男の怒り
2019年 ラキア王国 タリャプント
タリャプントは実質的に石油王バルロズとラキア天命革命軍が支配する都市だ。
最も目立つ建物は、中央に広がる鋼鉄製の要塞だろう。この要塞の中にはアメリカ企業の協力で作られヨーロッパの城を模したバルロズの屋敷、そして革命軍の総司令部がある。資本主義国アメリカの企業と結託し、多くの「奴隷」を提供していたバルロズだが、今は共産主義を掲げる革命軍と手を組んでいる。だが、彼の中に思想の変化があったわけではなかった。彼はただ使えるものは使う、というやり方で下級傭兵からのし上がって来た。アメリカ企業は彼に投資してくれたが、革命軍は彼をラキア政府軍やライバルの鉱山王・石油王・ギャングから守ってくれる。
しかし市民にとってはバルロズがアメリカ企業と手を組もうが、社会主義の武装組織と手を組もうが関係なかった。彼は常に傭兵団を使って市民を弾圧し、多くの物資を吸い上げ、奴隷として扱う。独裁者であった。そんな市民にとっては秩序を乱すギャングもヒーローになり得る。
そんなわけで平民街に進出するギャング団が主催する闇市には多くの市民が押し寄せる。ギャングメンバーは密輸で手に入れた高級品や食料、衣服を売りさばく。その代わり市民は自分の子どもか体を差し出す。子どもや自らを売った市民はギャング団の人身売買の商品となるか、ギャング団に所属して傭兵となる。
そんな傭兵たちは闇市のテントの裏側にある野原で訓練中だ。彼らは象の牙の武器を構えて互いに殺し合い、死んだ者は中央の大きな穴に入れられ、死体処理係の奴隷の手で焼かれる。その悲惨な様子を、ギャングのボスと友人の元将校はなんと食事をしながら眺めていた。彼らの席は闇市の全てのテントの支柱に支えられた巨大な天蓋の下に設けられている。「どうです、閣下。我々の兵士は大きな貢献ができると思いますぜ。」とギャングボスは将校に話しかけた。この将校、実はギャランディ政権時代の軍の残党からなる反共武装勢力のリーダーだ。革命軍と資金提供しているバルロズを倒すために街のギャングを雇ったのだ。彼は通常傭兵団を雇う二倍の額を提示し、金のためにならどのような者とも手を組むギャング団がそれに乗った。
将校は食事を終えると、「私は今日はこれで失礼する。」と言い、待たせてある装甲車に乗り込んだ。彼はギャングボスから貰った高級首飾りを眺め、付けてみた。手鏡を取り出してもう一度眺め、「悪くないな」とつぶやく。
同日夕方 ラキア王国 モドグル
将校が乗った車は港町モドグルに入った。ここに武装勢力の本部がある。
だが、中に入るとラキア王国の公用語であるラキアンではなく、アメリカ英語が飛び交う。おまけに迷彩柄にアメリカ国旗のマークがついた軍人らしい者が大勢いた。
彼らはアメリカ軍残党だ。ドロゼンバーグが国務大臣であった頃、彼はラキア王国の独裁者ギャランディを支援していた。その支援のために米軍が送り込まれた。ドロゼンバーグの独断での反共活動が明るみに出ると米軍は撤退したが、一部は残留して反共工作をひそかに行っていた。彼らは打ち捨てられた米軍基地をそのまま使用した。この本部も実はそうした基地の一つであり、米軍の支援で武装勢力は作られたのだ。
総指令室に入った将校はこの勢力の「真の首領」である米軍元幹部に一礼した。表向きラキア人将校が率いる武装勢力だが、彼にこのアメリカ人が指示を出していたのだ。
「ギャング共の協力は得られそうかね?」「ええ。奴らは金で動きますから。しかし随分と大金ですなあ。」「ああ、何しろ世界一巨大なネットワークを持つという薔薇鉄皮隊の協力もあるからな。」「ええ、まあ。ですがこんなに投資していただくと、我々にとってはアメリカは祖国ですよ。」「はっはっはっは~!!」と高笑いする米軍幹部。
