本当は怖いかくれんぼ(嘘)
夏のホラー2021参加作品。
タイトルをご確認の上でどうぞ。
皆様。
皆様の中には“かくれんぼ”と言うものは、単なる遊びであると思っていませんか?
皆様。
なぜそんな分かりきった事を訊いたのか、不思議に思いませんか?
もし。
もしもですよ、皆々様。
そのかくれんぼと言うのは、実は元々遊びの名称でなかったら。 そう思った事はありませんか?
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時代は戦国や江戸と呼ばれたような、まだ迷信が真実味を持って信じられていた時代。
そこでとある男性が、土壇場に立たされて……いや、座らされていた。
正座する下には蓙が敷かれており、更に下は河川敷に手を加えて玉砂利へ。
聞こえるのは水のせせらぎばかりで静寂に包まれた場でなく、何を目当てとするのか、近くの木の影でカラス共が「ギャーギャー」と鳴き叫び、問答無用の不吉さが止まらない。
辺りは進入禁止を示す、緑色が濃い若竹で組まれた、背の高い柵。
そう、これは紛れもなく晒し首や打ち首にする罪人の、その首を落とすために用意された刑場である。
そして今日この場には、カラスばかりでなく黒山が存在し、人いきれによって生まれる熱量が凄まじい。
柵の前と、川から少し離れた土手に高札が立っており、今回処される者の罪状がそこに告げられていた。
罪は、立場の悪用。
つまり汚職だ。
しかも罪人は城代以上の身分であると添えられており、大殿様より統治を任されたこの地で、その信頼を裏切った罪はとても大きい。
なので、執行される罰は相応に重くなる。
ここへ見物に来ている民も他人事ではない。
この地での汚職だ。 自身が住むこの地にて、罪人はこの地の為にならぬ事をしたのだ。
それは民の生活が悪くなる事を意味する。
となれば、怒りは如何ほどのものか想像は難しくないだろう。
であれば、その怒りを鎮める為にも大々的に罰を下さねばと考えるのも、当然だ。
そしてその方法こそが――――
――――かくれんぼだ。
まずは日の出から刻限まで、罪人を土壇場で正座させて放置。
万が一にも逃げられる事が無いよう、複数人の役人が罪人の側におり、監視体制は万全。
それから見物に来た民へ、役人とはまた別にいる、刑の執行者がこう呼び掛ける。
「もーいーかい」
民が返す言葉は、もちろんこれだ。
『まーだだよ!』
罪人は土壇場で完全に拘束され、手拭いで目隠しをされ、猿轡までされて何も出来ない。
いや、出来るのは周囲の音を聞き取ることだけは許されている。
それで繰り返される問答。
これが恐怖を煽る。
これは、刑の執行者が首を落としても良いか、見物人に訊いているのだ。
しかもこの『まーだだよ!』が返される度に、刑罰用の笞で10回叩かれる。
この笞は竹製だが、威力は馬鹿にできない。
普通は100叩きの刑で使われる物だが、これで叩かれ続ければ人間の皮などは軽く剥け、血が溢れだし、肉も削がれる代物。
これで10回叩かれては「もーいーかい」『まーだだよ!』を繰り返す。
現代の感覚では見るに耐えない惨状だろうが、昔はこれも一種の娯楽。
見物に来ている民百姓の生活を脅かす悪が、こうやって縛られ、仕置きされ、滅びる様を見届ける。
勧善懲悪。
正義に悪が負けるその現場を見て、興奮しない正義の徒はいないだろう。
しかもこの悪が滅びれば、自身の平和も約束される。 生活は安泰となる。
心晴れ晴れ、良いこと尽くめじゃないか。
しばらく繰り返し、民の声から『もーいーよー!』が多くなった頃を見計らい、罪人の首を落とす。
悪は完全に潰え、平和の訪れを歓迎し喜ぶ民。
地位の有る者が亡くなる際に「お隠れになる」と言う隠語を聞いた事が無いだろうか?
落とされた首はしばらく晒されてから埋葬し、その報告は“(地中に)隠れた”と隠語で行われたそうだ。
それはこのかくれんぼ(刑罰)が由来であり、お隠れになったお方と言うのは、つまり罪人だったと言う事である。
これこそが、我らも遊んだ経験があるかくれんぼの、本来の形であった。
下手なホラーより怖いのは、人間の残酷な感覚。 系の話。
要約
隠煉亡 かくれんぼう
詳細な起源は特定不可能だが、戦国時代頃の資料により発見された死刑のひとつ。
やんごとない立場のお方が汚職を行い、民や君主を裏切った罰として執行される。
刑の執行者が もう良いか と執行の許しを民に請い、いまだ収まらず と民が怒りを示し、その民への慰めとして笞で10回打つ。
そしてまた もう良かろうて と言われるまで、もう良いか と繰り返す。
民の怒りは容易におさまらず、執行して首を落とすまでに半日かかるのが普通だと言う。
~民明書○刊 『歴史に埋もれし言葉の由来辞典』より~