シェリフビジネス
2018年 リムソンシティ ホーネット地区
ラースキンはナイフを受け取り、近くで準備体操をする大戦相手の男を観察する。
相手の男はこのデスマッチ会場に最も適している男だと思われた。彼は上半身裸だったため、いくつかに別れた腹筋や多くの謎めいた入れ墨、ゴワゴワと生える体毛などが観察できる。顔も狂暴そのもので、ぼうぼうと伸びた灰色の髭の縁どられた顔からは、燃えるように光る眼や薄黒く汚れた歯、大きくつぶれた鼻が見える。髪の毛は髭と同じく伸びきっており、そのボサボサと伸びた様子が男に凄みを与えている。
彼らは審判の指示で檻の中に入る。この檻でどちらかが死ぬまで戦うことになるのだ。
檻の外にはイタリアンマフィアのベルディがいる。彼は大男を煽り立てている。「おい、お前が勝てば借金は全てチャラだ。他の債権者も俺が追っ払ってやる。」一方ラースキン側にはラースキンをこのような戦いの場に引きずり出したハーマン刑事が呑気に煙草を吸っている。またヤクザの大物であるオザキも見ている。
檻の上部から審判が説明を始めた時、「待て待て!」と大声がする。見てみると、イエローアサシンズのボスが手下を五人引き連れて檻の外にやってくる。「久しぶりだね、ラースキンさん。今回は私たちが納品しているものをお目にかけよう。」後ろから地下格闘技の運営スタッフ三名が進み出てきた。彼らは大きな鉄製の籠を抱えている。その三人は檻の中に入ると、籠をあけた。中から鋭い牙を持つ犬が飛び出してきた。「我々の研究所で遺伝子操作したものさ。」と自慢げにイエローアサシンズのボス。「楽しくなってきたじゃないか。」とベルディがにやにやしながら言う。ラースキンと狂暴な大男と、そしてこの狂犬の三つ巴の戦いになる。
審判の合図で地獄の試合が始まる。まず狂犬がラースキンに向かってくる。ラースキンはその狂犬を交わし、大男の腹にパンチを叩きこむ。大男は怒りの唸り声をあげ、ラースキンの顎にパンチ。ラースキンは血の味を感じながら狂犬の頭を蹴り上げる。飛ばされた狂犬は怒り狂い、近くにいた大男に飛び掛かる、大男が地面に倒れたところにナイフを振り上げて駆け寄るラースキンだったが、何と大男は素手で犬の首を締め上げ、地面にたたき落とすと一気にラースキンに飛び掛かってくる。素早い攻撃だ。ラースキンは対応できずに転ぶと同時にナイフを取り落としてしまう。大男はにやり、と笑うとラースキンの腹にナイフをつきさそうとして失敗した。だがナイフはラースキンの足に刺さっている。邪魔だが引き抜けば大量出血となってしまう。ハーマンが驚いている。オザキは平気そうだ。大男はラースキンの落としたナイフを拾い上げ、よろよろ立ち上げるラースキンを突き飛ばし、ナイフを掲げる。が、狂犬の邪魔が入った。(イエローアサシンズが雄たけびを上げた。自分たちの作品の出来栄えに満足しているのだ。)ラースキンは素早く立ち上がると、よろめいた大男の腹に激痛に耐えて引き抜いたナイフを突き立てる。大男はものすごい叫びを上げてまず狂犬の頭にナイフを突き立て、怒りに満ちた顔で、うずくまるラースキンめがけて突進してくる。ラースキンは気絶しそうになりながらも立ち上がり、大男の腹にあるナイフを全力で押し込んだ。大男は口から血を吐きながら気絶した。直後にラースキンも気絶。狂犬は死んでいた。大男は数分後に絶命し、試合はラースキンの勝利となった。
三時間前 リムソンシティ 行政特別区 リムソン市警
署長室に入って来たキャロル刑事部長をロックウェル署長は出迎えた。キャロルは突然の上司からの呼び出しに緊張しているようだ。「どのようなご用件でしょうか?」と単刀直入にきく。ロックウェルは「うむ。」と言ってキャロルを来客用の椅子に座らせるととある噂について話し始めた。
