瞬殺の剣士 (ダークサイド)
以下の内容が苦手な方、ご注意ください
(何でも来い! な人は、目を通さず読んでいただくと、ネタバレが少ないです)
ぶっ刺す表現多数
死人あり
女の子が襲われる表現あり
恋愛要素あり
ハッピーエンドといっていいものやら…
ヴィルは、デ・ローデ伯爵家の三男として生まれた。
生まれた時から心臓が弱く、周りの子供のように走ったり跳び回ったり、はしゃぐことさえもできない体だった。少し無理をすると途端に息苦しくなり、何日も寝込むことになる。
両親は、体に負担をかけず、心を平静に保てるよう、何事もなく、大人しく、無難に生きることを望んだが、そんな人生を誰が望むだろう。
可哀想な子。哀れみに満ち、優越感を誘う言葉を、周りはよく使った。
窓の外ではしゃぐ声を聞くたびに、沈んでいく心。心の奥で何かがくすぶっていくのを感じていた。
それをささやかな笑顔でごまかせば、周りは安心していた。
父親同士の知り合いで、フェルメール家のラセラが時々遊びに来ていた。デ・ローデ家には男の子供が三人いたが、年が近いこともあり、主に相手をしていたのはヴィルだった。軽い散歩程度で庭に出ることはあっても、滅多に家から出ないヴィルに、ラセラはいろいろな話題を振りまいてくれた。体調が悪くなると、心配はされても哀れむ目で見ることはなく、それが嬉しかった。こんなに楽しみにしているにもかかわらず、ラセラが来る時の五回に一回は熱を出し、会うことができなかった。
自分の体が呪わしかった。
ラセラは剣技が好きで、ラセラ自身は剣を握ることはなかったが、父に連れられてよく剣の試合を見に行くらしく、何人かの剣士をひいきにしていた。それは年頃の娘によくある、恋までいかない思慕の感情だった。
強い者に憧れる気持ちはよくわかった。ヴィルにとって、周りは皆、ラセラさえも自分より「強い」人間だ。
もし、この体が丈夫だったら。せめて人並みだったなら…。
叶わない願いを諦めることは、いつものことだった。
眠れない夜に、月明かりに誘われるように廊下に出ると、不思議な光が浮かんでいた。
ヴィルの近くを何度か行き来し、くるりと回って、少し進んでは待っているかのように止まる。
その光について行くと、普段足を向けたことのない地下室にたどり着いた。
そこは普段使わなくなった家具などをしまっておく倉庫として使われていた。普段は施錠されていたが、その日は鍵がかかっておらず、簡単に中に入ることができた。
少しカビとほこりの匂いがする部屋には、様々なものが詰め込まれていた。
暗い室内で目に入ったのは、まるで自身が光を発するかのように輝いていた一本の剣だった。何本か置かれた剣の中で、一本だけ虹色の光を放ち、ヴィルが手に取るとその光はゆっくりと消えていった。
剣など握ったこともなかったのに、まるで自分のものであるかのように手になじむレイピア。
その場で軽く振ると、びゅっと言う音を立てて空気を切った。
ヴィルはその剣を自身の部屋に持ち帰り、誰にも見つからないよう、部屋の片隅にしまった。
その日の夢に、赤い目をした小さな道化師が出てきた。
オマエニ ケンヲ オシエテヤロウ
道化師が言った。
オマエニハ ヒツヨウナ チカラダ
と。
その翌日から、夜中に剣を学んだ。夢だったのかも知れないし、現実だったのかも知れない。
細い割に重さのあるレイピアを手に、突きの練習をする。
皆寝静まっている時間帯で、体のこともあって足さばきを学ぶことはできなかったが、光でできた標的のさらに強い光で示された部分を突く練習を繰り返すうちに、知らないうちに人の急所を覚えていた。
やがて、光の人型が現れると、瞬時にその急所を突き破り、光を散らすことができるようになった。
ヨク ガンバッタナ
ソレデハ オマエニ ホウビヲ ヤロウ
赤い目の道化師が、仮面の下で笑ったように見えた。
コレカラ先 十ノ 心臓ヲ 射ルコトガ デキタナラ
オマエハ 健康ナ 心臓ヲ 得ルコトガ デキルダロウ
半信半疑だったが、剣を手に入れた方法も、学んだ方法も、普通ではあり得なかったことから、まんざら嘘でもないのではないか、と思えた。騙されていたとしても、今の病気と共に生きる生き方が変わらないだけだ。
