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第123話 自衛隊迷宮作戦群

■大江山ダンジョン(仮称)第81層 未踏領域


 切り立った峰々を覆い尽くす濃い緑。

 ぼうぼうと正体のわからぬ鳥獣の声が響く。

 その峰の先端のひとつに、迷彩服に身を包んだ男たちが立っていた。


「大佐ァ、通信はやっぱり回復しないっすねえ」

「そうか。やはりダンジョン内で高度を取ってみたところで意味はなかったな」

「ほぼほぼわかってたんすから、登山なんてさせないでくださいよ、大佐ァ」

「それから、妙なあだ名はやめろと何度言わせる、この昼行灯が」

「へーい、曹長(・・)殿、失礼したでありますっす」


 一行は総勢6名。

 全員が陸上自衛隊迷宮作戦群所属の精鋭だ。

 大佐と呼ばれた髭面の男が隊長であり、昼行灯と呼ばれた茫洋とした顔の男が副隊長を務める。こんななりでも、数々の修羅場をくぐってきた猛者たちだ。


 今回の出動は、内閣からの直接の命令だ。

 大江山ダンジョンでは、<神変大菩薩(じんぺんだいぼさつ)>をはじめ、民間では国内トップクラスの配信者パーティが何組も未帰還となっている。レベルでいえば平均で100を超えていた。中難易度のダンジョンなら、最深層までピクニック気分で行って帰って来られる人間たちだ。


 それだけの実力者が、ただひとりの帰還もできずに全滅するなど異常事態というほかない。


 このダンジョンの深層では通信が途絶するため、情報は何もない。

 現代の通信機器は<運営>からもたらされた技術により、ヒマラヤの山頂だろうが海底だろうが通信不能に陥ることはない。無論、ダンジョンでも同様だ。魔素を撹乱する何らかの要因がない限り、「圏外」などありえないのだ。


 これらの事態を鑑み、防衛庁情報本部はレベル200以上、すなわち災害級の脅威が潜んでいることを予測した。

 災害級のモンスターの処理は、民間に無用な動揺を与えないよう秘密裏に実施される。


 そうした超高レベルモンスターの駆除任務に特化した部隊が迷宮作戦群である。

 配信を行っていないために知名度こそ低いが、探索・戦闘の両面において最高峰の実力を備えている。


「ま、しかし高所を取った甲斐はあったみたいっすねえ」

「そのようだな」


 二人の視線の遠く先には、小さな鳥居があった。

 双眼鏡で覗く。鳥居に寄りかかって腕を組む長身の男。

 平安貴族がまとうような狩衣(かりぎぬ)を着崩しており、細身ながらはだけた襟からは引き締まった筋肉が見える。

 色白の顔には眠たげな瞳。まるで近所をふらりと散歩でもしているかのよう。

 難易度測定不能のダンジョンの最奥にふさわしくない、退屈そうな表情。


 そして何より――


「額に角か。鬼、あるいは鬼神種だな」

「大江山だから酒吞童子だろって情報本部の読みでしたけど、まさかの大正解っすね。安直っつうかなんつうか」

「そのために、こんなものまで借りてきたんだ。外れてちゃ困る」


 大佐(・・)は腰に差した獲物をぽんぽんと叩いた。

 迷彩服にはおよそ似つかわしくない、日本刀だ。

 防衛省が警察庁と連携し、法律の隙間を縫って民間から入手したもの。


 平安時代、酒吞童子を斬ったといわれる<童子切安綱>だ。


 童子切安綱は8年前の迷宮災害で、東京国立美術館から紛失している。

 所有者は独立行政法人国立文化財機構であり、云わば国の所有物だ。

『遺失物かどうか確認したい』という名目で、民間人から借りた(・・・)ものである。


 しかしこれは、ダンジョンのモンスターから出現した物品の所有権は討伐者に帰属すると定めた特措法と矛盾する処置でもある。地上の遺失物、それも国宝がモンスターからドロップするなど、法案の制定時には想定もされていなかったことだったのだ。


 もし裁判になれば最高裁までもつれ込んでもおかしくない対応だったが、どうやら裁判沙汰にはならなかったらしい。

 現場仕事を担当する大佐(・・)昼行灯(・・・)には、どんな交渉があったのかまでは知らされていない。


「ま、せっかくのお宝っすけど、出番はなさそうっすねえ」 

「幸いに、だな。剣道も居合もやるが、実戦で真剣を使ったことなどない」

「国宝をへし折っちまったら大スキャンダルっすよ」

「軽口はいい。狙撃の準備だ」

「へーい、お仕事がんばるっす」


 大佐の指示で、昼行灯以下4名の男たちが二脚(バイポッド)を並べ、腹ばいになり長大なライフルを構える。

 バレットM95対迷宮仕様。全長1,143mm、重量10,700g、口径50mmの怪物が、酒吞童子に向けられる。弾頭はヒヒイロカネで被覆された劣化ウラン。マスコミに漏れれば、内閣総辞職待ったなしの秘匿兵装だ。当たりどころによっては巡洋艦すら一撃で轟沈せしめる威力を持つ。


