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第46話 仙台駅前ダンジョン第XX層 真相

「……カッシー!」

「痛っ!? ちょっ、抱きつくのはやめなさい! 死ぬ、死んじゃうっ!」


 メルが駆け出し、カシワギに飛びついた。

 カシワギは全身に走る痛みで悲鳴を上げている。

 だが、メルが我を忘れてしまうのも無理はない。

 まさに最悪の結末を想像していたところに現れたのだ。


「カシワギさん、生きてたんですね……よかった……」

「ちょっと、勝手に殺さないでくれる?」


 カシワギによると、<玄蜃凍氷(チェンシェンドンビン)>によって泥が凍っていたことが奏功したそうだ。<シュテンオニイソメ>の炎に巻かれる寸前に凍った泥の中に倒れたことで、脳や内臓が焼けずにすんだのだ。


 とはいえ手足は炭化し、出血多量。正真正銘、死の淵にいたのも間違いない。

 運良く撮影隊に発見され手当てを受けていなければ、命はなかっただろう。上級を含め、何本もの回復ポーションを費やしてやっと命をとりとめたのだそうだ。


「ま、私の方はざっとこんなところよ。で、あーたたちの方は? どうやってあの化け物を倒したのよ?」


 カシワギの視線の先には<シュテンオニイソメ>の死骸が横たわっていた。

 あの状況からレベル100超えのモンスターを討伐する手段など、カシワギには到底思いつかなかったのだ。


「ん? アレなら俺が倒したぞ」


 その質問に、クロガネがのんきに頭をかきながら答える。


「はあ? <無職>の手に負えるわけないでしょ。つまらない冗談言わないで」

「いえ、本当です」

「……カッシー、ほんと」

「はあ!?」


 アカリとメルに補足され、カシワギの表情が引きつる。

 よくよく見れば、クロガネの体は青黒い返り血らしきもので汚れているし、<シュテンオニイソメ>の死骸には武器や魔法で傷つけられた痕跡がない。見れば見るほどに、徒手格闘によって屠られたとしか思えないのだ。


「何よそれ、わけわかんない……。ま、まあ、それはそれとして、ミカアカ、あんたもその……ありがとね、メルを守ってくれて。助かったわ」


 カシワギが目を逸らしながら礼を言うと、アカリはにっこり笑って応じる。


「カシワギさんに教わった通りにしただけですよ。アイドルを、演者を守るのが私たちの仕事ですから」

「ふうん、一丁前に言うようになったじゃない」

「いまは上司と部下じゃないですし」

「あーたは部下の頃から生意気だったわよ」


 カシワギは肩をすくめてため息をついた。


「ついでに聞くけど、いい加減、本当のこと教えなさいよ。あの事件(・・・・)のこと。どうせ何か裏があるんでしょ?」

「それは……」


 アカリは顔をうつむけ、言葉を濁す。

 あの事件はもう済んだことだ。

 いまさら真相を明かしたところで、アカリにとっては何の意味もないのだ。


「……ミカアカ、悪くない。ほんとは、わたしたちの、せい」

「メル!?」


 しかし、そこにメルが口を挟んだ。

 唇を噛み締めながら、訥々(とつとつ)と言葉を紡ぐ。


「……企画を考えたのも、わたしたち。……ミカアカに黙って、勝手にやった。……オンボーダーを買ったのも、使ったのも、わたしたちの判断」 


 オンボーダー。

『|境界線上《On the Border》』を意味するそれは、ダンジョン由来成分で作られたある種の薬品だ。未承認だが規制対象にもされていない未知の成分により作られている。

 ダンジョンからは次々に新たな発見がされるため、治験も法整備もまったく追いついていない。その隙間を縫って流通しているグレーな存在がオンボーダーだった。


 幻覚成分を含むものが多いが、一時的に魔力や身体能力を高めるものもある。それらは実力を嵩上げできるアイテムとして、一部の配信者の間で流行していた。

 しかし、副作用や後遺症の懸念が絶えず、まっとうな人間は使うものではないというのが一般的な認識だ。


「なぜそんなこと……」


 突然の告白に、カシワギはうろたえた。

五行娘娘(ウーシンニャンニャン)>の他のメンバーもうつむいてメルの告白を聞いている。異論を挟まないということは、つまりそれが真実だということを示していた。


「……もっと上に行きたい、もっと速く成長したい、そう、思ってた。……でも、ミカアカは許してくれなかった。……見た目は派手だけど、安全な、企画ばっかり」


 アカリの企画は、外部からは過激すぎると見られるものだった。しかしその実、リサーチを重ねて実力に見合ったものを演出によって過激に見せていただけだったのである。


 そしてその見極めについて、アカリは誰にも話していない。

 クロガネにも言っていたことだが、「知らないことで生まれるリアリティ」を重視していたのだ。そのため、774プロの中であってもアカリは危ないやつだ(・・・・・・)と思われていたのだった。


