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第十六話



円舞台に琥珀色の糸が落ちる。


それは天井近くから垂らされる蜂蜜である。見れば円舞台には色とりどりの宝石や花、木片や陶器のカケラなどが散らばっている。


妖精劇フェザニアをご存知ですか?」

「いや……」


蜂蜜の柱が舞台に注がれるとともに、色とりどりの妖精が集まってくる。羽のあるものとないもの、角の生えたもの、獣のような容姿をしたもの、衣服を着ているものや裸のもの、光や音を放つもの。


「家の中にあるものを心を無にして集め、ひとところに山と積んで蜂蜜を注ぐという遊びです。特に役に立たない雑多な妖精ばかりが集まるのが常ですが、それを行う人物がどのような暮らしをしているのか、素直な心を持っているか、不安を抱えていないか、そういうことが妖精劇フェザニアの出来を左右すると言われています」

「優雅な遊びだ」


ユーヤはシートに浅めに腰かけ、シジラの方を見る。


「ずっと僕を見張っていたのか」

「ホテルでお会いしたことは本当に偶然です。ギオラの美術館で会ったことも。ですが運命と思っていただけませんか。私はいずれあなたに接触するつもりでしたが、意図せずして相まみえるなどと」

「サフォン・ホテルは外国人の滞在するホテルだ、あそこで張っていれば会えるのは当たり前、説得力に欠けるな」

「ふふ……」


シジラはその豊かな体を黒い衣服で包み、深く息を吸いながら笑う。それは己の落ち着きを表現するようでもあったし、ひそかな興奮を隠すようにも見えた。


「なぜ鏡を求める」

「ユーヤ様、どうか誤解なさらないでください。私は本当にこの国を愛しているのです。本当に美しく、尊ぶべき歴史のある国だと」


そっと手を重ねられる。驚くほど体温が高いが、それはユーヤがもともと血の気の少ないためでもあろうか。


「私のことはご存知ですか。国を出たよしを」

「双王に聞いたよ」

「私は国を出たあと、世界をめぐりました。シュネスにて古代の遺跡を歩き、遠くヤオガミの刀や鎧も見た。その中で私は知遇を得たのです。かのハイアードの王子と」

「……」

「王子は言われました。これは世界に憂いを招く器物であり、しかるべき国が管理せねばならぬ物だと。私は王子の考えに賛同し、わずかながらその手伝いをさせていただいたのです」

「……まさか、フォゾスの鏡」

「その通り……」


フォゾス白猿国。その地にあった鏡は、ハイアードの手によって偽物とすり替えられる事態が起きていた。あれは今ユーヤが所持しているものより完成度の高い贋作、フォゾスの姫ですら、本物と比較しなければ偽物と確信できなかったほどの物だ。


考えてみれば、鏡の入手は美術品という側面からアプローチされていた。シュネス赤蛇国においては鏡の伝承が失われ、博物館の膨大なる収蔵品の一点であったものを、ハイアードが言葉巧みに買ったのだ。


円舞台では妖精が集まっている。半透明の建物のようなものが生まれたり、鈴虫のような鳴き声がしたり、蔓草が舞台の外周に沿って生えてきたりと、ささやかで奇妙な事象が次々と起こり、何かしら一個の世界を形成するような、架空の世界の栄枯盛衰を眺めるような気分になる。


「分かっているのか……あれはフォゾスでは祖先の眠りを象徴する宝だぞ。国同士の争いにも発展しかねない行為だ……」

「どうかお許しください、あの時はそれが真に正しい行為と思えたのです」

「反省しているとでも言うのか、ならば、なぜ今なお鏡を求める」

「それは……」


シジラはユーヤの側に体重を預け、その肉付きのいい肩をぴたりとすり合わせる。それはややもするとふしだらで甘えきった格好であったけれど、眼の前で妖精が繰り広げる不思議な光景によって、人が寄り添い合うことが当然と思えるような気配があった。あるいはシジラは、そうして有無を言わせず己のしたいようにするのが得意な人間でもあった。


