第五話 邂逅
ブラッドウルフとの戦闘を終えた俺は、河原で休憩を取っていた。勝利したとはいえ、紙一重の戦いであったことは間違いない。そもそも、膝を壊せたのはあくまで集中強化の拳による攻撃が、たまたま効いただけで、もし攻撃が通らなかったら俺は確実に負けていた。
また、ブラッドウルフ、もしくは、それに相当する魔物が現れてもおかしくないため、少しでも体力を回復させる必要がある。
「さて、この後は食料、もしくは現在地の情報を手に入れたいが……」
そう呟きながら、森に目を向ける。以前、この森全体の広さは把握できず、どのような生物が存在しているのかも分からない。やはりもう一度、強化魔法で聴覚を強化して、辺りを探索するべきだろうか。しかし、先の戦闘で魔力はかなり消費しているため、出来るだけ使用は控えたい。
「でも、そうなると、闇雲に進むことになるんだよな……」
その後、しばらく悩んだ俺は、魔力がある程度回復したら、強化魔法による周囲の探索をすることにした。休みながら、俺は一人、考える。
(ここがどこなのか分かったら、俺はどうするのだろうか)
俺の目的は、ハルに追いつき、追い越し、『勇者』になること。その為に、俺は強くなる必要がある。だが、強くなるためにあの町に戻る必要があるだろうか。両親や兄弟は心配するだろうが、町の人間は特に心配しないだろう。むしろ、いなかったことをいいことに、あらぬ話をでっち上げて、馬鹿にしてくるだろう。
(もし、ここで生活できるなら修行するのもいいかもしれないな)
そんなことを考えながら、静かに休む。
◆
しばらくして、魔力をある程度回復できた俺は、強化魔法によって聴覚を強化。そして、周囲を探索。すると、
『きゃぁーーー!!!』
「悲鳴!?」
ある方角から、女の子、それも幼い子の悲鳴が聞こえてきた。俺は足を強化し、すぐさま声の聞こえた方へと向かう。草木をなぎ倒しながら、しばらく進むと、激しい戦闘音が聞こえてきた。
「小炎之人!」
先ほど聞こえた女の子の声がこちらまで聞こえてきたと同時に、巨大な爆発音が辺りに響く。しかし、
「ウォォォォオオオオ!!!!」
雄叫びと共に、巨大な拳が周りの木を薙ぎ払うのが見えた。俺はその拳の大きさに驚きながらも、さらに近づく。そして、視界で捉えきれるほど近くに来た俺は、目の前に広がる光景に驚愕する。
先ほど、巨大な拳を振るっていたのは、数十年に一度しか出現する伝説上の存在、Sランクの魔物「サイクロプス」。5mを超える巨体に一つ目の魔物、たった一体で一国を滅ぼせるほどの力を有す存在が俺の目の前にいた。しかし、俺が驚いたのは、その化け物の視線の先にいる存在だった。
サイクロプスの視線の先には、肩より少し下まで伸びた銀髪に、真っ白な肌を持った少女がいた。所々に傷を負った少女は、一見、どこにでもいる人間の少女に見えるが、彼女の頭に生えた、二本の小さな角が、彼女が人間でないことを証明している。俺は戦慄しながら、その正体を口にする。
「魔族…だと……」
『魔族』
大昔からこの世界に存在する種族で、人間に似た姿をしているが、人間との明確な違いとして、その頭には角が生えている。そして、魔族はほかの種族にはない「ある能力」、世界の敵、魔物を使役することが出来る能力を有す、と言われている。過去には、たった一体の魔族が数千を超える魔物を率いて、王国に攻め込んだという記録も残っている。
故に、今、目の前に映る光景は信じられないものだった。
(どうして、魔族が魔物に襲われているんだ!?)
未だ信じられない俺は、その光景を黙って見つめる。魔族の少女は、魔法で果敢に攻撃を仕掛けるも、威力が足らず、ダメージはほとんどなし。そして、サイクロプスが拳を振るえば、それによって生まれた風で、少女の小さな体は吹き飛ばされる。それでも少女はすぐに立ち上がり、再び魔法を紡ぐ。
黙って見ていた俺は考える。目の前にいるのは魔族、本来であれば見捨てる存在である。しかし、今、強大な魔物に立ち向かっているのは、魔族と言えど、幼き少女。魔族であることと、子供であること、この二つが彼女を助けるか否かの決断の邪魔をする。
すると、サイクロプスの拳が彼女の腹にめり込んだ。そのまま吹き飛ばされた少女は木に背中からぶつかった。少女は咄嗟に風の魔法を使ったのか、振るわれる拳のスピードをわずかに殺していたが、それでも受けているダメージは相当なものだった。
「ウッ!」
少女の悲鳴が聞こえてきた。なんとかして立ち上がろうとするも、すぐに倒れる音が辺りに響く。そして、醜悪な笑みを浮かべたサイクロプスが少女の前に立つ。そして、その拳を高く振り上げ、止めを刺そうとする。それを目の前にした少女は、涙を流しながら、
「誰か…助けて……」
少女がそう呟いた次の瞬間、拳が少女めがけて振り下ろされる。振り下ろされた拳は地面を粉砕し、辺りに砂埃が立つ。しかし、拳をあげると、そこに少女の姿はなかった。少女は、サイクロプスから少し距離をとった位置にいる俺の腕の中にいた。
「大丈夫か?」
「どうして、ここに、人間がいるの……?」
少女は戸惑った様子で俺を見てくる。それに対して、俺は、
「知らねぇよ、気づいたらここにいた、それだけだ」
少女は、その言葉に疑問を抱きながらも、続けて言葉を紡ぐ。
「じゃあ、どうして、私を助けたの……?」
自分は魔族、あなた達、人間が忌み嫌う存在なのに。言葉にはしてないが、そういわれてるように感じた。俺は少女をその場に降ろし、答える。
「『助けて』、と言われたから。理由なんて、それだけで十分だ」
「そ、そんな理由で、私を……」
勿論、理由はそれだけじゃない。自分が憧れる『勇者』は、きっと同じ状況に立ったら必ず助けに行っている、そんな気がしたから、俺も助けた、と言っても理解できないだろう。しかし、俺は、助ける、と決めたのだ。相手が人間であろうが、魔族であろうが、もう関係ない。
「ここは俺が食い止めるから、お前は逃げろ」
「で、でもっ!あの化け物にたった一人で立ち向かうなんて!」
「さっきまで、その化け物と一人でやりあっていたお前がそれを言うのか?」
「そ、そうだけど!」
「いいから、逃げろ。お前がある程度逃げたら、俺もすぐにここから離れるさ」
「ッ!」
少女は、一瞬、躊躇ったが、すぐに、その場から立ち去った。それを見送った俺は、化け物に視線を集中させる。
「ウォオオオオ!!!!」
サイクロプスは、雄叫びを上げ、戦闘態勢をとる。それに対し、俺は、全体に強化魔法を使い、大声で吠える。
「かかってこいよ、デカブツ!!!!ぶっ潰してやる!!!!」
そして、互いに命を懸けた、『死闘』が始まった。