003
シャッターを閉めて、玄関の鍵を開けて中に入る。ブレーカーを上げ、電気が来ている事を確認しながら奥へ進む。
中の間取りも少し変わっている。1階がガレージと事務所(接客室)、風呂、トイレ、洗面所。階段を上がって、2階がLDK(兼アトリエ)、寝室、トイレという造りだ。
何で2階を生活空間にしたのか、ただ単に狭い敷地のせいなのかとはじめは思った。
それでも2階に上がってみると、仕切りのない真っ直ぐなLDK+アトリエは意外と大きく感じる。テーブルの上に差し込む日の光を追って勾配のある天井を見ると、段違い屋根の側面にあたる壁にも窓がある。夜には星が見えるのだろう。これもなかなかいい感じだ。洒落たデザインじゃねーか、と『建築家・窪田金弥』を少し見直した。
引き違い戸の仕切りを開けると、寝室に続く。戸を外せばLDKと一体に使えるようになる仕掛けだ。
だがここでおれは、このリビングと寝室との違和感、温度差のようなものに気付いた。最近も誰かがソファーベッドで寝起きした跡がある。
備え付けのクローゼットを開けてみた。
ハンガーには何本かの細身のジーンズ、Tシャツとカラーシャツ、ミリタリーベスト。それに足元の洗濯カゴに、なぜか女物の下着?
あわてて扉を閉めようとしたとき、脇に隠れた箪笥に気がついた。
腰高の小ぶりな箪笥は漆塗りで、ぶ厚い鉄の金具が角々に打ち付けられた、一目で年代ものと分かる古民具だ。引き出しの他に、牡丹をあしらった一際大きい細工の金具がついた片開きの戸がある。
「その箪笥、開かないよ。鍵、掛けてあるから」
取っ手に手を掛けようとしたとき、おれの後ろから声がした。思わず、ふひゃっ! と変な声を上げてすっ転んで、洗濯カゴの中身を盛大にぶちまけた。
振り返ると、クローゼットの中にあるアイテムを、そのまま同じに身につけた女が立っていた。
いつの間に? どこから入ったんだ?
頭が疑問符だらけのおれに、女はぶっきらぼうに言葉を投げつけてくる。
「悪いけどその服とか、私のなんだけど。本人の前でパンツ握り締めるの、止めて頂戴」
言われて慌てて掴んでいるそれをカゴに戻す。
改めて女の顔を見る。眠そうな目とωを思わせるくにゃっとした口元、ストレートの長い髪にレザーのハンチングを目深にかぶっている。思わず長毛種の猫をイメージした。化粧っ気はないが、服のセンスや着こなしから、おれより2つ3つ年上かもと思った。
「キミは、誰? おじさんの、孫?」
おれもここでようやく立ち上がる。年上でも女に見下ろされるのは癪だ……あれっ?
立って並ぶと、この女の方がおれより背が高い。
「いやいや、誰かって訊きたいのはおれのほーなんだが? 勝手に入って来てどーゆうつもりだ、あんた」
「おじさんとは顔見知りだし。まあ、証拠は無いけど」
「それに鍵はどうしたんだよ。玄関は閉まってただろ。まさか、合い鍵作ったんじゃねーよな!」
「そんなことしてない。ガレージの裏、階段下の物置から入れるから」
「へえそんなとこから……ってゆうかそれ、結局不法侵入だろうが!」
「あ、うん。そうなるかな、やっぱり」
髪をいじりながらぺろっと舌を出し、しれっと女が言う。やっぱりあんた猫じゃねーの。
ああ、なるほど。それが空き家の割には埃が積もってない理由か。この女がここに隠れて住んでいたのだ。