第10話 デビル・コースケ、商店街を侵略する
「フワーハハハ! この商店街はデビル・コースケ様が乗っ取った!」
とある商店街のイベント広場。
特設の簡易リングで、デビル・コースケに扮したクロガネがマイク片手に大声を張り上げている。
白塗りに赤黒のラインを引いた悪魔風のメイク。鋲付きの肩パットにフェイクレザーの黒マント。いかにも悪役という出で立ちだ。
見物客はぼちぼち集まってきている。
7月の日差しは容赦がない。ミストクーラーの涼が目当ての者も多いだろう。
しかし、それでもかまわない。今日は商店会の依頼で来ているが、プロレスの布教にもつながる一石二鳥のイベントだ。ここでプロレスの魅力を触れてもらい、本番の興行にも足を運んでもらえるようにすればいい。
マイクパフォーマンスをしながら、ロンダートからバク転をつなげたり、トップロープに登って宙返りをしたりする。
ボディビルダーもかくやというクロガネの巨体が軽業を決めるたびに、見物客の歓声と拍手が大きくなってくる。
よし、温まってきたな。
頃合いと見て、クロガネはリングから飛び降りる。
両手を上げて「フワーハハハ!」と高笑いしながら、見物客をかき分けて歩く。
子どもが悲鳴を上げ、悪ガキがパンチやキックをしてくる。
妙齢のお嬢様方は黄色い悲鳴を上げつつ、胸筋や腹筋をぺたぺた触ってくる。
眼鏡をかけた若い女が、一眼レフカメラでパシャパシャと撮ってくる。
ううむ、あまり長引くとさすがに居心地が悪い。
助けを求めてリングにちらちら視線を送る。
客いじりはそろそろこんなもんでいいだろう。
クロガネの想いが伝わったのか、リングが白いスモークで覆われた。
その中に人影が現れる。
「そこまでだ、デビル・コースケ! 商店街はお前の好きにはさせないぞ!」
「むっ、貴様は!? まっ、まさか!」
クロガネはリングに向かって振り返り、大げさに驚いてみせる。
「我が町の平和はオレが守るっ! マスクド・ササカマここに参上っ!」
「ぐうー、マスクド・ササカマめ。いつもいつも邪魔をしおって! 今日はいつものようにはいかないぞ!」
クロガネはリングに駆け戻り、ロープを飛び越える。
その勢いのまま、マスクド・ササカマにドロップキック。
ササカマは吹き飛ばされ、反対側のロープにぶつかってダウンする。
「ふわははは! 口ほどにもないな。マスクド・ササカマ!」
「く、くそう! みんなの応援の力があれば!」
ササカマがふらふらと立ち上がろうとし、崩れ落ちて膝をつく。
もちろん、演技だ。
先ほどのドロップキックは見た目こそ派手だが、実のところ威力はない。
当ててから押し込むように蹴ることで、怪我をさせずに吹き飛ばしていたのだ。
ササカマも自ら後ろに跳んで衝撃を殺している。
『よい子のみんなー! ササカマが大ピンチ! みんなで応援してー! ササカマー、がんばれー!』
「「ササカマー、がんばれー!」」
アナウンスにつられて、子どもたちが声を合わせてササカマの応援をする。
今日の実況はソラではなく、商店会のボランティアだ。
ソラは高校の行事で欠席している。
子どもたちの声援を受けて、ササカマが立ち上がった。
マスクド・ササカマはプロレスラーであると同時に、この商店街のご当地ヒーローでもあるのだ。ちびっ子たちの応援を力に変えて、魔界から侵攻してくる悪の商店街軍団をやっつける――という設定である。
「ありがとうっ、みんな! おかげで力が湧いてきたぜ!」
「くっ、小賢しい! 今度こそトドメを刺してやる!」
そこからは、大枠は台本に沿いつつも、アドリブで技の応酬をしていく。
クロガネとササカマの付き合いは長い。
細かな打ち合わせなしでも息はぴったり合っている。
観客の温度を見ながらやったりやられたり。
技は投げ技や飛び技などの派手なものが中心だ。
極め技や絞め技は玄人にはウケるが、初心者にはわかりにくい。
プロレスの魅力に触れる入り口としては、わかりやすく見栄えのする技がいい。
「「ササカマー、がんばれー!」」
三度目のササカマコール。
試合開始から体感で15分強。
そろそろフィニッシュにしようと、ササカマに目で合図する。
それを受けたササカマが、フィニッシュにつなげるコンビネーションに入った。
左右のナックルからヘッドバッド。
クロガネはリング中央でフラフラと立ちすくむ。
その隙に、ササカマはトップロープに登る。
「デビル・コースケ! これでトドメだっ!」
「ぐぐぐっ、ここまでか……」
ササカマがロープのしなりを使って高く跳ぶ――その瞬間だった。
「デビル・コースケ、がんばれー!」
「へっ?」
あり得ないタイミングでのコースケコール。
反射的に声の主に視線を向けてしまう。
さっきやたらに写真を撮っていた眼鏡の女だ。
衝撃。
ひねりを加えたフライングボディプレス。
マスクド・ササカマの決め技、バンブーグラスプレスが直撃した。
「ぐわっ!?」
素で声が出た。
バシーンと小気味良い音を立ててマットに沈む。
一瞬動揺したとはいえ、何千何万回と繰り返し練習してきた受け身だ。
心の状態とは関係なく、無意識に身体が動く。
実況兼レフェリーがスリーカウントを数えて試合終了。
ササカマはファンサービスのために残り、悪役のクロガネはどさくさに紛れてこっそり控室に戻る、という段取りだったのだが――
「あのっ、その節はありがとうございましたっ!」
リングを降りたクロガネを、眼鏡をかけた若い女が待ち受けていた。