第17話 仙台駅前ダンジョン第16層 vs サソリ男
それの半身は、大雑把に言えば、人に似ていた。
頭はひとつ、腕は2本。手には五指があり、掌をクロガネに向けている。
しかし、頭が異形だ。
アクリルやガラスで出来た大小の目がびっしりと並んでいた。鼻も口も耳も髪もない、作り物の目玉を寄せ集めた頭。無数の球体が組み合わさった近似球体。
しかし、肌が異形だ。
毛穴のない乳白色のソフトシリコンを土台に、色とりどりのプラスチック片、樹脂を固めた偽宝石、テグスで繋いだビーズの数々。それらが非硬化性のパテで接着され、生き物じみた柔らかい動きをしている。
しかし、下半身が異形だ。
腰から下が、L字を描いて背後に伸びている。表面は金属片で覆われ、照明を反射して黒光りしている。脚は合計八本。四対の脚が胴の脇から生えている。昆虫じみた多関節で、ゆらゆらと前後左右に身体を揺らしている。
それには、尾があった。
六つの節からなる尾は、楕円の数珠を連想させた。ひとつひとつの節はラグビーボールほどの大きさで、連動してなめらかにしなり、蛇の如くうねる。
先端の節には鉤型の太く長い針が一本飛び出し、その周りは短く尖った円錐の棘で覆われている。まるで西洋騎士の星型戦棍のようだ。
「なんだあ? サソリみてえな野郎だな」
クロガネは片眉を釣り上げてそう評する。
素材の違いなど、細かなことに目をつむれば、それは確かにサソリ男と呼ぶのにふさわしい形をしていた。
「コ、コースケさん! 気をつけてください! そんなやつ、出現報告になかったですよ!」
背後からアカリが叫ぶ声が聞こえる。
不測の事態に演技ができず、素に戻っているようだ。
クロガネは、背を向けたまま右の拳を突き上げて応じる。
「おう、そりゃ楽しみだ。ばっちり撮ってくれよ」
「そういうことじゃなくてですね!?」
クロガネは両手を軽く広げてサソリ男に向かって構える。
上背は同じくらいだが、体長では軽く倍はある。
尾も含めるなら3倍以上だ。
すり足で間合いを詰めていく。
明らかに人間からかけ離れた異形。
何を仕掛けてくるのかまったく読めない。
サソリ男もまた、間合いを詰める。
前後左右に体を揺らしながら、八本の脚を前に進める。
目玉でできた頭が揺れるたび、カシャカシャと乾いた音を立てる。
クロガネは、マラカスみてえな音だな、と場違いな感想を抱いた。
接敵。
クロガネの射程に入った。
睨み合いは性に合わない。
左腕のガードを上げ、上体を捻って右腕をぎりぎりと引き絞る。
はっきり言って隙だらけだ。
攻撃を誘う狙いもあるのだが、サソリ男からは仕掛けてこない。
相変わらずゆらゆら揺れながら、泳ぐように左右の手を振っている。
「どっせい!!」
構わず、クロガネは右拳を解き放つ。
矢の勢いで放たれる硬く太い肉塊、クロガネの十八番、バリスタナックルだ。
それがサソリ男の目玉だらけの顔面に殺到し――
――虚空を貫いた。
「ぐっ!?」
肩に痛み。
鮮血がほとばしる。
サソリ男の尾が、死角から襲いかかってきたのだ。
しかし、クロガネもすんでのところで直撃を避けていた。
バリスタナックルをフック気味に流すことで、ぎりぎりで身をかわしていた。
尾の先についた無数の棘が肉を削ったが、先端の太い鈎針を受けるよりずっとマシだったろう。
「ぬおっ!?」
今度は下方からの打撃。
振り上げられた肘がクロガネの顎をかすめる。
これもぎりぎりで避けたが、頬が浅く切れて血が垂れる。
サソリ男の頭が細かく震え、カシャカシャと音がする。
クロガネには、それが嗤っているように感じられた。
「バケモンの分際で、やってくれるじゃねえかっ!」
クロガネは膝を落とし、腰を目掛けてタックルを仕掛ける。
上半身はつかみどころのない動きをしているが、支点となる腰であればかわせないと踏んだのだ。
だが、その思惑はあっさりと外される。
八本脚がゆらりと動き、タックルを避けた。
そしてサソリの下半身をひねりながら、鞭のように尾を振るう。
「ぐうっ!」
クロガネの顔面が打ち据えられる。
ラリアットのような衝撃。
衝突したのは尾の中ほど。
間合いが詰まっていたため、先端の直撃だけは避けられた。
クロガネの巨体が一瞬宙に浮き、背中から床に落ちる。
再び尾が襲う。
太い鈎針が突き立てられる。
一回、二回、三回。
致命の連撃を床を転がってかわす。
空振りした鈎針が、金属音を立てて床に弾かれる。
四回、五回、六回。
寝転がったままサソリの腹を蹴り飛ばし、強引に距離を開ける、
すかさず後転からハンドスプリングで跳ね起きた。
「ハッ! やるじゃねえか!」
クロガネは親指で鼻血を拭き、口に溜まった血を吐き捨てる。
再びスタンドでの対峙。
サソリ男は先ほどと同じく、両腕を泳ぐように動かしながら身体を揺らしている。
一連の攻防に、クロガネは既視感をおぼえていた。
ゆらゆらと全身を揺らすステップ。
それはともすればダンスのようで、独特のリズムを刻んでいる。
「ダンス……そうか、ジンガか!」
既視感の正体に思い当たったクロガネが、胸の前で拳を打ちつける。
背筋を伸ばし、重心を低くしたレスリングスタイルから、ガードを高くしたムエタイの構えへと切り替える。
「さあ、第二ラウンドのゴングだぜッ!!」
肉のぶつかる乾いた音が響き渡った。
サソリ男の足に、クロガネの強烈なローキックが叩きつけられたのだ。