廃人アサシン
2018年 リムソンシティ 行政特別区 連邦警察支局
バウント副支局長はデスクの上の電話を取った。
「こんにちは」ダイムラー探偵の声が聞こえる。バウントは「どうしたのだ?そうか、保安官事務所はもう掌握したからあんたの仕事がなくなったな。だがね、君にはリムソン市警を探って欲しいのだよ。」と、バウントは言う。彼はダイムラーを使い倒すつもりであった。しかし、ダイムラーは「まとめて代金さえ払っていただけたらよろしいですよ。調査の依頼をお受けしました。」とだけ言うとその話題を打ち切りにした。どうやら電話の要件は他にあるようだ。そのことに気づいてバウントが問いかける。「今日は何の用かね?」ダイムラーは「実はですな・・・」と待ち望んでいたかのように話し出した。「ビィルヘルム氏が、あなたがたの捜査に役に立つ情報を提供してくれたのでご紹介しようと思いまして。」と言う。「ほう・・・どのような情報かね?」と少し警戒しながらバウントは言う。バウントは連邦警察本部や警察庁関係者からの指示で連続殺人事件の捜査を一部止めていたが、その原因はビィルヘルムにあると確信していたのだ。そんな警戒を読み取ったのか、ダイムラーは「捜査を進める許可はもう出ると思いますよ。」と言った後に本題に入った。そして、そこでかなりの収穫を得ることが出来たのだった。
ビィルヘルムは連続殺人事件の渦中にある犯罪仲介人ミスターKとの関係がムンバク探偵事務所によって暴かれたと知ると、観念して逆に警察に協力することによる名誉回復を目論んだようだ。彼によると、ミスターkは殺されたゴードン不動産王こと強盗のロンドとも繋がりがあったようだ。元々ビィルヘルムは「ゴードン」の親しい友人としても有名だった。そんな友人だったロンドから聞いた話から推察するに、ミスターKとロンドはビィルヘルムがロンドと知り合うよりもずっと前から知り合いだったということだ。
これで連続殺人の三人の被害者が全て繋がった。ロンドとホークは強盗の相棒同士、そしてミスターKはロンドの知り合い。バウントはすぐにこの情報をバネッサ警部に伝え、捜査は一歩加速化した。
同時刻 リムソン市警
ラースキンはロックウェル署長とにらみ合っていた。
「君の暴走は止まらんね。キャロル君を問い詰めてみたら全部教えてくれたよ。ラースキン君、君マリク中佐のところに押しかけたそうじゃないか。」「やはり話が届いていましたか?」「ああ!マリク中佐から申し入れがあったんだ。直々のこの私まで!お前の暴走はリムソン市警の信用を落としかねない行為だぞ!だが、私には君の制御の方法が分からない。君は制御が効かない奴だ。従ってお前を監視という名目でダニエル医師に預ける。麻薬取締課で派遣する旨を書類決定してもらった。」
ラースキンは軽く溜息をつく。ロックウェルは麻薬売人の頭目であるダニエル医師のもとにラースキンを送り込むと言う名目で、実質賄賂でつながっているダニエルにラースキンを押し付けたというわけだ。そして古狸ダニエルのことだから、彼がラースキンを引き受けたのにも理由があるはずだ。即ち、ラースキンを何らかに利用しようとしていると考えられる。
三日前 リムソンシティ ニューカブキチョー
キムは手下が全員覆面を付けているか確認した。そして、静かにバンから下りるよう指示した。
今回はウォンを通じたマナンからの絶対命令だ。ウォンの子飼いの韓国ギャングであるラ・スジュンが何者かに殺害される事件が発生した。そのラ・スジュン暗殺の黒幕はヤクザ達だと考えられたのだ。今彼らがニューカブキチョーに潜入したのは、ラ・スジュンの報復をヤクザに仕掛けようというわけだ。目の前の武藤会系鳩山連合会の本部を見上げる。
