表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/147

第44話 仙台駅前ダンジョン第XX層 徒手格闘技においてオイルはまさに反則です

「アカリさん、大丈夫?」

「私は……大丈夫です。それより、メルを……あの女の子を……!」

「この子かな? ふらふらだったからとりあえず拾ってきたよ」


 改めて見ると、ソラの傍らに道士服の少女がへたり込んでいた。

 肩で荒く息をしつつ、鼻にはティッシュが詰め込まれている。

 メルも鼻血を出していたようだ。

 状況が飲み込めない様子で、辺りをきょろきょろしている。


「……あの、え? ……何?」

「危なそうだったからクロさんの後ろに連れてきたけど、迷惑だった?」

「……あ、いや、その、ありが、と」

「よかった。余計なお世話じゃなかったんだね」


 ソラが笑って親指を立てる。

 その笑顔に、心がほぐされていく。

 つい先程まで死地にあったとは思えない安心感が湧いてくる。


「だあっ、あっちぃな! 何なんだこの特大釣り餌ヤローは!」


 気がつけば炎の奔流が止んでいた。

 赤熱する巨大な鉄板が2枚、防壁さながらに地面に突き立てられていた。

 クロガネは赤熱する盾から手を離し、両腕をぶんぶん振って冷ましている。


「釣り餌って。あ、たしかにこれイソメに似てるね」


 イソメの小さいものは、釣り餌によく使われている。

 長細くヌルヌルしており、短足のムカデのような姿だ。

 見た目がグロテスクで、おまけに釣り人の指を噛むことがあるため、嫌がる者も少なくない餌だった。


「状況がわかんねえが、とりあえずアイツはノシておいたほうがよさそうだな」

「ま、待ってください! それはレベル100以上の――」


 クロガネが両の拳をごつごつとぶつけ合わせ、盾の影から飛び出していく。

 アカリが止める暇もない。

 次の瞬間には、<シュテンオニイソメ>の大顎を掴んでいた。


 牙と腕との違いはあれど、それはプロレスで言う手四つの形。

 正面からの力と力のぶつかり合いだ。

 クロガネの万力のような手が<シュテンオニイソメ>の牙をがっちりとロックし、ぎりぎりと金属が軋むような音を立てている。


 だが、<シュテンオニイソメ>の顎は一対ではない。

 残った3対、6本の牙がクロガネの両脇に突き刺さる。


「コースケさんっ!!」


 アカリは思わず悲鳴を上げる。

 人の腕よりも太い牙が、クロガネを挟み込んだのだ。

 分厚い身体が輪切りにされる光景を想像し、アカリの顔からさっと血が引く。


「ってえな、この野郎!」


 しかし、それは無用の心配だった。

 脇腹を刺されたクロガネは即座に身体を引き寄せ、膝蹴りで<シュテンオニイソメ>をかち上げる。

<シュテンオニイソメ>の大顎は、巨大すぎるがゆえに根本までぴったりとは閉まらない。思い切り密着することにより、その攻撃を無力化したのだ。


 出血はしているが薄皮一枚。

 クロガネにとって、この程度は怪我のうちにも入らない。


「おらっ! おらっ! おらおらおらおらおらおら!!」


<シュテンオニイソメ>の頭部からは5本の触手が放射状に伸びている。

 そのうちの2本の根本を掴み、首相撲の要領で膝蹴りの嵐をお見舞いしていた。


 ――GyyyYYYaaaAAAAAAHHHHHH!!


<シュテンオニイソメ>が身をよじってクロガネを振り払う。

 膝の連撃を浴びた外殻には亀裂が走り、青黒い体液が垂れていた。


「ちっ、オイルか何か塗ってやがるな」


 クロガネが手のひらをTシャツで拭うと、半透明の白濁した液体が糸を引いた。

 長大な巨躯を見上げれば、体節という体節から同じ粘液を垂れ流している。


「オイルは反則だろうがッ! こらっ!!」


 クロガネが跳び上がり、濡れた大木を思わせる<シュテンオニイソメ>の胴体に後ろ回し蹴りを叩き込む。

 得意の高速ローリングソバット。

 組技は困難と見ての打撃だが、体表でぬるりと滑り、衝撃を受け流される。

 続けて拳打の雨を降らせるが、これも滑って威力を発揮しない。


 ――GooooaaaaAAAAHHHH!!


<シュテンオニイソメ>が長大な身体を鞭のように振るった。

 尻尾の先端に打ち付けられ、クロガネの身体がふっ飛ばされる。

 空中で姿勢を立て直し、なんとか着地するが、ガードした両腕のあちこちが切れて出血していた。

 体側にびっしりと生える短い足を引っ掛けて、肉を切り裂いたのだった。


「こっちは滑るがそっちはやりたい放題ってわけか。胸糞悪りぃ」


 組んでは掴めず、打っては受け流される。

 およそ知能というものを感じられない<シュテンオニイソメ>がこの状況を狙ったわけではないだろうが、徒手格闘技に対し、潤滑性のある液体を塗るのは極めて強力な対抗策だった。


 ほぼすべての格闘技において、身体にオイルやローションなどを塗ることが禁止されているのはこのためだ。事実、レフェリーの目を盗んで全身に潤滑剤を塗った選手が、当時最強と名高いチャンピオンをあっさり下してしまった例もあるほどだ。


 だが、それしきのことで万策尽きるクロガネではない。

 海外修行中は地下格闘技場での試合も数え切れないほど経験した。

 違法手術で体内に凶器を仕込むくらいのことは朝飯前にやってのける連中が掃いて捨てるほどいたそこでは、オイルの塗布などまだかわいい反則だったのだ。


「うおぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!」


 クロガネが雄叫びを上げ、突進する。

 テイクダウンを狙ったタックルではない。

 額と両の手のひらの三点で純粋に相手を押し込むぶちかまし。

 衝突の瞬間、どうっと鈍い音が響く。

 三点同時に、真っ直ぐに当たることで力を逸らされないようにしたのだ。


<シュテンオニイソメ>の長駆が引きずられる様は、バック走する電車のようだ。

 身をくねらせ、節足を動かして抵抗するが、クロガネの勢いは衰えない。

 そのまま壁に叩きつけられ、全身をびちびちと震わせる。


「こうやって固定しちまえば、ぬるぬるだろうが案外どうにかなるんだぜ?」


 クロガネは両腕で<シュテンオニイソメ>を壁に押し込んだまま、上体を思い切り後ろに反らす。

 そして、さながら大鎚の如く、全力のヘッドバットをキチン質の腹に叩き込んだ。

 作品がお気に召しましたら、画面下部の評価(☆☆☆☆☆)やブックマーク、感想などで応援いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 大みそかのヌルヌルは絶対に許されない 気分悪い年越しとなったひとはどんだけいたことか あれなかったら格闘イベントはもっと長く太く続いたのかなぁ
[一言] 秋山ぁぁぁっ!!! 滑るよ! ふざけんなよおい! あ、プロレスじゃなくて総合格闘技ネタだったw
[良い点] オイルヌルヌルは制裁と古事記にも書いてある。 ショットガンといい、違法改造といいプロレスラーってダンジョンよりダンジョンしなきゃならん職業なのか?w プロレスラーをジョブ化した場合、魔…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