初めのチャンスはすぐに訪れた。
夜中に、家に泥棒が入ったのだ。
いつもなら家の侍従か衛兵が見つけるはずだった男に、最初に出くわしたのがヴィルだった。
痩せてひ弱そうなヴィルを見て、泥棒は楽勝だ、と思ったに違いない。
「どけっ」
と一喝し、押しのけて逃げようとしたところを、すれ違いざま、レイピアで突き刺した。
一撃だった。
レイピアは迷うことなく男の心臓に突き刺さった。
泥棒は翌日、背中に盗品を背負ったまま、中庭で死んでいるのが見つかった。
二週間後、兄のアルデルトとラセラと三人で出かける機会があった。
アルデルトとラセラは四つ年が離れていて、同世代の友人が多かったアルデルトにとってラセラは興味の対象ではなく、家に来ても共に過ごすことはなかった。それが、急に親の言いつけでマレイネン子爵家で開催されるお茶会に出るように言われ、普段は社交を免除されているヴィルまで同席するように言われたのだ。
ラセラをエスコートするのは兄の役目と言われていたが、馬車を降りるにしても先に降りて振り返ることもない兄は全く役に立たず、代わりにヴィルが手を伸ばした。ラセラも安心した様子でヴィルの手を取り、そのまま子爵邸へと入っていった。
子爵家の三男、ノルベルトが執拗にラセラのそばに寄ってきて、話しかけていた。
どうやら、ラセラに気があるらしい。
ラセラは苦笑いをしながら対応していたが、アルデルトはそれを仲良く話をしていると思ったらしい。そのまま放置し、その場にいた友人との話を続けていた。
ヴィルがラセラに助け船を出すと、ノルベルトは露骨に嫌な顔をしたが、ラセラはヴィルの手を取り、
「失礼しますわ」
とよそ行きの言葉でその場を逃れた。
二人になったところで、ラセラがヴィルに神妙な顔つきで話しかけてきた。
「実は…デ・ローデのおじさまと、父との間で、私とアルデルト様の婚約話があるようなの」
その言葉で、どうして今日、こんなセッティングがなされたのかがわかった。
アルデルトは王城の騎士団に所属していて、剣の腕は経つが、女性とは縁がなく、エスコートなどしたこともない。もちろん、ヴィルにもそんな経験はなかったが、兄ほど気がつかないことはない。
「私の家を継げる人を探しているらしいのだけど。…アルデルト様でないと、駄目なのかしら」
そう言って、チラリとヴィルに視線を送るラセラの仕草で、もしかしたら、ラセラはアルデルトより自分がいいと思ってくれているのだろうか、と思わずにはいられなかった。
しかし、病持ちの自分が跡継ぎとして選ばれることはないだろう。フェルメール家も欲しがらないし、デ・ローデ家としても不良品を仲の良い友人の家に送り出す訳にはいかない。
自分の体が健康であったなら…。
自分が呪わしかった。
パーティの片隅で、どこかの令嬢がジュースをかけられ、周りから嘲笑を浴びていた。
どこにでもある嫌がらせだ。
気が済んだ令嬢集団がいなくなり、庭の片隅で泣いている令嬢にラセラがハンカチを渡した。令嬢は礼を言い、帰り支度を始めた。あのままでは、パーティに居続けることはできないだろう。
ラセラが席を外した時、いじめていた側の令嬢がヴィルに声をかけてきた。
デ・ローデ家の病持ちと知っていながらも、縁を持てるチャンスを狙っていたのだろう。
ヴィルが本命とは限らない。ヴィルを通して二人いる兄につなぎをつけてもらおうと考える者もいる。
遠回しに断ろうとしても通じず、はっきりと
「あなたに興味はありません」
と言うと、それまで機嫌を取ろうとしていた笑みを消し、
「ふん、デ・ローデ家のできそこないのくせに」
と告げ、ひと睨みして立ち去ろうとした。
パーティに剣など持ってきているはずがなかった。しかし、そのとき何故か手にはあのレイピアがあり、気がついたら背中から一刺し、していた。
それは幻だったのだろう。
気がつけば、手には何もなく、令嬢はそのまま立ち去った。
その令嬢が急死したのは、翌朝だった。
それからしばらくの間、ヴィルは小康状態を保っていた。
