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005

「つくづく不幸だな、あんた。同情するよ」

「だったら、お願い」

「いやいや、それとこれとは別問題だろーが!」

 葉月の身の上に同情はするが、こんな状況で押しかけてきた女と同居なんて、おれには考えられない。

「そう言えば物置の鍵は?」

「錆びて壊れた南京錠がぶら下がってた。あ、今は代わりの鍵買って付けてあるし」

「それで済むかよ! それじゃあ電気とか水道はどうしてたんだ?」

 ライフラインは昨日から使えるように契約した。その前はずっと止まっていたはずだ。

「電気は使って無いし。灯りは電池式のランタン。水は近くの公園とか、コインシャワーに行った時、汲んで来てた。ガスは買い置きのカセットコンロ、使わせて貰ってた。ごめん」

「窃盗といっても大したことねーが、普通ならマジで警察もんだ。それによく誰かに見つかんなかったな」

「家は団地の入口付近に固まってて、一番奥まで来る人なんて滅多にいないし。裏の細い山道を登って来るから、誰にも会わなかった」

 まあ『枯れ野原』だからな。そしておれはこれからこんな所でひとりで(・・・・)暮らすのか。思わずため息が出る。


「まったく。ただでさえこの不良物件、リフォームしなきゃねーってのに」

「リフォーム、するの?」

 葉月がリフォームという単語に食いつく。

「ああ」

「直哉が? 自分で?」

「そう。それが住む条件だしな」

「期間は?」

「さあ? どこから手を着けていいか、とりあえず親が帰ってくるまでに?」

「予算は?」

「何だよ? 関係ないだろ! まあ、適当にやるしかないな。大体素人の仕事‥‥」

「それじゃ、駄目」

 途中でおれを遮って、葉月が強い口調で言う。

「え?」

「ちゃんと状況見てから手を着けないと、家が駄目になるし。折角おじさんが大事にして来た家なのに」

「おいおい、あんた家の気持ちが分かるとか言い出すなよ」

「そうでなくても、建てた人の想いは分かる」

「は?」

「この家は窓とかも、隣り合う家の視線が気にならないように配置されている。高窓もコテージっぽくていい雰囲気だし、バルコニーは森からの風がすごく気持ちいいよ」

「詳しいな? 何なんだ、あんた」

「それはそう。私、大工の娘だから」

「大工?」

 思わずオウム返しに訊き返した。

「そう。父さんが元請けの小さな工務店。大工さんも5、6人雇ってた。赤字ばかりで結局駄目になったけど」

「マジで?」

「嘘言う必要、どこにも無い」 

「じゃああんた、どこをどう直せばいいか言ってみろよ」

「だったら……うん、先ず基礎やコンクリートはヒビも無いしたぶん大丈夫。外回りは裏の外壁と軒天の何カ所かに雨水が滲んでる。雨樋は雪の重みで外れた所があるし、屋根も錆びて雨漏りしているかも。窓のコーキングは切れてるところは無いけど、網戸はほとんど破れてるから張り替えが必要、あとは……」

 葉月は指を折りながら指摘を続ける。

「中は掃除すれば良いけど、ガレージの壁と天井は出来れば一度塗り替えした方が良いかも。ついでにクロスの破れも補修したいけど、同じ柄を探すよりは、安い壁紙でも全部張り替えた方が綺麗に仕上がるし。キッチンのコンロはIHだからそんなに汚れて無いけど、トイレとかユニットバスの水回りは、気になるならプロのクリーニング頼んで綺麗にしてもらって。……ざっと見てこんな所」

 確かに見る目が素人と違っている。大工の娘というのも納得した。


 言い終えて、葉月はすっかりぬるくなったお茶を一口すする。

「大体リフォームって簡単に言うけど」

「何だよ?」

「資材はどうするつもり? 自分で買って来る? 買ったら何で運ぶ?」

「ホームセンターとか? それに軽トラがあんだろ」

「直哉、運転出来る? 普通の軽トラはマニュアル車だし」

「えっ、オートマじゃねーの?」

 知らなかった。今時オートマじゃない車なんてあるんだ。

「私なら、運転出来るし」

「女なのに?」

「それはセクハラ。実際は親がマニュアル免許しか許してくれなかっただけだけど」

「お、おう……そうか」

「人手が足りない時は、現場の手伝いもしてたから。私なら釘ぐらい打てるよ」

「マジで?」

「何ならリフォームの間だけでも、手伝いで居させて頂戴。それも、駄目?」

 そうなれば確かにリフォームには好都合だ。葉月が居れば何とかなるかも知れない。


「そうは言ってもなぁ‥‥」

 今の葉月の話でおれの気持ちは大きく傾いた。それでも彼女が無断で家を使っていたことを、手放しで許す気にはなれない。何か別のきっかけがほしいところだ。

「お願い。ご飯も作れるし。あ、直哉、料理出来る?」

「これから覚えんだよ。それにコンビニだってあんだろ」

「ここから片道1時間以上掛かるよ。それを毎日? 冬とか夜中とかは?」

 ここがおれの弱みと思ってか、葉月が食い下がってくる。

「だったら……コーヒーでも飲んで我慢するよ」

「怪我したら? 風邪ひいた時は?」

「何とかするって!」

「絶対、無理。夏までにはベッドの脇、カップラーメンとゴミの山だね」

 葉月がやれやれと大袈裟に首を振る。

「今から目に見える様。賭けても良いくらい」

「おい!」

 否定はしたものの、それはおれにも容易に想像がつく。多分そうなる。

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