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第四話 +コラムその9


空間を書き換え、風景を塗り替える妖精の神秘。それはいきなり始まった。


家一軒ほどもある広々としたワードローブ。左右に礼服がずらりと並び、帽子かけには鈴なりの帽子、靴もベルトも無数に並んでいる。隅々まで塵ひとつなく清められ、礼服にも毎日のブラシを欠かしておらぬ完全なる空間。それはセレノウの国民性を表すかのようだ。

左右から出てくるのはオレンジのリボンと水色のリボン。オレンジの方はドレーシャ・ヴォー、国家資格持ちのメイドたちを束ねるメイド長である。


「ユーヤ様! 我ら上級メイドが新たな服をお届けいたします!」


言う間にもカル・フォウが眼にも止まらぬ早さで動き、周囲に蛇腹式の衝立ついたてを並べてユーヤの服を剥ぎ取っていく。


「パルパシアふうの礼服の特徴は何と言ってもドレスシャツです! 袖口と前立て(ボタンホールの並ぶ中央の帯状の部分)を爪の先ほどのフリルで飾り、カフスボタンの周囲に刺繍があるものがお洒落なのです!」


体育会系のドレーシャに比べて、水色リボンのメイドは社長秘書の風情である。名前はたしかリトフェットとか言っただろうか。銀縁の眼鏡をぎらりと光らせて割って入る。


「タキシードの金刺繍、細めのピーク、絞った腰回りのラインが都会的な色気を与えます。シルエットは角ばった部分を除き、柔らかく光沢の乗った生地が上等とされます。蝶タイは紫か藍色がベターですが、既婚男性は無くても構いません。パルパシアは自国の文化が外国よりも優れているという矜持があるため、セレノウふうのものを見せびらかさないのがマナーです。ですので時計は無銘の銀無垢をご用意いたしました」

「ポケットチーフは白無垢がベターです! ごくわずかに刺繍を入れております! 花の形に整えますのでメイドにお任せください!」

「靴はご用意したものにお履き替え下さい。簡単ではありますが以上で説明とさせていただきます。残りはそこにいるカヌディにお尋ねください」


ぺこり、と二人がふかぶかと礼をして、空間がホテルのロビーへと戻る。


「お着替え終わりましたっス!」

「いきなりやるんじゃない!」


その灰色のリボンに手刀を落とす。


「あうっ」

「誰かが近くを歩いてたら危ないだろ!」

「そんなこと言いつつ体はイヤとは言ってなかったっス」

「急に動いたら僕も危ないからだよ! 変な言い方すんな!」

「か、カルちゃん、何やってるの」


と、駆けつけてくるのは薄紫のリボン。カヌディである。


「あ、カヌちゃん! お久しぶりっスー!」

「も、申し訳ありませんユーヤ様、カルはいつもマイペースで」

「知り合いなの……?」


その問いかけに、カヌディは不承不承、という様子で頷く。


「は、はい……同じ村の出身で、上級メイドになったのも同期だったのですが、カルの方がずっと早くに出世してしまって離れていたのです」

「……ん?」


カル・フォウはというとカヌディの肩を揉みつつ上半身を揺らしている。


「彼女はそんなに優秀なの?」

「か、彼女は本来は国許にて、ティディルパイル国王陛下の専属となっているメイドです」

「は……?」

「照れるっスー! 超エリートだからってみんなと同じ上級メイドっスー!」


ユーヤは体全体で陽気さを放つメイドを見て、そして薄紫のリボンへと問いかける。


「国王の愛人とか……」

「そ、そんな可能性すら無視できないほどですよね、ご理解いたします」


カヌディは展開していた衝立を畳んで隅に寄せると、案内するように先に立って歩きだす。


「か、カルについては……おいおいご説明いたします。まずはお部屋へ」





部屋は最上階の西半分を占める大きさである。六部屋で構成され、使用人の部屋もある。


「え、ええと、まず主寝室のワードローブに上着を置かれてください」

「分かった」


カヌディはお茶の用意を始め、ユーヤは主寝室へ。考えてみればメイドとはいえ女性との二人旅というのも気を遣うものだし、あのカル・フォウというメイドの存在はありがたくもあるか、と針の先ほどの前向きさを持つ。


