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ブラックストリート  作者: エッグ・ティーマン
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ポリスメドレー

 1998年 リムソンシティ 貧民街

 ブライト医師は眉をひそめた。その目線の先には彼のもとによく来るならず者がいた。正直、ブライト医師はこのならず者を好いていなかった。彼は大抵ギャングやチンピラ集団との抗争で怪我を負い、ブライトのところに搬送されてくる。このならず者の職業柄仕方のない面もあるかもしれない。彼は25歳という若さでありながら、ホテルやナイトクラブ、レストランの経営者となって利益を上げていた。しかし、犯罪都市リムソンではナイトクラブの経営者は即ち裏社会との関わりを意味した。実際奴は違法ポルノ映画への投資や盗品の取引、強請・恐喝や麻薬取引に関わっているという噂があった。そして警察や保安官に賄賂を渡し、市長や市議会議員に無料で風俗サービスを提供しているという情報も警官の知り合いから聞いた。胸糞が悪くなる。

 「どうしたんだい?」といやいやながらブライトが聞く。「すまんがね、あちらに瀕死の男性がたおれているんだ。緊急手術はできるかな?」「その男の様子を見せろ。」


 「こりゃ酷いな・・・・」ブライトは瀕死の男性の様子を見て絶句した。ただれた顔に銃弾の跡。血だまりが広がる。通常なら死んでもおかしくない状況だが、奇跡的に脳と心臓が機能している。「まだ救えるな・・・」ブライトは大急ぎで部下達にオペの準備を命じた。

 ならず者は積極的にブライトを手伝う。まず救急ベッドが設置されているテントに男を運び込む。それから看護師とともに道具を並べた。「お前さんがきちんとボランティア活動をしているのを見るのははじめてだな。」「先生、冗談いっちゃいけねえ。俺は善良な市民ですぜ。ボランティアだってもちろん・・・」「この瀕死の男性はお前の知り合いだろう。私が必ず救ってやるから安心しろ。」ブライトは自分でも驚いたことに、こんな言葉をかけていた。嫌いなならず者。犯罪者。だけど、彼だって私の患者の一人だ。彼だって人間だ。無意識下でそう思っていたことに今気づいた。そして、ならず者が人間である証拠に、彼の目には涙が光っていた。


2018年 リムソンシティ 行政特別区 リムソン市警本部

 ダニエルはロックウェルに詰め寄る。「何だって!あんたはラースキンを好きに使ってくれと言ったじゃないか!」「落ち着けよ、ダニエル。」つかみかからんばかりの勢いのダニエルに対してロックウェルは平静そのものだ。「いいか、俺と奴の『守護者』とはとある取引をしたんだよ。もちろん取引というからには、我々の利益になるものだよ。」「つまり、あんたは自分の利益を優先して俺との約束をやぶっ・・・・」「おいおい、最後まで話を聞いてくれよ。」ロックウェルは銃口を突き付けていた。その顔は笑顔だ。「リムソン市警の利益はお前さんの利益でもあるのだぞ。ダニエル。」


 ラースキンは退屈な書類仕事に取り掛かる。ムンバクがロックウェルと「とある約束」をし、彼は市警に戻されたのだ。従って彼は今通常業務を行っている。つまり、記録の確認・整理と更新、保管だ。

 以前は張り合いがなくやる気はなかったこの仕事に、今ラースキンは幸せを見出していた。人生で多くの「非日常」を体験し、麻薬依存まで経験した彼は「日常」がいかにすばらしいか実感していた。

〈やはり大切なものは失わないと分からねえものだな。〉と彼は考える。


二日前 ウェストランド 行政特別区 ウェストランド市警

 ウェストランド警察署長は担当検事から電話を受ける。「入金を確認しました。そちらの用意した証拠と齟齬がないようにこちらも証拠を用意させていただきます。」「ああ、ありがとう。恩に着るよ。」そう返事して電話を切った彼は、別の番号にダイアルした。

 「やあ、ご苦労さん。」電話の向こうからかつての同僚の声が聞こえる。「ああ、ご苦労さん。」「首尾はどうだね?」「安心してくれ。検事の買収には成功したよ。」「ほう。これでアーノルド銃殺事件は幕引きを図れそうだね。」「ああ。犯人はネオナチの二人だ。」「最高のシナリオだ。上に伝えとくよ。」「ところで一つ聞きたいんだが・・・・」「「何だね?」「本庁はどうしてアーノルド大統領銃撃事件の幕引きを図っているのかな?銃撃事件について何か知っているんじゃないのか?」すると相手の口調が急に不機嫌になった。「お前さんの悪い癖が出たぞ。好奇心はこの際抑えろ。」「なるほど。そういう案件なんだな。すまないな。」何かを察した署長は話を切り上げて電話を切った。

