第91話 鹿折ダンジョン 第6層 謎掛け①
■鹿折ダンジョン 第6層
第5層も<タカラタコガイ>の他に変わったこともなく、6層へと降りた。
仙台駅前ダンジョンと比べるとかなり狭く、モンスターも少なくて変わり映えもしない。ここが寂れているのはアクセスが悪いことだけが理由ではないのだろうとクロガネは思った。
6層も荒々しい岩肌と木板の床が続いた一本道だ。
迷うこともないので真っ直ぐに進んでいくと、途中で広場に出た。
広さはおよそ学校の体育館くらいのイメージか。
その奥には、台座に載った彫像のようなものが見える。
整った女の顔に、豊かな乳房。人間の腕はなく、腰から下はライオンの胴体が繋がっており、背からは鷲の翼が生えている。
「スフィンクスってやつか」
「エジプトにあるやつだね!」
ダンジョンにはしばしば脈絡もなく突拍子もないものが現れる。
仙台にはハワイを思わせるピギーヘッドの王国が隠されていたし、いまさらこの程度で驚きはしない。
近づくと、彫像から厳かな声が発せられる。
「この先へ進むことを望むか。配信者よ」
スフィンクスの後ろには、閉ざされた扉が見えた。
「望み叶えたくば、我が問いに答えるがいい。正しき答えを持つものにのみ、扉は開かれん」
「おー、定番のやつだね!」
「その手のやつは苦手なんだがな……」
予想通りの展開に、ソラが手を叩いてはしゃぐ。
一方のクロガネは腕を組んで難しい顔をした。
クロガネも「スフィンクスの謎掛け」くらいは知っているが、その手のなぞなぞには苦手意識があるのだ。
「問いに答えられるのはひとりにつき、ただ一度のみ。<記者証持ち>は数に入れん」
つまり、クロガネとソラで合わせて2回しか答えられないということだ。
とんでもない難問が出題されたらどうするかと、クロガネはごくりと唾を飲む。
「ま、気楽に行こうよ。いざとなれば裸締めで落とせばいいし。あの身体じゃ抵抗できないでしょ。腕もないし、ライオンの足は背中に届かなそう」
「あのなソラ、そういうことは思っても言わん方がいいぞ」
すべてを台無しにする策をあっけらかんと口にするソラを、クロガネは苦笑いしてたしなめる。スフィンクスの顔も若干引きつっているように見えた。
プロレスラーとして、相手の土俵に乗らずに勝負をするなどあるまじきことだ。
「あー、すまんな。そういうことはなるべくしねえからよ」
「な、なるべく……?」
ただし、同じプロレスラーでも悪役ならば反則もおかまいなしだ。
そういう意味でのなるべくなのだが、スフィンクスは引きつった顔をさらに引きつらせた。
「とりあえず、なぞなぞの内容を聞かせてくれや。お手柔らかに頼むぜ」
「ごほん。いいだろう。心して聞くがいい」
スフィンクは咳払いをし、朗々と謎掛けを開始する。
クロガネは一言も聞き逃すまいと前のめりになって耳を澄ました。
――その生き物は、朝は4本の足で立ち、昼は2本の足で駆け、夕暮れには3本の足で緩やかに去る。この生き物とは何だ?
「ん?」
「え?」
クロガネとソラの口から、思わず間抜けな声が出る。
「これってアレだよね? 超有名なやつ」
「だよなあ」
「サービス問題とか?」
「引っ掛けじゃねえのか? いくらなんでもそのままじゃねえだろ」
「だよねえ……」
言うまでもなく、ギリシャ悲劇の『オイディプス王』の一節に登場する有名な謎掛けだ。
二人とも『オイディプス王』までは知らないが、朝昼晩が人生の暗喩であり、答えが「人間」であることぐらいは知っている。
だからこそ、かえって悩んでしまった。
まだ少ししか潜っていないが、このダンジョンは簡単ではあるもののどうも底意地が悪い気がする。一筋縄ではいかない罠が仕組まれているように思えてならなかった。
この手の問題に強そうなアカリを見てみるが、素知らぬ顔でカメラを回している。
どうやら、ダンジョン攻略について手助けするつもりは一切ないらしい。
「好きなだけ迷うがいい。相談も自由だ。もっとも、貴様ら人間ごときが知恵を絞ったところでわからんだろうがな」
悩んでいると、今度はスフィンクスがわざわざ「人間」を強調して煽ってくる。
こうなると、ますます「人間」とは答えにくい。
「ちょっとー、ヒントくらいないの?」
「人間を甘やかしてやる理由など我にはない」
「うー、けち!」
「なんとでも言え。人間などにどう思われようと我にはどうでもいいことだ」
「あんた、絶対性格悪いでしょ!」
「我が精神の高潔さは人間風情にはわかるまいな」
ソラが食ってかかると、またいちいち「人間」を絡めて返事をしてくる。
「落ち着け落ち着け。しかし、こりゃ間違いなく引っかけ問題だな」
「だね! あの性格の悪さでまともな問題のはずないもん!」
しかし、「人間」ではないとなると、どんな答えなのか皆目見当もつかない。
何かヒントになるものはないかと辺りを見回してみるが、スフィンクスとその台座、背後の扉があるだけで、ヒントになりそうなものは見当たらなかった。
「くっそ、やっぱこういうのは苦手だぜ……」
超日にいた頃、深夜のバラエティ番組のクイズコーナーに出たことがある。
真面目に答えているつもりだったのに、クロガネが回答するたびにスタジオは爆笑の渦に包まれていた。最終学歴も高校中退であるし、「問題」と名がつくものには苦手意識があるのだ。
「せめてプロレス関係の問題だったいいのによう……」
思わず愚痴がこぼれる。
生きた伝説アトラス猪之崎のそばで10年間、そして独立後は地方団体の社長としてずっとプロレスに携わってきた人生なのだ。プロレスについてのことなら、裏も表も知り尽くしているという自負がある。
「ん、待てよ。プロレス?」
そのとき、クロガネの脳髄に電流が走る!
天啓に突き動かされ、クロガネはスフィンクスの前に一歩進み出た。
「わかったぜ。このなぞなぞの答えがよ」
凶悪な面相に不敵な笑みが浮かぶ。
筋肉が盛り上がり、熱を帯びた全身に古傷が浮かび上がっている。
その姿はさながら歴戦の猛獣。
にじみ出る圧力が、周辺の景色をぐにゃりと歪める。
「ほ、ほう。答えがわかったか。ならば申してみろ」
冷や汗を垂らしながら、スフィンクスが応じる。
クロガネは、にいと笑って答えた。
「答えはアトラス猪之崎。アトラス猪之崎のプロレスだ」
「は?」
想像を超えた回答に、スフィンクスの口から頓狂な声が洩れた。
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