主寝室に入ってみるとパルパシア風なのか、キングベッドの上に金糸や更紗で飾られた上掛け蒲団があって。

その中央がこんもりと盛り上がっていたので、鏡台のそばにあった椅子をぶつける。

飛び出してくるのはあおあお


「痛っっったー!?」

「何すんじゃお前!?」

「いきなり忍びこんでんじゃない!! どうも素直に別れたなと思ったとこだぞ!」


「ユーヤ様! 曲者っスか!」


ばん、と主寝室のドアから躍り入るカル・フォウ。


「ああ曲者だ、暗くて顔がよく見えないが、ともかくそこの二人の尻を叩け」

「なっ、ユーヤおぬし」

「了解っス!」


その瞬間のカル・フォウの動きは雷光のごとく。一瞬で双王の背後に回り込んだかと思うと、空気が音速で膨張する音。


「あ“ーーー!?」

「ま、待て、我らはパルパシアの“お“ーーーーっ!!」

「成敗っスー!」


そんな混乱もありつつ。数分後。


「しくしく……、ほんのかわいいイタズラじゃろうに」

「こんな美女が布団に忍び込んどるなどもう二度とないぞ、何というバチあたりじゃ、来世で悔いよ」

「いやあ双王だったのか、ぜんぜん気づかなかったよ」

「白々しいわっ!」


居室内の応接間にて、カヌディが飲み物とお菓子などを用意し、出てくるそばから双王がぱくぱく平らげていく。カヌディはというと冷やしたタオルを用意して、双王の体を持ち上げつつ尻の下にそっと差し入れる。それに反応しない双王が実にシュールだった。

ユーヤは到着して早々のことに多少げんなりしていたが、来た以上は追い返すわけにもいかず、居ずまいを正して向き合う。


「王宮に向かったんじゃなかったのか、君らも謁見だとか政務だとかあるだろ」

「本来は妖精王祭儀ディノ・グラムニアの後にも外遊をこなしてくるはずが、急ぎの帰国になったからのう。公務の予定も少し先まで空白なのじゃ」

「それに我らは議会のサポートを受けて政治をしておるからの。議会参集の日まで勝手に政務もできぬ」

「……」


国の成り立ち、世界の普遍的常識。

そんなものすら異なる異世界での話である。ユーヤの感覚には当てはめにくい部分もあるが、カヌディらの説明によりユーヤなりに理解したものもある。


パルパシアにおいて国民は王を広く認知しているが、絶対的な君主として敬っているわけではない。王は国の代表であり、外交やクイズイベントでの顔というだけだ。

そのような王はユーヤの時代にも何人かいた。ただ違うのは、パルパシア王家の保持する財産、管理する資産や企業というものが、圧倒的なまでに巨大だということだ。


大雑把な計算では、その総資産はパルパシアの六分の一に達するという。


戦争からも縁遠い時代、パルパシア王家は積極的に政治に関わることもなく、また財産を過度に溜め込むこともなく、あらゆる企業や事業に投資している。それは世界中を巡るパルパシア・マネーとなって、世界の重要な力学的要素となっていた。


(つまりはパルパシア王家とは大陸全土に及ぶほどの経済勢力、ロックフェラーやロスチャイルドのような超国家企業体、というイメージだろうか……)


「それでユーヤよ、せっかくパルパシアに来たのじゃ、何か見てみたいものとか無いのか」


問われて、ユーヤは少し考える。

見るべきものは無数にある。知識人と会って話をしたくもあるし、この世界でのクイズイベントも見てみたい。あの藍映精インディジニアは娯楽として使われているらしいが、その映画もぜひ見てみたかった。


しかしやはり、先ほどの一幕。

あの美女との短い邂逅で、この世界の芸術に触れてみたいという欲求が芽生えていた。


「絵が見たいな」


そのように告げる。


「絵だけでなく、この世界の芸術に触れてみたい。絵画に彫刻に、焼き物に織物、あるいは古代遺跡からの出土品。この世界の事を知るために、まず芸術から入っていくのは悪くないと思う」

「いや、そういう事でなくてじゃな」

「え?」

「つまり」


ぱちり、と扇子を閉じるユギ王女。スカイブルーのタイトワンピースが眼にまぶしい。


「おぬしランジェリーパブとか好きじゃったろ」

「いつそんなキャラになった!」


モスグリーンのユゼ王女の方は顔の前で手を組み、意味深に目を細める。


「パルパシアに来てえっちな店に行かないのは嘘というものじゃろ。さあ遠慮なく言うがよい。双王の名誉にかけて最上の店を紹介してやろう」

「あのな、分かってると思うけどな、僕はエイルマイルと結婚した身だからな」

「ふふふふふ」

「何だよその笑いは」


双王はテーブルの上にぐいと身を乗り出し、ユーヤと三人で額を突き合わせる形となって言う。


「知らんのか、契り身の桃はにしきなり、桃をあたうは錦上きんじょうの花なり。この世で一番楽しいのは新婚時代の女遊び、その道に男を誘い込むのはさらに楽しい、という言葉じゃ」