ギャングボスは将校に贈った首飾りに仕掛けた盗聴器の音声を聞いていた。その顔がだんだん紅潮していく。興奮しているようだ。脇に立っているボディガードのうちの一人に「情報屋のボスのゴロゴラを呼んで来い。売れそうな情報が見つかった。」と叫んだ。
2019年 リムソンシティ郊外 ムンバク探偵事務所
ムンバク探偵事務所も年を越えて営業再開に向けて慌ただしく準備を行っていた。ムンバクは複数の主要な書類をまとめている。ダイムラーは休暇をとってインディペンデントシティの家族に会いに行っている。ジュディは準備を手伝いたがったが、ムンバクが暇を出した。今はティーウッドで美術館巡りをしているという。そして手伝いにきたラースキンは資料室にある資料を整理していた。
紙媒体の資料はファイル毎に整理されているが、解読不能なほど古くなっているものは廃棄してよいらしい。また複数の本があるが、それらも長年読まれていないものは古本屋に送る箱に入れておくように頼まれていた。そしてUSBメモリに入ったデータだ。この整理はムンバクが行うから手を付けないように言われていた。しかし彼は「アイリーン失踪事件」と分類ラベルが貼られたUSBメモリを見つけた。アイリーンの事件にどれくらいの進捗があるのだろうか。
「ムンバクさん、こちらのUSBメモリの内容を閲覧してよろしいでしょうか。」「ああ、構いませんよ。このノートパソコンをお使いください。」とムンバクはノートパソコンを手渡すと、また書類を複数の封筒に振り分ける作業に戻った。
複数のデータがあったが、ひとつ気になるファイルがあった。「盗聴記録」という内容の音声ファイルだ。再生してみた。どうやらホーバンと部下の会話を記録したもののようだった。その音声をきいていくうちにラースキンの顔に驚き、そして怒りが浮かび上がる。
翌日 リムソンシティ 行政特別区 リムソン市警
複数の警察車両に囲まれた、大きなSUVが停まった。助手席から下りてきた警備課の警官が後部座席を開けると、連邦警察副総監のマックが下りてきた。マックは顔を歪めると、警察署の最上階の署長室を見上げた。
しかめっつらのマックに対してロックウェルは笑顔だ。「わざわざありがとうございます。来ていただかなくてもよかったのに・・・」とロックウェル。それに対してマックは「来たくてきたわけじゃない。」と言い、ロックウェルの秘書の手を払いのけて自分で上着を掛け、来客用のソファに腰を下ろした。ロックウェルもその向かいに腰を下ろす。
「さてと・・・あんたが脅している相手を分かっているんだろうな?」と低い声でマックが言う。「脅しなど・・・ハハハ・・・御冗談を。私はただ、とある懸念をあなたにお伝えしたまでですよ。」「ふん、ふざけるなよ。お前はこの件は私が操っていると思い込んでいるようだがね、私はとある高官から命令を受けてそれを実行しているだけだよ。その高官はあんたの首をいとも簡単に切ることができるぞ。」しかしロックウェルは平然としている。「知っていますよ。それどころか、私もその方々の計画に一枚かませていただいていますから。」「何だと!」マックは唖然とし、わなわなと体を震わせる。「お分かりいただけましたかね?」「くそ!」「あなたは危ない計画に加担していますよ。でも私は思うんです。別にあなたがリスクを負う必要はない。ご安心下さい、リスクは私が引き受けますとも。大丈夫ですよ。お金は全て警察庁のお偉方に届けますから。」舌打ちをしたマックは無言で部屋の戸を開け、出て行こうとする。その背中にロックウェルは呼びかけた。「あなたの聡明な部下、バウントさんにもよろしくお伝え下さい。」
二日後 リムソンシティ チャイナタウン
