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第九話


舞台は移ってサフォン・ホテル


窓を眺めれば、最上層のがらんとした眺めの中に、この時は複数台の幌馬車が配置されていた。中には武装した兵士が待機しているとの話である。

ユーヤはふと、それらが自分を逃がすまいとしているかに思えた。しかしそれは流石に考えすぎというものだろう。気が張り詰めすぎている、と意図的に肩から力を抜く。


「ユーヤさまー、借りてきたっスー」


風呂敷のような布包みを背負って部屋に入るのはカル・フォウ。書き物机の上にばらまかれるのは文房具である。

ハサミにペーパーナイフ、文鎮にインク壺、定規に分度器に、ユーヤには一見して分からないものもある。


「こんなんで勝てるっスか?」

「……クイズに絶対はないよ。ただ、できることはしておこうというだけだ」

「し、しかし……」


薄紫リボンのメイド、カヌディは不安げである。

彼女としてはユーヤに勝ってほしいのか、負けるべきと思うのか微妙な立場であった。エイルマイル王女の婚約者とあってはもはや自分が意見のできる存在ではないが、それでもパルパシアの下層、悪徳の支配する街に行くことを不安に思わぬはずはない。


それに、果たしてパルパシアの双王に勝てるのか。

この世の快楽を極めつくしたパルパシア王家、その中でも極め付きの悪童と呼ばれ、あらゆる遊興を極めたと名高い、あの双子に。


(……それも、あのクイズで)







「それで、勝負の種目とは」


ユーヤの問いに、双王は見栄を切るかのように扇子を振って告げる。


「皆も心して聞くがよい。このクイズこそはパルパシアの生んだ文化の華。才気煥発なりて聡明卓抜なる者のみが勝ち抜く遊戯、その名も」



「箱の中身は何でしょねクイズで勝負じゃ!」



ずどどど、とセレノウ側のメイドたちがずっこける。


「な、な……」

「マジっスか、それクイズというかゲームっス……」

「他国においてはそうじゃろう、しかしパルパシアにおいては大規模な大会も開かれておる人気のクイズじゃ。箱の中に手を突っ込む勇敢さと、おなごの肌を撫でるような繊細さ」

「まさに勇知両立せし英雄の遊戯、それでいてあらゆる人間に門戸が開かれておる公平なクイズじゃ、異世界人であっても戦えるじゃろう」

「ゆ、ユーヤさま、さすがにこれは……」


カヌディは、そんなふざけた遊びで生死に関わることを決めて良いはずがない、という常識的な感覚のままに、己の主人にすがるような視線を向ける。


――だが。


「……?」


そのユーヤの横顔を何と見るべきか。

表情を出すまいとするように引き結んだ口元、しかしその眼の奥、感受性の高い情熱的な側面のある人物なのに、人生の終わりまでそれを隠し続けようとするようなユーヤの眼。その奥に複雑な感情が入り乱れていた。

何かを深く憂えるような、内臓に刻まれた深い傷に悶えるような。それはメイドの見た一瞬の錯覚だろうか。


「……本当に、そのクイズでいいのか」

「無論じゃ、どれ急ぐことでもある、日没と同時に始めようかのう」

「分かった」


ユーヤはついと手を上げ、指四本を示す。


「クイズはそれでいい、その代わり僕からも細かなルールをいくつか足させてもらう。一つ、箱は完全な暗箱あんばこではなく、側面の一部に透明な素材を使うなどして、中身が見えるようにすること」

