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第二十一話


あらゆる場所から音が流れ出す。


マディラの歓楽街に詰め込まれた家々から、あるいは階層状になった双子都市のさまざまな広場で。


『こんにちは、健やかなる日常と豊かなる文化を愛するパルパシア公営放送でございます。本日はここ、ユービレイス宮前に設営されました特設会場よりお届けいたします』

「中継番組が始まったっス! 儀式の開始までもう30分もないっス!」

『司会はミモタ氏、アシスタントは当放送局のアナウンサー、ニズモリが勤めます。では中継お渡しします、会場のニズモリさーん』


ユーヤは指を噛みつつ思考する。


「……コゥナ、僕を背負って建物の壁面を上れる? この双子都市ではビルが階層をつなぐ柱ともなっている。網状に敷かれた階層の天井部は、いくらか穴の空いてる部分もあるし……」

「可能だが、おそらく敵がそれを警戒してるだろう。弓を射かけられれば避けられん」

わたくしもできるっス、でもユーヤ様のお命を危険にさらせないっス……」

「……」


ユーヤは川面を見る。川幅はおよそ80から120メーキあまり。そこに散在する船は錨を下ろして停まり、ラジオの声に聞き入ってるように見える。


「……妖精の力で空を飛べないの? 以前に見た、重力を操る妖精の力で」

「あれを呼ぶには大粒のブラックオパールがいるっス!」

「……パルパシアには大型の馬車が走ってる。それは妖精の力で重量を軽減してる。妖精だけをむしり取るとか……」

「無理だ」


コゥナがきっぱりと言う。


「空を飛ぶには重量を95%以上軽減できる妖精が必要だ。これほどの妖精を呼べるブラックオパールは国家が管理している。そもそも産出量が極端に少ない、パルパシアでも片手で数えられるほどしか存在しないだろう」

「前に、ハイアードはイベントでその妖精を使っていたはず」

「それはハイアード獅子王国だからだ。あの国は数多くの玉井ビジオラを持ち、また鉱山の国でもあるのだ」


ユーヤは皮膚が破れるほどに指を噛みしめ、思考を巡らす。

そして、何かを決意するように頭を振って言う。


「……ユービレイス宮があるのはティアフル側なんだね、それは今いるここでいいのかな」

「そうだ、ティアフル&ファニフルはほとんどの行政機関が両方にあるが、王宮と議会だけはティアフル側にある」

「わかった。コゥナ、先に上に戻ってくれ。君一人ならマフィアに警戒されてないかも知れないし、襲われても逃げつつ上に行けるはずだ」

「分かった。ユーヤよ、双王に伝言があるならコゥナ様が聞こう。何ならそこらへんの家から藍映精インディジニアを盗んできてもいい」

「いや……」


ユーヤは薄灰色リボンのメイド、カル・フォウを見据えて、決然と言った。


「カル・フォウ。僕と来てくれ、川を渡る」







同時刻。


広大な石の大地が広がる双子都市の最上層。

ユービレイス宮の前には仮設のスタンド席が作られていた。

階段に組まれた七列の席がコの字型に並び、正装した貴賓客が詰めかけている。

スタンドの全長はおよそ200メーキ、収容人数およそ1400人という規模である。中央には楕円形のステージが組まれて、神殿のような円柱で装飾されている。

ステージと客席の間には七色のバラが植えられ、背後には楽団も控えていた。もちろん周囲には色とりどりの妖精を飛ばしている。


詰めかけた観客たちはオペラグラスを持ち、いよいよ始まるであろう130年ぶりの儀式を、そして全国民に向けられたこのクイズイベントを心待ちにするかに見えた。あるいは全世界規模で同じような期待が渦巻いていたことだろう。


「さー! いよいよ始まろうとしておりますこのイベント! どうかなニズモリちゃん、君は樹霊王バズマの儀式って聞いたことある?」

「はい! もーしわけありません! 私のおばあちゃんは知ってるって聞いたんですけど、それも本当の儀式じゃなかったらしくて」

「そうだねー! イベントとかでは儀式をマネしたクイズたまーにあるけどね。ガチンコで王位継承を賭けちゃう、しかもそれを国民に公開しちゃう! いやさすが双王様。私、感動しちゃったよ」


司会者はと言えば、これは70がらみの小柄な老人。真っ黒に日焼けしており、サングラスと赤のジャケットを小粋に着こなしている。顔の皺の数の割には陽気であり、若々しい気配がみなぎった人物である。

もう一人は女性であり、20手前の利発そうな人物だった。若草色のワンピースを着て、老人の補佐を務めているようだ。

女性の側はパルパシア公営放送のアナウンサーであり、老人の方は誰もが知る大物である。


「ご準備はよろしいですか、双王」


王宮の一室、窓からその様子を眺めつつシジラが言う。双王はソファの上で大きく足を組み、尊大に言い放つ。


「ふん、一日でよくここまで準備したものじゃ、まさかミモタ氏まで呼ぶとはのう」

「あいつこの時間は民放の生番組ではないのか、よくオファーできたの」


ふ、とシジラが口元を隠しつつ笑う。

シジラの周囲には黒スーツの男たちが何人もいる。そしてユービレイス宮に常駐している騎士は、その八割以上が退避させられていた。すべてシジラの要求を飲んだ格好であるが、双王としてもユービレイス宮での刃傷沙汰だけは避けたかった。