 「少し休むか・・・」そう言って署長が目をつむりかけた時、ノックの音がした。「クソ!」署長は小声で悪態をついた。そして椅子に座りなおすと「入れ。」と入室許可を与えた。部下のボックスマン刑事が入って来た。「やあ、どうし・・・・」署長の言葉は途中で途切れた。ボックスマンはナイフを取り出し、署長の腹に深々と尽きたてる。署長は驚愕の眼差しでボックスマンを見るとあの世に旅立った。

 「暗殺完了。」とボックスマンは首元に隠してある通信機に向かって報告した。


四日後 リムソンシティ 行政特別区 連邦警察

 バウントは溜息をついた。早朝の出勤直後に受けた連邦警察総監ラウールからの電話内容が原因だった。本部から厄介者を押し付けられた。

 ハリー特別警視。「連邦警察のおてんば娘」ハンナ組織犯罪対策局長の腹心。ラウールは彼を送り込んだ理由を次のように説明した。「奴はハンナの手だ。その手を切り落として我々の下に置くようにするんだよ。ハンナは奴無しでは我々の行っていることを解明できまい?」そしてその口実にファット司法長官が警察庁に捜査本部設立を指示した「薔薇鉄皮隊およびフランス諜報員失踪事件」を利用した。即ち、犯罪の温床と言われているリムソンシティにおいて薔薇鉄皮隊の痕跡がないか捜査を進めるという口実で捜査本部の一員であるハリーを送り込んだのだ。だがバウントは本部が厄介者を押し付けただけだという事が分かっていた。多分ハリーはこの場所に着いたら即座に捜査員の任命を行い、本部職員の特権を利用して仕切りはじめるだろう。

 「ふん、だが私の方が一枚上手だな。」とバウントは思う。彼は今、実質的に保安官事務所を支配下におさめ、市警もある程度制御している状況だ。この後リドル保安官とロックウェル署長に警告の電話をかけたほうがいいだろう。それから、そうだな・・・バネッサ特別警部をリムソン市警に移しておこう。彼女をハリーの支配下に置いておくと色々不都合だ。


二週間前 インディペンデントシティ ダスケタワー

 大物ギャングのダスケは黒人街の中心に見下ろすような形で建っているマンションの最上階に住んでいる。黒人街から巻き上げた「税金」で建てたマンションだ。所有権は無論ダスケで、他の住人は闇金業者や汚職政治家、ダスケの同盟者のギャング関連の人物、ダスケに秘密を握られている富豪だ。

 今そうした住人の一人が彼の応接室に来ていた。がっしりした体格の白人の青年だ。年配で貫禄あるダスケの前でも動じる様子がない。堂々と議論していた。

 「申し訳ねえが俺も無限に金を持ってるわけじゃねえんだよ。無い袖は振れねえ。地下格闘技なんざ、やめちまえばいいんじゃねえかい。」とダスケが言ったのに対し、青年は反論する。「ですが、金の流れを考えて下さいよ。我々の同盟者から一部の利益があなたのご友人のドロゼンバーグ氏の元に流れますよ。」「ああ、分かってる。だが奴は俺の友人じゃねえ。たんなる金ずるだ。奴にとっての俺も金ずる。互いに信用なんざねえよ。つまり何が言いたいかと言うとだな・・・」「ああ、でしたらドロゼンバーグ氏ではなくドラゴンクラブを受け取り人にしましょう。」「だけど、それを仲介するのはお前さん達の同盟者だろう。あいつはドロゼンバーグの手下みたいなもんじゃねえか。あんたが俺に直接分け前をくれるっていうんじゃなきゃなあ・・・」しかし青年はなおも食い下がる。もはや意地の張り合いだった。「あの街のハイチギャングはあなたにどれだけ上納してくれますか?」「おい・・・なぜ俺と奴らの関係を知っているんだ!」ダスケはピストルに手をかけて言った。青年はまだ冷静だ。随分肝が据わっているらしい。「我々の組織レベルでは、簡単に調べられますよ。ですが、ハイチギャングとあなたの関係を利用するつもりはありません。ただし、事実として地下格闘