「……わたしたちが、勝手にやって、勝手に失敗した。……それを、ミカアカがかばってくれた」


 オンボーダーを使用してまで挑んだ企画。

 それは東京は日暮里ダンジョンの深層アタックだった。

 日暮里は8年前のダンジョン発生の影響で半ばスラムと化しており、治安の悪化が著しい地域だ。モンスターのみならず、犯罪者やその予備群の巣窟ともなっている。


 メルたち<五行娘娘(ウーシンニャンニャン)>は、そこに挑み――無惨な結果を迎えた。

 命こそ取り留めたものの、地上に逃げ帰ったときには満身創痍。上級ポーションを使っても全治数ヶ月という重症をメンバー全員が負ったのだ。

 その影響で<五行娘娘(ウーシンニャンニャン)>は長期の活動停止を余儀なくされ、陰陽歌合戦への参加も見送ることになった。


 人気急上昇中のアイドルに起きた不幸は、そのままではマスコミの格好の餌食となっていただろう。アカリはそれを見越し、すべては功を焦った担当マネージャー(水鏡アカリ)の暴走、というストーリーにして事態を収束させたのだ。


 会社の管理責任を問う声もあったものの、肝心のアカリが行方をくらましてしまったため、取材を重ねたところで新たなネタが見つからない。追求の声はすぐに下火になり、日々のニュースに埋没していった。


「はあ、私くらいには話してくれたらよかったじゃない」

「秘密は徹底的に守れ、これもカシワギさんの教えでしたね」

「なんでそういうところだけ無駄に律儀なのよ……」


 カシワギは顔に手を当て、天を仰いだ。

 だが、アカリの言うことも正論なのだ。秘密はそれを知る人間が多ければ多いほど洩れやすくなる。

 メルたちを守ることを最優先とするならば、それ以上の対応はなかっただろう。


「……ねえ、ミカアカは、戻ってこれないの?」

「それは難しいかな。不祥事を起こした人間が舞い戻ったら疑われちゃう」

「……そう、だよね。ごめん、なさい」

「謝らないで、私の選んだ道なんだから。それに、無事に新しいパートナーもできたしね」


 メルの問いかけにアカリはにこりと笑って答え、クロガネとソラを見る。

 カシワギとメルも、二人を見てうなずいた。


「まったく、すっぱり辞めたかと思えばこんな掘り出し物を見つけてくるなんて、大したもんじゃないの」

「……いつか、コラボしよ」

「ええ、絶好のタイミングでお願いさせてもらいますね」


 悪びれもしないアカリの返事に、カシワギとメルは思わず苦笑いを浮かべた。


「相変わらず抜け目がないわねえ。ま、ともかく774プロが関わるのなら、半端なことはできないわ。宣伝も演出も手を抜かないから、連絡は早めに寄越すのよ」

「カシワギさんもありがとうございます」

「ふん、あーたにはいくつも借りを作っちゃったみたいだからね。不可抗力よ」


 アカリとカシワギ、そしてメルの間には、昼間にあったギスギスとした空気がすっかりなくなっていた。<五行娘娘(ウーシンニャンニャン)>の残りのメンバーもアカリを囲み、昔話に花を咲かせはじめる。


 その輪から少し離れて、首を傾げているのがソラである。


「うーん、なんだか置いてけぼりの気分?」

「ま、いいんじゃねえか? よくわからねえが丸く収まったみてえだし、俺らが首を突っ込むことでもなさそうだろ」

「それもそうだね」


 すっかり蚊帳の外に置かれたクロガネとソラの背後で、<シュテンオニイソメ>の死骸が周囲の空間ごとゆらゆらと揺らめきはじめた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 助けてくれた人を完全放置な人々w
[良い点] 流石に陰陽歌合戦キャンセルや、瀕死の重症を引き落として雲隠れって思わせてたら、カシワギの態度は優しいもんだったわ…。 蚊帳の外と思ってるプロレスラーお二人さん、ラウンド2のお時間ですよ!…
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