「えっ、地下格闘技場の運営資金を保安官事務所が負担?」「ああ。それもな、随分信ぴょう性があるのだよ。マーガレットとホーバンのルート、ラースキンのルートに二方向から入って来た情報だからな。」キャロルは苦い顔をする。「ラースキンですって?あの好色男はまだ地下格闘技場に関わっていたのですか?」ロックウェルは苦笑する。「そのようだね。ともかくだ、どうにかして保安官事務所を追い詰めたいのだよ。」キャロルはこれを聞いた途端、「では連邦警察と協力を。」と言い始めた。「なぜだ?」と怪訝そうなロックウェル。キャロルは自分の情報網に引っかかった噂を報告する。「実は連邦警察も今捜査中の連続殺人事件に関して保安官事務所に疑惑を抱いているようなので。」と言う、ロックウェルは嫌な笑みを浮かべて言う。「報告ありがとう。バウントに電話してみるよ。」
四日後 リムソンシティ チャイナタウン
ラースキンはまだ癒えない傷の痛みに耐えながら、中華風のホテルの長い階段を上る。このホテルの一室にマナンが待っているという。
入って来たラースキンを老婆は鋭い目で見つめる。「はじめまして。」とのラースキンの挨拶には答えずに老婆マナンは手元のお茶を一口飲むと続けて言う。「何の用だい?」ラースキンは率直にバウント副支局長との関係を尋ねる。だが、マナンの反応は予想外のものだった。「あの狸親父はとんだ卑怯者だよ!」「・・・・と言うと?」「奴はリムソン市長の犬だよ。リムソン市はこの街をつぶそうとしているけどね、市長の友達である奴はリムソン市警をけしかけてこの街を崩壊させようとしている。で、リムソン市警にひと暴れさせた後奴はしゃしゃり出てきて私たちに説教を垂れた上{仲介料}をとるのさ。あんた、奴を追い詰めたいなら徹底的にやりな。必要ならばまたこの街に来い。いつでも支援してやるよ。」とマナン。
ラースキンはチャイナタウン訪問前にオザキに対してバウントについて聞いてみたが、そのとき彼は「必要悪」と表現していた。即ち、バウントはヤクザから金を搾り取ることを考えているがまたヤクザも彼を{仲介料}を用いて操ってチャイナタウンへの攻撃に使用しているという。マナンの話はこのオザキの話を裏付けることになる。少なくともヤクザとチャイナマフィアの抗争に介入して漁夫の利を得ていたのは事実のようだ。またベルディの話ではバウントはモトリオールファミリーと直接の繋がりはないものの、シチリア評議会本部の会合にゲストとして出席したことがあるという。
ラースキンが退室すると、マナンはホテルの電話を用いて電話をかける。
彼女が電話を掛けた先は地下二階のホテル経営会社が利用する会議室だ。経営者はマナンの手下であるため、今はチャイナマフィアの幹部会議の会場として使われている。受話器をとったウォンも今日この会議に参加するのだ。彼は電話の相手がボスだと知ると、てきぱきとした口調で答える。「どうされましたか?」マナンは一言、「客人はきているだろうね。」と聞く。ウォンは「ええ、もう既におりますよ。」と報告しながらその「客人」を見る。その人物は、リムソンシティ担当保安官のボナードだ。
翌日 リムソンシティ 郊外 ムンバク探偵事務所
ラースキンは今、大物探偵ムンバクからアイリーン探しの調査についての報告をきいていた。
「申し訳ないが・・・現状報告できることはあまりないですな・・・なにせ、アイリーン女史誘拐のカギを握っているミスターKが死亡してしまいましたからな。ですがミスターKを含む三人の人物の惨殺事件の捜査が連邦警察主導で行われていますからな。実はダイムラーのお得意の駆け引きによって連邦警察の副支局長バウントからは捜査情報がこちらにもたらされるはずですがね。情報がくれば具体的な報告が出来ると思いますよ。」とムンバク。そしてその後彼は言う。「非常に申し訳ないのですがね、ダイムラーがあなたの成果報告を心待ちにしておるのです。」と言って彼はいつの間にか戸口に立っていたダイムラーを招く。彼はラースキンに対してバウントと反社会勢力の関係を調べるよう依頼していた。