マナンはリドル保安官に不満をぶちまけていた。「いつまで私をここに閉じ込めておくつもりだい!私はこの街の支配者だよ!!ウォンを通じてしか命令を出せないなんて、不合理じゃないか!!」リドルは溜息をついて、数十回目となる説明を繰り返す。「表向きあなたは連邦警察の指名手配犯です。そして現在、表向きウォンさんがチャイナタウンの新しいリーダーです。ですが、ご安心ください。連邦警察も我々保安官事務所もあなたの味方です。機を見計らってあなたを再び女王の椅子にお連れ致し・・・」「うるさい!」マナンはヒステリックに叫ぶ。「口だけでしょ!あんたらは所詮市長が送り込んだ刺客よ。私にとってあなたは敵よ。」リドルはうんざりした顔をし、口を開きかけた。彼の言葉を携帯の音が遮ったのだ。内心ほっとしながら彼は「失礼」と言って外に出た。
部下が見守る中、彼は携帯に出た。男の声がする。「着いたぞ。入っていいのか?」「ええ。タクシーを頼みました。信頼できる会社で、警備員付きです。」「ああ、ビィルヘルムか?」「ええ。そうです。」「奴なら、大丈夫だろう。」
数分後、マナンは入室してきた無礼者たちを眺めた。彼らは客の前でも覆面をしている。リドルはろくでもない奴らを紹介したもんだ。「あんたたちが取引を希望してるんだね?」白い覆面のリーダーらしき男が無言で頷く。「仕事の一部をあんたたちに譲ることによるメリットは?」「我々がヤクザどもを殺す。我々の軍隊の前では奴らも無力だろう。」と白覆面。
マナンはしばらく考えて、言う。「断る。」「何!?」男が声を荒げて、男の周りの黒覆面が立ち上がり、銃を構える。それと同時にマナンの後ろに控えていた中国人、インド人、ベトナム人のギャング達が銃を構えた。緊張感の中で、間に立つリドルは汗を流している。「言ったろう。我々の”軍隊”とな。」そう白覆面が言うと同時に黒覆面が下がり、五人の巨体の軍服男が両手にマシンガンを持って進み出てきて・・・一斉に弾丸を放った。マナンの護衛のギャング達は引き金を引く間もなく、死体となった。リドルがゆっくりとピストルを取り出し、マナンに突きつける。マナンは怒りに顔を紅潮させ、リドルを睨みつける。「立て、ばあさん、付いてこい。」白覆面は言い、マナンは渋々立ち上がる。
外には、大勢のチャイナマフィア、韓国ギャング、ベトナムギャング、「ブッキョーアサシンズ」メンバー、「ムスリムキラーズ」メンバーが集結していたが、マナンがピストルを突き付けられているのを見て皆黙った。マナンは猛スピードでやってきたバンに白覆面とリドルと共に乗り込んだ。
三日前 リムソンシティ郊外
ムンバクは怒鳴りつけるラースキンを前にして自分のミスに気が付いた。
「どういうことです!アイリーンが死んだのならなぜ教えてくれないんですか!」ラースキンはムンバクにつかみかからんばかりの勢いだ。「落ち着いて下さい。この音声を入手したとき、あなたはまだ薬物依存の治療中で・・・」「治療中だったとしても言うべきだった!!クソ・・・そのせいでまたクスリに手を出してしまいそうだ。」ラースキンはその後ふらふらとしてソファに座り、息をきらしながら言う。「今夜、ホーバンのもとに行きます。奴に問いただす!」
三時間後 リムソンシティ 行政特別区 連邦警察本部
ハリーは「捜査資料を見せていただきました。リムソン市警と共に捜査していた地下格闘技場があるということですね。私はこの運営母体が薔薇鉄皮隊ではないかと疑っています。今夜、ここに突撃します。よろしいですか、機動隊長?」ハリーは捜査協力する連邦警察機動隊中隊長に問いかけた。中隊長は加えていた煙草を口から離すと、「あいよ。」とぶっきらぼうに答えた。
その後は装甲車に武器を積み、パトカーの配置を確認し、無線機のテストを行う。本格的な「ガサ入れ」の準備が進められていた。その様子を見て、バウントは溜息をつく。
同日 夜 リムソンシティ とあるバー
