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第二十九話


瞬間。


世界に景色が戻る。

いくつかのバルコニーを備えた回廊、下方から響く熱気。


「正解です! その通り! 「太陽」の舞踏がプロダンサーチームによるものです!!」


司会者の声とともに、爆圧のような歓声が起こる。


目の前にシジラがいて、床にくずおれて号哭している。ユーヤはすばやく膝立ちになり、彼女の頭を抱え込むような姿勢となる。


(……今のは四問目の正解発表か。消える寸前、双王はまだ解答していなかったはず。数分ほど時間が飛んでいる)


では、自分たちは消えたように見えたはずだ。


回廊の奥にいた男がはっと振り向く。黒スーツを着て麻の袋をかぶった男だ。


「あ……!」

「何でもない、大丈夫だ」


男の奥側からコゥナも駆けてくる。


「無事だったかユーヤよ! いきなりお前たちが消えたと聞いて」

「来ないでくれ、そこで止まって」


声に鋭さを乗せて言う。コゥナたちは20歩ほど置いて立ち止まる。


ユーヤはまず、黒スーツの男へ言葉を投げる。


「そこの君、シジラは少し動揺しているだけだ。危害を加えてる訳じゃない。どうか信じて、少しだけ下がってくれ」

「……」


マフィアである男は迷うそぶりを見せたが、シジラが背中を震わせながらも、彼に向かって手のひらを突き出したのを見て後ろへ下がる。


「シジラ……混乱してるところすまない。儀式の中断を指示してくれ。あるいは双王に答えを教えてあげてくれ。五問目の準備が始まってる」

「は、はい……い、今すぐ」


「ユーヤ!!」


鋭く叫ぶのはコゥナ。ユーヤははっと顔をあげて周囲を見る。


「……!」


バルコニーから見える空に、無数の色が。


柱の根本から、天井から煙の噴き出すように色彩が生まれ、極彩色の煙霧となってユーヤたちを取り囲む。


「これは……!」


すばやく視線を動かす。カヌディはまだ倒れている。コゥナと黒スーツの男は少し離れた場所にいて、彼らと垣根を作るように色が湧き出す。

それは妖精。様々な色の光を放つ雑多な妖精たち。


そして足元に。五角形の板が。


真珠色をたたえた神秘の器物。妖精の鏡ティターニアガーフが。


「……! シジラ、あの板は君が持っていたのか?」

「え……い、いえ、そんなはずは。あれは私しか分からぬ場所に、ナディラにあるアジトの一つに保管していた、はず……」

「……ぐ」


歯噛みする。

ではやはり、この現象は。


妖精の中には音を放つ固体もいる。

口笛の音、小鳥のさえずり、金属を叩くような音。音が何十種類もカクテルされ、砂嵐のような騒音となって外界の音を遮断する。


(音を出している……この場所から、地上の双王に呼び掛けさせないつもりか)


ユーヤはシジラを守るように抱き止めつつ、威嚇の声を放つ。


「なぜだ! なぜお前たちが干渉する! この勝負でシジラが勝ったとして、彼女が鏡を使うとは断言できないはずだ!」


妖精は色を増し、光を増して、人間たちを虹色の光に閉じ込めるかに思える。かの妖精の鏡にも似た、この世ならざる輝きの中に。


「もはや彼女の憑き物は落ちている! 僕が彼女を説得してもいい! 鏡を使うかどうかは人間の世界の判断のはず! なぜ強制する必要があるんだ!」


妖精たちは答えない。

感情の見えぬ曖昧な笑いだけを浮かべて、ガラスのような無機質な体で人間たちを見ている。


(……なぜだ。あの王子のように、シジラを世界から排除したがっているのか)


(なぜそうなる。シジラは鏡を利用しようとしたが、濫用ではない。人と妖精の契約を汚すことはしていないはず)


(あるいは、そんなことは関係ないのか。なぜ鏡を使うかの理由など、鏡を何度使うかなど、妖精は気にしてもいない……?)


「せ……セレノウのユーヤさま、これは……」

「心配いらない」


ユーヤはシジラを強く引き寄せ、強風に耐えるかのように低く身構えて言う。


「こいつらは行儀の悪い野犬に過ぎない。双王が勝てば消えるはず」

「し、しかし、最後の問題、は……」

「分かっている。君が心血を注いだとっておきの難問だろう。だが、僕も双王に秘策を授けた、それが使えるといいんだが……」


言いながらもユーヤは考えている。あの超常的な時間は過ぎ去り、限界まで脳を酷使した反動によって意識が朦朧としはじめていたが、それでもまなじりを絞って思考する。


そしてふと、一つの連想が。


(――使われた・・・・がって・・・いる・・、としたら)


(妖精にとって、鏡を使われること自体が利益であるとしたら)


(妖精の鏡とは、人と妖精の契約とは、一体……)


