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第三十話 エピローグ1







「おっと、これは……」


無数の観客を背後に、司会のミモタ氏は驚いた声を出す。


「手です。手を繋いでおります。いやあ姉妹愛ですねえ。がっちりと右手と左手が組み合わさっております」

「よいぞ、もう片方の皿を」

「はい、では次はユギ王女に「雨」の皿を、ユゼ王女へ「太陽」の皿です!」





「ひ、秘策とは……?」


色彩に取り囲まれた回廊で、シジラは震え声となっている。その体を抱き止めてユーヤが呟く。


「それは、人間の身体感覚を引き出す技術……」

「え……」

「僕の知る、あるクイズ王はこのように考えた。人体とは高性能の感覚器官の塊であり、ワインも、肉も、音楽もフルーツも、その良し悪しを実は明確に感じ取っているのではないか。ただ賢さが邪魔をして、どちらが優れているかの「理屈」を探そうとする。それゆえに判断を誤るのだと」

「分かって、いる……?」

「そう、例えばフルーツならば、より優れたものを食べたならば体はそれに反応して、全身の関節と筋肉、リンパや神経の調子が整い、ピンチ力、ものをつまむ力などに影響が出るのではないかと考えた。Oリングテストなどと呼ばれるこの手法は、医学的にはまだ根拠不十分ではあるものの、理論的に積極的な否定があるわけではない。あるいはそれは科学では到達しきれぬ、極めて精妙な、人智の及ばぬ領域の話なんだ」

「ま、まさか、肉体の無意識的な反応を利用するというのですか? そんなことが……」

「わからない。僕には完璧には再現できなかった。本当に可能なのか。あの王はその理論をどこまで高めたのか。あるいはそのような理論は信仰に近いもので、集中力を極限まで研ぎ澄ますための、祈りの儀式に近いものなのか……」




――手を繋ぐんだ。



――そして、互いに違う皿から食べさせてもらう。



――より良いものを食べた方が、わずかに手を握る力が強くなる。それを感じ取るんだ。







「……ふ」


突然。


あおあおの姉妹が、高らかに笑う。


それは濁った部分の全くない、赤ん坊のような笑い。観客席を一気に飛び越え、雲の高さまで届くような笑いである。


あっけに取られる司会者も、アシスタントも、会場の貴賓客らも置いてけぼりにして、空に抜けていくような笑い声。


「あ、あの、双王様?」


司会者がさすがに動揺を見せるが、双王は目隠しをしたまま、顔を押さえもせず、のけぞるように笑う。

そして、バンと机に手をつき立ち上がると、二人が同時に言い放つ。


「答えは、「太陽」の皿じゃ!」


しん、と。

パルパシア全体を包むような数秒の沈黙。

はっと役割を思い出したミモタ氏が、手元の紙を見て。


そして力の限り叫ぶ。



「――正解です!!!」



千の喚声を束ねたような叫び。

大地の底から吹き上がる薫風。景色を春に変えていくような喜色の風。そしてありったけ打ち上がる妖精と花火。


「お見事! 見事な五連続正解! さすが双王様です! わたくしクイズ番組の司会もたくさんやってますが、今日ほどの感動――」


そして上空。

王宮の一角を包む七色の煙霧は消えていく。妖精たちが己の世界へかえっていくのだ。


あるものは空気に溶けて、あるものは床や天井に染み込んでいく。その微笑むとも嘲るともつかないアルカイックな笑みを、ユーヤは一瞥する。


「……引いた、か」

「ユーヤ!」


真っ先に駆け寄るのはコゥナである。シジラは力を失ってその場にへたり込み、同じく床に倒れそうになるユーヤをフォゾスの姫が支える。


「大丈夫か。そもそも先程倒れたばかりだろう! 一段落したなら休め!」

「ああ、すまない、また心配かけて……」


はっと周囲を見る。麻の袋をかぶった男たちは消えていた。おそらく潮時と見て取ったのか、儀式が終わる頃には撤収の手はずになっていたのか。


もはや追う必要もない。

それはユーヤの領分ではないし、この世界では物事の決着の付け方は異なるのだ、と自戒する。


視線を下に向ける。シジラが座り込んだままなのを見て、そちらにそっと手を差しのべる。


「シジラ」

「あ……、わ、私、私は……」

「何も言わなくていい、大丈夫だ」


ぽんと、その頭に手を置く。

その瞬間、ユーヤは少し意外そうな顔になる。シジラは泣き腫らした赤い目をして、薄めの化粧も崩れていた。その顔からは大人びた雰囲気がすっかり身をひそめ、五歳かそこら若返ったように見える。

