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第十三話




「さあさあ、これが最後の問題ですたーん、ではユギ王女、こちらへどうぞー」


スポットライトの下、原色の鮮やかな衣装で司会者が腕を振る。


「ふ、これはもう勝負あったのう。五歳の子供でも分かる問題、その縛りが裏目に出たかの、ユーヤよ」


言いつつソファから立ち上がり、光の柱へと向かうのはユギ王女。

ユゼ王女の方はそれを見送りつつ、おずおずとユーヤに声を投げた。


「ふ、ふふ、どうじゃユーヤよ、このままなら我らの勝利よ」

「……」

「あ、あの、なにか言うてくれ、コワいから」


ユーヤは暗がりの中、ソファに座って指を揉み合わせる。そして口中でずっと何かを呟いている。

それはユーヤの行う集中の副作用でもあるのか、独り言を抑えることが疎かになるようだ。左右の人差し指の腹をすりあわせ、指紋の溝すら感じ取るほどに感覚を絞る。


「……人間を」

「な、なんじゃ? 何か言うたか」


ユゼ王女は大きめの焚き火から遠ざかるように、身を引きつつ尋ねる。

だがユーヤには聞こえていないようだった。指をひたすらにすり合わせながら、深い意識の底に沈んでいくかに見える。



「……人間を、超える技を……」





「双王に勝てる問題なんてあるっスか?」


ホテルの居室。ぽつねんと尋ねるカル・フォウに、ユーヤは少し声音を落として答える。


「双王はまさに天才肌のクイズ戦士だが、それゆえの弱点もある」

「それは?」

「……常識の壁、というものだ」


常識の壁。

召喚の秘儀に組み込まれているという自動翻訳、それによって言葉は伝わっているが、意味までは浸透しないようだ。二人のメイドは顔を見合わせる。


「人間はいろいろな常識に支配されている。それは幽霊を見るような話に近い。それがちゃんと目に見えているのに、常識で幽霊などいるはずないと思いこんでいるがゆえに、見て見ぬ振りをしてしまう。あるいは幽霊などいなかった、見間違いだったと強く思い込もうとする……」

「な、なんかめっちゃ怖いっス……」

「……ゆ、ユーヤ様にはその幽霊が見える、と言われるのですか」


カヌディが問う。その小柄ながらもひたむきな、か弱いながらも真摯な様子にユーヤはあの姫君を連想する。それはセレノウの国民性なのだろうか。多くの人が実直で、純朴という印象がある。


「そう、人間にはもっと大きな可能性があるんだ、常識の壁を打破した者こそが……」


瞬間。


視界が暗転する。

虚血により意識を失ったのかと思った。地面を一瞬だけ見失い、膝を曲げて着地・・する。


「ゆ、ユーヤさま……?」

「大丈夫……」


幻視。


そこは小さなアパートの一室。ろくに歩き回ることもできない、ものに埋もれた部屋。


(なぜ)


それは前ぶれなく襲う激烈な頭痛のようだった。過去のどこかから放たれた矢が、己の延髄に突き刺さるような感覚。


(なぜ、今になって思い出す)


ドアを開ければアパートの狭い一室。その部屋にはものが溢れている。

雑貨、文房具、食器類、ユーヤにすらそれが何か分からぬ小物類。

その一つ一つに付箋が貼られ、名称が書き込まれていることに奇妙な感覚を覚える。


部屋の外からそれを見ているのは過去の自分。粉雪が部屋の中へ吹き込み、ユーヤは声高に叫ぶ。



――大丈夫か



部屋の中央に誰かが倒れている。それしか服がないわけでもないのに、自己を証だてるようにいつも着ている漆黒のセーラー服。スカートの裾が大きく広がって闇色の湖のように思われる。



