大事件
2018年 ランド州 ウェストランド シティホール広場
熱狂と憎悪のぶつかり合い。民衆は二つに分かれて専用車で入場するアーノルド大統領を出迎えた。彼は78歳というかなりの高齢でありながら快活に手を振る。ウェストランド音楽協会所属のオーケストラによる演奏、民衆の熱狂、記者たちの叫び、そして抗議集会の騒ぎ・・・・
民衆の前に置かれた席。ランド州知事・ウェストランド市長とウェストランド議会議長・ウェストランド副市長の間に空席があった。その席の周りを複数の警備員が囲んでいる様子からして、アーノルド大統領の席であるようだ。車がとまり、警備員の案内によってアーノルドが席に向かう。
ロビーの二階から大統領を見下ろす暗殺者。ライフルの照準をゆっくり合わせる。大統領を捕らえる。仲間が言う。「今だ!」暗殺者はライフルを撃った。血しぶきと沈黙、そして悲鳴。とともに駆け上がる警察官。暗殺者は急いで逃げる。
警官は逃げる二人の男を追う。彼らは立ちふさがる警備員たちをものともせずに逃げる。裏口にある黒いバン。二人はそこに転がり込もうとして・・・驚いた。車内から数人の警官が飛び出す。「くそっ、嵌められた!」警官は容赦なく男達の腰を撃つ。血が飛び、二人組は手を上げた。「お前らか!」駆けつけてきた警察官が二人を睨みつけた。彼らは「アメリカファシズム伝導団」、そしてネオナチギャング「ナチス・ナチス・チーア」所属のギャングとして監視を受けていた二人組だった。
数分後
アメリカファシズム伝導団の「傭兵隊長」カントゥーレは大統領暗殺を見ると、静かに車に向かう。この後は伝導団傘下の新聞社に行き、この朗報を伝えねばならない。
だが、車に乗ろうとした彼は大きな音に驚いて後ろを振り返る。そして、顔に銃弾を受けて死亡した。
殺し屋オスカーはそれを見届けると、クライアントに電話した。
翌日 リムソンシティ ベルマン通り
大富豪ビィルヘルムは客室に三人の男を迎え入れた。映画会社社長のヘンリー、ヘンリーの会社が関与する違法ポルノ映画の監督アーサー、そしてポルノ女優を育成している風俗の元締めホーバンだ。
ビィルヘルムは新作の計画書に目を通す。緊張した面持ちのアーサー。期待した面持ちのヘンリーとホーバン。彼は笑うと言う。「出資してやるぞ、ヘンリー。新作を期待している。」「ありがとうございます。」とほっとしたようにヘンリー。「だが、出資者は偽装しろよ。愛人がポルノ嫌いなんだ。」と念を押すビィルヘルムに一同は苦笑い。その時、電話機を抱えた執事が姿を現した。電話機は保留状態になっている。「ダイムラー様からお電話です。」ビィルヘルムは溜息をつくと、電話に出る。
ビィルヘルムは三人のポルノ映画関係者を半ば追い出すようにして帰すと、あらたな客を迎えた。「ダイムラー君か。何の情報が欲しい?」私立探偵ダイムラーは少し言いにくそうに「実はですね・・・あなたと犯罪仲介人ミスターKの情報を教えて欲しいんですよ。」と言う。ビィルヘルムの顔から浮かべていた笑顔が消える。そして一気にダイムラーに顔を近づけると、「依頼人は誰だ?」と問い詰めた。だが、意外に焦る様子のないダイムラー。一言、「ポルノ映画」とだけいって笑みを浮かべた。ビィルヘルムは顔を赤くして「くそっ!」と吐き捨てるように言うと、「まったくあんたは卑怯者だぜ!」と続け、ダイムラーを見返す。ダイムラーは黙って笑顔を浮かべる。ビィルヘルムは舌打ちをすると、突然話し始めた。「ミスターKにとって俺は重要な顧客だったはずだ。俺は奴にドラゴンホテルの乗っ取りを企む投資家や週刊誌の記者の暗殺を依頼した。美術館の強盗を依頼した。誘拐を依頼した。奴は最適な人材を探し出し、そいつらをうまく動かして俺の依頼を達成した。だけど俺はあいつを見下していたし、今も見下している。あいつは俺らのような金持ちにたかるハエのようなもんだからな。役には立つが、しょせんはクズだぜ。」ダイムラーは笑みを崩さずに質問を続ける。