンは思わず笑みを返していた。「そうだ、君、何か飲まないのかい?」「ええ、いただくわ。」ラースキンは彼女がドリンクバーでコーラを注いで紙コップを持って切るのを待ち、テーブル付きの席に移動した。二人で飲み物を飲んでいると、まだ仲良かったころの妻とのデートを思い出してしまう。


彼と妻が出会ったのは高校だ。ラースキンは昔から問題児であり、高校を二回転校した。一回目の転校ではラースキンの両親は彼を矯正するために金を使って規律の厳しい学校に入れた。しかし、そこの雰囲気とラースキンは水と油ほどに合わず、あきらめた両親は彼を治安の悪さで名高い高校に送ってしまった。

 そこの高校では複数の不良グループが幅を利かせていた。後に彼の妻となる女子高生メリーはとある不良グループのリーダーの玩具(愛人のような存在)だった。そこで敵対する不良グループは彼女を拉致して近くの倉庫で暴行を加えた。そこを目撃したラースキンは単身突入。ラースキンの経歴を知らない不良グループのメンバーを全員屈服させ、学校一番の強者となるとともに、メリーに気に入られる。だがメリーを手放したくない自分勝手な不良グループのリーダーはラースキンと殴り合いでの対決を望む。受けて立ったラースキンは見事相手を負かすとともにルールを破って襲い掛かって来た不良グループのメンバーを全員病院送りにした。

 その後の初デート。メリーは不良グループのリーダーの玩具にされることの悲しみをラースキンに話し、彼女お勧めのカフェに入る。 そのカフェは彼女の叔父が経営するコーヒーショップで、ハワイをモチーフにしていた。従業員は皆ハワイの民族衣装を着て、ハワイの音楽が複数のレコーダーから流れている。ハワイの紅茶を飲みながら初めて純粋な気持ちになった、と思えた。両親や教師に最大限反抗し、努力を放棄し、不良であろうとするラースキン。だがこの女性の前ではそうしたふるまいは出来ないように感じた。彼女は不良のリーダーに対して提供したような見せかけの愛でなく、純粋にラースキンを愛していた。またラースキンもそんな彼女を愛するようになる。

 複数回のデートを重ね、ラースキンとメリーは大学生活、互いの趣味、教授の悪口、クラスメイトの噂、そして人生について何度も会話した。二人とも互いをより深く知ろうとした。そして共通の趣味を見つけた。

 彼らは同じ美大に同時に入った。そこで絵画を極めた。美大で最もスポーツマン体系のラースキンと美大で最も不良の気配を漂わせるメリーはかなり異色のカップルだっただろう。だが二人は周りの目を気にしない。とにかく同じ方向を向いて人生を歩むことに意義を見出していた。その流れは遂に結婚にまで行きついた。

 今とは違う充実した日々だったとラースキンは思い、心持顔が暗くなる。

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