第九話 魔王城
俺たちが、目の前にそびえ立つ『魔王国』の城壁に到着すると、入り口であろう巨大な門に控えている二人の衛兵らしき魔族がこちらに駆け寄ってきた。
「ゼラ様!ご無事でしたか!」
「魔王様、いえ、お父上のもとへ早く!」
何があったのかは分からないが、衛兵たちの様子を見るに、ゼラが一人で国の外に出ていたのが、相当な混乱を生んでいるようだ。
「えぇ、すぐに戻るわ。けど、彼も一緒に王城に連れて行っていいかしら?」
「「彼?」」
すると、二人の衛兵がこちらに目を向け、次の瞬間、
「「ッ!」」
剣を抜き、首元に当ててきた。俺は戦う意志がないと、両手を上げるも衛兵は剣を収める様子はない。すると、
「剣を収めなさい」
先ほどまでの優しい雰囲気とは異なり、酷く冷淡な声でゼラが衛兵たちに告げる。
「で、ですが、ゼラ様!」
「ここに人間がいること自体、怪しいです!」
「何か裏があるとしか思えません!」
衛兵がゼラに訴えかけると
「もし、仮に何かあれば、私がこの首をもって責任をとります」
「「「!?」」」」
これには、衛兵だけに限らず、流石の俺も驚愕し、思わず彼女を問い詰める。
「おい、流石に俺のことを信用しすぎだろ」
「サイクロプスに襲われていた私を助けてくれたじゃない」
「「ッ!」」
衛兵たちがさらに驚いているが、彼女は気にせず続ける。
「助けられた恩は返す主義なの。だから、あなたの望みを叶えようとするのは信用ではないと思えばいいわ」
「そうかよ…」
おそらく、これは衛兵たちを納得させるための詭弁。短い時間しか接していないが、彼女の性格はなんとなく分かってきたので、俺はとりあえず相槌を打っておく。
「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね?」
「あ、あぁ、そうだな。俺はレンだ、改めてよろしく」
「レンね、こちらこそよろしく」
そして、呆然と見つめる衛兵たちを置いて、俺達は門をくぐった。
◆
「無事だったか、ゼラ!」
用意された馬車に乗って王城についた俺たち、正しくはゼラのみを迎える声が響く。切り揃えられた灰色の髪に、鍛え上げられた肉体、身長は180後半ほどの男が俺の前に立つゼラに駆け寄る。
「申し訳ありませんお父様、ご心配をおかけしました」
「よい!お前が無事ならそれでよいのだ!」
そう言い、ゼラの父は彼女を抱きしめる。親子の感動の再会に、部外者の俺は邪魔をしないように佇む。しばらくすると、二人は離れ、こちらを見てくる。ゼラの優しい視線に対して、男の視線は厳しいものだった。
「…ゼラ、この人間は?」
「彼はレン、サイクロプスに襲われていた私を救ってくださった恩人です」
「何…?」
彼女の言葉に、男含め周りに控えている男たちにも動揺が走る。
「彼に救っていただいた恩を返したいと思い、連れてきた次第であります」
「救ってもらったというが、そもそも、なぜここに人間がいるのだ?」
疑問に感じている男は俺に問いかけてくる。
「申し訳ありません、私も気づいたらここに飛ばされていたため、詳しいことは分かりません」
俺は男の目をしっかりと見据えながら答える。
「ふむ、嘘は言ってないようだな…」
男は少し考える素振りを見せた後、俺達を見て告げる。
「分かった。では、ゼラよ、この者を私の書斎に案内しておいてくれ。私も後でそちらに向かう」
「分かりました」
◆
一行と別れた俺達は、ゼラの案内に従い、王城内を歩く。床に敷かれた赤い絨毯、通路の壁には高級そうな絵画。庶民の俺が傷つけでもしたら、弁償できないであろうものがいたるところに置かれているこの状況に、思わずため息をつく。
「ちょっと、ため息なんてついてどうしたのよ」
「いや、庶民の俺には眩しい世界が広がっているもんで…」
「ふーん、よく分からないけど、何か悩みがあるなら言ってね」
「…あぁ」
そんな会話をしながら俺たちが歩いていると、ゼラがある一室の前で立ち止まる。
「ここがお父様の書斎よ」
「ここか…」
他の部屋とそれほど変わらない装飾の扉を開き、中に入ると、奥には大量の紙が積み重ねられた机、その前に来客を迎えるためのソファと小さなテーブルが置かれている。
「とりあえず、ここで座って待っておきましょう」
そう言い、彼女は四つあるソファの内の一つに腰掛ける。俺は戸惑いながらも彼女の隣に座り、疲れた体を少しだけ休ませる。黙って待っているのも退屈だと感じた俺は、彼女に話しかける。
「なぁ、お前ってさ、王族なのか?」
「え、えぇ、そうだけど、それがどうかしたかしら?」
「いや、偉い人なら、敬語の方がいいのかなぁ、って思ったんだ」
「いいわよ、そのままで」
「いいのか?」
「レンはきっと、敬語とか苦手でしょ?」
「よく分かったな」
「フフッ、さっきも父上と話す時、どこかぎこちなかったわよ」
「マジか~」
自分にしては良くできた方だと思っていたが、やはり違和感があったのだろう。
「それに対等な友人、というものに憧れていたから、そのままでいてほしいのよ」
「あぁー、王族だと対等な友人とか出来なさそうだよな」
「そうなのよ、だから、変に畏まったりせずに話してくれると嬉しいわ」
「そういうことなら遠慮なく」
しばらく彼女と楽しく話していると、扉が開かれる。外から入ってきたのは、ゼラの父親と、カップを三つ乗せたお盆を片手で持った執事。執事は流れるように、俺達の目の前にカップを置いた後、ソファの後ろに佇む。
「すまない、待たせたようだな」
そう言いながら、男は俺の真正面に腰掛ける。テーブルを挟み向かい合う俺達。少しの間、沈黙が部屋を支配する。
「まず、君が、娘をサイクロプスから救ったのは、本当かね?」
先に口を開いたのは男だった。
「は、はい。たまたま、ではありますが…」
「そうか…」
俺がそう告げると、男は俺に対して、深く頭を下げてきた。
「ありがとう、娘を救ってくれて」
「い、いえ、本当にたまたま戦闘に遭遇しただけですから!どうか、頭を上げてください!」
急に王から頭を下げられた俺は、困惑しながらも上げるように促す。俺の言葉を聞いた男は、顔を上げ本題を切り出す。
「では、聞かせて欲しい。どうして、君はここにいて、私に何を求めるのか」
「えっと…」
俺は語る。転移魔法によって森に飛ばされていたこと、その途中でゼラと出会い、サイクロプスとの死闘の末、勝利したことを。そして、
「俺の力を知りたいなら、ロウガ、という方に会うよう言われました」
「なるほど、この国でロウガって名前は俺だけだな」
「そうですか…」
俺は心の中で、「くそ、相手が国王とかふざけんなよ!」と愚痴を零していると、
「ちなみに、俺に会うよう促してきたのは誰だ?」
「あ、「サタン」っていうやつなんですけど」
俺がそう告げた瞬間、
「「「!?」」」
執事含めた三人の顔に驚愕の色が浮かぶ。三人の反応に困惑していると、ロウガが震えた声で問いかけてきた。
「ほ、ほんとに、「サタン」と名乗ったのか?」
「は、はい」
「そうか…」
俺の返答に少しの間、思案すると、
「…分かった、君の力について、私が知りうる限りの情報を提供しよう」
そう言い、ロウガはあの力、そして、「サタン」について語り始めた。