あるいはその発想こそが、長すぎる平和に浴したこの時代ならではの感覚だったやも知れぬ。


「なるべく豪華な舞台を、と要求されたのは双王でしょう。その方が工作の疑いがなくなるからと」

「ふん、確かに言う通りに仕上げたようじゃの。お主の用意した課題とやらも業者の眼を通しておるし」

「本当の一流品でなければ儀式が成り立たぬというものです。掛け値なしに最高のものばかりご用意させていただきました」


双王は互いに数秒だけ視線を絡ませ、そして揃って立ち上がる。


「分かった。もはや逃げも隠れもせぬ」

樹霊王バズマの儀式だろうが何だろうが受けてやろうぞ」

「ご健闘を期待しております」


シジラのその発言はさすがに白々しいにも程があると言うものだが、双王はばさりと扇子を鳴らし、不快を表すにとどめた。


「ユーヤには手は出しておるまいな」

「もちろん……大事な人質です。さあ、愛すべき国民が首を長くしております。どうぞ華々しき舞台へ」


双王は頷きあい、そして自室を出る。

ユービレイス宮は王宮としては小さい。二人はしばらく歩き、王宮の正門へ。

巨大なドアを二人の衛士が押し開ける。開くごとに隙間から圧倒的なまでの歓声と、陽の光が漏れ出してくる。


「さあ! それじゃーそろそろお呼びいたしましょうかあ! パルパシアの誇る二粒の宝石、ユギ王女とユゼ王女、どうぞお出でください!」







「でも、そもそも双王が儀式を成功させればいい話っス」


ユーヤは人力車に揺られていた。

大八車を改造しただけのようなシンプルな人力車であり、本来は第一層だけで使われるものだ。カル・フォウがいくらかの現金を持っており、車夫の男から買ったものだった。


人ひとり乗せているのにほぼ全速力で走っている。しかも階層の間を結ぶ巨大なスロープを息も切らさず登り、さらにユーヤと会話する余裕まである。改めてこの世界の人々には驚かされる、とユーヤは思う。


「儀式はたった五問っス。ワインに肉に、えーと楽器と舞踏と、最後にくだもの。双王なら一流のものもたくさん食べてるっス」


カル・フォウはそのように言うが、ユーヤはとてもそのように楽観視はできない。

言葉を探すようにしばらく視線をさまよわせ、そしてメイドの背中に向けて言う。


「……僕の世界で、定期的に行われていた大規模なクイズイベントがあった。数万人を集め、長い期間をかけて闘う壮大なものだった」

「数万人っスか、すごいっス」

「もちろんそこには名だたるクイズ王たちが集まっていた。並のクイズなら絶対に脱落しない王たちが、鬼門と恐れるクイズがあった」

「それは何っスか?」

「二択クイズだ」


思い出す。数多くの賜杯を、王冠をかき抱いてきた王たちが、灼熱の戦いの中で敗北の泥にまみれるさまを。


「二択には魔物が棲む。どれほど知識を磨いても、落ちるときは落ちる。まるで人の力の及ばぬことわりが働くかのように。悪魔がそっと耳元で囁いたかのように」

「お、恐ろしいっス」


そして思う。

シジラとて人生を賭けている儀式。何も策を講じていないはずがない。


ユーヤが体重を右に傾ける。同時にカル・フォウが力任せに人力車を傾け、片足走行になって大型の馬車を回避する。


「おそらく、カギは最後のくだものにある」

「くだもの……っスか」


登るうち、段々と妖精の光が太陽の光にとって変わるような感覚がある。格子状になった天蓋から太陽の光が届いているのだ。


「でも双王だって贅沢なものたくさん食べてるっス、食べたことのあるものなら」

「そこだ」

「へ?」


ユーヤはシジラの思考がトレースできるような気がした。

この儀式で、あのクイズの天才児たちを出し抜き、誤答させるための仕掛け。

存在するとすれば何か。


「双王は王族だ。その生活は常にたくさんの人々に囲まれてる」

「はあ、もちろんっス」

「ならば、双王が今まで食べたものは、すべて・・・記録されてる・・・・・・んじゃないか?」

「あ……!」


足は止めぬまま、虚を突かれた声をあげるカル・フォウ。


「そ、そうっス。セレノウでもそうっス。ティディルパイル国王陛下のお食事はすべて記録されるっス。万が一の毒殺の警戒のためとか、健康を害された時のためとか」

「人間が一生で食べられるものの数なんてたかが知れてる。シジラは双王が食べたことのないものを用意できるはずだ。しかも、そのような超難問でも不自然にはならない。なぜなら二択だし、意外性のある問題なら観客も沸くからだ」

「あ、ありえる話っスけど、でも所詮二択っス。双王ならきっと、強運も持ってるっス」


確かにそうだろう、双王の天運はユーヤも疑ってはいない。

だが、あの闇色の美術商。


かのハイアードの事件において暗躍し、このパルパシアで双王を勝負に引きずり出した手際。

もし、運命が味方するとすればどちらか。


これは、運命を競う勝負。

女神が捧げ持つ運命の天秤。どちらがその皿に多くを乗せられるかの勝負だと理解する。重いのは双王のこれまでの人生か、それともシジラの人生か。


(それに、干渉するのか)


(あさましい技術で……)


ユーヤはきつく眼を閉じ、余計なことを考えまいとする。


「まだ着かないか」

「も、もう第六層っス、あそこに見える大スロープを登りきれば最上層っス」


だが、それはファニフル側のことだ、とカル・フォウは思う。

言われるがままに最上層まで来たが、ユービレイス宮はティアフル側にあるのだ、どうやって王宮まで行く気なのか。

都市の裂け目は100メーキ近くの吹き抜けになっている。鳥でもない限り飛んでいけない。


コゥナと何やら相談していたようだが、一体どんな方法を。


「……ラストスパートっス、捕まっててっス!」


余計なことは考えまい、とするのはメイドも同じだった。

命じられるままに駆ける。

多くの人々が家でラジオを聞いているため、大通りを含めてほとんどの道はがらがらである。



メイドはひときわ強く大地を踏みしめ、そびえる坂を一気に駆け登った。



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