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第十二話 +コラムその10


スポットライトの真下に来ると、この半球型の空間は非常に広く感じる。

パルパシアの富豪の家ではこのような半球状の空間がよく作られる。それはパーティルームであると同時に、あの藍映精インディジニアのシアタールームでもある。

さらに言えばここは天体観測もできるようだ。この双子都市では贅沢な娯楽だろう。


「はーい、ではそちらの箱に手を突っ込むたーん」

「……」


真上からスポットライトが当たっているため、観客はあまり見えない。また観客からも中央のユーヤしか見えていない。世界から演者のみが特別な役割を授かるような演出。ユーヤはゆっくりと手を挿し入れた。


(金属製、この形状はなんだ?)


手のひらをくの字に曲げたまま、指をあまり動かさずに全体をぺたぺたと触り、形状を把握する。


(獅子の頭だ)


(間違いない、何か猛獣の頭。口が閉じられている。首の半ばから切れていて、電球のようにネジが切ってある)


(しかもこの獅子の頭は右側面が磨耗している。間違いない、これは)


しばらくいじり回した後に手を抜き、黒板に記入。二つの黒板を伏せ、星をペイントした司会者が大きく回る。


「はーい! では答えおーぷんですたーん!」



ユーヤ『ドアノブ』

ユギ王女『ドアノブ』



「そのとーり! ドアノブでしたーん! どちらも正解ですたーん!」

「ですたーん!!!」


ハッピ集団の胴間声を受けつつ、ユギ王女がにやりと笑う。


「ふふん、まあこのぐらいは当ててもらわねばの」


ユギ王女はソファにふんぞり返り、余裕の笑みである。ユゼ王女の方も双子の片割れが戻ってきて調子を取り戻してきたのか、なんとか笑みを見せる。


「そ、そうじゃな、問題は全部で五問用意されるらしいの。果たしてユーヤについてこれるかのうふふふ」

「どしたんじゃユゼよ、なんかぎこちないぞ」

「……い、いや別に」


「はーい! では第二問いきますたーん! 今度はセレノウのユーヤ様、こちらへー」





「箱の中身当てクイズには、いくつかのセオリーがある」


サフォン・ホテルにて、メイドが急ぎ用意した暗箱を前に語る。

それはカヌディたちへの解説というより、ユーヤ自身がセオリーを思い出すための講義だった。


「まずは箱の内部全体を探ること。一つの物体で構成される物とは限らないからね。他にはおっかなびっくり触らないこと。早押しでない場合は、分かったと思っても全体を丁寧に触ること、などだ」


箱の中身はマグカップ、ユーヤは眼をつむりながら探る。


「でもそんなんで双王に勝てるっスか? 双王はそのクイズ大の得意みたいっス」

「……僕は以前、仕事上のパートナーと一緒に、色々なクイズを検討した時期があった」


思い返される。

それは、世界と時間を隔てた遠い思い出、幻のごとき蜜月の時代。

ユーヤとパートナーに大きな共通点があるとすれば、どちらもテレビの虫だったことだろう。二人は生活を共にし、あらゆるクイズ番組を見た。そしてあらゆるクイズを検討し、技術的な介入要素を探すことが趣味のようになっていった。


カヌディが拳をきゅっと握りつつ問う。


「け、検討……ですか? それは、どのような」

「……検討におけるコンセプトを、一言でいうとこうなる。『天才は何をやっているのか』だ」

「天才……」


ユーヤは過去を思い出すように視線を上にそらし、言葉を整理しつつ語る。


「そう……世界には天才がいる。難しいことを感覚でこなしてしまう人。本質を直感で言い当ててしまう人だ。箱の中身当てクイズの攻略とはすなわち、天才の感覚を技術に落とし込むことにある」

「か、感覚を……?」

「箱の中身当てクイズは才能が最も顕著に出るクイズだ。分かる人は一瞬で分かるが、そうでない人間は15分ほどこねくり回しても分からない。なぜなら指から伝わる情報を言語化できないからだ。天才が当たり前のようにやっているそれを、いかに体系化し、練習できる技術的要素に変えるかが肝心だ」