いつもの通り、無理はしないようにしていたが、熱が出ることもなく、心臓の締め付けられるような感じもなく、穏やかに毎日を過ごせる。
あの赤い目の道化の言った通り、このまま十の心臓を剣に突き刺せば、自分は健康になれるかも知れない。
そうすれば、ラセラとの縁談も、兄ではなく、自分のところに舞い降りてくるだろうか。
人の死を望むなど、決して褒められたものではない。自分がしていることは死神と変わりない、そう思うのに、ヴィルはそこに自分の将来への希望を見いだしていた。
街のごろつき、隣国のスパイ、通りすがりの女を襲う男、一家心中に追い込んだ借金取り…。殺す事をためらわずに済む人間が不思議と目の前に現れ、剣を携えている時はもちろん、手元にない時でさえ、チャンスを迎えると剣が手の中に現れ、一撃で確実に心臓を射止めた。
手に本物の剣がある時は即座に、手元にない時は時間をおいて、刺された者はその命をなくしていた。
気がつけば、二ヶ月で六人を殺めていた。それでいて後悔も、罪悪感もない。
体はどんどん軽くなり、少し早歩きで歩いても息が切れることもない。体に違和感がないことこそ健康なのだ、と知った。
剣の試合を見たいというラセラに付き合い、お忍びで街に出かけた。
町娘のような身軽な格好をしたラセラだったが、立ち姿からして出自がいいのは明らかだった。それなのに、本人は自分は街になじんでいると思い込み、護衛もつけていない。何度かこうしたお忍びが成功しているのか、警戒心のなさをヴィルは心配した。
そしてその心配は当たった。
帰りの馬車で、少し寂れた地区を抜けようとした時、突然三匹の馬に乗った男達が馬車を追い越し、馭者に切りつけた。
そしてうちの一人が馬車を御すると、家とは違う、遠く離れた場所へと馬車を向けた。
暗い森の途中で馬車が止まり、ドアが乱暴に開かれた。
ラセラを守り、ドアに近いところにいたヴィルを乗り込んできた男が殴り、ヴィルは一瞬意識を失った。
悲鳴を聞いてすぐに目を覚ますと、馬車の中には薄汚れた男がいて、金目のものを物色していた。
ヴィルは隠し持っていた剣で男の心臓を突き破ると、男を馬車の外に蹴り飛ばした。
馬車の外へ出ると、男がラセラを馬車から連れ出していて、ラセラの両手を片手で押さえ込みながら、スカートをめくり上げ、欲望のままにラセラを陵辱しようとしていた。
ヴィルは男の心臓を一突きにし、蹴りを入れてその体をラセラから引き離し、さらに二度、心臓に剣を突き刺した
おこぼれを待つハイエナのように近くにいた男にも、反撃も逃げる隙も与えず剣の餌食にし、三人が事切れているのを確認すると、ラセラを抱きかかえて馬車に戻った。
手荒に扱われ、きつく握られた手首はうっ血し、擦り傷はあったが、ラセラは無事だった。
泣いてしがみつくラセラを強く抱きしめ、背中を何度も撫でて落ち着かせようとした。
一度手に入れたぬくもりにヴィル自身が自分を押さえることができず、自分にすがる手に口づけを落とすと、そのまま唇を合わせた。
触れただけの口づけに抵抗しないことを知ると、そのままより深い口づけを交わし、細い腕が自分を引き寄せているのに気がつくと、許された思いに理性を投げ出し、心のままにラセラに体を重ねた。弱くはかない心臓は、これほどまで熱く、鼓動を強くしながらも、思いを遂げるまでもちこたえた。
まだ横たわるラセラに上着を掛け、これからどう家に戻るか、自分たちのことをどうするか、生きる望みを胸に馬車の外に出た。
男達の馬は周囲にはなく、三人の亡骸が月の光を受け、流れた血が黒い影になっていた。
自分が殺したごろつき共だ。ラセラを守るための、正当な行為。殺されて当然の奴らだ。
ゴクロウダッタ
道化師が現れ、赤い目がヴィルを見ていた。
九ノ シンゾウヲ テニイレタ
サイゴノ シンゾウヲ ワガ剣ニ アタエヨ
その言葉に従い、振るった剣は、道化師の心臓の位置を貫いていた。
それは、十個目の心臓だった。そこに心臓があるなら。
しかし、道化師は死ぬことなく、剣に刺さったまま言葉を続けた。
サイゴノ 一ツハ トクベツダ
オマエノ アイスルモノノ シンゾウダ