入り口の二人の警備員がラースキンを抑える。「今は貸し切っているんだ。また別の・・」警備員は倒れた。ラースキンのパンチが顎に当たったのだ。ドアを蹴り開けたラースキンは驚いて銃を抜こうとするチンピラの目の前のグラスを三発撃って割る。立ち上がった巨体なギャングの足を撃ち抜き、天井のミラーボールを二つ撃ち落とす。ステージで踊っていた風俗嬢たちは悲鳴を上げて裏口に向かう。酒を飲んでいた高級スーツの男たちはピストルを抜いて立ち上がるが、ラースキンがライフルから放った弾丸によって机が砕け、慌てて頭を下げる。バーテンダーと二人の用心棒がピストルを取り出して狙いを定めるが、ラースキンは壁に並ぶ酒のボトルを次々と割り、時計を打ち落として攪乱する。
ラースキンは最後に逃げようとするバーテンダーの足を撃つ。バーテンダーは倒れこみ、泣き始める。ラースキンは片手でライフルを突き付けながら彼を立ち上がらせ、問いただす。「ホーバンはどこだ?」「い、今・・・格闘技場へ・・・」「ありがとさん。」ラースキンはバーテンダーの腰のピストルを奪い取ると、崩れ落ちるバーテンダーを尻目に壊れたバーを後にした。
同時刻 リムソンシティ ホーネット地区 格闘技場
格闘技場の向かい側のレストランの駐車場に二台のパトカーが停まっていた。中から警官が格闘技場を見つめる。レストランの窓側の席にも、ピストルをテーブルの上に出した二人の警官がいた。
裏口側に、そろそろと五人の機動隊員が近づいた。突撃の合図を待つ。近くの道には装甲車と白バイが停まる。表に通じる道にも機動隊の装甲車が停まり、エンジンをふかしていた。
横のモーテルのフロントの入り口は四人の機動隊員と三人の警官に守られ、緊張した面持ちのハリーがと機動隊長が二人の機動隊員に守られながらソファに座る。慌てるモーテルの管理人は太った警官によって無理やり事務室に押し込まれる。
ラースキンは道路わきにタクシーをとめさせた。料金を払ってタクシーを帰らせるとライフルとピストルに弾を装填し、歩き出す。曲がり角を曲がると、直立不動の二人の連邦警察警官に制止される。彼らの近くに二台のパトカーと一台の装甲車が停まる。「今から大規模なガサ入れがあり、道路は封鎖されています。」ラースキンは溜息をつくと、警察手帳を出す。「リムソン市警には連絡は来ていませんが。」警官二人は顔を見合わせ、緊張の面持ち。「私を通してくれたら大事にはしませんよ。私は何も知らない。」警官二人は黙って道を開けた。
ホーバンは後部座席で、マーガレットの首を抱きかかえながらラジオで流れる曲を口ずさんでいた。そのリムジンは爆速で格闘技場の上にあるバーの裏口の従業員用駐車場に入った。助手席から下りた用心棒がドアを開け、ホーバンとマーガレットは下りる。店側の用心棒四人が彼らを囲み、バーの裏口に誘導する。向かい側の雑貨屋前のベンチの私服警官二人は顔を見合わせ、一人が報告する。「リムジンから下りた高級スーツを着た黒人男一名と白人女一名がバーに入りました。バーの用心棒に囲まれているので、経営者かもしれません。」
ラースキンはバーの入り口の用心棒に挨拶した。いまや顔見知りである用心棒は無言で彼を通す。中に入ったラースキンは酒類を運ぶボーイや作り物の笑顔を振りまく風俗嬢、威圧的な外見で警戒する黒服の用心棒などの間を縫って支配人室を目指す。
モーテルでハリーは機動隊長に頷く。機動隊長は無線機に叫んだ。「突撃開始!」その号令を聞いた全ての機動隊が動いた。装甲車は店の前に姿を現し、格闘技場の裏口の隊員はライフルを裏口の用心棒に突きつける。同時にバーの入り口が蹴り開けられ、機動隊員が侵入する。客は驚きで悲鳴を上げている。
入り口が騒がしいような気がしたが、ラースキンは歩き続ける。「staff only」と書かれた戸の前の警備員に近づき、腰に伸びた彼の手をひねりあげ、頭を壁にぶつけて気絶させる。扉をピストルの弾で破壊すると、誰もいない廊下が広がる。その突き当りに支配人室がある。