「ロクな言葉じゃないな」

「お主も男じゃからえっちな店ぐらい行くじゃろ。パルパシアではその手の噂話を漏らすのはタブーじゃ。心配せずともエイルマイルどのには黙っててやるから」

「行かないって言ってるだろ!」

「……つまり、普通のえっちな店では満足できぬと……」

「そーゆー事じゃないわああああ!」


さすがの鉄面皮も声を荒げ、肩で息をしつつ立ち上がる。


「これ以上勧めるなら僕は帰るからな!」

「ふ、仕方ないのう、これだけは出すまいと思っておったが」


なぜか余裕綽々な様子で、肩を寄せて微笑みあう双王。


「……あのな、店がどうとか関係なくて、もうはっきり言うけど、その手の店でどうこう思うようなトシでもないし」

「まあ聞け、実はつい最近、パルパシアの底の底、紫の光が舞うナディラの歓楽街にて画期的な店が生まれたのじゃ」

「その凄まじいエロスはまさに革命じゃった。パルパシアの富豪をはじめ、色事を極め尽くした世界各地の粋人が絶賛しておる」

「……へえ」

「その百年に一度の大発明、やがて世界を席巻するやも知れぬ。経験しておかねばセレノウが時代に取り残される事になろうぞ」

「セレノウはあんまり時代に左右されない国らしいが……まあ、そこまで言われると興味は湧くな、聞くだけ聞くか」

「ふふふ、この店はな、外見はただの喫茶店なのじゃ。ウェイトレスは綺麗どころが揃っておるがのう」

「ふむ」

「じゃが肝心なことは、この店は床が全面カガミ張りになっておって」

「……」

「なんとウェイトレスが、パンツをはいておら」

「カル・フォウ、こんなところに曲者がいる、尻叩き」

「はいっス!」


その風よりも早い二つの平手打ち。

あまりの早さに音が一つに聞こえたそうな。












コラムその9 大陸の交通事情について


シュネス赤蛇国、アテムのコメント。

「余が大陸の交通事情について解説してやろう。しっかり聞くがよい」


群狼国ヤオガミ、ズシオウのコメント

「が、頑張ります」



・最速の乗り物

アテム「国家間を移動する場合において、最速となるのは飛行船だ。ディンダミア大陸の上空には北側には北風、南側には南風の恒常的な強風が吹いている。それが大陸中央に位置するガガナウルと、それに連なる縦長のガルヒラルダ山脈においてすれ違うのだ。

山脈を中心として東側には北風、西側には南風が吹く形となり、全体として大陸中央には時計回りの風が吹いている。この風を捉えることで大陸を12時間で縦断できるが、この航路に耐えられる飛行船は世界に二つしかない」


ズシオウ「まさに大陸最速の乗り物ですが、この航路を見つけるまでには長い歴史と多くの犠牲がありました。現在でも商用にはあまり使われず、王族や、王の命を受けた使者の移動にのみ利用されています」


アテム「大昔に罪人を気球に乗せてガガナウルに飛ばしていたら、なぜかハイアードに着いた者がいたらしい。それが航路発見のきっかけだ。しかもその罪人、飛ばされた直後に冤罪だと分かったらしいな、運の良いやつだ」


ズシオウ「悪いと思います」



・街道について

アテム「大陸にはいくつかの街道が存在する。最も整備されているのがハイアードとパルパシアの間に存在するアムレストン王路だ。これは通行の安全というより、妖精の力で重量を減らした馬車が速く走行するための道路なのだ」


ズシオウ「他の国にもそれぞれ整備された街道があります。ヤオガミ国内も同様です。まだ内乱の続く土地ではありますが、商売や宗教的旅行などで人々の往来は盛んです」


アテム「例外と言えるのは我がシュネスだ。砂の土地であるため道路は作れず、隊商キャラバンのための石柱が建設されている。これは一つ一つにその石柱のある場所、近くの町やオアシスの位置が刻まれており、シュネス国内に三千本ある」


ズシオウ「国民の安全を守ってるんですね」


アテム「作られたのは800年ほど前の王の時代だが、オアシスの位置はけっこう変わるので、あてにして動くと死ぬから注意せよ」


ズシオウ「…………」



・交通機関の発達と観光業

アテム「多くの国民にとって最大の贅沢といえるのは旅行だ。特に我がシュネスは多くの遺跡や絶景を持ち、広く観光客を受け入れている。今後、交通機関の発達により旅行はもっと盛んになるだろう。自国の観光資源を充実させることは重要になっていくだろうな」


ズシオウ「セレノウ胡蝶国などは国風の関係か、観光客をあまり受け入れていません。私の国、ヤオガミなども内乱のために外国人は入りにくい状況ですね。時代に合わせて変わっていきたいものです」


アテム「ヤオガミからの観光客はそこそこ来るぞ、シュネスでも見たことがあるが、旅好きな国民性なのか?」


ズシオウ「ああ、あれ半分は就職口を探してるんです、亡命です……」


アテム「…………」


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