表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/147

第80話 超日魂ナメんじゃねえッッ!

■仙台市真央区 正木邸中庭 日本庭園


「おらっ、てめえが飼い主だろコラッ!」

「な、なんだアレは。おい、早く出せ」

「はっ」


 何の前触れもなく現れた血まみれの大男に、さすがの正木ヒデオも狼狽(うろた)えた。ヘリコプターのドアを閉めるのも忘れ、パイロットに離陸の指示を出す。

 ローターの爆音がさらに力強さを増し、芝生を吹き散らして浮き上がる。


「待てコラッ! トンズラこくんじゃねえぞコラッ!」


 大男がヘリに向かって飛びかかってくるが、ぎりぎりでかわして飛び立った。

 眼下では、男が口汚く罵倒しているようだが、騒音にかき消されて内容はよく聞き取らない。


 ヒデオは咳払いをして姿勢を直し、平静を装って隣に座る黒服に尋ねる。


「自衛隊でも、警察関係者でもないな。あれは何者だ?」

「わかりませんが、不法侵入者であることは間違いないかと」

「愚民が……」


 じきに焼失する屋敷だが、下賤な庶民に勝手に踏み込まれるのは気に入らない。

 また、突然のこととはいえ、つい狼狽えてしまったことも屈辱だ。


「銃を寄越せ」

「は?」

「銃を寄越せと言っている。あの下郎を撃ち殺してから行くぞ」

「はっ!」


 ヒデオは黒服からライフルを受け取り、ヘリから身を乗り出す。

 こちらが銃を向けていることに気がつくと、男は慌てて逃げ出していった。


「ハハハ、下郎が。逃がすわけがなかろう」


 ヒデオの唯一の趣味はハンティングだ。

 アフリカでライオンを撃ったこともあり、ライフルの扱いには慣れている。

 銃口で男を追いながら、スコープの照準を合わせる。

 一発、二発、引き金を引くたびに足元の土が弾ける。

 距離は近く、当てるのは容易い。

 わざと外しているのだ。


 ヒデオの口元が愉悦に歪む。

 ハンティングの醍醐味は命を弄ぶこの瞬間にある。

 怯えた獲物が逃げ惑うのを、時間をかけてじっくり仕留めるのだ。


「お館様、あまり愉しまれますと……」

「わかっている。言われずとも次でトドメだ」


 人間狩りはひさしぶりだ。

 本当ならもっと時間をかけて楽しみたいところだが、あまりのんびりしていられる状況ではない。

 確実にトドメを刺すため、パイロットに命じてヘリを近づけさせる。


 男は壁際まで追い込まれ、もはや逃げ場はない。

 建物の中に逃げ込めばよかったのに、パニックでそんな知恵すら回らなかったのだろう。


 ヒデオはほくそ笑み、薄い唇をちろりと舐める。

 追い詰められた獲物の表情を堪能すべく、スコープを覗く。

 そこに映ったのは絶望に染まった恐怖の表情――


 ――ではない。


 鮮血に染まった顔の中で、白い歯だけが異様に光っている。

 笑っているのだ。歯を剥いて笑っているのだ。

 それはさながら獲物を前にした野獣の相貌(ひょうじょう)