あるいは今まではかなり無理をしていたのか、そんな印象があった。ユーヤはまだ意識が乱れていたけれど、気力だけで己を支えつつ語りかける。


「……シジラ、起きてしまったことは大きいけれど、問題はそんなことじゃない。君がこれからどう生きていくか、それだけが大事なんだ」

「し、しかし、私は……」

「君は君なりに、姉の真実に迫ろうとしての行動だったんだろう? 双子だからって何もかも理解しあえる訳じゃない。相手を思って、相手と過ごした時間を思って、少しずつ分かっていくんだ。だからどうか、失った・・・ものを・・・大事にしてくれ」

「失った、ものを……」

「そうだ。僕も大事にしている。恥ずべき過去も、傷つけてしまった人も、思い出せば心が張り裂けそうになることも、僕はずっと大事にしているんだ。過ぎ去ったすべてを大事にするんだ。……そう、それはきっと、過去をやり直そうとしたり、取り戻そうとしたりするより、ある意味では辛く困難で、そして大事なことなんだ……」


ユーヤの声は細く、枯れ果てていて、体を支えるコゥナにすら半分も理解できない声だった。

だがシジラは、この闇色の画商はそのすべてを聞き止めたように思えた。この不健康そうな痩せぎすの男の背後にある、苦難に満ちた記憶に触れたような気がした。


コゥナは、ユーヤがもはや気力が尽きようとしてると見てとったのか、その体を運ぼうと歩き出す。驚くほど軽い、服だけを背負うかのようだ、とひそかに思う。


「コゥナ、そこにカヌディも倒れてるんだ、彼女も……」

「分かっている、すぐに人を呼ぶ。だがお前はいつもそうだが、まず自分のことを……」


「……分かりました」


その背後に、シジラが声を投げる。


「もう姉の生き返りは望みません。その代わり、私のこれからの人生はすべて姉とともにあります。きっと、姉も私を見てくれている。世界を隔てていても、私たちはきっと通じあえる……」

「……ああ、そうだね、きっと」


世界を隔てていても、通じあえる。


その言葉がユーヤの中で、古い記憶と響き合うような気がしたけれど。


そこでようやく、ひとまずのことが終わったという安堵が感じられ。


同時に襲い来る、巨大な疲労と消耗の岩が、彼を一気に押しつぶした。









――



――



――ねえ、そうは思いませんか。



――私たちは、とても小賢しくなってしまって。



――本来持っていた、直感とか、身体感覚とか。



――まだ名前のない、様々な感覚を忘れてしまったのではないか、と。



――きっと、新しい世界の。



――まったく異なる世界の、クイズ王とは。



――人間の真価を、引き出すことに、長けた人かも知れませんね。



――ねえ、そう思いませんか。



――



――



――ああ、もう、口がきけないんですね。



――大丈夫ですよ。



――あなたがもっと、傷ついても。



――泣き叫んでも、命乞いをしても。



――私の腕が動く限り、骨が残っている限り。



――殴打を、続けてあげますから……。



――



――



――愛してますよ。



――だから、どうか。



――遠くへ行ってしまっても。



――二度と会えなくても。



――どうか、私のことを……。



――死について思い出すように、私のことを……。



――



――









地平線の果てに朝陽が昇り、ドームのような双子都市をしらじらと染め上げる。


あらゆる方角から荷馬車が往来し、ロバに乗って畑に出て行く者もいる。大型の鳥が籠を抱えて飛んでいるが、それは世界各国から届く朝刊である。藍映精インディジニアの記録体に紙面を記録させ、パルパシアの支局へと運んでくるという。