「ミスターKと知り合ったのは?」「ずいぶん昔のことになる。俺が労働組合とやりあってタクシー会社を買収したときの話だ。労働組合は裏でボーエンシンジケートに操られていた。俺はそいつらを排除するために傭兵団を雇った。そんとき初めてミスターKを利用したな。」「ミスターKをどうやって探し当てた?」「おいおい、あんたはクソ野郎だな!まあいい、教えてやるよ。俺のボディガードが前科者でね、ミスターKを紹介してくれたのさ。」「彼の素性を詳しく知りたいんですが・・・」「知るわけねえだろ!俺はあいつを利用する、あいつは俺の依頼達成のため汗水流してはたらく、以上だ!あんな奴の素性なんか興味ないし、知ろうとするのは時間の無駄だと思ってたからな。」「あなたのボディガードは?」とダイムラー。ビィルヘルムは怒りに顔を歪ませて「あの野郎!金庫係を殺して金を奪ってバックレやがった!だから今はいねえよ!!」と叫んだ。「つまり、ミスターKの正体を知る者がいないというわけですね?」「ああ。そういうことだ。もういいだろう?」
四日後 リムソンシティ モンロー地区 タワーマンションの一室
イタリアンマフィアのベルディはテレビを見て満足気に笑う。カントゥーレは死んだ。奴がいなくなればシチリア評議会はより自由に動けるだろう。
元々カントゥーレはシチリア評議会の副議長であったが、シチリア評議会ではないイタリアンマフィアにも影響があった。また、ユダヤ系・アイルランド系・ロシアンマフィア、さらにダスケやビィレグといったアメリカ共和国の裏社会を代表する大物たちと交流があった。そしてイタリア本国のマフィアのボス達とともに結社を結成していると言う噂があった。しかしそのように強大な権力を持っていた彼は突然シチリア評議会を追放されてしまう。本国のマフィア達がシチリア評議会を乗っ取るために彼を使っていることが分かったためだ。彼は自分のファミリーを解散し(解散後偉大なリーダーを失った組織は分裂して、ある派閥は警察に、別の派閥はシチリア評議会に、また別の派閥は他の勢力によって潰されたと言われている)、公に引退宣言をした。しかしながら絶大な影響力があるカントゥーレはシチリア評議会に復讐するチャンスを狙っており、ファシストの集団を隠れ蓑に暗躍していた。まず彼は交流があるダスケとその同盟者であるタリーノファミリーをアンチシチリア系の大物イタリアンマフィアチィーノファミリーに引き合わせた。さらにユダヤ系のコーネル財団を説得してダスケと同盟させる。そうして「対シチリア同盟」が結成された。だが、シチリア評議会はこの同盟の立役者としてカントゥーレがいることが分かっていた。彼らはカントゥーレの死を望んでいたのだ。
一日前 リムソンシティ 行政特別区 リムソン市警
刑事部長室にてキャロル刑事部長はプライベートのパソコンを開いた。メールを確認して、満足気に頷く。
「やっと分かったわ。ミスターKに関してはビィルヘルムへの配慮で止められていたのね。とすると、ドロゼンバーグ一派の介入かしらね。」どうやらキャロルはムンバク探偵事務所からの調査結果を受け取ったようだ。ビィルヘルムのために何者かが警察組織に圧力をかけたようだ。そしてその「何者か」の正体は数分後に発覚する。
ラースキン巡査がやってきた。マーガレット巡査から預かりものがあるという。録音データだ。キャロルは再生してみた。
マーガレット「あら、署長、もっといじめて下さいな。(短い喘ぎ声)あなたは何に怯えているんですか?いつものようにいじめて下さい。」
ロックウェル署長「尻軽女めが、何を言ってるんだ?私は正義のヒーローだよ。ハハハハハ!何者にも怯えないね・・・ヒック・・・・」
マーガレット「ふふふ・・私繊細な男が好きよ。強がる男は嫌いですわ。」
ロックウェル署長「そうかい・・・お前、私はいい奴だと思うだろ。」
マーガレット「そうでしょうかね?あなた、ワルでかっこいいじゃありませんか。」