 先日、仙台市内で暴れた300m超の竜種も、これにかかればただの一発で首から上が消し飛んでいただろう。

 核廃棄物(劣化ウラン)の弾頭を、市街で使用できるかという問題は残るが。


「準備完了っす。いつでもあのキレイな顔をフッ飛ばしてやれるっすよ」

「アルファ、ブラボー、チャーリーは合図とともに一斉射撃。デルタ、エコーは失中に備えろ」

「うわー、お仕事モードだ。了解っす」


 部隊員をABCの符丁(フォネティックコード)で指示し、大佐は双眼鏡で酒吞童子を監視する。

 観測手(スポッター)は大佐のみ。超音速の弾丸を放つ5人の狙撃手をひとりでサポートするなど、いかに熟練の兵士であっても不可能だ。しかし、日々の激しい訓練と、レベル150を超えるジョブ<レンジャー>のスキルによってその不可能を可能にしている。


「距離、1,108。谷間に横風、空気がやや重い。照準は2時に70cmだ」


 5つの砲口がピクリと動く。

 1km以上の離れた狙撃では、70cmの弾着調整はミリ以下の世界となる。


撃て(Fire)


 3つの砲口が火を吹く。

 その寸前、双眼鏡の中の顔が嗤った――気がした。

 弾丸が鳥居を粉砕し、地面が破裂する。


 だが、そこに酒吞童子の姿はない。


「退避っ!」


 直感がそう叫ばせた。

 しかし、振り返れば、血みどろの肉塊。

 そして退屈そうに顎を擦る酒吞童子。

 凄惨な地獄絵に、ただひとり書き込まれた役者絵のような違和の光景。


「ほう、よい刀を持っておるな。振ってみろ」


 返り血の一滴すら浴びていない白い鬼が、くいくいと手招きをする。


「おおおおおおッッ!!」


 鬼への返答は、裂帛(れっぱく)の気合。

 鞘走る滑らかな感触。

 大佐にとって、生涯で会心の居合抜き。

 これが天下五剣の頂点と謳われる名刀かと、一瞬だけ心が奪われる。


「つまらぬな」


 しかし、生涯最高の一閃は停止(とま)っていた。

 振り切ることすら(あた)わず。

 酒吞童子の人差し指と中指、ただの二指によってつままれ、停止(とま)っていた。


「貴様ら人間はいつもそうだ。物に使われる。環境に流される。名刀があれば斬れる、名弓があれば射れる。それから今度はじょぶ(・・・)すきる(・・・)か。見下げたものよ」


 酒吞童子の手に、どくどくと脈打つ何かが握られている。

 握りつぶされる。

 ばちゅりと赤い汁を飛ばす。

 それが自分の心臓だったと気づいたときには、もはやその生命を終えていた。


 * * *


「はわー! シュテン様、シュテン様! 凛々しかわいい! 凛々しかわいい!」

「だからかわいいはやめろと申しておる」

「凛々しかわいい! 凛々しかわいい!」


 なんかお主、日ごとに阿呆になっておらぬか……という一言を酒吞童子はかろうじては飲み込む。

 イバラは有能な配下だが、拗ねるととてつもなく面倒くさいのだ。


 茨で作った抜け穴で空間を超え、抱きついてきたイバラの黒髪を撫でる。

 上背はいまやイバラよりも頭一つ高い。

 あの面白い男(・・・・)と同じか、わずかに勝るほどか。


 子供の姿だった酒吞童子は、いまや青年の姿に成長していた。

 大江山ダンジョンに満ちる霊力を取り込んで往時の力を取り戻したのだ。


 霊力とはすなわち生命力だ。

 生きとし生けるものが発し、ダンジョンが吸収している資源。

 それでこの世界を、いくつもの宇宙を守っているのだと<運営>は主張する。


 だが、酒吞童子は思う。

 世界やら、ましてや見たこともない異世界のことなど知ったことか。

 闘争に明け暮れ、明け暮れ、明け暮れ、なお強者を求める。

 それが酒吞童子の、かつてこの国の王をも慄かせた暴虐の根源。


 世界を滅ぼす何者かがいるというのなら、それとも戦ってみせよう。

 勝てばまた強者を求め、負ければ滅びて朽ちるのみ。

 勝ち負けなど織り込まぬ。

 わからないから、面白い。


「力は戻った。山籠りにもそろそろ飽いた」

「そうおっしゃる頃かと思い、準備は万端、整ってございますわ」


 酒吞童子のつぶやきに、イバラが満面の笑みで応える。

 大江山が、じりじりと震えた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 正直なところ、弱者に嗜虐なところが多々あり、本人がいうほど戦いに飢えているとは思いにくいところがある。 同等までは今の余裕を出していられるが、格上を相手にすれば地金が出そうである。 プ…
[良い点] (強制的に)借りた刀を使ってこれは無残可哀想w 運営のルール下にいる奴らでは対抗できない以上、リングに直行してくれることを祈るしかないのか…!!
[一言] 原型が12.7mm口径であるバレットM95を大きさ重量そのままに50mm口径にしてみせるとは…… 迷宮がらみの技術って現代技術を鼻で嗤うほどの水準のようだ あるいは某映画の誤訳のオマージュな…
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