第57話 仙台駅前ダンジョン第10層(裏) ピギープロレス
■仙台駅前ダンジョン第10層(裏) <カマプアアの宮殿:改>
ピギーヘッドたちの特訓がはじまり、1週間が過ぎた。
その日、白亜のドーム、カマプアアの宮殿には中央にリングが設置されている。
中央にスポットライトが当たっているが、周囲は暗く見通せない。
「おらっ! コーナーポストから飛ぶときはビビるな! 変に力むと怪我するぞ!」
「わ、わかったでござる!」
「返事はハイだ!」
「ハイでござるっ!」
コーナーリングからオクが飛ぶ。
大の字になって空を舞い、小気味良い音を立ててマットに全身を叩きつけた。
「よーし、思い切りがよくなってきたな。いいフライングボディプレスだったぞ!」
「ありがとうございますでござるっ!」
リングサイドから指導するのはクロガネだ。
城門をモチーフとしたオープンマスクをかぶり、クロガネ・ザ・フォートレスとしてコーチを行っている。
スポットライトが動き、リングの周辺を照らし出す。
そこでは何人ものピギーヘッドたちが鍛錬に勤しんでいた。
あるものはサンドバッグを叩き、あるものはバーベルを担いでスクワット、あるものは二人一組になって互いの腹筋めがけてジャンプを繰り返している。
「最初はどうなることかと思ったが、なかなかスジがいいじゃねえか。この分なら、本番のリングに上がる日も近いぜ」
「本当でござるかっ!? ふふふ、すぐに師匠を追い抜いてみせるでござるよ!」
「ハッハッハッ、百万年早ええよ」
クロガネがそう笑ってオクの頭を撫でようとしたときだった。
――ぶしゅぅぅぅううう
リングサイドに白い煙が立ち込め、クロガネの姿が覆い隠されてしまう。
「い、いったい何事でござるか!?」
「わわわ、火事、火事なの!?」
「おおお落ち着いて! 頭を守って机の下に潜るんだ!」
突然の出来事にパニックに陥るピギーヘッドたち。
右往左往しながらリングの周りを駆け回る。
――オーホッホッホッ! 可愛らしい子豚ちゃんたちね!
――フワーハッハッハッ! このリングは吾輩たちが乗っ取った!
薄れゆく白煙の中から、ふたりの人影が姿を表した。
ひとりは黒い革のマスクに、やはり黒いボンテージを身にまとった妖艶な美女。
そしてもうひとりは白塗りに赤黒のラインで化粧した、黒マントの大男だった。
「何者でござるかっ!?」
突如として現れた怪人に、ピギーヘッドたちが警戒を向ける。
怪人はそんなピギーヘッドを睥睨しながら、高笑いを繰り返した。
「オーホッホッホッ! あたしの名はデスプリンセス魔姫! 魔界商店街のお姫様よ!」
「フワーハッハッハッ! 吾輩はデビル・コースケ! 姫とともにこのちんけなリングをもらいに来てやった!」
「なっ、あの魔界商店街の魔手がこの王国にまで!? し、師匠、どうしたらよいでござるか!?」
「オーホッホッホッ! あなたの言う師匠って、あれのことかしら?」
デスプリンセス魔姫がたおやかな指を伸びした先には、漆黒の十字架に磔にされたマスクマン――クロガネ・ザ・フォートレスの姿があった。
「しっ、師匠!? いま助けるでござるよ!!」
リングを駆け、ザ・フォートレスのもとへ向かおうとするオク。
「おおっと、ここから先は通さんぞ!」
が、その行く手をデビル・コースケが遮る。
巨体に似合わぬ俊敏さでロープの隙間をすり抜け、勢いのままオクを蹴り飛ばす。
オクの小さな体は、リングの反対まで吹き飛ばされた。
ロープに跳ね返されそうになるが、腕を絡めてかろうじてダウンを免れる。
「いまの一撃で倒れぬとは。思ったよりも歯応えのある豚ではないか!」
「くっ、それがしは豚ではござらん! 誇り高き<イアヘレワワエ>の戦士、<オクエクエリアマカウア>でござる!」
「まだ歯向かうつもりか。いいだろう、吾輩が力の差を見せつけてくれる!」
――カーン!
甲高いゴングが鳴り響いた。
次々と照明が付き、ドーム全体を明るく照らしていく。
照明の正体は空を泳ぐ無数の<トビホタルイカ>だ。
まばゆい光が、所狭しと並ぶパイプ椅子で固唾を飲む、観衆の姿を明らかにする。
「さあ、はじまりました世紀の一戦。ピギーヘッドの王国<アイナルアラロ>の支配権を賭けた戦いです。本日の実況はわたくし、水鏡アカリと」
「オレっち……あー、<カマプアア>でお送りするぜ」
リングサイドの実況席には、アカリと<カマプアア>が座っていた。
「早速ですが、<カマプアア>さん、この試合をどうご覧になりますか?」
「どう、どうって言われてもな……」
言葉に詰まった<カマプアア>に、アカリがタブレットをこっそり差し出す。
<カマプアア>はちらちらとタブレットに視線を落としながら話しはじめた。
「キャリア、体格、どちらもクロガ……デビル・コースケに軍配が上がるな」
「では、<オクエクエリアマカウア>選手には勝ち目がないと?」
「そうは言ってねえ。オク……<オクエクエリアマカウア>が勝ってるのはスピードだ。スピードとちっこい身体を活かしきれれば、十分にチャンスはあるぜ」
「なるほどー。パワーのデビル・コースケ選手、スピードの<オクエクエリアマカウア>選手、お互いにストロングポイントが異なるわけですね。これは見応えのある試合になりそうです」
「なあ、<オクエクエリアマカウア>ってずっと言うのは大変だからよ。オクにしねえか?」
そのやり取りの最中も、クロガネとオクは間合いを測り合っていた。
リング全体を広く使って、ゆっくりと反時計回りに歩く。
「一丁前に試合の真似事など小賢しい! いま一度喰らえい、地獄蹴りだッ!!」
「うぐっ!」
クロガネの強烈な前蹴りがガードの上からオクを襲い、水平に吹き飛ばす。
だが、今度はオクもただでは転ばない。
ロープに衝撃を吸収させると、反動を利用してダッシュ。
「だぁっしゃぁぁぁあああでござる!!」
そのままの勢いで飛び上がり、両足を揃えてドロップキック。
クロガネの顔面にオクの全体重を乗せた一撃が突き刺さる。
「ぐはぁっ!」
まともに受けたクロガネは、きりもみに回転しながら吹っ飛ぶ。
巨体がマットにもんどり打ち、会場がピギーヘッドたちの大歓声に揺れた。
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