第45話 仙台駅前ダンジョン第XX層 それは相撲のまわしの如く
――GyyyYYYaaaAAAAAAHHHHHH!!
ヘッドバットの連撃を浴び、<シュテンオニイソメ>が身悶える。
外殻がひび割れ、体液がこぼれだし、あちこちが剥がれ落ちていた。
クロガネはその隙間に指をねじ込み、外殻に引っ掛ける。
そして相撲のまわしの要領で思い切り引き絞る。
「うぬぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ぶちぶちと肉の引きちぎれる音がする。
ばきばきと硬いものが砕ける音がする。
ぶるぶると長大な体躯が細かく震える。
ぶしぃっと大量の青い体液が噴き出す。
――GyitchGyitchGyitchGyitch……
<シュテンオニイソメ>の身体が逆向きに折れ曲がる。
口から炎の混じった大量の体液を吐く。
「どぉぉぉおおおっっっせいッッ!!」
気合とともに、クロガネの背中の筋肉が膨れ上がる。
大樹を根ごと引き抜くかのように一気に上体を反る。
<シュテンオニイソメ>の巨体が一瞬宙に浮き上がる。
しならせた鞭のように巨体が地面に叩きつけられる。
――轟音
ダンジョンがかすかに揺れ、天井からぱらぱらと砂が落ちた。
顔面は壁に激突し、牙がへし折れて四方に飛び散った。
無数の節足が千切れて弾け、胴の体節はあちこちが砕け青い体液を噴き上げた。
長大な体躯がびちびちと震える。
絡まった縄のように身を縮こまらせる。
――そして、沈黙
技も何もない、ただただ力任せのフロントスープレックスが<シュテンオニイソメ>の生命を絶った瞬間だった。
「かーっ! べっちゃべちゃじゃねえか」
クロガネは口の中に入った生臭い液体を唾とともに吐き捨てた。
その体は白濁した粘液と青い体液とで頭から足の先までまだらに染まっている。
「こ、こんなあっさり……」
「……た、たったひとりで……?」
目の前で繰り広げられた光景に、アカリとメルは言葉を失っていた。
レベル100超えのモンスターと言えば、場合によっては災害とみなされ自衛隊の出動が要請されるレベルの脅威だ。
国内トップクラスの配信者チームでも、挑むなら綿密な計画を練るだろう。
とても単身で挑み、倒せるような相手ではないのだ。
……あくまで、常識的に考えるのであれば、だが。
「うわー、べったべたじゃん。しかも臭い」
「仕方ねえだろうが。ほら、タオルと水筒くれ」
「はいはい」
この二人にそんな常識は通用しない。
ソラは加勢どころか戦いも横目で見る程度で、アカリとメルの手当をしていた。
クロガネが負ける可能性などまったく考えてもいない、という風に。
クロガネはソラから投げ渡された水筒の水を頭から被り、ばしゃばしゃと乱暴に身体を擦っている。ある程度汚れを洗い流したところでスポーツタオルでがしがしと顔を拭いた。
まだまだ汚れは残っているが、髪と顔があらかたきれいになったところで切り上げ、アカリたちの方へのっしのっしと歩いてくる。
「あー、それで、バタバタしちまったが大丈夫だったか?」
「は、はい」
「んで、なんでこんなとこにいんだ?」
「それはこっちのセリフですよ!?」
まるで緊張感のない質問に、アカリは思わず聞き返してしまう。
「迷宮震ってのの警報があったろ? それで嫌な予感がしてな」
「電話もメッセもぜんっぜんつながらないし、めっちゃ心配したんだから」
見れば、今の今まで戦っていたクロガネはもとより、ソラの姿もぼろぼろだ。
ジャージのあちこちが破れ、薄汚れている。
「すみません……私事でご迷惑をおかけして……」
どれほどの苦労をかけてしまったのだろうと思い、アカリは深々と頭を下げた。
配信者をサポートする立場のカメラマンが、反対に配信者に迷惑をかけてしまうだなんてプロ失格だ。
「ああー……別に謝ることはねえんだがな」
顔を上げると、クロガネが困った顔をしてぼりぼりと頭をかいていた。
「ともあれ、無事でよかったぜ。さっさと帰ろうぜ。風呂に入りてえ」
「あたしもー。ねえ、スーパー銭湯寄って帰ろうよ」
「ああ、名案だ。こんな恰好で断られなきゃいいが」
「近所に配信者向けのがあるらしいよ。テレビでやってた」
「そういうとこなら大丈夫か」
つい先程まで修羅場だったというのに、二人はすっかりいつもの調子だ。
アカリも気が抜けそうになるが、これではいけないとピシャリと頬を叩く。
「すみません、助けていただいた上に厚かましいんですが、カシワギさん……それに774プロのスタッフたちも巻き込まれているんです。助けに行けませんか?」
「あー……カシワギっつうとあのいけすかねえグラサンだったか? 折り合いがよくねえみてえだったが、助ける義理はあんのか?」
クロガネは顎を撫でながら尋ねる。
ここまで飛んできたのはアカリが仲間だからだ。
しかし、ほぼ見知らぬ、むしろ印象の悪い他人に対してまでボランティア精神を発揮できるほど、クロガネは博愛主義者ではない。
「義理は……あります。あくまで私にとってで、クロガネさんには関係のないことですが……」
「……わたしからも、お願い。カッシー、助けて」
「あー、やめろやめろ。二人して頭を下げんじゃねえ。わーったって。何も意地悪しようってわけじゃねえんだ」
そして、女子供に助けを求められて断れるほど薄情でもなかった。
「で、カシワギってなぁどこにいんだ?」
アカリは答えに窮する。
めちゃくちゃに通路を走って逃げてきたので、元の道がわからないのだ。
「クロさん、これ使えるんじゃない?」
ソラがデイバッグから黄色い布切れを取り出す。
<尋ね人の忘れ物>だ。
アカリの捜索にどれだけかかるかわからなかったため、有り金をはたいて買えるだけ買ってきたが、結局1枚しか使っていないので何枚も余っていたのだ。
「すみません、1枚お借りします。メル、頼める?」
「……わかった」
ソラから受け取った<尋ね人の忘れ物>をメルに渡す。
この種のアイテムは、より対象と親密な人間が使った方が精度が高まりやすい。
1年以上会っていなかった自分よりも、メルの方が適任だろう。
メルはハンカチの端のしつけ糸に指をかける。
対象を念じながら糸を抜くことで、効果が発動するのだ。
だが、<尋ね人の忘れ物>が効果を発揮するのは生者のみ。
あの絶望的な状況で足止めを買って出たカシワギが生きている可能性の薄さを考えて、メルの指が止まってしまう。
これを引き抜くことで、カシワギの死が確定してしまうような気がしたのだ。
メルが逡巡していると、耳覚えのある声がした。
「待ちなさい。それは必要ないわよ。それに、これ以上ミカアカに借りを作ったらたまらないわ」
闇の奥から声。
男にしては少し甲高い、耳につく声。
現れたのは、撮影スタッフの肩を借りて歩くカシワギの姿だった。
昨日、予約投稿をミスって一昨日の深夜に更新していたことに後から気が付きました(;´Д`)
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