建物の三階では鳩山連合会の会長が女を複数侍らせて、部下の幹部とともに宴会を開いていた。そこに秘書の女が電話を持ってきた。「おう・・・なに?あんたのとこに韓国人どもが来た!分かった部下を派遣するよ。それまで持ちこたえてくれ。」電話相手は兄弟の契りを結んだ別の組織のリーダーであるようだ。だが、彼は手下を呼びつけて応援隊を連れて行くように命じただけで、宴会に戻る。雇った多人種の娼婦たちの頭を撫でつけていた時だった。いきなり銃声が鳴り響き、先ほど派遣したはずの手下が戻って来た。その後ろから、ライフルを取り出した二人の警備員が駆け付け、その手下を守りように立つ。下からは怒号と破壊音が聞こえる。「兄貴、中国人と思われる連中が攻めてきました!」
キムは慌てて椅子から立ち上がろうとする黒服の老人を撃ち抜いた。その横に控えていた警備員がピストルを取り出したがそのとき既に彼らはキムの手によって絶命させられていた。キムは返り血を浴びた数人の手下に向かって「上に行け!」と叫ぶ。手下たちは、立ちふさがるヤクザ達を下に投げ落としながら駆け上がる。キムも目の前の大男の脳みそを吹き飛ばすと駆け上がった。
武藤会副理事長のオザキは電話から聞こえてくる報告を聞くと受話器を床に叩きつけ、「チャイニーズどもめ!」と叫んだ。同席していた善輪会アメリカ支部のサカモトが「どうした?」と聞く。オザキは「遂に中国人どもが攻めてきたのです。少し準備してきます。」と言うと席を立ち、控えていた手下を連れて階下に行ってしまった。サカモトは「ふん。中国人どもか、潰してやろう。」とつぶやくと、手下に電話をかけた。
こうしてチャイニーズマフィア・コリアンマフィアとヤクザの大規模抗争が幕をあけた。
二日後 ダック地区
ラースキンはバーでダニエルから依頼の説明を受けながら、麻薬の煙草を吸引していた。煙草については最初断ったのだが、ダニエルにボディガードも使って脅されて吸うことになったのだ。ダニエルはあらゆる機会を麻薬の試験に利用するのだ。ラースキンもその一環でいわゆる「人体実験」に付き合わされたわけだ。
だが、ラースキンは気持ちよかった。彼のすさみ切った心の隙間に麻薬は浸透する。妻との離婚、子どもたちとの溝、妻に変わる女であるアイリーンの失踪。そして殺人。ミスターKの惨殺死体とマンションの中で飛び散るラ・スジュンの脳髄と血。死体慣れ。彼は半ば自暴自棄になって過ごしていた。軍隊を辞め、DV夫を辞め、警察官として生まれ変わろうとした。だがこの街は人を堕落させるだけだ。アイリーンという娼婦に熱を上げ、そして喪失した。不適切な恋だと分かってはいたがそれでもアイリーンを愛し続け、心の底ではいつも行方不明な彼女の事を考えてしまう。
だが、彼も無自覚のうちにラースキンはさらに堕落していくのだ。麻薬でハイになった頭でダニエルの依頼を受ける。黒人売人たちの排除。裏にはむろんサン・ドリル地区のギャング達が関わっている。だが、ラースキンにとってどうでもいいことだ。彼は迷い人だ。正義を見失い、ダニエルの依頼を実行するためにさまよい出る。とにかく殺しまくろう。この理不尽な世界への怒りを黒人売人どもにぶつけよう。
思考力が鈍った彼はさまよい出てダニエルの依頼を実行する。黒人売人を機械的に殺す。場所も何も関係ない。暗殺ではなく粛清だ。軍隊で培った腕前は関係ない。俺はもしかしたら連続殺人の犯人かもしれないな。まあそれもいいだろう。もうどうでもいい。ラースキンはぼんやりと考えながら、目の前に血を流して横たわるソマリア人を見つめる。
四日後 リムソンシティ郊外 ムンバク探偵事務所
「はるばる遠くから来ていただいてありがとうございます。」とクライアントに丁寧にあいさつするダイムラー。彼にとってはこのハリー上級特別警視は「有力で偉大な依頼人」であった。