「うむ、立会人も呼ばねばならぬからの、当然じゃ」

「一つ、問題となる物体は五才の子供でも知っているようなものであること。もう一つ、できれば生き物は禁止したい。熱が入りすぎればその生き物を傷つけるおそれがある」


言って、ここまでで四本立てた指の三本を折る。


「生き物は禁止か、あれは面白いのじゃがのう、まあ了解したぞ」

「最後に、出題は同じものを双方が黒板に書く形で行う。同じ答えでも、より詳細に表現した方が勝ちとしよう」

「それは一般的なルールじゃな、何も異存はないぞ」


双王は、口の中で舌先をひそかにほころばせる。

挙げられた条件はごく当たり前のものばかり、ユーヤが何かを仕掛けている様子はない、ということを確信しての笑みであろう。


「注文は以上でよいな」

「ああ」


そして双王は、遠巻きに配している使用人も含めて全員に呼び掛ける。


「では決闘の準備に入ろうぞ! セレノウのユーヤどのは一旦ホテルに戻って身支度を整えられよ!」

「我らは舞台を整える。決闘は日が完全に没して後、ユービレイス宮の天覧の間にて執り行う!」


そしてユーヤたちも急ぎホテルへと戻り。

ユーヤが最初に指示したこと、それが「ホテルに頼んで、あるだけの文房具を借りてきてくれ」というものであった。





「カヌディ、これは何? 指輪にトゲがついてるみたいだけど」

「は、はい、これは破棘クラッツです。銀写精シルベジア藍映精インディジニアの記録体を砕くための道具です」

「なるほど……記録体はガラスに銀メッキして作るんだったね。記録体をビデオレターのように使う場合、時にはそれを砕く必要もあるのか。……こっちの曲がった定規は?」

「そ、それはサバンじゃくですね。信書に封をするときに使うもので……」


実のところ、ユーヤにはその用途が分からない道具はたびたび眼にしていた。

文化の成り立ちから異なる異世界でのこと。文房具などにはかなりの共通点が見られるものの、服飾、日用品、家具や飾り物まで、その差はあまりにも深淵である。


「完全な日没までは二時間ほどか、二人で手分けして色々仕入れてきてくれ。食器に、服に、掃除道具に、身の回りのちょっとした小物なんかも。楽器なんかもいいな」

「ゆ、ユーヤさま、やはりこんな勝負は無理です。知っている言葉の数に差がありすぎます」

「……そうだね」


ユーヤは意外なほど素直に認め、肩をすくめる。

そして一つ大きな息を吐いてから、何かの告白のように語り出す。


「……この世界の人々は、みな善良で、クイズを愛していると感じる」

「え……?」

「僕の世界のクイズ戦士たちはもっとギラついていた。何がなんでも勝ってやるという貪欲さがあった。理由はいくつかあるけど、一因としてはクイズ戦士たちの晴れ舞台、それがあまりにも少なかったからではないか、と思う」

「ほえ? 何の話っス?」

「素人参加型番組には、時にそれに人生を捧げるような猛者が生まれてしまった。テレビが文化の中心だった時代、それに出演し、頂点を極める栄誉があまりにも眩しかったからだ。この世界ではクイズは世界一を決めるような競技ではない。広く親しまれる娯楽だ、草野球やマラソンに近いかもしれないね」

「くさやきゅう? 聞いたことないっス?」

「いや……ともかく僕の世界ではクイズはとても競技性の高いものだった。様々なマニアがそれを分析し、勝つための技術を編み出していった」

「で、では、箱の中身は何でしょねクイズも……」

「それは研究されなかった。このクイズはほとんどの場合、芸能人だけが行ったからだ」


ずる、と聞いていたカル・フォウがつんのめる。


「じゃあ意味ないっス!」

「……一般的には、ね」

「一般的……?」


ユーヤは、それは彼にはしばしば見られることであったが、語りながらもその眼の端が苦痛に歪むように見えた。

自分がとても痛ましく、恥ずべきことを言っているという苦痛。誰にも話すべきでない罪深い告白であるのに、自分にはそれを言う義務がある、という二律背反の苦悶である。


「……始まりはTだった」

「ティー……?」

「いや……つまり……、ある種のマニアたちは、この暗箱のクイズにも技術があると気づいた。もっとも重要なことは練習だ」

「練習っスか?」

「そう……人間は普段、自分が何に触っているかという判断の大半を視覚に頼っている。少し練習すれば手と指がどれほど優れた感覚器であるか分かるはずだ。大抵のものなら、触るだけで何か当てられるようになる」

「すごいっス、つまりユーヤ様も練習してたっスね」

「ああ……僕は番組を作る側だったからね、色々なことを……」


カヌディは、ユーヤの語り口がおかしいことに気づいていた。

何かから逃れようと・・・・・している・・・・、と感じる。

ユーヤは自分たちに誠実に接しているけれど、どうしても言葉にできぬ禁じられた領域があるのだと感じる。だから迂遠な言い回しで、核心部分だけは語らずにやり過ごそうとしている。


(……苦悩しておられる)


自分には何もできないと感じる。

上級メイドであっても、家事を含めたあらゆる仕事をこなせても、目の前のこの人物の傷は癒せない。

その疲れ果てたような、何年も眠らずにいるような気配は、どんな人生を送れば身に付くものなのか。

彼はどうすれば救われるのか。その艱難辛苦はいつ終わるのか。

妖精の鏡で呼ばれたからと言って、神経をすり減らすような労苦を強いる権利が誰にあるというのか……。


「わ、分かりました……取り急ぎ、私はホテルに掛け合って色々と調達して参ります、カルちゃん、あなたも」

「了解っス、今度は庭師さんからいろいろ借りてくるっスー!」


二人のメイドが部屋を出ていき。

ユーヤは万年筆を手に取り、その機構を見るともなしに見る。


その口元は震えるように動き、独り言を何度も呟いていた。

過去の誰かの言葉を思い返すかのような、魂だけを過去に飛ばしているかのような――。




「……始まりはTだった。

我らみな、Tの申し子であると……」



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