「この大陸において、もはや巻き戻せぬ時代の歯車というものを感じるからです、ユーヤさま……」

「……」

「だからこそ、お呼びしたのです、双王を」

「何……」


かつ、と高く鳴り響くヒールの音。

ユーヤがはっと振り向けば、己の背後にあおあお、パルパシアの双王がいた。鷹揚に背筋をそらし、ユーヤ達を見て鼻を鳴らす。


「ふん、最初から我らに話を通しておけば良いものを」

「こっそりと鏡を奪おうとするなど、本来ならそれだけで重罪ものじゃぞ、シジラよ」


ユーヤの頬が緊張にこわばる。


「……話が早すぎる。双王、いったいいつここに」

「……ん、まあそこはほれ、我らは仲間はずれにされるのが嫌いじゃし」

「君たちも来てたんだな、この第一層に」


双王はばつが悪そうに目をそらすものの、シジラの前でもあるためか、堂々とした構えは崩さない。

ユーヤは席から立ち上がり、眼力を強めてシジラを見下ろす。


「双王がここに来ているのを察して、交渉しようと呼び出したわけか。僕が偽物を持ってきていることも察していたと、そういうわけなんだな」

「お許しください、所詮は浅ましき美術商のはかりごと、思いつくままに動いてしまった愚かさをどうかお笑い下さい」


(この女)


したたか、という次元ではない。

この女は自分の言っていることが分かっているのか。あまりにも厚かましい、しかも慇懃無礼でありながら、そのぐらい許すのが当然だろう、という傲慢さが見える。どこでどう間違ってユーヤの身に危険が及んだかわからないのに、そういう一切合財をとっとと水に流せと言わんばかりである。


(元は王族だからか、いや、そうじゃない)


(どう転んだとしても自分の目的が果たせると確信している、これはそういう余裕だ。一の矢、二の矢が折れても問題なく三の矢、四の矢が打てる、そういう笑みだ。一体どこまでの用意を)


では・・目的とは何か・・・・・・


ユーヤがそれについて考える暇もなく、双王との間で話が持たれている。


「双王様、私は危惧しているのです。大陸全土に散った七枚の鏡、それがこの大陸において大いなる災いとなることを」


白々しい、とユーヤは思う。

確かにハイアードの一件で、多くの人間が鏡の存在を認知した。それが大陸に憂いを生むであろうことはユーヤも予想していたことだ。

だが、一度は鏡を盗ませようとした女が、真正面からそれを口にするとは。


「此度のこと、私の一存ではありましたが、すべてはパルパシアの百年の安泰を考えてのことです。どうしても、一つだけ確かめておかねばならぬことが」

「回りくどいの、いったい何が知りたいというのじゃ」

「それは、鏡の神秘」

「ほう」

「パルパシアでは鏡の伝承が失われておりました。どのような神秘を示し、天変地異を引き起こすのかを、それを是が非でも知っておかねばならない。それが今後の世界情勢において不可欠な情報となるでしょう。双王においても関心のなかろうはずはありません」


そのシジラの首に、ユギ王女の羽扇子が当てられる。


「分かっておるのかシジラよ、その言葉の意味が」

「そこまで妖精の鏡ティターニアガーフのことを知っておるのじゃ。よもや、神秘の代償について知らぬはずはあるまい」

「存じております。現王か、第一王位継承権者の身柄を10年、妖精の世界に連れ去る……」

「ならば」


ひときわ語気を強めかける瞬間。シジラがぱん、と手を鳴らす。

すると新たな人間が登場する。薄灰色のロングドレスをまとった若い女性である。


「誰じゃ、そいつは」

「いや……どっかで見たことあるのう、確か遠縁の娘じゃな」


その娘は自分は場の主役ではない、と言うかのように、ひざまずいて控えめな礼をする。


「かのハイアードの王子が語っておりました。妖精の鏡ティターニアガーフを使う条件、第一王位継承権者とは、ある程度は人間が恣意的に決めることができる。書類の上だけのことでも、妖精はそれに逆らうことはない、と。であれば、この娘を妖精への供物にすることもできるのです」

