暗殺
2018年 リムソンシティ 行政特別区 保安官事務所
バネッサ警部と新保安官リドルは固く握手した。
ボナード保安官が逮捕された後、バネッサの古くからの知り合いであるこの元刑事リドルが市役所から後任の保安官に任命された。これにより、保安官事務所は連邦警察の傀儡組織と化した。恐らくこの人事に関して市長の友人と評されるバウント連邦警察副支局長が市役所にはたらきかけたのだろう。
リドルは、「君も成長したもんだね。」とだけ言うと、バネッサとラースキンを保安官のオフィスに案内した。部屋は質素なものだった。物は真ん中に置いてあるデスクとチェア、窓際においてある観葉植物だけしかない。薄い青色のカーテンがかかっており、部屋の中は薄暗い。彼は電気をつけるとまっすぐデスクに向かい、パソコンを操作した。
パソコン画面に表示されたのは、保安官事務所が逮捕した者のリストだ。そのリストの「保護プログラム適用者」の中に不動産王ゴードンの若いころの顔写真とデータが載っている。彼の本名はサミュエル・ロンド。少年時代から窃盗や暴行、飲酒運転、詐欺、レイプ、麻薬所持などあらゆる罪で逮捕されていた。数回の刑務所暮らしを経て、彼は完全に裏社会で犯罪者として稼いでいく。つまり、彼は強盗団に所属するようになったのだ。強盗団の下っ端だった彼はプロの強盗達から強盗のテクニックを学び、彼自身プロになった。彼は強盗団から逃げ出して、自ら新しい強盗団を作り上げる。だが強盗を繰り返す彼は各地の警察から指名手配を受けてしまう。彼は強盗団を解散して、一人の相棒とともにこのリムソンシティに逃げ込む。ところがリムソンシティでも彼は相棒とともに強盗を行い、保安官事務所に捕まる。その後彼は相棒を裏切り、裏社会の情報を提供することと引き換えに保安官事務所の「保護プログラム」を適用される。彼は保安官事務所が偽装した身分を用いて、表向きは不動産経営者として表社会で活躍する。つまり、それが「ゴードン」の誕生だ。
「で、サプライズって何でしょうか?」とせかすようにバネッサ。「そう、ここからだ。この記録文書をみてごらん。」と言って彼はロンドの来歴を示す記録の下のリンクをクリックし、アクセスパスキーを用いて文書を開いた。以下のような文だ。
ロンドの情報提供の功績
ロンド提供の情報によって以下の人物を逮捕・起訴することができた。これらの人物は皆裁判の結果有罪となっている。なお、人物の詳細については逮捕者名簿を閲覧のこと。
ビンセント・ローリー
ロシアンマフィア「ビッチオ団」の元構成員。リムソンシティでは違法ナイトクラブ「サーディンズウェポン」の用心棒を務める。複数の暴行殺人の疑いで逮捕。
サラ・メリソン
ロンドの強盗団に属していた。ロンドとは性的関係があったとされるプロの女強盗。ロンドとともにリムソンシティに逃れてきた。強盗殺人と麻薬売買の疑いで逮捕。
カール・スタットソン
麻薬の密売人兼殺し屋。麻薬密売の疑いがある医師ダニエル・カートンを暗殺しようとして失敗。麻薬の売買・暴行・殺人・殺人未遂の疑いで逮捕。
メリー・サドル
カールにダニエル暗殺を依頼した麻薬売人。もともと商売女であったが、複数の子どもを設けて彼らに麻薬の運搬・販売をさせていた。麻薬売買・殺人教唆の疑いで逮捕。
タケヒト・ハイダ
ヤクザ組織武藤会の元副会長(逮捕当時の副会長。逮捕後は組織を離脱)。リムソンシティカレッジでの中国人学生グループと日本人学生グループの抗争において、日本人の学生に中国人学生への殺人を伴う攻撃を指示した疑い。詐欺、殺人教唆、暴行殺人の疑いで逮捕。
ホーク・ライヒマン
全国的に有名なプロの強盗。ロンドとはリムソンシティにおいて知り合い、サラと縁を切ったロンドの新しい相棒となった。強盗殺人・暴行の疑いで逮捕。
「あっ!」とこの部分でバネッサが驚きの声を上げる。「どうしたんです?」とラースキン。「あなた、覚えていないかしら?」「何をです?」「このホーク、連続殺人の被害者の元強盗のホームレスよ。」
四日前 ランド州 ウェストランド
ウェストランドはリムソンシティに隣接するところでありながら、その様相はリムソンシティとは大きく異なる。街は整然としており、北側には多くの大手企業のビルが綺麗な見た目をつくる。その少し東側にはショッピングモールや商店が並ぶ商店街だ。この商業地区に対する南側はタワーマンションや洋館風の住居が立ち並ぶ居住地区となっている。そして商業地区と居住地区をまたぐようにして広がるのがウェストランドの行政特別区だ。ここには市役所をはじめとする街の行政組織の中枢であるとともに、ランド州政府の中枢でもある。ウェストランドはランド州の首都なのである。
だがこの秩序ある町のホテルの一室になぜかリムソンシティの荒くれ者であるオスカーがいるのである。強盗であり、殺し屋である彼はなぜこのようなところにいるのか。