それはカヌディらにも理解できる。

群盲の象を撫でるの話のごとく、一般の人は触感を全体像として捉えられない。

だがカンのいい人間は一瞬で分かってしまう。それはしかし、そういう才能があるから、人それぞれカンのよさは違うから、という理解で、それ以上は疑問に思うこともない。


「それは練習と技術で補える。例えば僕のやり方だが、ものの形状を把握するなら掴むのが一番だ。触ると言うより、色々な向きで掴む方がいい。そして細部は人差し指の腹だけで探る。複数の指を使うと情報が混乱するからだ」

「な、なるほど、さすがの見識です、ユーヤさま」


それは本心の言葉だ。

だが。


「あとはとにかく練習だね……、そんなに長くかからずに、手の感覚から立体を組めるようになる。やがては材質、温度、中身が中空かどうか、磨耗の度合いまで分かるようになってくる。こうして、箇条書きにして一つ一つ把握していくことが、すなわち技術に落とし込むことだ」

「……」


言うことは分かる。


どれももっともな言葉だ。


だが、それでも不安の雲は晴れない。


カヌディはそれを言葉に出せない。疑問を尋ねることができない。

ユーヤの言う技術であるとか、練習で得られるものとか。

それを、つまりは当たり前のようにやれるのが双王ではないのか、と。


ふと視線が絡む。

ユーヤの黒瞳こくどうが己を見ていた。反射的に眼を伏せてしまう。


「……分かるよ。こんなことは初歩の初歩、あの双王ならこのぐらいは生まれもって習得している」

「も、申し訳ありません。不遜な態度を……」

「いいんだ……」


また、気だるげな声をしている。

それは絶望の戦いに挑む兵士の声か、それとも根なし草のままに放浪する旅人の声か。


あるいは、刑場へ向かう罪人。


そのような意味不明な連想が浮かび、カヌディは慌てて打ち消す。


ユーヤはすうと息を吸い、よからぬ予言のように、こう語り出す。


「ともかくは食らいついていくことだ。問題は五問、これだけ問題があれば可能性がなくはない。一つだけ、おそらく一つだけ、あの双王に勝つ問題が存在しうる、それは……」





「はーい、さすがの正解ですたーん、では四問目、またユーヤさまからの挑戦ですたーん」


問題は全五問、双王とユーヤが交互に先攻を取る形で行われる。双王同士も交代しているため、1、3、5問目はユギ王女が、2、4問目はユゼ王女が解答する形となっていた。


これまでは双方とも正解、そしてユーヤが手を入れる先には。


(これは、明らかにサンダル)


(間違いない、小判型の木製の物体に、布製の鼻緒がかかっている。それだけの物体……)


来てしまった、と思う。

これは何かしらの固有名詞を持つ物体。おそらくは民芸品か、デザイン的な特徴から特に名前がついているものだ。これをサンダルと答えるのは不完全な解答となる。


この異世界において、ユーヤがどうあっても太刀打ちできない、この世界にしか存在しない固有名詞を問う問題。それがここで出てしまったのは不幸と言うべきか、あるいは今までがあまりにも恵まれ過ぎていたのか。


(底面に溝がない……完全に平たい)


(いや、一点、裏側から見て中指の真下のあたりに窪みがある)


(親指がすっぽり収まるほどの、クレーター状のくぼみ)


(そうだ、それにこのサンダル、前側が少しだけ厚くなっている)


(これは、もしかして)


「さー、ユーヤさまー、そろそろご解答いただきたいですたーん」

「……」


ユーヤは手を抜いて、眉間に拳を当てて構える。奥歯を噛みながらの深く苦悩に満ちた思考。


そしてユゼ王女の解答も終わり、示された解答は。


ユーヤ『殻割りサンダル』

ユゼ王女『ベルチャブ』


「あーっと! ユーヤさま、ここはベルチャブと解答いただきたかったですたーん! たしかにブリントナッツの殻を割るサンダルですがー! 残念ながらこれは双王さまのポイントですたーん!」