バーのオーナーがホーバンを迎え入れる。ホーバンは彼が譲った支配人の椅子に座り、マーガレットと用心棒を部屋の外に出す。その時、外からスピーカーで増強された声が聞こえる。「連邦警察だ!お前の店は包囲した。経営者は出てこい!」ホーバンは一瞬驚くがオーナーの腰から銃を奪い取り、「後は頼む。」とだけ言うと支配人室を出た。と同時に支配人室の戸が吹き飛び、機動隊員が入室する。
頭にピストルを当てられた用心棒が両手を上げながら無言で従業員入り口に進む。その後を機動隊員が続く。軽い悲鳴を上げた用心棒に後ろの機動隊員が問う。「どうかしたか?」用心棒は壊れた扉と頭から血を出して倒れる警備員を指さす。機動隊員の一人が後輩二名に現場検証と無線連絡を命じた。
盛り上がっていた地下格闘技場の空気が一瞬にして凍り付いた。機動隊員がピストルを天井に向けて撃ち、スピーカーで一人が言う。「全員壁際に並べ!」
早歩きしていたホーバンは驚いて立ち止まる。「ラースキン、あんたなぜここに・・・」その言葉が止まる。ラースキンがライフルでホーバンの胸を狙っていた。「聞きたいことがある。」
マーガレットは抵抗していた。しかし、警察官は手錠をかけた彼女をパトカーに放り込む。そこには銃を奪われたバーの用心棒が観念した様子でおとなしく座っていた。
機動隊は外側の警官にバーのオーナーを引き渡すと、戸口から出た。そして一人の白人男が経営者と思われる黒人男にライフルを突き付けている光景を見て立ち止まる。
「アイリーンは死んだのか?」「君は何を言っている?」「この音声を聞いてもらおう。」彼はムンバクが保管していた音声データのコピーを再生する。「おい、ライフルを下ろせ!連邦警察だ!」バーの入り口側から来た機動隊も廊下に入る。ラースキンとホーバンは機動隊に挟み撃ちにされている。ラースキンは軽く舌打ちをすると、ホーバンに走り寄り、その頭に銃口を押し当てた。「通せ!!」その時、オーナー室側の一人の機動隊員がピストルの引き金を引く。銃弾はホーバンの後頭部に命中する。ラースキンは驚く。機動隊員がライフルを突き付けて唖然とするラースキンに迫る。ラースキンはライフルを落とすと、手を頭の上に乗せる。
一週間前 インディペンデントシティ とあるジム
ダイムラーが入ると、顔見知りのジムのトレーナーが会釈し、天井をさす。ダイムラーは頷き、二階に向かう。
支配人室で情報屋ブンガがダイムラーを迎える。彼はラキアギャングから更生してボクサーになり、ボクサー引退後にジムを開いた人物としてこの街では有名である。しかし、彼はまだ裏社会にコネクションを持っていた。通常のルートでは集まらない裏社会関連の情報を多く収集している。裏社会関連の調査を行うムンバクとダイムラーとは、協力関係にある。さらに、ラキア人であるムンバクの父親とも知り合いである。
「ムンバクは元気か?」とブンガ。「ああ、元気ですよ。あなたに会いたがっていました。」「そうか・・・顔見せられなくてすまねえ、ってムンバク爺さんに伝えといてくれよな。副業でやるはずだったジムが儲かり始めてな、ハハハハ・・・そうだ、コーヒーいるか?」「ああ・・その・・実は家族とこの後レストランで・・・」「ああ、すまねえ、お前さんは休暇中だった。でもよお、にもっかわらず俺がお前さんを呼んだ理由は分かってるな?」「ええ、どのような情報が?」「ああ、まず座れ。」