双子都市の内部に視点を移せば、川面には早くも遊び人たちが船を浮かべ、モザイク状に広告が乱舞する町を、退廃の臭いを着た男女が歩いている。


だがいつもの日と違うのは、町のあちこちに集まる人々の話題がほぼ一つきりだったことか。

双王の行った樹霊王バズマの儀、それは長く長く語り継がれる伝説的なイベントとなることを予感させ、人々は夜通し語り明かした話を、嬉々として今朝も語り合う。


「昨夜、明け方までシジラと話をしてのう」


ユーヤは12時間ほど寝続けて、朝になってようやく身を起こすと、すぐに双王が訪ねてきてそのように告げた。


「そうなのか、彼女の処遇についてか……」

「いや、話をしたのは世間話のみじゃぞ。幼い頃の話とか、シジラの見てきた諸外国の話なんかもあったのう」


寝台にて身を起こしつつ、ユーヤは少し首をかしげる。


「……彼女はどうなるんだ?」

「ま、悪いようにはせん。すっかり人相も変わって、もうパルパシアに害を為すようには見えんかったしな」

「それに、あやつの画商としての才覚は確かなようじゃ」

「罪滅ぼしもかねて、しっかり国のために働いて貰わねばのう」

「……そうか」


と、そこへ紅茶を運んでくる人物。メイドのカル・フォウである。


「敵の心配だなんて、ユーヤ様はお優しいっス」

「敵とか味方とかじゃないよ。みんな、自分の人生を何とかしたくてもがいてただけさ」

「もがく、っスか?」

「そう……みんな、積み上げてきた人生の重みに耐えて生きている。時にその重みから逃れたくて無茶もする。それが悪と見なされてしまうこともあるけど、そういう時こそ、心の奥にある問題に向き合うことが大切、ってことさ」

「うむ、そういう事じゃのう」


カル・フォウは、顎に指をあてて熟考の構えをする。


「欲求不満な主婦が浮気するみたいなこと……?」

「きみ話聞いてた?」


しんみりした話は性に合わないのか、カル・フォウはにっかりと笑ってみせる。


「でもすごかったっス、ラジオで聞いてたけど、手を繋いだのは何だったっス?」

「ああ、それか……」


ユーヤは、ゆっくりと双王へ向き直る。


「すまない、君たちにあれを使わせて……」

「ほえ? あれって何か意味があったっス?」

「僕の昔のパートナーが編み出した方法だ。人間の知覚力を引き出す、ダウジングとか、こっくりさんなんかにも通じるメソッドで」

「それなのじゃが」


大きく足を組みつつ、ユゼ王女が言う。


「わからんかったぞ」

「……え?」


ぽかん、と間の抜けた顔になるユーヤ、彼としては珍しい一瞬だったろうか。


「手を繋いだぐらいで一級品が分かるわけなかろう。あまりにも分からんので笑えてしもうたわ」

「うむ、あの五問目はあくまで我らの実力じゃ」


それに、と言いおいて髪をかきあげる。


「我らは世のすべてを自分の意思で決める。生き方も、出で立ちも、興味の赴く先も自分たちで決めてきたのじゃ」

「ユーヤの技術とやらが示す答えが、もし直感と違っていたら」

「我らは迷わず己の直感を信じたぞ。それだけの事じゃ」

「……」


ユーヤは、何か不思議なものを見るような眼で双王を見ていた。

この傲岸不遜、我儘勝手、斬新奇抜が服を着ているようなこの双子。

ユーヤにとっては懐かしいものを思い出させるタイトワンピース。


その二人に、ユーヤはゆっくりと頭を下げた。


「……勝ってくれて、ありがとう」

「おや、それは何の礼じゃ?」

「この件は最初からずっと我らの問題だったと思うがのう?」

「まあ何やら頭を下げておるし、これはあちこち遊びに連れ歩いても文句が出なさそうじゃぞ」

「はいっ! ユーヤ様はスケスケのお店に行きたいって言ってたっス!」

「言ってないぞ!?」

「ユーヤ様! 嘘はよくないっス! 男がスケスケ好きじゃないわけないっス! わたくしもお供するっス!」

「君が行きたいだけだろ! というかなんで行きたいんだよ!」


そしてまた、世にも名高い歓楽の街。

芸術と文化と双王の街。



パルパシアの双子都市が動き出す。


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