ラースキンの報告は本質的にはダイムラーが把握していることの裏付けにはなったが、決定的な証拠が欲しいと言う。またバウントとの関係を否定したイエローアサシンズを含む反社会組織について洗い出す必要があるという、「ですがね・・・」とダイムラーは続ける。「反社会勢力方面からは私が調査を続けましょう。ラースキンさんにはバウント方面から捜査をしてもらいたいですな。」このダイムラーと言う変人探偵にはラースキンがなぜかバウントに近い人物に見えるらしい。
帰り際、ラースキンは考える。アイリーン誘拐の真相を知るには連続殺人事件の捜査の行方を追うしかないと。そう決めた彼は車に乗り込む前にバネッサ特別警部に電話した。「もしもし。」「ああ、ラースキンですよ。」「あらまあ。どうしたのかしら?私今忙しいんだけれども。」「すみません。捜査の進捗をお聞きしようかと・・・」「そのことで忙しいのよ。」とバネッサ。「え?」「あんた、知らないの?」「何をです?」「今朝、いきなりリムソン市警のロックウェルが幹部数人を引き連れて連邦警察支局に乗り込んできたのよ。で、面会室でバウントとロックウェルは何事か話したみたいよ。その結果ね、急遽殺人事件の捜査をリムソン市警と合同で行うことになったのよ。」
三時間後 リムソンシティ 行政特別区 連邦警察支局
地下格闘技場の捜査本部所属だったリムソン市警所属の者が次々と会議室に入室する。バナー副刑事部長、ダロス警部、ガンビー刑事、トルドー刑事、そして捜査本部結成当時は補助要員だったラースキンとマーガレットも入室。それに加え、今回は直接捜査を指揮していなかったキャロル刑事部長も出席していた。
ラースキンは、今回の合同捜査は実質的に保安官事務所が対象になるであろうことを読み取った。元々、地下格闘技場の捜査は保安官事務所の格闘技場への関与を裏付けるために行われたものだったからだ。連続殺人事件の方にもなんらかの形で保安官事務所の影がちらついていたのだろう。
リムソン市警の警官達の前のテーブルにバネッサ警部を中心とする連続殺人捜査本部を率いる幹部が登場。彼らは連続殺人の経緯とその後の捜査の進展を述べたが、中心となる話はやはり保安官事務所の関与疑惑だった。「ゴードン殺害事件において、通報はリムソンシティの条例に基づいてまず市役所の地域保安課になされました。しかし、地域保安課からの連絡および指令を受ける少し前に保安官助手たちが既にゴードンの屋敷に到着していたらしいのです。」とバネッサ。捜査員の間でざわめきが起こる。「妙ね。」とマーガレットもつぶやく。ダロスなんぞは大声で「奴らは腐ってやがるぜ。」と自分の上司を棚に上げて叫んだ。
次にバネッサはリムソン市警と連邦警察の両幹部の合意の上だと断った後にいくつかに分けた捜査チームのメンバーを発表した。その中で、ラースキンはバネッサが直接動かす「事務要員」とカテゴライズされるチームに入る。その後大会議室に移り、さっそく合同捜査がスタートした。
一か月前 幹部オフィスのような部屋 (暗い)
男は通話していた。「ああ、そうですな、うん。俺もあの爺が感づき始めていると思います。どういたしましょう?」電話の向こうの男が答える。「始末しろ。」「へ?」「だからよ、始末しろと言っているぜ。」「奴を、ですか?」「ああ、そうだよ。」「ファットは殺らなくてもいいんですか?」「ああ、奴は大統領の後ろ盾がないと権力としては弱いだろうよ。それに爺の後任は驚異の36歳だぜ。彼に俺らを追及する度胸があるとも思えねえ。」男は邪悪な笑みを浮かべると「承知いたしました。必ず奴は始末いたします。」と言う。
一か月と三日後 リムソンシティ エリザベスストリート
ラースキンはバネッサと二人の部下と共にゴードン不動産王が生前率いていた不動産会社の本社に到着した。
本社は高層ビルの地下1~2階と3~18階を占めており、またこのビル自体も不動産会社の所有である。他の階は様々な企業に貸し出しをしているようだ。
3階のエレベーター前で出迎えたゴードン存命の間から社長秘書だと言う女に案内されて社長室に通される。そこには、ゴードンの後任の新社長であるマックスがいた。やせ細り、鋭い目をした老人だ。彼は「これ、保管庫の鍵です。秘書に案内させます。特に時間制限はありませんので、じっくり見て下さい。」とそれだけ言うと、鍵を秘書に渡してデスクのパソコンに向き直った。
