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第七話

こちらの連載が完結しました、よければご一読お願いします


迷宮世界のダイダロス

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このティアフル&ファニフルにおいては開けた大通りというものはあまり存在せず、天井まで届く建物がどこにいても左右にそびえている。その道は幅10メーキほどの大通りではあるが、周囲からは段々と人通りが減りつつある。


ユーヤたちに立ちはだかるように、扇型に展開するのは5、6人のロングコートの男たち。


(……こんな町中で、昼の日中ひなかに襲ってくるとは)


「セレノウのユーヤだな、我々に同行してもらおう」


中央の男が言う。ユーヤは引き倒されたままなのを多少みっともなく感じながらも、ぐっとその男を睨み付ける。


「……ふざけるなよ、いきなり吹き矢を射掛けるような連中に従えるか」

「落ち着いて話がしたかったのでな、少しだけ眠ってもらうつもりだった。害のある薬ではない」

「……」


「ゆ、ユーヤ様……」


カヌディが仰向けに倒れたままのユーヤに手を差し出し、ユーヤは男たちから視線を逸らさぬまま立ち上がる。


(……男たちが背後に回り込んでこない。逃げても無駄ということか。後ろの道はどこかで封鎖されているのか)


周囲からはいつの間にか通行人が消えている。ここに至る道の何箇所かを封鎖していると判断する。

だとしても何人かにこの囲みを見られているはずだが、襲撃者たちに焦る様子はない。多少の騒ぎなどどうとでもできる、という余裕が感じられる。


睨み合いは長くは続かなかった。男は相好を崩して肩をすくめる。


「大したことではない。仕事を頼みたいだけだ」

「仕事だと」

「そうだ」


男はユーヤの近くへと歩み寄る。カヌディが立ちはだかろうとしたが、そっと腕を伸ばして押し止める。


「……仕事とは」

「我々の雇い主からはこう伝えられている」



――この国で最も高貴なる宝を双王が持っている


――ユーヤという男ならそれを持ち出せる



「これを、そのまま言えば意味が伝わると聞いている」


ユーヤの職能。

毛ひとすじほどの動揺も見せず、瞳孔の大きさすら変えぬほどの完全なるポーカーフェイスのままに、心だけを震わせる。


(まさか)


(いや、他にはありえない、それは妖精の鏡ティターニアガーフのこと)


後頭部がじわりと熱を持つような感覚。

様々なことが思い出され、意識が急速に覚醒していくような気がする。


それは、人間と妖精との契約の証。


七つの国に七枚が存在し、王の、あるいは第一王位継承権者の10年間と引き換えに、神秘の力を示すという伝説の器物。


それにより一人の王が、あるいはハイアードという世界最大の大国が心を狂わせた。それは大陸全土に及ぶ混乱にも繋がりかねなかったのだ。


「報酬は50億ディスケットだ、悪い話じゃないだろう」

「馬鹿な! 王族から物を盗むなどと大それたこと! 金で引き受けられるか!」


ユーヤはあえて強めに叫びつつ思考する。彼らはどこまで知っているのか。目の前の男はどこまで聞かされているのか。


「それに! 僕ごときにそんなマネができるものか!」


大きく腕を振る。掴みかからんばかりの高ぶりように、遠巻きにしていた男たちが警戒を見せる。


(一旦でも国庫に仕舞われたなら、たとえ僕でも借り受けることなどできない)


(だが、今なら)


鏡がパルパシアに戻ってきて一日。今この瞬間ならば、そしてユーヤならば、双王を口八丁で騙して鏡を借りられる。

敵はそこまで知っている。つまりユーヤがハイアードでの事件に深く関わったこと、あるいは異世界人であることまで知っている可能性があるのか。そんな可能性のある人間が果たして何人いるのか。

思考の材料はまるで足りない、だがユーヤは考えずにはいられない、そうしなければ息もできないほどの強迫観念。考えることだけが、小賢しく立ち回ることだけが、世界における自己の役割だと言うように。