――いったい何時間やっていたんだ



部屋の中央には黒布で覆われた箱。同居人はぐったりと弛緩して、ひび割れた唇で静かに息をしている。



――異常だぞ、箱の中身当てはそこまで極めるようなものじゃないはずだ、それでテレビに出られるわけでもないし……



確かに、種類を問わずあらゆるクイズを検討した。そこに技術的要素があるかを考えることが好きだった。

しかし、取りつかれたように練習することに何の意味があるというのか。大会などあるわけもない、こんな余興のようなクイズに。


(なぜ、今になって)


視界が明滅している。

認知と記憶が混濁する。

どちらが真実なのかが曖昧になる。


それは、思い出と言うにはあまりにも生々しく、痛ましく、そして狂おしい記憶。

もはや過去のことなのに、なぜ今になってこんなにも色濃く思い出すのか、四肢の自由が効かなくなるほどに。

あるいは己の手足は、あの時代に置き忘れたままなのか。

彼女の細く、寒々しい手足を抱きとめたままなのか。



――人間を



その唇が動いている。

そのささやき、部屋の寒さまでありありと伝わる、五感を上書きするような幻視。



――人間を、超えたいですね、七沼さん



(人間を超える、そんなことが、あるはずが)



――人間を超えれば、きっと

――悲しいことや、辛いことなど、意味をなさなく、なるでしょう



「ユーヤさま!」


背中から、脇に手を入れられて支えられる。カヌディは上級メイドと言うだけあって、小柄ながらしっかりとユーヤを支える。


「ど、どうなさったのですか、まさか、お体が」

「大丈夫……」


景色はホテルの居室に戻っている。上等な絨毯と壁にかけられた名画らしき絵、自分などには似つかわしくない一流の客室。

この世界のほうが現実なのだと、幻視の風景はすでに存在しない過去のものなのだと、意志の力でそのように認識を上書きする。


「人間を超える」

「え……?」


ユーヤは、彼自身が今の己の呟きに驚くかのように眼をまたたく。実在を確かめるかのようにカヌディ見つめ、己の舌の在り処を確かめるように口を動かす。

それは過去からの啓示か、あるいは呪いか。


己の中にまだ闇が棲んでいるのかと、そのように思う。そして自嘲を交えるかのように、地面に向かって言葉をこぼす。


「そう、人間を超えること、それが双王に勝つための条件……」





「……これは」


ユギ王女の膨らんだ髪、その毛先が僅かに跳ねる。

そのわずかな気配の変化を、果たして何人が感じ取ったのか。


「さあさあ、これが最後の問題ですたーん。がんばってお答えいただきたいですたーん」


この空間の外周、黄色ハッピを着て腰だめに構える集団はパルパシアの王宮付き騎士団だという。賑やかしとして配置されているものの、この時代にあってはいち観客としてクイズに熱狂する感情も持っている。


「……おい、あれって」

「問題を用意したのは誰だ、あの業者か」

「王宮の使用人たちと業者が話し合って決めたはずだが……」


ざわざわと、そのようなざわつきは十分にヒントになりうる行為だが、羽虫の飛ぶような形のないざわめきが流れている。


「……」


スカイブルーに金色のモール。ユギ王女は司会者の歌手を見やる。その視線に少し強い光が混ざっていたが、司会者は気が付かないのか、それとも平静を装っているのか、片足を胸の高さまで挙げてくるりと回る。バレエダンサーのような動きである。


「お答えいただけますたーん?」

「黒板を寄越すがよい」


がりがりと記入し、それを台に伏せる。司会者は何か妙な空気を感じぬはずもなかったが、プロ意識としてことさら大きな動きで進行する。


「さあ、ではセレノウのユーヤ選手、こちらへー」


入れ替わりに暗がりから出てくるのはタキシードの男。パルパシア風のドレスシャツで飾っているが、この美と退廃の国にあっては少し気配が重たい印象である。


彼はざっと観客の側を眺め渡す。何やら様子がおかしいことは察しているが、スポットライトの中では明暗差のせいで観客の顔が見えない。


「さあ、お手をどうぞですたーん!」


中を探れば、そこにあるのは細長い物体。


(これは……鉛筆? 少し長いようだが)