技場にはハイチギャングからの出資もあり、利益の還元も行っていることを知って欲しいですな。」

ダスケはしばらく青年を睨みつけると、突然ピストルを下ろし、言う。「地下格闘技は閉じてしまいな。そろそろラキア王国に金を移動するときだぜ。」すると冷静だった青年が若干動揺する。「その計画を何故!!」「あんたがたが俺らのことを知っているように俺らもあんたがたについて調べていたのさ。」「ではボスのことも・・・・」「あんたがたのボスについては知らん。お前さんを通じてやり取りしているからな。だがいつか直接会いたいもんだな。」「あなたの知っている人ですよ。」「何!?」そして青年は自分達のボスを教えた。ダスケは驚愕の表情を浮かべる。


四日前 リムソンシティ郊外 ムンバク探偵事務所

 ダイムラーはラースキンを迎えた。「ラースキンさん、休んでください。前お伝えしましたよね。あなたとの取引は終わりましたよ。もうあなたはバウントについて調べなくてもよろしい。」しかしラースキンは首を振る。「その件ではありません。」「ではどのような・・・・」「あなたとムンバクさんはロックウェルに何を要求されたんですか?」「・・・・」「遠慮はいりません。というか遠慮するな。」ラースキンは立ち上がり、動揺するダイムラーを見下ろした。「あの狸親父が無条件でダニエルから僕を守るわけがない。あなた方を利用して何かやらかそうとしているんでしょ。奴の悪事に加担しないでください!」ダイムラーはただただまごつく。「やあ、ラースキンさん、来ていましたか。」と言いながら、落ち着き払ったムンバクが入って来た。ラースキンはムンバクに近づくと、いきなりその胸倉をつかんで問い詰める。「あんた方はロックウェルとどんな取引をした?」ムンバクはダイムラーと違い、冷静だ。「ああ、あなたが知りたいのはそのことでしたか。ダイムラー、教えて差し上げればよかったじゃないか。」「しかし・・・」「まあいい。ゆっくり話すからすわっていただけますかね?」ラースキンはつかんでいた手を引き離すとソファに座る。

 「いかにも彼がやりそうなことですがね、彼はバウントを含む連邦警察幹部のスキャンダルの情報を全て独占すると言ったのです。」「バウントを”含む”?」すると、ムンバクは謎めいた笑みを浮かべる。「そうです。ロックウェルは何を企んでいるか分かりませんがバウントのみならず本部の連邦警察幹部のスキャンダル情報の独占権を欲しがったんです。彼は大きな計画を立てていますよ。」「本部の連中はムンバクの不正に裏で糸を引いてムンバクが得た賄賂を回収している疑いがありましたね。」とラースキン。「そうなんですよ、よく覚えておいででしたね。」「ダイムラー君、君がクライアントであるラースキン君に無理をいってバウントの調査をさせたじゃないか、君は無礼な奴だよ!」呆れたようにムンバクが言う。ダイムラーが言い訳を始める前にムンバクは話を続けた。「あなたが今おっしゃったように連邦警察本部が複数の反社会勢力から、繋がりの深いバウントを通じて金を回収している疑いが濃厚です。つまりは本部連中が全ての黒幕で、ロックウェルを手のひらで躍らせているバウントの動きもその連中の命令かもしれない。きっとロックウェルはこう考えたんでしょうな。」「つまりロックウェルは連邦警察本部を相手に壮大な強請を・・・」「まあそういうことですよ。」と涼しい顔でムンバク。「連邦警察本部をけん制する意味もあるんでしょうが、彼も組織がらみの大規模収賄の仲間に入れて欲しかったんでしょう。」とダイムラー。


三日後 リムソンシティ 行政特別区 連邦警察本部

 ハリー捜査官は入室して眉を顰める。ハリーが任命した警部の連中は落ち着きがなく、会議室にはハリーの嫌いな煙草の臭いが充満していた。また下級警察官たちはそんな怠慢な上司の下で働いているせいか、全く緊張感がなく、下品な声を上げている。

 不機嫌そうに議長席に座ったハリーは入室してきた婦警に窓を開けるよう頼んだ。「この悪臭は耐えられん。」と説明すると、いつもスケベ親父たちの息の臭いをかいでいる婦警は激しく頷き、窓を開けた。彼女にとって、自分の境遇を分かってくれる幹部の登場は頼もしかった。