「……信じよう」


色彩の大渦の中で、ユーヤは自分自身に言い聞かせるように言った。


「双王が勝つことを信じるんだ。回答者でない僕たちには、それしか許されないのだから……」







「さあって! いよいよですよ、最後の問題ですねえ」


老練そうな浅黒い老人、ミモタ氏はステージを大きく動きながら言葉を並べる。


「んー! いやさすが双王様、見事に四問連続正解! しかしですよ、ラジオを聴取されてます奥様方、ここからがある意味本番! 第五問はズバリ! 果物です!」


左右から大きな籠を持った女性が出てくる。乗っているのは山積みにされた種々の果物であり、ミモタ氏はリンゴを持つと、がぶりとかじりとって白い歯を見せる。

70を超える人物であるが、中高年女性に熱狂的なファンが多いらしく、そのまぶしい笑顔に黄色い声援が飛んでいた。


「これもう古い話らしいんですけどね、パルパシアのむかーしの王様が、収穫されたリンゴを見て、これはいいやつだ、これは悪いやつだと判断する、それが大事な仕事だったらしいんですねえ。さあそこで奥さん、では課題はリンゴなのかというとこれが違う!」


さらに現れるのは黒い覆いをかけた籠。


双王はというと司会者のテンションについていけない風で、大胆に足を組みつつ椅子にふんぞりかえっていた。ミモタ氏に熱狂する世代ではないらしい。


「リンゴやブドウなんかじゃ当たり前すぎて面白みがないってんでね。今回用意しましたのは、これです!」


覆いが除かれる。

それは黒一色の果物、やや上部が尖っており、下部からはヒゲ根が生えている。まるで焦げた玉ねぎのような造形である。


「なんじゃ……? あれは」

「見たことないのう」


「これはですね、花填ファティヤン伏烏フーウーと呼ばれますラウ=カン原産のフルーツです。あ、見たことない? そこのお嬢さんも初めて見る。そらそーです。棋山クィザンの奥地で細々と食べられてたフルーツですからねえ」


黒い横断幕がステージに掲げられ、そこに銀写精シルベジアの映像が投影される。

現れるのは城のように大きな大木。唐辛子のように、細身の真っ赤な花を大量につけている。

もしユーヤがそれを見ていたなら、サンゴシトウ(デイゴ)などを連想したであろうか。

そして枝の一本に、カラスがうずくまるような、黒い球体が。


「これは一種の寄生植物でして、このように樹齢数百年の木にコブとなって寄生します。果物のように果肉をたっぷり蓄えますが、天然物がなかなか見つからないので、ラウ=カンですらほとんど食べた人がいなかったそうです。しかし味も栄養もバツグンで、ラウ=カンのお金持ちの間では密かなブームになってたそうですねえ」


そこで、とミモタ氏が手を叩いて画像を切り替える。盆栽のように鉢に植えられた樹に。白衣を着た女性がピンセットで何かを植え付けてる場面だった。


「最近、ラウ=カンではこの花填ファティヤン伏烏フーウーの人工栽培に成功したそうです! 栄養価がやや劣るそうですが、今後は大陸中に広げていきたいと思ってるそうですよ。お値段はかなり高いんですけどね、人工栽培のやつでなんと一個8000ディスケット!」


おお、とどよめきが上がる様子に満足げにうなずき、ミモタ氏は腕を広げて呼び掛ける。


「そしてなんと! 天然物となれば一個十万ディスケットは下らない! さあ! 大陸でほとんど知られていないこの食べ物! しかし双王様なら必ずや天然物を当てていただけることでしょう! 張り切って参ります! 第五問!」


「……はっ、あれが噂に聞く「黒の貴婦人」か。初めて見るはずじゃ」

「とんでもない問題を用意するものじゃ。というより、明らかに食べたことのない品など問題として理不尽と思わぬのか」


双王の疑問はもっともであると言えたが、それは、この樹齢王バズマの儀に本当に何かを賭けていた場合の言い分である。

会場の観客や、ラジオで聞くパルパシア国民にとって、これはあくまでイベントに過ぎない。中止となった妖精王祭儀ディノ・グラムニアのクイズ大会、その埋め合わせの祭りである。


そもそも、一般にとってパルパシアの王位継承権者はユギとユゼしか知られていない。たとえ儀式に失敗しようとも、それで本当に玉座が空位になるなど誰も信じていないだろう。それがために許容される超難問である。


双王は二人とも目隠しをして、そして左右にアシスタントの女性が来る。


「さあ準備はよろしいでしょうか。ではまず「太陽」の皿を」

「ちょっと待て」


腕を組んだまま、ユギが声を張る。


「おや、どういたしました、ユギ王女」

「どーも観客のざわめきが気になるのう。正解と不正解で、食わされるときの反応が変わってしまっては答えの察しがついてしまう」

「はあ、そ、そうでしょうか。いちおう、お客様にもどちらが正解の皿かは伝えてないんですが」

「まあ念を入れるに越したことはない。それでじゃ、我には「太陽」「雨」の順番で、ユゼには「雨」「太陽」の順番で食べさせるがよい、それで憂いはなかろう」

「うむ、実の外見で分からぬとも限らぬからの、念には念をじゃ」


ミモタ氏はちらりとスタッフの方を見たが、それは同意を求めるというより、「そう変更するぞ」という眼の指示であった。司会者歴40数年ともなれば、番組を仕切る手際も達人の域である。


「なるほど! さすが双王様、お気遣いに私、胸が熱くなります。そのようにしましょう!」


混乱を混乱と見せないのが司会者の技か、アシスタントもすばやく応じ、ユゼの側にいた女性が「雨」の皿を持つ。


「さあ、いよいよもってこれが最終問題! まずユギ王女に「太陽」の皿! ユゼ王女には「雨」の皿です!」



そして、双王は――。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今気がついた、ミモタ氏っておもいっきりなあの司会者がモデルでしたかw
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