「情報はラキアのギャングと情報屋集団からのものだが、お前さん達に渡しておいて損はねえ情報だ。」「なるほど。で、その内容は?」「まあ、そう焦るな。順番に説明する。まずな、そのギャング共はタリャプントにおけるテロ活動のために雇われたんだよ。」「タリャプントというと・・・バルロズが支配していましたかね?石油狙いですかな?」「いいや、反共テロだ。」「反共・・・しかしバルロズは・・・」「ああ、ドロゼンバーグとアメリカ軍の反共活動に協力した疑いがある。だけど、奴に政治思想はない。ただ権力維持に利用できるものを利用しているだけだ。だから今は天命革命軍のサイコパスどもと手を組んでいる。タリャプントは実質革命軍の本拠地さ。」「あの国は世紀末ですな・・・」「ふん。いまさらか?大統領が麻薬王の時点であの国は終わってるのさ。」「で、反共テロと?」「そうそう、その話だったな。ギャング共は革命軍とバルロズを倒すテロ活動のために雇われたらしいぜ。」「誰に?」「神聖自由軍だよ。」「なんと・・・」「そうだ。反共のならず者どもが共産主義のならず者どもに戦争を仕掛ける。」「テロ組織同士の戦いですね。」「そうだ。おれにとっちゃ奴らの違いは分からねえ。政治のこともよく分からねえ。共産だろうが反共だろうが奴らはならず者だな。」「ええ、その通りです。で、申し訳ないのですがそろそろ本題に・・・」「ああ、すまねえ、すまねえ・・・でよう、お前さんは自由軍の正体を知っているか?」すこしイラついたようにダイムラーは答える。「ええ。ギャランディ政権時代の政府軍の残党でしょう。それくらい私も・・・」「表向きはな。」「はい?」「実はな・・・」ブンガはダイムラーに顔を近づけ、低い声で言う。「奴らの上層部はドロゼンバーグが送り込んだ米軍の残留兵どもの命令を受けている。」「ほう・・・」ダイムラーは考え込んでしまう。実際、故アーノルド大統領はラキア王国にいる残留米軍についての疑惑を口にしていた。そして、彼らは現在の米軍にもコネがあるとも言っていた。そしてアーノルドは暗殺された。虚空を見つめてうなるダイムラーを見て、ブンガが苦笑する。「また難しいことを考えているな。だがいい、考えるのがお前さんの仕事だ。俺はとにかく得た情報を伝えよう。さあ、待たせたな。本題だ。」そう言ってブンガは核心の話を始める。「さてギャング共がその米軍残党と自由軍をリサーチした結果・・・・薔薇鉄皮隊の名前が出てきたのさ。何でもな、奴らが自由軍からギャングに払う金と武器を提供するようだぜ。」「なんですと!!」貧乏ゆすりをしていたダイムラーは突然椅子から飛び上がる。「解釈はあんたに任せるが、とても興味深い情報だろう?」「ええ、非常に興味深い。」とダイムラーは言い、また座り込んで考える。家族との夕食会のことは頭から消えていた。
2019年中華人民国 首都炎泉 首都公安軍本部
正面扉から覆面を被った集団が入って来た。全員ライフルを持っている。数人の男が爆弾を投げ入れる。大きな爆発が起こり、巨大な炎が上がった。
二日前 ボナード国 サラエント 聖レーニン教会
共産主義者の「似非キリスト教徒」が次々と礼拝堂に足を踏み入れる。
彼らの教義は他のキリスト教のどの宗派にも理解されないものであった。セント・バチカン自治国教帝からは「邪教」と言われているほどだ。彼らは赤ロシア共和国を建国したレーニンをキリストの遣わした最高位の天使と考えていた。そして全世界を共産化することこそ楽園の実現に必要なことであると思っていた。
集まった人々は神父の演説を聞く。ボナード国にはびこる経済格差や大企業同士の醜い権力争いの話。そして共産化することの意義。
教会の裏側に集結した傭兵団はリーダーの男の「今だ!」との合図でライフルを取り出し、ガラスに打ち込む。また、正面から覆面を被った集団が突撃する。さらに次々とバイクが乗り付け、特注のショットガンを持った集団が教会を守る警備員をハチの巣にする。
演説中の神父の脳髄が飛び散り、倒れた。一瞬の沈黙の後人々は悲鳴を上げる。そこに大勢の傭兵たちが押し入り、次々と教徒たちは死んでいく。