秘書はエレベーターに二人を誘い、地下二階のボタンを押した。エレベーターが降下していく。その際、隣のエレベーターとすれ違う。思わず、ラースキンは声を上げそうになって慌てて抑える。隣のエレベーターには、マナンとボナード保安官、不動産会社の社員と見られる二人の男が乗っていた。
秘書が去った後、ラースキンはこのことをバネッサに告げる。バネッサは驚き、そのあとにやりと笑う。「尻尾を捕まえたわね。」そう言うと、何人かの部下に連絡した。「応援がくるわ。現場を押さえるのよ。」
この頃、7階の面会室では冷や汗を流した新社長がマナンとボナードの前でひたすら謝っていた。マナンがため息をついて言う。「ゴードンほどの経営手腕があなたにはないようね。私たちの取り分がこんなにも減っているのはおかしいわ。」「ああ。それに連邦警察の刑事たちが乗り込んで来ただと!我々も庇いきれなくなってきてるぞ。」と声を荒げるのはボナード保安官だ。
その時、非常警報が鳴り、二人の警備員が飛び込んで来た。動揺する社長は「何事だ!」と叫ぶ。顔を青くした秘書が入ってきて。「連邦警察です!彼らは現行犯逮捕を狙って乗り込んできました。先ほどの警官達が呼んだのでしょう。」と言う。「この役立たずが!」と動転して叫んだ社長は、秘書を押しのけて、一人で廊下に飛び出した。唖然とする二人の客人もすぐその後を追う。
警報が鳴った瞬間バネッサは鋭い声で命令する。「ピストルの撃鉄を起こして!いくわよ。」そう言って出たとたん、刑事たちは「チャック証券」と書かれた東アジア系の五人の男とエプロンをつけた四人のベトナム人の男女にライフルを向けられる。チャック証券は二階に入る証券会社、そしてその真下にはベトナム料理店が入っていた。「あんたらもグルね。いいわ、ラースキン。突破して!」突然の命令にも関わらず、ラースキンは即座にピストルをもう一丁取り出して、コック一人と黒スーツ一人を倒した。激しい銃撃戦が始まる。だが、ラースキンが圧倒的戦力であった。彼は一瞬で狙いを定め、次々と相手の下腹部を撃ち抜いた。倒れた敵を踏みつけてエレベーターに向かう。だが、エレベーターに乗ろうとした途端、内側から開いてビルの警備員が登場した。その後ろには黒スーツ組のチャック証券の社員が登場。ラースキンは「くそ!」と叫ぶと、ライフルで身を守りながらゆっくりと近づく警備チームの真ん中に飛び込み、至近距離で相手の顔を撃ち、殴りつけ、蹴り倒した。崩れた隊列の外側から、バネッサとその部下達が近づき、全員撃ち殺す。
エレベーターに乗った途端、バネッサの携帯が鳴る。と同時に地下一階にエレベーターが停まる。警備員が乗り込もうとしたが、バネッサの部下が慌てて扉をしめ、警備員が足だけ挟まれて逆さつりにされた状態のままエレベーターは上昇する。バネッサは電話を切ると言う。「屋上まで行くわよ。」というと屋上のボタンを押した。なんと、会談中だった社長とボナード、マナンの三名は屋上のヘリコプターで逃亡するつもりらしい。
社長はエレベーターに乗り込むと、ほっと息をついた。これで一安心だ。屋上から逃亡して中国人の恐喝女からも、保安官からも、刑事たちからも逃げよう。
屋上にたどり着いた彼は自らヘリコプターに乗り込み、エンジンをかける。だがその瞬間、別のエレベーターが到着し、マナンとボナードの姿が現れた。社長は慌てて上昇をこころみるが、窓にいきなり弾丸が当たる。ボナードだ。「俺らを乗せろ!」と叫んで走ってくる。ヤケクソになった社長は叫ぶ。「あいにく、パイロットと一人しか乗れないんですよ。」二人の客人は顔を見合わせ・・・同時に相手に飛び掛かる。マナンのほうが一瞬早かった。彼女はボナードを、スタンガンをつきつけて気絶させると、ヘリコプターに飛び乗った。「いいから運転して!」とピストルでせかされた社長は怯えながらも、確実に上昇する。