ハリーは「うむ。」と頷くと、少し緊張した面持ちで調査結果の報告を求めた。ダイムラーは依頼の調査の結果を伝える。「バウント副支局長の不正疑惑ですがね、まず完全に黒ですな。」「やはり、そうだったか。」「ええ。ですが、彼、いや連邦警察をつぶすだけでは不正の撲滅は難しいでしょうね。」「うん?というと他の機関も関わっているのかね?」「ええ。まず保安官が交代したことはご存じでしょうか?」「ああ。一応リムソンニューインフォメーションズのアプリを入れているからな。」「そうなんですよ。保安官は交代しました。でね、この新保安官が曲者なんですよ。」「ほうほう。」と興味深げに身を乗り出すハリー特別上級警視。「といいますのも、実は保安官の人事にはバウントが市役所の保安課にはたらきかけた疑惑があるんですな。」「なるほどね。つまり、保安官事務所は半ば連邦警察支局の手下に成り下がったというわけだね。」「理解が早くて助かりますよ。その通りです。でもこの場合はやはり黒幕であるバウント副支局長および連邦警察支局をつぶせばどうにかなりますよ。ですから、私が問題にしている点は違うんですよ。」「もったいぶらないでくれよ。」「ははは・・・」笑った後ダイムラーは一気に真面目な顔に戻って話を続ける。「この街における黒幕はもちろんバウントですよ。しかしながらね、この街の外からバウントを操る連中がいる可能性が高い。」「ほうほう。」「で、操る連中はもちろんバウントよりも大きな力をもっていますよ。」ハリーは驚きの表情で「まさか・・・」とつぶやく。「その通りですよ、ハリーさん。もしかしたらあなた方はこちらの調査を全て我々に任せていただいて、本庁内部で調査をした方がよいかもしれません。バウントの不正の裏にはバウントでさえ知りえないような大きな企みがある気がするのです。」
三日後 リムソンシティ 中央区 ダスケファミリー支部(フロント企業事務所)
ラースキンは頭痛を抱えながらもダニエルとともに入室した。麻薬の使用を後悔していたが、その一方で早く今夜になってまた麻薬で心を癒したいという思いもあった。彼は麻薬依存症になっていた。
中にはバウントとその右腕であるバネッサ警部がいる。そしてラースキンが連絡をとったオザキとサカモト、保安官事務所が連絡を取ったウォンが向かい合って座っている。ダニエルはラースキンに戸口に立つように命じるとバネッサの隣に座った。彼ら「調停者」の座っている席はヤクザの連中とチャイナマフィアの連中を見渡すように二つの勢力の席の間に配置されていた。
「さてと・・・昨日ニューカブキチョーで痛ましい抗争があった。何人もの日系人が殺されたと聞いている。ウォン、釈明は?」ウォンは憎悪を燃やした目で目の前のオザキとにらみ合っていたが、激しい動作で立ち上がると「我々は報復しただけだ。まず彼らが挑発してきたんだ!」だが、その直後サカモトがたちあがってまくし立てる。「おいおい、それは違うぜ!まず俺らが挑発したという行為について聞かせてもらおう。」ウォンはサカモトを侮蔑の目で睨むと頷いた。「ああ、聞かせてやるぞ。単刀直入に言うぜ、爺さん。ラ・スジュンを暗殺したのはあんたらの差し金だろう、ジャップさんよ?」「ラ・スジュンはたしかにいけ好かないやつだったが、俺らは関与してねえぜ。だいたい俺らはその暗殺の日にお宅らのところに出入りしてねえよ。あんなごみ溜めのような街に入りたくねえな。」
二人の口論をとめたのはダニエルの静かな、しかし容赦のない一言であった。「少し落ち着けよ。見てみろ。銃口があんたらを狙っているぜ。」ラースキンは両手に銃を持って二人の幹部に突きつけていた。「おいおい、坊や、目がおかしい。」とオザキがラースキンの薬物使用を見抜く。「ダニエル爺さんよ、ラースキンに薬をやっただろう?」「その話はいい。とにかくだ、今回の件はそれぞれから相手に対して人質を差し出して終わりにしねえか?」とダニエル。「おう、それで手打ちにしてやろう。次なにかしやがったら俺らは許さねえぜ。」とオザキ。「ああ、こちらもそっくりその言葉を返そう。」とウォン。