「この娘を王位継承権者とすると言うのか」

「お察しの通りです……ほんの一筆、一時的に王権を授受すると記していただければ、それでおそらく通ることのはず。もちろん、これは王位の簒奪などという話とはまったく無縁のこと、双王のお立場が揺らぐおそれは毛の一筋ほどもございません」

「ふむ……」

「もちろん、この娘には十分に因果を含めております。10年を終えてのち、その空白を補って余りある財産と地位を与えましょう」

「なるほどのう……」


(……)


ユーヤは、彼としては比較的珍しい表情をしていた。

ぼんやりと口を開け、庭木や漬物石にでもなったような気の抜けた表情。


(彼女は……)


それは端的に言うなら、呆れ果てていたのだ。


(頭がおかしいのか……?)


この交渉、もし双王が飲まなかったらどうなると思っているのか。国家への反逆と取られても仕方がない。

鏡の効果を知りたい?

そんなことのために、人生を台無しにしかねない賭けを打つのか。それがパルパシアのためだと。


そんなことを・・・・・・誰が信じる・・・・・


妙に演出ぶってはいるが、あまりにも粗雑で二転三転している作戦である。最初は間違いなくユーヤを拉致しようとした。失敗したなら次は鏡を買おうと言い出した。そして偽物を持ってこられたら、今度は双王への直接交渉。その作戦の変遷をきわめて短時間で行っている。

もはやシジラの言葉など誰も信じるはずがない。それを理解していないはずがないのに、ただ己の交渉力というか、滲み出すような場の支配力を信じ切ってでもいるのか、相手は双王だというのに。


「話は分かった。シジラよ、お前がパルパシアのために心を砕いたことは理解しよう」

「多少、その行動が先走ってしまったことも勇み足と笑ってやらぬでもない」


(まさか)


使うというのか、鏡を。


「では……双王様」

「うむ」



「――断る・・



それは、これ以上ないほど完璧にシンクロした声だった。容赦なく躊躇ためらいもなく、何かを笑い飛ばすような快活さのある言葉である。


「……双王、なぜ」

「理由はいくつかあるが、まずシジラよ、お前は疑わしい」

「鏡の効果を知っておきたいのは否定せぬが、もはや王籍に関係のないお前がそこまで踏み込むこととも思えぬ」

「それに何より、この娘よ」


シジラは、さすがにこの謎めいた美術商でも声が強ばることを抑えきれていなかったが、つとめて冷静に言う。


「この娘が何か……」

あまりにも若い・・・・・・・

「それに見目も良い。この娘を妖精に差し出すなど以ての外というもの」

「十分に因果は含めております。もし若すぎることにご不満なれば、もっと年嵩としかさのものを……」

「ハ、そういう問題ではないわ」


双王は、それは本当に笑い飛ばしたいような豪放な様子で言う。


「この娘が人生の10年を捧げてでも財産を手に入れたいなら」

「それはこの娘が愚かしいか、あるいはお前が無理強いしておるだけのこと」

「この世の一切の宝も、よろこびも、それはすべて人生という宝の一部に過ぎぬ」

「たとえ鏡によって得られるのが宝石の山だろうと、黄金の川であろうと」


その羽扇子がものを斬る軌道で動き、あさましき人の世の有象無象を薙ぎ散らすかに思える。



「人間の10年と天秤になどかけられぬのだ! 分からぬのか! 愚か者が!!」



言い放つその言葉に、シジラがわずかに歯噛みする気配を見せる。ユーヤ以外には気づかれないほど一瞬のことではあったが、苛立ちの感情が滲んでいた……。




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