ユーヤの知る世界でのクルミのような、分厚く固く、細かなトゲのあるナッツの実がある。秋口に自然に落ちたその殻はいよいよ固く、古くには投擲用の弾ともされたほどである。

それを踏み割るための靴がベルチャブ。似たような靴はいくつかあるが、シュネスで土産物として売られ、特に靴底が分厚くなっているものをベルチャブと言う。絵本などにもよく登場する、知名度がきわめて高い品だ。

ちなみに言うなれば、ベルチャブとはシュネスの古語で「うさばらし」である。


もちろん、そのような知識をユーヤが知るはずもない。ここまで食い下がれただけでも健闘したと言うべきだろう。


「あわわ、ユーヤ様負けちゃうっス」

「い、今の問題はどうしようもないよ……信じるしか、ない……」


カヌディは暗がりの奥で緊張に震えながら、ぎゅっと拳を握って祈る。


「ゆ、ユーヤ様……確かにリードされたけれど、ユーヤ様のお答えも0点とまでは言えない……。最終問題のいかんによっては逆転もある」


だが、ここまで双王の解答にもまったく隙はない。

それも道理というもの。五歳の子供でも知っているもの、という縛りの中で双王が間違えることなどあるはずがない。


(本当に、勝つ道が)


(ユーヤ様の言っていた、あのこと・・・・が本当に起こるのですか……)








コラムその10 妖精について その3


フォゾス白猿国、コゥナのコメント

「今回も妖精について教えてやろう。どうも宝石を使う希少な妖精ばかり注目されるが、妖精の総数はかるく100を越える。その大半は光を出したり、楽器のような音を出しながら踊るだけの賑やかしのものだ。光る妖精は夜の町を照らしたりもするぞ」


ラウ=カン伏虎国、睡蝶スイジエのコメント

「夜中に光の妖精を放つ町はたくさんあるけれど、ティアフル&ファニフルはその規模が世界一ですネ」



翅嶽黒精ネグナティア

コゥナ「ものを軽くしたり重くしたりできる妖精だ。五年ほどで妖精の世界に帰る。学者に言わせると質量が変わっているわけではなく、その物体を大地に引っ張る「力の糸」のようなものを切断しているという。だから大岩を浮かべても、風船のように風に流されたりはしないらしい、よく分からんが」


睡蝶「この性質を利用して、造船ドックのような大がかりな設備で家を建築し、家を直接土地に運ぶという手法がありますネ。ティアフル&ファニフルでは大規模住宅を何百棟も上層に運んでいますネ」


コゥナ「しかし大粒のブラックオパールでしか呼び出せない。玉井ビジオラからも滅多に産出しない希少な石だ。ちなみに逆に重くすることもできるが、あまり使い道はないな。ケーキを重くしても腹持ちが良くなったりはしないぞ、スイカとか魚の焼いたやつとかも意味はないぞ」


睡蝶「……試したですネ」





氷晶精ピチーティア

コゥナ「冷気を操る妖精だ。密閉した容器に閉じ込めておくと内部を冷やしてくれる。一年ほどで妖精の世界に帰るため、定期的な補充が欠かせない」


睡蝶「この妖精は蜂蜜と大樽いっぱいの雪、それも標高4000メーキ以上に積もる雪で呼び出せますネ。標高が高い場所の雪ほど強力な妖精が呼べて、特にコーラムガルフ山やガガナウルなど、8000メーキを超える山の氷晶精ピチーティアは空気すら凍らせると言われてますネ」


コゥナ「食べ物の保存に便利だが、一般家庭で使う妖精は30万ディスケットぐらい、毎年の出費と考えるとなかなかの値段だな」


睡蝶「紅都ハイフウのお金持ちが、家を丸ごと冷やそうとしたことがありましたネ、強力な氷晶精ピチーティアをいくつも買って、締め切った家に放ちましたネ」


コゥナ「涼しい夏を過ごせたのか?」


睡蝶「誰もその家に入れなくなったですネ……」


コゥナ「……」



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