「それにだ! 人に吹き矢を打ってくる連中など信用できるか!」

「静かな場所に連れていきたかっただけだ、害意はない、そう叫ぶんじゃない」


(敵は誰だ。やはりハイアード。かの王子の意思を継ぐものがいたのか)


あの騒動の残党なのか。それとも王子を操っていた、この世界の諺で言うなら玉卓の十二人、ハイアードの影の権力者たちが生き残っていた可能性もあるのか。


ユーヤは息を早くし、猛犬のように声を荒らげるばかりである。そのらちの開かぬ様子に、目の前の男はなだめるように言う。


「もちろん、取引のあともお前の身の安全は保証する。だがそもそもお前に選択権などないんだ。わからないのか」


ユーヤは視線を動かすこともなく、目の前の男の意識を引き付ける。


そして、男の背後。

足を後方に振り上げ、今まさに股間を蹴り上げようとしてるカル・フォウにも気づいていたが、表情はずっと変えなかった。


振り子運動からの除夜の鐘。


「はぐっ……!?」


睾丸が骨盤にめり込む勢い。一瞬で心が折れて全身から力が抜け、泣き顔になりながら液体の動きで倒れる男。


「何だ!? このメイ」


脇にいて、そう叫びかけたのが最後の一人。メイド服が地面に沈み込むように見える一瞬。男の首に両足が絡みつき、カル・フォウの小柄な体が背中側にすべる。

そして後方に引き倒すと同時に回転のベクトル。きっちり一回転させつつ背中から石畳に叩きつける。どばあん、と物凄い音がして、男は白目を剝いて気絶した。


周囲は死屍累々だった。それぞれ股間を握りつぶされたり、急所への当て身で悶絶している。


「これで全員っス! ユーヤ様大丈夫だったっスか?」

「ああ……」


目にも止まらぬとはこのことか。

最初のターゲットはカル・フォウを見張っていた男。彼女への視線が一つだけになった瞬間。その姿が煙のようにかき消え、鞭が巻き付くように背中に絡みつく。そして口を押さえるというより、喉奥に手刀を突っ込みながら股間を圧壊。


そこからは阿吽の呼吸である。カル・フォウの脚から土煙が上がったと見るや、ユーヤが大きな身振りで男たちの眼を引きつける。男たちの意識の隙間を縫って飛び、気絶させられる際のうめきを叫びでかき消し、残像のみ残すような動きで外側から倒されていく。


妙にゆっくりとのたうつ男たちを見て、ユーヤは歯噛みしながら呟いた。


「……やはり、そう簡単には終わらないのか。あの鏡のもたらす混乱は……」

「ユーヤ様、この人たちどうするっスか? 連れて行くっスか」

「いや……」


四方を見る。通りに人はないが、遠くに気配は感じる。


「どこかで道を封鎖している連中がいるはずだ、一刻も早く逃げたほうがいい。どこかの建物に入って裏口から抜けよう」

「おお、ガチ札束持ってたっス、財布とかはないけど」

「盗るな盗るな、戻せ」


カル・フォウから札束を引ったくり、まだ悶絶している男のポケットに押し込む。

メイドの行動にあきれながらも、ともかくこの場を離脱する必要があった。ユーヤたちは手近な建物に駆け込み、細い通路を抜けて裏手に向かう。


「これは集合住宅だよね? 屋上から最上層に抜けられないのかな」

「き、基本的にはできません。各層を隔てる石材は厚さ50リズルミーキ以上ありまして、加工は非常に困難なのです」


その石材は岩盤層をそのまま剥離するように切り出される。鉄の工具でも傷つけられないほど頑健な岩盤であり、それを網の目に並べていくのだという。何となくアップルパイを連想する。