ヴィルは気がついた。
この十の心臓を狩る「魔術」は、全て仕組まれたものだと。
殺すべき相手は常に用意され、自分はそれを仕留めていたに過ぎないのだ、と。
この道化師は、十の心臓を集めるために、ラセラをこんな目に遭わせたのだ。
「ああ、わかったよ。俺は健康な心臓を手に入れる…」
ヴィルは剣を手に、馬車の方へと戻った。
こんな場所で、ラセラは眠っている。いや、眠らされている。安心した顔で、自分の心臓を狙う男がすぐそばにいるとも知らず。
「ラセラの矜持を守りたい。馬車がこの場所に来てから以降のことを、彼女にとってなかったことにできるか?」
タヤスイコトダ
道化師が答えた。
「では、恐怖の記憶を消し、傷をなくし、身なりを整え、乙女の証を戻せ。見つかった時、彼女は清廉だったと周りがわかるように」
道化師が指先を立ててくるくると回すと、馬車の中の格闘の跡は消え、ラセラの髪は元のように整い、衣服も乱れはなく、ここだけ襲撃などなかったかのようにとり繕われていた。ヴィルと愛し合ったことさえも、なかったかのように。
ヴィルは冷めた笑顔で満足を示し、全く躊躇を見せず、剣を手にしたまま馬車に一歩足を踏み入れた。腕を引き、狙いを定めると、急に体を反転させ、
「おまえの言う通り、愛する者の心臓をやろう。俺が愛するのは、俺自身だ」
そう言い残すと、レイピアを自らの心臓に突き立てた。
十の心臓を得た剣が輝きを増す中、その代償となるヴィルの心臓は崩壊した。
人が約束を満たしながら、代償となる約束を果たし損ねた悪魔は、無効となった契約の元、ちりぢりに引き裂かれ、深い闇の中に消えた。
二人を捜索していた者がまず見つけたのは、寂れた街で殺害され、道端に放置されていた馬車の馭者だった。
夜が明け、森まで捜査が及ぶと、そこには馬車の周りでレイピアで心臓を一刺しされ、事切れていた三人の強盗と、馬車を守り、剣を受けて命つきていたヴィルの姿があった。ヴィルが手にしていたレイピアは、古く、さび付き、とても戦いに使えたとは思えない代物だった。
馬車の中には、ヴィルに守られ、傷一つないラセラが、今は亡き人の上着をまとい、眠っていた。
ラセラは無事だったが、口さがない貴族達の噂話に登る事を避けるため、元の約束通りラセラとアルノルドの婚約が取り急ぎ結ばれ、一月後には二人は結婚した。
アルノルドは義務として結婚を受け入れてはいたが、命がけでラセラを守った弟を思うと、結婚後もラセラに恋心を寄せる気持ちにはなれなかった。小さな罪悪感は二人の関係をより疎遠にし、フェルメール家の領地経営より、自身が結婚前から所属していた騎士団での勤めを優先し、領地のことはもっぱらラセラの父とラセラが担っていた。
結婚してすぐに生まれた男の子は、早産ではあったが元気で、アルノルドに代わり次の領主として祖父母や母の愛を受けて健やかに育った。
結婚後に愛に目覚めたアルノルドは、自宅よりも街中にある愛人の家で過ごすことが多くなっていったが、ラセラは不思議とそれを咎める気になれなかった。
内戦に出向いたアルノルドが敵の襲撃を受けて命を落とした時、最も嘆いていたのはラセラではなく、その愛人だった。ラセラは夫がいなくなったことを悲しみはしたが、同時に不思議に安堵感を覚えていた。
その後もふとした時に思い出すのは、自分を命がけで救ってくれたヴィルのことだった。剣を手に命を落としながら、剣を振るうところを一度も見たことのない、幼なじみ。
それなのに、記憶にないはずの、一突きで相手を瞬殺する姿が目に浮かび、そのときめきを忘れることができないのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
「瞬殺の剣士」 (ライトサイド??)を書いていて、急に同じ設定で違う話が浮かんできたものです。
パラレルワールド設定にしようとしましたが、同じ名前だと感情移入できなくなったので、人名は変えました。
https://ncode.syosetu.com/n1995hp/
瞬殺の剣士 無印
後書きに直にリンクがつかないようなので、下にリンクをつけてみました。