ロックウェル署長「ふん、言っておれ。でな、私はいい奴だから軍の言いなりになる警察庁からの圧力に屈していいものかと思ってるんだよ。」
マーガレット「あらま。何かの事件に関して圧力をかけられたのね。大変ですね。」
ロックウェル「そうとも。この仕事は私のような強い人間でないとできないんだよ。ヒック・・・」
「あらま、署長は随分骨抜きにされているじゃない。」とつぶやいた後、キャロルは「警察庁・・・ドロゼンバーグ・・・軍隊・・・」と独り言を繰り返した後、いきなりラースキンに尋ねた。「あなたの古巣である米軍の知り合いに連絡を取れるかしら。」「はい・・でも、なぜ?」「警察庁がビィルヘルムに忖度する理由がない。」「しかしビィルヘルムの盟友は・・・」「ええ。ドロゼンバーグ元副大統領よ。でも、警察庁は彼から直接圧力をかけられることはないと思うわ。ファット司法長官によって警察とドロゼンバーグの繋がりは切られているはずだわ。ただし、切られた繋がりは『直接ルート』だけだけど。」ドロゼンバーグは保守共和党政権で国務長官や副大統領を務めた人物であった。だが諸外国における非倫理的な工作への関与や大物ギャングであるダスケとの癒着などの疑惑で立憲民主党政権や革新共和党政権の下で厳しい追及を受け、現在は(少なくとも表向きは)政界から引退している。しかしながらその権力はまだ機能しており、現在の革新共和党政権にもケリー(元)副大統領というスパイが紛れ込んでいたことが発覚したばかりだ。だが、そのドロゼンバーグも警察に圧力をかけることは難しいようだ。「どういうことです?」とラースキン。「警察には軍隊ルートから圧力がかかっていると思うの。」「軍隊!?なぜです?」「軍隊は警察とドロゼンバーグ両方にパイプがある。ドロゼンバーグが国務長官時代から反米的な国や反米反政府組織に対して軍事工作を指示していたことは知っているわね。」「ええ。それに米軍内部に創設された秘密組織が関与していたことも。」「でしょ?で、組織自体は表向き解散されたとされているけど、その影響はまだ軍隊内部に残っているはずよ。」「なるほど。」キャロルの意外な方面の知識に驚くラースキンを前に、キャロルはさらに説明を続ける。「そして、軍隊と警察の関係性ね。大統領府捜査調整委員会が結成されてからその繋がりが出来たわ。」大統領府捜査調整委員会は大統領直属の委員会で、省庁関係なく全ての捜査機関によって結成される委員会だ。警察のような国内の捜査機関もあれば、外務省の諜報部のようなスパイ組織もある。そして公安軍警察のような軍隊傘下の組織も参加している。現在軍隊の高官が委員長、警察庁長官が副委員長を務めており、警察と軍が主導しているといわれている。ラースキンはそれらを瞬時に理解し、あまり会いたくない相手に電話をかける準備をした。マリク中佐はラースキン軍人時代の最悪の上司であった。
二週間後 ウェストランド 行政特別区 ウェストランドポリス本部
大統領狙撃の容疑者である二人のギャングは取り調べを受けていた。別室で取り調べられていたが、二人とも主張は同じだ。
「俺はよ、ガートと共に上層部の奴に命じられたところに武器を取りに行っただけだ。武器が違法の仕様であることは認める。だが、大統領は殺してねえ。」「おい、こちらには証言があるんだぞ。」と言い、取り調べをしていた刑事は相棒を呼び込む。「あっ、てめえは・・・」そこには「アメリカファシズム伝導団」に所属していたはずのボックスマン刑事が立っていた。
「まだ否定するつもりか?!大統領狙撃の補助をしただろう。」「だからよ、俺らは武器を取りに行っただけだよ。大統領式典の際に集会を行うからその時に武器を引き渡すときいたのさ。」「誰からそう聞いた。そいつに話を聞いて裏を取ろう。」「ああ、ボックスマンだよ。お前らの仲間だぜ。俺らの同志はあんたら警察内部にもいるんだよ。」「俺の事か?」ボックスマンが入室した。「いいや。俺はそんなことはしていない。だが、お前らは上の奴らにいいように使われただけだぜ。上の奴らは明らかに大統領の死を望んでいた。大丈夫だ。上の奴らにも探りを入れるさ。お前たちは実行犯として起訴はするがな。」