「うきゅう、治安が悪いのは下層の方だけって聞いてたけど、やっぱり都会はおそろしいっス! いきなり誘拐されそうになったっス!」

「カル・フォウ、やっぱり君はボディガードとして派遣されたんだな」


倒した手段はともかくとして、その動きはまさに電光石火。ほとんど目視できぬほどの速度に達していた。

思えばこの世界における武の達人、彼らはユーヤの世界の常識を超えているように思える。岩の巨人を斬り伏せたり、大男を片手で放り投げたところも見たような気がする。


「うきゃー、照れるっスー! お役に立ててカンゲキっスー!」

「カヌディ、彼女は国王陛下のメイドというより、衛士なんだね」

「は、はい、カル・フォウは上級メイドでありながら衛士の資格も持っております。セレノウにおいてはガナシア・バルジナフ衛士長に次ぐ実力者です」

「うきゅう、そのうち私の実力を見せる日が来そうっスー!」


カル・フォウは走りながら飛び上がって前回り前転を繰り出し、そのまま壁と天井にバウンドしてさらに走る。キュロットスカートなのはそういう動きをするためか、などとどうでもいいことを思う。


「実力……」


確かに、あれ・・が彼女本来の戦い方とも思えない。相手を傷つけずに無力化したかったのか。では今のを超える技があるというのか。それは格闘技か、あるいは武器術か。


やがて建物を抜けると別の通りに出る、こちらには普通に人通りがあった。急いで道を横断して、また別の建物に入る。


「最上層へのスロープはこっちだと思うんだけど……」

「は、はい、市街図は私が記憶しております。このまま真っ直ぐ進んで下さい」


カヌディが言い、ユーヤたちは足を早める。


カヌディは胸に拳を当て、時おり背後を振り返りながら不安げな様子である。


(……今の)


見間違いだろうか。

カヌディもまた国家資格を持つ上級メイドであり、主人のあらゆる所作を見落とさないように気を張っている。


その目が見た、あれは。

ユーヤがカル・フォウから札束をひったくり、男のポケットに押し込む瞬間。


かった・・・と、言ったように見えたのは……。







紫の光球が路地を舞う。

それは妖精の性質によるものか、人には理解し得ぬ妖精だけの考え方というものか、無数の妖精を放流するパルパシアの首都において、上層には白や青の妖精が多く集まり、下層には橙や紫の妖精が集まっている。桃色のものもチラホラと浮遊しているが、これは街が放っているものではない。その色に象徴される店が、客引きのために飛ばしているものだ。


地上部分を第一層、最上層である外殻部分を第七層として、ティアフル&ファニフルの街は全七層に分かれている。


下層、第一層に近づくほどに政府の支配は弱まり、住人たちの自治が、あるいは裏社会の勢力が力を強める混沌の領域となる。パルパシアの騎士が巡回はするものの、彼らに何かを取り締まるような意志はなく、その能力もない。無理をして小悪党を捕まえるより、袖の下を貰うほうが利口というものだ。


長い年月をパルパシアに親しむような人間はこうも言う。第一層こそがパルパシアの真の姿であり、あるいは人間というものの実像に最も近い場所である、と。


虚言が肯定され、摂理や律法が意味を失う場所。肉体的本能が表面化し、快楽だけが重んじられるような世界――。


そして、快楽とは視覚的欲求も。

すなわち、ありとあらゆる美術品も、ここにはあるということだ。


「本当に持ってくるとはな」


コートを着た男が言い、灰皿に紙巻きタバコを押し付ける。

相対する男は澄ました表情のままに言う。


「確認したい、50億ディスケットという約束だったが、用意できるのか」

「ああもちろんだ、小切手がいいか、金貨……では重すぎるな、宝石なども用意できるが」

「小切手でいい」


それは、パルパシアふうにあつらえた洒脱なドレスシャツとタキシードを着た男。

セレノウのユーヤは、持参していた革張りのケースを机に置く。



中から現れるのは、それは石材なのか色付きガラスなのか、真珠色に輝く板が――。



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