ラースキンたちが屋上に上がってみると、ヘリコプターは上昇するところだった。走り寄るが、間に合わない。窓からマナンの姿が見える。彼女は近づくラースキン達に備え付けのライフルを発砲する。近くのコンクリが削れ、破片が降る。唖然としてヘリコプターを見送るラースキンの後ろではバネッサがなぜか満足そうな顔をする。彼女は倒れたボナードを見下ろしていた。
翌日 リムソンシティ 行政特別区 連邦警察支局
ラースキンはマジックミラー越しに取調室の様子を眺める。バネッサが勝ち誇った様子で入室し、ボナードの取り調べを開始する。「こんにちわ。ボナード”元”保安官。今朝市役所の地域保安課から通知があったと思いますが、あなたの保安官の資格は停止されました。」ボナードは悔しそうに唇をかむが、なにも言わない。バネッサは勝ち誇って話を進める。記録係のマーガレットはパソコンに向かう。
「さて、まずあなたと不動産会社ライフプラス、そしてチャイナマフィアとの関係を教えていただきましょうか。」数分の沈黙の後、ボナード保安官は口を開き、怒りに震える声で供述する。「奴らは・・・あの裏切り者どもは、卑劣なビジネスをやっている。」「どのような?」「貧困者を悪用しているのさ。奴ららしいだろ。このビジネスはマナン婆さんが考案したんだ。」ボナードの説明によると、貧困ビジネスは次のように行われる。
まず「ライフプラス」が保証人なしで住める超低額アパートを用意する。だがその実態は四畳ほどの狭い部屋に簡易的なベッドだけ用意して入居者を半ば「収容」する。アパートの管理人たちが組んだ「支援プログラム」によって生活ルーティンが固定される。その「プログラム」の中で「勤労」の時間が設けられる。その時間に入居者たちはチャイナマフィアの構成員に監視されながら「作業」を行う。「作業」の内容は麻薬の袋詰め、詐欺や押し売りの電話、武器の手入れなど、チャイナマフィアの活動において生じる雑用だ。つまり、貧困者を無給の労働力として扱っていたわけだ。また入居者の衛生・健康状態は最悪だという。共用であるシャワー室、トイレは入居者60人に対して四つずつしかなく、しかもシャワーに使用するタオルでさえも共用らしい。さらにトイレットペーパー、シャンプー、ボディソープは一週間に二つずつしか支給されない。服の支給はレインコートを改造したものが二着ずつだ。洗濯は明らかに不適切な方法、洗剤の量で行われていたという。食事はチャイナマフィア傘下の中華料理店から出た残飯だ。極めつけは掃除が一か月に一回程度しかなされないことだ。結果的に病気になる入居者もいたが、そのような入居者は即日で追いだしたという。
「しかしですね・・・」バネッサはボナードを見て不吉な笑いを浮かべる。「あなたはその事実を知りながら彼らを黙認していた。あなたとの関係を教えていただきたいのですが。」「ふん。奴らはね、うまい汁を吸っていましたよ。チャイナマフィアは入居者に無給で雑用をやらせることで大幅な人員コストの削減につながるし、ライフプラスはチャイナマフィアから金が支払われるわけです。それに比べ私どもはライフプラスからのわずかばかりの賄賂がチャイナマフィアの通常の賄賂の上乗せして支払われるだけですよ。」バネッサが笑いだす。「おい、何がおかしい?!」とのボナードの叫び声に対してバネッサは冷静に答える。「あなたも結局はクズ人間ですね。」「はん!あんたに言われたくないな。せっかくゴードンの秘密をもうひとつ打ち明けたかったところだが・・・・刑事さんの態度が悪いとな・・・」「ゴードンの秘密ですか?教えていただけますか?」「黙秘する。取り調べととはいえ、もっと丁寧に対応してもらいたいね。」「私のいう丁寧さをみせましょうか。」ぞっとする冷たい声でバネッサが言うと同時にダロスが入室。彼はいきなりボナードの顎をつかみ、顔を三発殴る。「答えていただけますか?」と平坦な声でバネッサ。ボナードは鼻血を流しながら「覚えていろよ。クソ野郎。」と言ったものの「秘密」を打ち明けた。「お前らの調査能力はまだまだだな。ゴードンは奴の本名じゃねえし、奴の本職は強盗だよ。」