 反感の目が老幹部達から向いていることを意識しながらも、ハリーは涼しい顔でフランス諜報員失踪事件および薔薇鉄皮隊について概要の説明を始めた。

 「まず言っておきますが、本事件の捜査は司法省が外務省から申し入れを受けて警察庁に命じた異例の捜査の一部であり、我々の動きが国際情勢にも影響を与えうるという点に留意して下さい。」何人かの幹部がわざとらしく咳払いをした。「調子にのるな。若造め」とのことだろうがハリーは無視して続ける。「さて、ニュースなどで知っている方も多いと思いますが、フランスにおける犯罪組織薔薇鉄皮隊とその捜査の概要を説明いたします。」そうして彼は説明を始めた。

 薔薇鉄皮隊はフランス最大級の犯罪組織であり、武装強盗、麻薬密売、企業を相手にした大規模詐欺、依頼殺人、ダークウェブの運営、違法風俗の経営、違法なカーレースの開催、裏カジノの経営、武器の横流し、贈賄などあらゆる犯罪行為を主導している。しかしながらフランス当局はその組織を壊すことはおろか、組織の規模や首領、構成についての基本的な情報収集さえできていない。薔薇鉄皮隊の構成員が捕まることはあったが、強盗団のリーダーのような幹部でさえも組織の規模やボスの正体を知らなかった。また組織から賄賂を受け取った政府高官なども尋問されたが、彼らに賄賂を渡したマフィアボスも自分は巨大な組織の末端の構成員にすぎない、と供述している。しかしながらフランス当局が薔薇鉄皮隊の構成員としてマークしていた麻薬組織のリーダーが、ダスケファミリーの幹部と会っていたことが明らかになり、捜査はアメリカに及んだ。フランス政府は大使館を通じてアメリカ政府に捜査員を派遣することを事前に伝えていた。複数の捜査員が派遣されたが、そのうちの一人と連絡がつかなくなったとフランス大使館からアメリカ政府外務省に報告があった。フランス当局はアメリカ政府の捜査協力を要請し、外務省と司法省はその要請に応える形で捜査本部結成を警察庁に命じた。

 「行方不明になったのはフランス外務省諜報部所属のエージェントカテリーナだ。」そう言ってハリーは彼女の写真を出す。「彼女は主に薔薇鉄皮隊に協力している疑いがあるダスケファミリーの調査のためインディペンデントシティの黒人街に潜入していたことが分かっています。しかし潜入二日目に大使館およびフランス外務省は彼女との連絡が取れなくなりました。また彼女はダスケファミリー関連の捜査の取りまとめ役であり、フランス当局は彼女の失踪を重くみています。」「あの・・一ついいかな?」とある警部補が発言を求める。どんな嫌味を言いやがる、と思いながらハリーは渋々発言を許可する。その爺さんは意地悪そうに顔を歪めると「その失踪事件はインディペンデントシティで起こったんだろう?この街には関係ないじゃないか。」と言い放つ。ハリーは頭の中で舌打ちをすると説明する。「この街はインディペンデントシティを除いて最もダスケファミリーの影響力が強い街です。また、元大統領アーノルドの方針で司法省は薔薇鉄皮隊自体の捜査に協力することとしました。そして犯罪組織が多く集まるこの街に薔薇鉄皮隊関係者が数人は潜んでいる可能性が高い。よって警察庁はこの街にも捜査の手を入れるべきだと判断したのです。」質問した警部補は回答に対する礼もなく、横柄に頷く。「今後の捜査方針について説明をいたします。」とハリーは続ける。「この街には多くの犯罪組織が存在することが分かっています。それらがなぜ捜査されないかは疑問でありますがね。」こうした嫌味に対しては数人の幼稚な爺さんから声が上がったが、無視して続ける。「まずはそれらの犯罪組織の情報収集を”私主導で”行います。あなた方は警官ですからいくらかは犯罪組織についての情報を知っているでしょう。しかし、私は薔薇鉄皮隊との繋がり、と言う観点からもう一度犯罪組織の情報を整理したいのです。また薔薇鉄皮隊に協力していると言われるダスケファミリーと繋がりのあるイタリアンマフィアやハイチギャング、ヤクザについては最近のダスケファミリー関連での動向の調査も行う予定です。それに加えて、あなた方には薔薇鉄皮隊またはダスケとの繋がりが疑われる一般人、特に富豪や政治家、そして警察幹部も捜査していただくことになります。犯罪組織・一般人で疑いのある者はただちに捜査本部幹部会に報告してください。精査の上、場合によっては連行していただくことがあるでしょう。また、情報の中で特に重要度の高いものは警察庁内に設置された本部と共有します。情報の重要度自体では本部から増援が送られる、または支局員の皆さまに増援要請をする場合が・・・」

 「退屈」な話により、幾人かの捜査員はそっと目を閉じた。

 

 


 


 

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