第84話 警察庁警備局外事情報部迷宮課 菅原文也
■札幌市根利切区 根利切中央病院
「親父、具合はどうだ?」
「パパー! 元気そうじゃん!」
「馬鹿野郎、病人が言う前に具合を答えるやつがあるか」
広々とした個室のベッドに、全身に点滴を差し込まれた老人が寝そべっていた。
老人が迎え入れたのは、白いスーツの大男と、ツーブロックでピアスだらけの女。
二人は両手に黄色い花束を抱えていた。
「そのうえ見舞いに菊を持ってくるやつなんてあるか。おめえらにはもっと常識ってもんを教えるべきだったな」
「む、この花は駄目なのか? 食えるぞ」
「砂糖漬けにするとすっごくおいしいよ!」
「はあ……。ま、ありがたくもらっとくわ。そこの花瓶に挿しておけ」
老人の名は臥藤八十兵衛。
臥藤組の先代組長であり、臥藤蛮と臥藤ショコラの二人を育てた義理の親だ。
末期癌を患い、この病院に長期入院をしている。
「で、お前らはガラをかわしに札幌に舞い戻ってきたってとこか?」
「んー、それはそうだけど、パパのお見舞いにも来たかったよ?」
「そりゃうれしいが、ぼちぼち見舞いの作法ってもんをおぼえて欲しいもんだ」
八十兵衛は枯れ枝のように痩せた腕でスマートフォンを見せる。
そこには『覚えておきたいお見舞いの基本とマナー27選!』というサイトが表示されていた。
「すごーい! パパもスマホ使えるようになったんだね!」
「馬鹿にすんじゃねえよ。こちとら寝たきりで暇だからな。こういうもんの使い方も自然と覚えちまうんだ」
「自然に覚えられるものなのか?」
「蛮……まあ、おめえはそれでいいわ」
スマートフォンを不思議そうに眺める蛮に、八十兵衛は苦笑いを返す。
この馬鹿でかい悪ガキは、機械のたぐいが昔から苦手なのだ。
「で、こっからどうすんだ、おめえら?」
八十兵衛はスマートフォンの画面を切り替えた。
そこに映っているのはドラゴンを殴り飛ばす蛮の姿と、倒れたドラゴンの背から飛び降りるショコラの姿だ。
配信チャンネルは【WKプロレスリング】。再生数は二千万を超えている。
「どうする? 何をだ?」
蛮は角ばった顎を掻きながら尋ね返す。
クロガネという男に殴られた骨がまだ傷んでいた。
こんな痛みを味わったのは、生まれて初めてのことだ。
しかし、どういうわけだかそれが心地よい。
あの殴り合いは、いつまでも続けていたいと思える至福の体験でもあった。
「あー、全国に顔が売れちゃったってこと?」
あちこちに出来た青痣をさすりながら、ショコラも尋ねる。
ソラという女は、<必殺>の二つ名で呼ばれる自分と互角に渡り合ってみせた。
暴を生業としてから何年も経つが、あんな女と出会ったのは初めてだ。
火事が起き、自衛隊や警察が大挙して押し寄せて来なければいつまでも闘り合っていたかった。
そんな感情を呼び起こす人間は、あの女が初めてだった。
「俺はよう、プロレスが大好きでな」
八十兵衛が、遠い目をして語り始める。
「ガキの時分の話だがな、メリケンどもをぶっ飛ばすプロレスラーってやつにはスカッとしたもんだぜ。俺ももっと身体がデカけりゃプロレスラーになりてえって思ったもんだ」
八十兵衛は、ふぅとため息をつく。
彼の身長は160センチにも満たない。栄養の良くなかった時代でも。小柄と言われる体格だった。
「で、おめえらはよ、臥藤組って何だと思ってる?」
「組は、組じゃないのか?」
「家族みたいな感じ?」
唐突に尋ねられ、蛮とショコラは困惑する。
彼らにとって臥藤組とは最初から存在するもので、それが一体何なのかなどは考えたこともなかったのだ。
「臥藤組はな、俺が作ったもんなんだよ。最初は単なる愚連隊だ。孤児をかき集めて、いじめてくる連中をあっちこっちぶん殴って回ってるうちに、暴力団なんて大したお墨付きをもらっちまったんだな」
八十兵衛はつまらなそうに鼻で息をした。
窓の外を眺め、それからまた言葉をつなぐ。
「ってわけだからよ。おめえらが臥藤組なんて看板を気にするこたァねえんだ。甘貸志の下できゅうきゅうやってる必要もねえんだよ」
八十兵衛の言葉に、蛮とショコラの表情が固まる。
甘貸志会の傘下に入ったことは八十兵衛の耳には入れていないはずなのだ。組員にも当然箝口令を敷いている。それがどうして、知られているのか。
「かかか! 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしやがってよ。そこの親切な兄ちゃんがぜんぶ教えてくれたぜ」
「あー、いや、そんな怖い顔で睨まないで欲しいねえ。まさか甘貸志の下に入ったことまで知らないとはこっちも思わなかったんで」
病室の隅から、一人の男が現れる。
無精髭を生やした頭にはハンチング帽が載り、くたくたにくたびれたスーツを着た男だ。
蛮とショコラには、この男に何となく見覚えがあった。
「あの車を運転していたやつか?」
「カメラのお姉さんに顎で使われてたやつ!」
「まったく、ひでえ覚えられ方だな……。まあ、そうですよ。仕事柄、あんた方には前から興味がありましてね」
男は飄々とベッド脇の椅子を引き、そこに座った。
くたびれたスーツのポケットをごそごそと漁り、二枚の名刺を取り出して言う。
「あー、改めて初めまして。本業は別なんですがね、バイトでこんなことをやってまして」
差し出した名刺には、こんなことが書かれていた。
【株式会社超日プロレスリング 人事課 菅原文也】
【警察庁警備局 外事情報部 迷宮課 菅原文也】
「臥藤蛮さん、臥藤ショコラさん、あんたら二人を、プロレスラー兼、対迷宮特記戦力としてスカウトしに来たってわけで」
ハンチングの男――菅原ブンヤは不敵に笑う。
「八十兵衛さんも警察庁のコネで国立の病院に入れられますし、悪い話にゃならんと思いますよ? 甘貸志なんかの下で働くのは面白くなかったでしょうしねえ」
「おい、口が過ぎるぞ新聞屋。俺のことなんざどうでもいいんだよ。俺ァな、こいつらがプロレスをするところを見てえだけだ。あの喧嘩は面白かったんだろ?」
八十兵衛は動画のシークバーを操作し、蛮とクロガネが血まみれになって殴り合う場面と、ショコラとソラが飛び回って殴り、蹴り合う姿を見せる。
蛮とショコラの全身に、むずむずと血が沸き立つような電流が走る。
「臥藤組は潰す。俺が作ったもんだ。文句はねえよな?」
八十兵衛の言葉に、蛮とショコラは静かに頷いた。
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