第四話 戦闘
謎の魔法に襲われた俺は、目を覚ますと、多くの木や植物が生えている、どこにでもある森にいた。一瞬、自分が知っている森かと思ったが、すぐに違うと判断した。なぜなら、
「知らない木や植物が生えている時点で、俺が知っている森ではないな」
長い間、神殿で訓練をしていた俺にとって、あの森は庭同然、知らない場所、植物など存在しないのだ。つまり、
「知らない場所に飛ばされている、ってことか」
おそらく、あの魔方陣は、転移魔法のものだったのだろう。しかし、なぜ、転移魔法が発動したのか、そして、誰が転移魔法を使ったのか、といった、不明な点もいくつか存在する。特に
『ミツケタ』
あれは、一体、何だったのだろうか。考えれば考えるほど、疑問は減るどころか、増えるばかり。
「仕方ない、とりあえず、まずは、この森を探索するか」
考えても仕方ないと判断した俺は森の探索を開始した。とりあえずの目標は、優先度の高いのから並べると、
・飲み水の確保
・食料の確保
・現在地の情報
この三つだ。
しかし、知らない場所での探索は、基本、うまくいかない。そのことを身をもって知っていた俺は、強化魔法によって、聴覚を強化。これによって、自身を中心とした半径50メートルの範囲を調べる。すると、かすかにだが、川のせせらぎが聞こえた。魔力を温存するために、魔法を解除した後、
「方角はあっちか」
音が聞こえた方角へと進む。迷わないように、定期的に、木に印をつけながら進んでいき、しばらくすると、目の前に川が見えてきた。川に近づき、飲めることを確認。
「よし、これで一週間はしのげる」
飲み水を確保できた俺は、ひとまず、休憩をとることにした。体に傷が無いか確認した後、河原に寝転がり、疲れたこの体を休ませる。
◆
穏やかな風が吹き抜ける中、静かに休んでいると、森の奥から「何か」が駆ける音が響く。俺は、すぐに起き上がり、臨戦態勢をとる。注意深く森を見ると、奥から、巨大な狼が現れ、襲いかかってきた。
拳を強化した俺は、狼の懐に潜り、その腹に撃ちこむ。しかし、手ごたえはなし。すぐさま、足を強化し、一瞬で距離を離す。
狼はこちらをじっと見つめてくるのに対し、俺は、
「おいおい、まじかよ……」
目の前にいる存在に、驚きを隠せないでいた。
成人男性に並ぶほどの大きさを有する目の前の狼、Bランクの魔物、「ブラックウルフ」である。巨大な爪に、鋭い牙、そして、名前の由来となった、漆黒の毛を持った、強力な魔物である。
『魔物』
この世界に存在する、謎の生物。狼の姿以外にも、猪や兎の姿をした魔物も存在する。彼らは、人間を襲う習性があり、かつて、国を滅ぼしかけ、初代『勇者』によって討伐された竜も魔物である。魔物には、強さによって階級が存在する。下から、F・E・D・C・B・A・Sの順でランク付けされる。一部、例外はあるが、基本はランクで危険度を示している。例えば、FやEは初心者でも狩れるのに対して、Bを超える魔物は、熟練の戦士が複数人で挑まなければならないほどの存在だ。
これまで、魔物を討伐したことはあった。しかし、討伐した魔物のランクで最高はDランク。対して、今、俺の目の前にいるブラックウルフはBランク。間違いなく、格上。まともに戦えば、確実に殺される。
「けど、諦めるわけにはいかないよな……!」
魔法を全力で展開、今使える最大の強化魔法で体全体を強化。そして、構えを取り、狼と対峙する。
「さて、どうやって倒そうか……」
先ほどの腹への一撃はまるで効いていなかった。ブラッドウルフの最大の武器は、爪でも牙でもなく、その体。生半可な武器では傷つけることが出来ないほどの硬さを誇るため、強力な武器、もしくは、魔法による攻撃が、一般的な討伐方法となっている。
しかし、その二つの手段を持っていない俺は、別の方法を見つけなければならない。ブラッドウルフを視界に捉えたまま、思考を回転させる。
一体、どうすれば倒せる?現状、真正面から倒すことはほぼ不可能。なら、邪道でもいい、あいつを倒す方法を考えろ!
そうして考えを巡らした俺は、ふとした瞬間に思いついた。
「……あの方法なら、いけるかもしれない」
根拠は何もない、人間相手には通じたけど、魔物、それも強靭な体を誇る相手に通用するかは分からない。
「けど、迷っている暇はねぇよな!」
そして、覚悟を決めた俺は、ブラッドウルフに向かって直進する。
対するブラッドウルフはカウンターの姿勢を取る。俺が武器を持ってないことから、脅威ではないと判断したのだろう。だが、
「その判断は間違いだぜ」
俺の狙いは倒すことではなく、戦えなくすることだ。戦えない状態にすれば、その後でも討伐することは可能だ。
低い姿勢でブラッドウルフに近づいた俺は、体全体への強化をやめ、右手に全魔力を使い、集中強化。強化された拳を、ブラッドウルフの右膝に向かって撃ちこむ。
「!!!!!」
骨が砕ける音と、ブラッドウルフの悲鳴が同時に響く。右膝を砕かれたブラッドウルフは一瞬、体制を崩したが、すぐにバランスをとり、その爪を振りかざす。しかし、俺はその一瞬を見逃さず、瞬時に体に強化魔法をかけ、その場から離脱。
ブラッドウルフは、ふらふらになりながら、こちらを睨みつける。
「意外だったよな、俺みたいな雑魚に、お前のような強者が警戒することになるなんてな」
取るに足らないと思っていた相手が優位に立っている、それは、強者にとって何よりの屈辱だろう。だがな、
「戦いで、油断なんてするんじゃねぇよ、馬鹿犬」
最大限の嫌味を込めて、俺は言い放つ。戦いにおいて、絶対はない。弱者が強者を下すのだって珍しい話じゃない。だからこそ、本当の強者は油断なんてしない。しかし、目の前の魔物は油断した。
その結果、満足に戦えない状態になった。ただ、それだけだ。
俺の言葉が通じたのか、ブラッドウルフは、相貌をさらに歪め、低い声で唸るも、その体は満足に動かせない。いかに魔物と言えど、四足歩行の生物なのだ、一本でも使えなければ、十分な力を発揮できるわけがない。
そして、俺は全ての足を砕き、動けなくなったブラッドウルフの頭を粉砕。無事、討伐を完了した。
◆
『モウスグ、アエル』