箱の中にゆっくりと手を走らせるが、他には何も見当たらない。


(形状は……長さ20リズルミーキ(約20センチ)ほど、太さは1リズルミーキ弱、全体は樹脂のような硬いものでできている。形状は角柱……四角柱か。その表面に……)


指の腹を走らせる、皮膚の痛点を刺激する感覚、そして冷点にもひやりとした感覚が走る。


(これは何だ。角柱の表面に、角張ったものが埋め込まれている。金属だとしても表面にさびは感じられない、自然石か……?)


重量を探る、箸よりも重いが、全体が金属とは思えない。


(つまり……樹脂でできた角柱の表面に、角張ったものが埋め込まれている)


上下の端を探れば、片方は平たい、そして片方は尖っている。


「……」


瞬間。尖った部分を人差し指でぐっと押す。ほとんど無意識の反応である。


(指が刺さらない……この強さで刺さらないなら頂角はさほどでもない……)


あまりにも意味不明な情報ばかり。ユーヤは脳漿を絞りながら思考する。


(最大の謎は埋め込まれている石のようなものだ)

(これに何の意味がある? あるいは意味などないのか、単に装飾でついているだけ?)


石の表面に指を走らせる。何もない、つるりとした表面が感じられるだけだ。


(……何も書かれていない。顔料も塗られていない)

(しかしおそろしく滑らか、鏡面仕上げなのか、それとも磨かれた石なのか)


(……)


これは編み針でもないし、何かの大工道具とも思えない。何かを洗う道具でもなければ画材や楽器とも思えない。食器でもないし健康器具のようなものでもない。


(この道具の用途は一つ、先端の突起だけだ)


骨筆こっぴつ、という言葉が浮かぶ。

先端が尖っているだけの筆であり、カーボン紙を使用した筆記に用いたり、紙に強い筆圧をかけることで溝を刻み、光に透かすことで読める文字を書くことができる。擦筆さっぴつとも言う。


(カーボン紙の発明は確か1800年代初頭、この世界にも存在していて不思議はない)


だが、そう書いてそれが正解なのだろうか。


(……あとは)


神経を絞る。指先の一点に感覚の全てを振り分けるように、聴覚や味覚をも遮断するような集中。

そこに何を読み取るのか。


そして数秒後、ユーヤは箱から手を抜く。


「黒板を」

「はーい、回答お願いしますたーん」


どうしても、最後の一線だけは勇気で越えねばならない。

思う答えを書き付け、黒板を伏せる。


「はい! ではこれでお二人の回答が出揃いましたーん! 最終問題ですのでこの場で発表しまーす、双王さまも前へいらしてほしいですたーん」

「うむ、五問などあっという間じゃの」

「さ、うたたん星人。はよう解答をオープンするがよい」

「はーい、ではまず、答えとなる品物はこれですたーん」


箱の前面にはまったガラスを外し、司会者が取り出すのは大きめのペンである。

全体は象牙でできており、そこにエメラルドが埋め込まれている。


「はいっ、これは骨筆ですたーん。砂箱に文字を書くペンですけど、これは見事な美術品ですたーん」

「砂箱……そうか、砂の入った箱をノート代わりにする習慣、それが残っているんだな」

「うむ、ユーヤのいた土地では珍しいものかの? パルパシアやシュネスではまだ現役じゃ、書いて消してが簡単じゃからの。幼児教育などで使われるのう」


「では! お二人の答えを確認いたしまーす!」



そして示された答えは――。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ~サイコロの表面に指を走らせる。何もない、つるりとした金属表面が感じられるだけだ。 埋め込まれている角ばった物をサイコロに見立てて触れているような記述なのですが、それまでのナニカを探っ…
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