ウォンはバカ息子のクラブ経営者であるチャムを、オザキとサカモトは半ぐれ集団のリーダーであるキトウをそれぞれ突き出すことにした。
そしてさいごにバネッサが「今回の件は高くつくよ。」という言葉で日本人と中国人の顔を曇らせたのだった。
ラースキンは車に乗り込むなり、無様に寝てしまった。そしてアイリーンの夢を見る。
ラースキンとアイリーンの間には裂け目が横たわっていた。アイリーンは裂け目のむこうから手を伸ばす。ラースキンはその手をつかもうとする。手が届きそうだ!が、裂け目からいきなりブルーショッツの連中の手が伸びてきて、アイリーンをつかんで引きずり込む。ラースキンはライフルを取り出すが、連中は下に消えた。彼女の叫びとともに・・・・
起きるとダニエルの不気味な笑顔と「新作」の麻薬煙草。ラースキンは煙草を受け取って貪るように吸い始める。
二週間後 ジェファソンシティ 連邦警察
ラウール総監は入室してきたハンナ組織犯罪対策局長を出迎えた。「まあ、かけたまえ。」
ハンナはラウールを警戒していた。総監はきっとバウント副支局長の不正の捜査を嫌がるだろうと思って彼女は無断で捜査を進めていたのだ。それがばれたのではなかろうか?さらに、バウントの不正はより上位の者に操られているとの部下の見立てを聞いて、ラウールを含む内部の警察幹部には神経をとがらせていた。
だがラウールはその件には触れず、彼女にこう命じただけであった。「私は警察庁のほうからフランス人諜報員失踪事件に関する捜査本部の主導を命じられた。フランス当局からの情報提供によると、諜報員はフランスの犯罪組織『薔薇鉄皮隊』の首領を含む幹部がアメリカに渡った疑惑について調査していたということは知っているだろう。この組織は謎も多く、首領も不明だ。しかしながら、ダスケファミリーをはじめとするアメリカ国内の犯罪組織と交流があるらしい。だから、捜査にはお前の精鋭であるハリーの力をかりたいと思ってな。すまんが警察庁内部で私が創設する捜査本部にハリーをかしてもらえんかね?」
ハンナはほっとしながら「ええ、構いませんよ。」と答えた。「我々組織犯罪対策局も協力できますわ。」「ああ、ありがとう。だが今回ハウスラー長官の意向で組織犯罪対策面は警察庁組織犯罪対策部が担ってくれることになった。お前さんが組織犯罪対策局長に就任してから、我々の組織犯罪対策能力は高く評価されている。警察庁よりもだ。ハウスラー長官はそれが気に入らないのだろうね。本来なら君を加えるべきだろうが、ハウスラー長官の機嫌を損ねるわけにはいかないんだ、すまないね。ハリーだけかりてくよ。」
ハンナは一瞬冷笑すると一礼して退室した。ドアがしまると、ラウール総監は溜息をつきながらデスクの上の電話機をとった。電話にボリス警察副長官が出た。「ラウール君かね?どうしたんだね。」「ハンナを説得できました。ハリーをハンナから引き離すことに成功しました。ハンナが退室間際に浮かべた冷笑が気になりますが・・・」「そうか、いいのだよ。ハリーとハンナを一時的にせよ引き離すことができればよいのだ。」とボリス。「あの・・副長官、ひとつおききしてもいいでしょうか。」「ああ、どうしたね?」「ハリーはそこまで我々にとって危険な人物には思えませんが・・・ハンナをどうにかしたほうがよいかもしれません。」「なるほどな・・・だがね、ハリーは危険だ敵に回したくないくらいにね・・・」と意味ありげにボリスは答えたのだった。