彼はリムソンシティから逃げてきたのだ。ラースキンをストリートギャングに突き出し、多額の報酬をもらう予定であったが、ラースキンは生きているという話を友人のチャイナマフィアであるキムから聞いてしまった。元々軍でラースキンの下についていた彼は、ラースキンの恐ろしさを知っていた。もしリムソンシティ内で顔を合わせれば、ただではすまないだろう。彼は経営していたモーテルの権利書を近くの住民自警団に売りはらい、その金でホテル暮らしをしている。そして卑劣なこのオスカーという男はギャングからの報酬も受け取っている。彼はリムソンシティのチカーノどもが契約する銀行を利用していたが、雇用主であるハイチ人ギャングとチカーノの仲の悪さに配慮するという名目で銀行をウェストランドの銀行に変えたのだ。
しかしながら、モーテルはそもそも彼の裏の顔を隠すカモフラージュに過ぎなかったし、ハイチ人から受け取る報酬もラースキンが死を免れたことにより、当初より少ない。ホテル暮らしもいつかはできなくなる。かといって下宿を探そうにもこの街は高級マンションしか下宿がない。彼のようなならず者が住むことは想定されていないのだ。だがこの男は気にする様子がない。実は彼は現在暗殺の依頼を受けており、その前金としてクレジットカードが送られて来たのだ。暗殺当日まで使い放題だという。(添付の文章によれば暗殺当日にクレジットカードの期限が切れるようだ。)依頼人とカードの名義は不明だが、かなりの大物であるようだ。この高級ホテルも依頼人が用意してくれた。そして標的も大物だ。彼は窓からまず行政特別区にあるシティホールを見た。そして、少し離れたタワーマンションを見る。今回の暗殺を成功させれば、少なくとも数年はタワーマンション暮らしができるだろう。殺し屋史上最も大きな暗殺なのだから。
六日後 リムソンシティ 行政特別区 連邦警察支局
新保安官が開示した前任者が隠ぺいしていた情報は捜査本部に衝撃をもたらした。ゴードンは保安官事務所との取引で不動産王に扮していたが、実は保安官事務所の裏社会における情報屋であり元強盗のロンドだったのだ。さらに、接点が見いだせなかった他の被害者との接点がみられた。ホームレスのホークとロンドは裏社会で面識があった。そしてもう一人の被害者である犯罪仲介人ミスターKも裏社会に根を張る男だ。まずは裏社会からミスターKと強盗二人を結びつける情報を見つけなければならないはずだ。
だが、捜査本部長バネッサは言う。「まずは二人の過去の被害者の洗い出しを進めましょう。この捜査においてはリドル保安官にも協力していただく予定です。」数人の捜査員がミスターKと他の二人の被害者の関係可能性を指摘したが、バネッサは「初心を忘れてはいけません。今回の捜査の目的はあくまでも連続殺人犯を突き止めることです。確かにミスターKとの関係性は気になりますが、優先すべきは連続殺人犯となり得る人物を突き止めることです。」
この会議の後、リムソン市警刑事部長キャロルはダロス警部が運転する市警パトカーの中で、ロックウェル署長に電話した。「ミスターKとの関係性に連邦警察が触れていないのは不自然です。」と報告する。だが、ロックウェルから返って来た言葉は意外なものだった。「キャロル、その件には触れるな。その件に深入りしすぎると、私の首が飛ぶ。それだけで察してくれ。」電話は一方的に切られた。キャロルはにやにやしながらこう思った。「刑事部長という立場では打つ手はない。だけど、個人的な興味があるわね・・・・」そして、彼女は後部座席を振り返る。そこにはラースキン巡査がいた。彼はだらしがない暴漢だが、個人的な捜査を依頼するのには最適な相手だ。
インディペンデントシティ サウスリバティ
この地区は世界一勢力が強いギャングであるダスケが支配する危険地区だ。ダスケの承認の元黒人ギャングが暗躍している。
そのギャングの巣窟であるこの街に、珍しい客人が来た。フランスから来た白人女性だ。彼女は恐れてこの区域に入る手前で車を停めたタクシー運転手にチップを渡して、堂々とサウスリバティに足を踏み入れる。白人女性がたった一人きりで、しかも今のような夜中にこの街に入ることは珍しい。道端で雑談していたギャング達の目線が注がれており、緊張の気配が漂う。だが、彼女はそれを意に介さずとあるモーテルの受付に足を踏み入れた。受付係の男もダスケファミリーの紋章を堂々と付けていたが、彼女はいたって冷静にシングルの部屋を二週間借りた。受付の男は珍しいことなので、困惑している。
部屋に入った彼女は少し溜息をつく。部屋はかなり状態が悪い。壁紙はところどころめくれ、ドアの横には雨漏りのバケツが置いてある。床は薄汚れており、部屋の隅には虫の死骸が転がっていた。窓に埃が付き、外の様子は歪んで見える。ベッドからは、かすかに煙草の臭いがした。
彼女はシャワールームでぬるいシャワーを浴びると、壊れかけのドライアーで髪の毛を乾かし、寝る。
四時間後
モーテルの受付は、女の部屋の前に男を案内する。「この部屋だな?」と確認するように男。受付人は「へえ、そうでございます。」と返事。「それから、処理人は待機しているか?」「ええ、裏手に。」と受付人。男は静かに室内に足を踏み入れた。
女はなにかを感じ取り、身を起こす。警戒態勢に入ったが、そのとたん全身を痛みが貫いた。
男はサイレンサー付きのライフルを下ろし、目の前の女に近づいて死を確認。モーテルの受付人が数人のギャングメンバーを連れて入室。「後は処理しておきますぜ。」と受付人が言うと、男は「頼む」と一言放ってその場を去る。