 ぞくりと背筋が寒くなる。

 自分の喉笛が食い破られる光景が脳裏をよぎったせいだ。

 馬鹿な、とヒデオは頭を左右に振る。

 こちらはヘリに乗り、上空にいるのだ。

 何が狙いか知らないが、あの男にはもはや為す術もない。

 獲物はあちらだ。

 こちらではない。


 突然湧き上がった不安を頭から追い出し、改めてスコープを覗く。

 しかし、そこにあの男の姿は映っていない。

 慌ててスコープから目を離し、視界を広げる。

 広がった視界で、男の姿を捉える。


 男は走っていた。

 矢の如き疾走。

 何かを担いでいる。

 梯子だ。

 庭木の剪定に使う梯子を担いでいるのだ。

 折りたたみの梯子がまっすぐ伸ばされる。

 地面に突き立てられる。

 男が梯子を駆け上がる。

 頂点まで駆け上がり、勢いのまま翔ぶ。


「どぉぉぉりゃぁぁぁあああ!!」

「ひっ!?」


 ヒデオの口から悲鳴がこぼれる。

 血まみれの巨漢が宙を走り、一直線に飛んでくるのだ。

 慌ててライフルの引き金を引く。

 弾丸は男の肩の肉を削る。

 鮮血がぱっと夜空に散る。


 だが、それだけだ。

 空を飛ぶ男の勢いを止めるには至らない。

 ずうんと、ヘリが揺れた。

 赤黒い血で全身を汚した男が、目の前にいた。

 片手でヒデオの首を掴み、片手でライフルの銃身を掴んでいる。


「いよぉ、やってくれんじゃねえか」


 男が、歯を剥いて笑う。

 ライフルの銃身が、粘土細工のようにぐにゃりと曲げられる。

 自分の首が同じく捻じ曲げられる姿を否応もなく想像してしまう。


「ま、待て。何が目的だ? か、金なら払う」

「いきなり撃ってきて何が目的だもクソもあるかボケがっ!」


 額に衝撃。

 頭突きだ。

 男に頭突きを見舞われ、ヒデオの目の奥に火花が散る。

 さらに間髪入れずにヘリの奥へと押し込まれる。

 隣りに座っていた黒服が拳銃を抜いて応戦しようとするが、押し込まれたヒデオの身体に挟まれ、ヘリの内壁に頭を打って気絶した。


「ああー、クソ。ややこしい。なんで銃なんて持ってんだよ。てめえらもヤクザか、おい?」

「ちっ、ちがっ……」


 ヒデオは必死で首を振ろうとする。

 ヤクザ(・・・)という単語が出た瞬間、男の顔がさらに殺気を増したからだ。

 だが、男の手に掴まれた首は万力で固定されたかのように動かせない。


「ヤクザじゃねえのか? ホントだな? まあ、ひとまずいいか。まずはアレだ、あのペット、責任持って止めろ」

「ペット……?」


 何を言っているのかわからない。

 男はヘリの外に視線を向けている。

 視線の先には、長い首を振り回して屋敷を破壊する醜く巨大なドラゴンがいた。

 その姿は腐乱した死骸に潜り込んで喰い荒らす毒蛇を連想させた。


「とぼけんじゃねえぞ。このうちに真っ直ぐ来て、ああやってエサかなんか探してんだ。てめえんちのペットに決まってんだろ! どうせデカくなりすぎて、飼いきれなくなって捨てたとかそんなとこだろうが!」

「はぁ!?」


 話の筋がめちゃくちゃだ。

 あんな巨大なモンスターを飼うものなどいるわけがない。

 冗談でも言っていると信じたいが、冗談でこんな真似をするとは到底思えない。


 ヒデオの思考が、ある結論に収束していく。

 狂人。つまり、この男は狂人なのだ。

 迷宮災害には精神汚染を伴うものがある。

 恐らく高レベルの配信者が精神を冒され、あの怪竜と共にやってきたのだろう。


 それならば、懐柔に絶好のものがあった。


「そ、そんなことよりいいものがある。これを全部やる。純正の最上級品だ」


 ヒデオは手探りでスポーツバッグを引き寄せ、男に差し出す。

 怪訝な顔をする男に、バッグを開いて中身を見せる。


「なんだこりゃ?」

「ら、神権侵害(ラインオーバー)だ。欲しいだろ? ま、まだまだある――」

「っざけんなゴラァ!」

「ひぃっ!?」


 バッグがひったくられ、ヘリの外へと放り捨てられる。

 中身がぶち撒けられ、ビニールシートで小分けにされた神権侵害(ラインオーバー)の錠剤が、風に煽られ紙吹雪のように散っていく。


「俺はクスリなんて使わねえんだよ! 超日(ちょうにち)(だましい)ナメんじゃねえッッ!」

「すっ、すみません!」


 反射的に謝ってしまった。

 超日魂とは何だ? 何を言ってるのかまるでわからない。

 正木ヒデオの中に、この世に生を受けて以来、一度も味わったことのない種類の恐怖が湧き上がっていた。


「お、お館様、それで、どう致しましょう。このまま脱出してよろしいので――」

「いいわけねえだろ! ペットの不始末ぐらいちゃんと片付けてけ!」

「はっ、はい!」


 恐る恐る尋ねるパイロットに、男が勝手に答える。


「だ、だからあれは私のペットなどではないと――」

「ああン? まだシラを切りやがんのか。ああ、いいぜ、わかった。あれはてめえのペットじゃねえんだな。それなら、アレをどうしようが俺の勝手ってことだよな?」


 何をどうしたら「それなら」になるのかさっぱりわからない。

 わからないが、ヒデオは首を縦に振っていた。

 隣県福島の郷土玩具、赤べこの如くがくがくと。


「よーし、じゃあ運転手! あのデカトカゲの真上に飛べ」

「はいっ!」


 男の指示に従い、ヘリコプターは暴れ狂う竜の真上へと進路を向けた。

 作品がお気に召しましたら、画面下部の評価(☆☆☆☆☆)やブックマーク、感想などで応援いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 超日魂♪ [気になる点] 残り三人+二人なにしてるのかな? [一言] セルフ出初め式カタパルトw なんか、クロガネさんなら行けそうですねwww
[良い点] ヤクザではなくともヤクザものなのと、クスリを勧めた事、ペットによる破壊行為と諸々でアウトです。 それではプロレスの世界へご招待ーw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