「おい、一つ聞いていいか?」「ああ。聞けよ、ファシストめ。」「俺らが車に乗り込もうとしたらなぜ中からお前らポリ公が飛び出てきたんだ?俺らが犯人になると予測していたような動きじゃねえか。仮に俺らが大統領暗殺の犯人だとしよう。断じて違うがな。で、俺らが大統領を殺そうとすると分かっていながらなぜ実行後に逮捕したんだ?」「お前らには麻薬所持の疑いもあったんでな。勝手ながら車の中も調べさせてもらったよ。」「ふん、言ってろ。」
五日前 ケネディ州 軍事特別区域 アメリカ陸軍 第四訓練所
ランド州郊外から続く砂漠地帯はやがてこのケネディ州にも入る。岩山とまばらに生える枯草が織りなす殺風景な景色の中を一台のピックアップトラックが走って来た。訓練所の入り口の警備員にトラックの助手席に乗っていた男が身分証を提示すると警備員は身分証を確認し、「どうぞ」とだけ言う。トラックは訓練署内に入った。
カフェテリアの一角でラースキンはかつての上司であるマリク中佐と対峙した。今はカフェテリアの利用者が少なく、こうこうした「デリケートな問題」を話し合うためには最適だとマリクが判断したからだ。
ラースキンから警察への圧力のことを尋ねられるとマリクは「その問題になぜ今はもう一巡査のすぎない君が興味を持つのか分からないね。お節介かもしれないがそういった不用意な好奇心は持たん方がいいよ。」と返答した。ラースキンは溜息をつくと、「ある連続殺人事件の捜査を滞りなく進めるために必要な調査ですよ。そして、俺は今あんたの部下じゃない。警察としての立場できている。」と語気を強めに言う。「そうか?あんたの街の連続殺人事件というと、最近の無差別虐殺事件だよな。三人殺されたとかいう。ニュースでやっていたぞ。」「そうです。その通りです。そして、あなたは俺の元上司ではなく今は参考人としてふるまっていただきたい。」「ふん。小僧が大きな口をきくようになったもんだよ。君は警官としてふるまっているから私も軍に属するものとして返答しよう。軍として、警察に圧力はかけていない。そしてドロゼンバーグ政権の関係者との縁も切れている。捜査が円滑に進んでいないのならそれはお前たち警察の能力に問題があるのだろう。」「それはたしかですね。うちの上層部や連邦警察支局などは皆軍の圧力に屈してしまいましたからね。そういう意味では無能ですね。」「ほうほう、そう考えるんだね、君は。」「ええ。」「だが、警察上層部が捜査を諦めたのに君はなぜ嗅ぎまわっている?」「中には良識的な幹部もいるんですよ。」これはもちろんキャロルのことだ。実を言うと、ラースキンは連続殺人事件の裏にあるアイリーン誘拐事件の解明のためにキャロルと協力しているだけだ。だがそれはマリクには明かさなくてもいい情報だ。「それはつまり、なんだね、上層部の間でも捜査を継続するか同課に関して方針が定まっていないということなのかね?それは問題だな。老婆心ながら私がお宅の署長さんにアドバイスをしておこう。まず捜査に関する方針を幹部全体で統一すること、その中で協議をしてから捜査をするべきだ、とね。いくら正義の遂行のためとはいえ、正しい命令系統に従わない捜査は無意味だよ。君達捜査継続の立場の者はきちんと捜査反対派の立場の者と協議を重ねなければならんよ。なぜなら警察は統一した方針の元正しい系統で命令が・・・」「あんたじゃ話にならんな。もういいです。」ラースキンは机をたたくと立ち上がる。マリクを睨んで椅子を蹴りつけ、出ていく。
マリクはラースキンを制止することなく見送り、にやりと笑うとつぶやく。「私は警告したはずだぞ。警察署長に”アドバイス”するとな。予告通り警察署長に一報入れておこう。」そうして彼は携帯を取り出したのだった。