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006

 ……まあ、ここが落とし所なのかもしれない。

「分かったよ。そのかわり条件がある」

「条件?」

「あんたがメシマズだったら本末転倒だ。そうじゃないって自信があんなら、今日の昼飯作ってみてくれよ。それでおれを納得させんのが一緒に住む条件。駄目なら諦めてくれ。どうする?」

「分かった。それで良いし」

 おれの気持ちを知ってか知らずか、葉月はあっさり承知した。

「それともう一つだけ、いい?」

 テーブル越しに葉月がぐっと顔を寄せ、おれの目を覗き込んでくる。

「何だよ?」

「一緒に住むならあんたじゃ無く、私を名前で呼んで頂戴。約束だから、ね」

「……ああ、分かったよ」

 おれの返事に満足そうに笑った葉月の顔を見て、おれはすっかり毒気を抜かれた。

 今思うと、この時点でおれは葉月のことを許してしまっていたのだろう。


 おれがガレージに荷物を仮置きしている間、葉月は軽トラで買い出しに行った。

 本当に運転できるんだ……。

 2時間程で戻ってきて、使えるようにしたキッチンで昼飯の準備をする。


 2階を葉月が使うなら、必然的に1階の事務室がおれの部屋になる。荷物を運び終えたころ、葉月に呼ばれて2階に上がった。

 テーブルの上に並んでいるのは、ベーコンとレタスを巻いた俵型のおにぎりと、あさりと筍のお吸い物だった。

「力仕事の後は、やっぱりご飯かなと思って。お吸い物は水煮のレトルトだけど、季節のものだから」

「水道の水、すぐ使って大丈夫なのかよ?」

「水は汲み置きの、使ったし。洗い物とかは出来るけど、今日一日は飲めない」

「炊飯器は?」

「ここにあったやつ。大丈夫、洗ってあったし。厚手で良い釜だから、使った方が良い」

「ふーん。まあいいや」

 おれが座っても葉月は立ったままだ。

「何? 一緒に食べようぜ」

「だって……」

 困ったようにおれを見る。

「おれは人を立たせて自分だけ飯を食うほど偉くねーから。それになー、葉月も今更遠慮って柄かよ」

「もう! 分かった。直哉のそう言う所、立派だと思う」

「そーゆうのもいいから!」

 葉月も苦笑してようやく席に着く。

「じゃあ、頂きます」

「はい、どうぞ」

 手にとってほおばると、口の中にふわっとご飯の甘みが広がる。

「あれ? もち米、入ってる?」

「あ、うん。使った事の無い釜のご飯だとうまく握れないかも知れないし」

 ご飯に塩味はしてないが、ベーコンの塩味が出るから丁度いい。レタスを一緒に巻いたのは、手が油で汚れない工夫だろう。

 お吸い物も春らしい味だ。母さんのというより、昔食べたばあちゃんの味に似ている。 でもそのばあちゃんの顔が、何故か思い出せない‥‥。


「これも食べて」

 記憶探しに没頭していたおれの前に、葉月が脇に置いていた別の皿を出してきた。

 ぼた餅だ。……何故?

「お彼岸だから。それにおじさんに私、最後は何もしてあげられなかったし」

「おい、葉月……」

 泣き顔を見られるのが恥ずかしいからか、葉月は空いた皿を持って流しに行った。

「そうか。……ありがとうな」

 自然と言葉が出た。

 おれは今日まで叔父さんのことを、何も知らなかったと改めて気付かされた。

 だが葉月のお陰で叔父さんの人となりを知って、そんな人が身内にいたこと、そんな人の心がこもった家にこうして住めることが、少しうれしくなった。


 葉月のことも考えてみれば不思議な縁だ。一人暮らしに苦労するおれを見越して叔父さんが引き合わせてくれたのだろうか? そして彼女の心配りや、叔父さんの親切に対する感謝の気持ちに触れ、おれの中にあったわだかまりはもう無くなっていた。

 こんな飯が食えるなら、葉月と一緒にここで暮らすのも悪くないと思った。


 食べ終えたおれは、自分の分の食器を下げてキッチンに向かった。

「手伝うか? 洗い物」

 後ろに立ったおれに気づいて葉月が振り向く。

「ん?」

「えっ?」 

 頬ばったままの口がもごもご動いて、その口元にはあんこが付いている。

 置いてある大皿には、10個近くぼた餅が乗っていたのだろう。ただしそれも残ったのは3つだけだ。

「隠れて何食ってんだよ!」

「あ、もっと食べたかった? 男の人、甘い物嫌いかと思って」

 ぼた餅を飲み込んで、葉月はけろりと言ってのけた。

「そーゆうことじゃねーんだよ!」

 お、おれのさっきの感動を返せーっ!!


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