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第十一話


「はーい、みなさーん! 元気にしてたーん?」

「してたーーーん!!!」


展覧の間とは王宮の最上階にあるドーム型の空間。天井がレンズの絞りのように円形に開く機構になっており、このときは中央部分だけがわずかに開いていた。

天には月と星、そしてドームの外周には、黄色いハッピのようなものを着た男たちが並ぶ。


「うたたーん、今日はね今日はね、なーんとティアフルのいっちばん上たーん、ユービレイス宮に来てたーん」

「きてたーーーん!!!」


黄色ハッピの男たちは両手に黄色の輪っかを持ち、それを振りながらヘッドバンギングをかます。玉の汗を飛ばしながら、腹の底から声を出している。


「それもこれもーん、あの双王さまがクイズで決闘するたーん、その司会者に呼ばれまっしたーん」

「ましたーーーん!!!」


「さ、じゃあ勝負を始めるか」

「ユーヤよ、ここは司会者のことを聞くべきじゃと思うぞ」


双王はいつものタイトワンピースに加え、大蛇のような金と銀のモールを体に巻き付けている。前にもどこかで見たが、それはどうもここ一番での装飾らしい。


「……別にいいんだけど司会者なんか誰でも」

「そんな嫌そうな顔するでない。今をときめくスターじゃぞ、せっかく呼んだんじゃぞ」


ユーヤは何となく投げやりな気持ちで司会者を見る。

この世界ならではの仕事であるクイズイベントの運営会社、そこから派遣されてきたのは目鼻立ちのぱっちりした、やや長身の女性である。

短袖の上着とショートパンツが妙にテカテカした素材であり、青や赤の原色が鮮やかな色使いである。

顔から肩にかけて星の模様が散らばっている、ペインティングだろうか。足を高く上げつつ、踊るようにステージを動き回っている。


「うたたん星人だろ、去年のヒットチャートで14位とかに入ってた」

「なんと、おぬし曲しか覚えとらんとか聞いたが、よく分かったのう」

「……どーも」


この世界にも数多くの音楽が流通しており、それはラジオを通じて大陸全土に供給され、一大市場となっている。ヒット曲は記録体として売り出され、ランキングが形成される。

ちなみに言えば去年のヒットチャート一位はポップリップの「ラビリンス・ラビット」これは双王のユニットである。


「たまたまスケジュールが空いてたので呼んだのじゃ。うたたん星から降りてくるなど珍しいのじゃぞ、感謝せい」

「……あのハッピの人たちは?」

「うたたんにパワーを与えるうたたん団じゃろ、一緒に呼ぶのが当然じゃ」

「ちなみにファンクラブを呼ぶのは間に合わんかったので、うちの騎士たちに代理をさせておる」


「はーい皆たーん、注意事項はこれで全部たーん、楽しんで見てくたーん」

「見てくたーーーん!!!」


そういえば、どことなくアイドルマニアという雰囲気ではない。長身で美形の男が多く、筋肉も引き締まっている。年配の人物もいるようだ。きっと騎士団でそれなりの地位を持ち、家庭を持ってたりするのだろう。


「……涙なしには見れないな」

「正直さすがに悪かったと思わんでもない」


ばつん、と照明が落ちる。

一瞬遅れて、空から届く月の光。


それは妖精の光だった。この天覧の間の直上、空間の一点を中心に、淡黄色レモンイエローに光る妖精が数百匹も集まって球体を成している。

それが円形の開口部から、月光の柱となって降り注ぐ、そのスポットライトの真下にあるのは高さ1メーキほどの台と、その上に置かれた箱である。空間がビビッドに切り取られ、特別なことが始まる予感に観客からざわめきが起こる。


「はーい、それじゃルールの説明たーん、種目は箱の中身は何でしょねクイズ、うたたんも大好きたーん」

「大好きたーーーん!!!」

「うるさいよ!!」

「ユーヤそんなガチでキレんでも」

「……む、ご、ごめん、ちょっと錯乱した」


司会者もそこはプロである、流すべき声は空気のように無視して、箱を持ち上げて全員に示している。


「このとおり何の仕掛けもないたーん。この箱の中身を当ててもらうたん、解答は手書き、より詳しく書いた方が勝ちになるたーん」

「なるたーーーん!!!」


「ゆ、ユーヤ様、どうか妖精王グラニムの加護があらんことを」

「頑張るっスー! 応援してるっスー!」


メイドたちは暗がりの奥、木製の椅子に座っている。カル・フォウの方は小さな旗を細かく降っていたが、ハンカチと鉛筆で作った旗のようだ。


「問題は五歳のお子さんでも知ってるものばかりたーん。さあさあまずはユギ王女、お願いしますたーん」

「うむ、我ら双王の力を見せようぞ」


天覧の間には他にもいくらかの観客がいる。メイドたちや、執事やコック、庭師ふうの人々。この時代、クイズの決闘というのは他に代えがたい娯楽なのだとユーヤは思う。基本的には隠されるべきではなく、誰でも自由に観戦できるようだ。


「ユーヤよ、自信のほどはどうかの」


出場者の控えのスペースは一箇所に固められていた。円形の空間の一番奥まった場所、箱の中が覗けない範囲に三人分のソファがある。


「まあ、それなりに」

「ふむ」


ぱちりと扇子が閉じられ、ユーヤはふと身構える。

最初は無意識の気づきだった。今の一瞬、ユゼ王女の放つ雰囲気が変化したのだ。


「おぬしはツワモノじゃからのう、また何かしらの奇手妙手で、あっさりと勝利をもぎ取って行くかも知れんのう」


双王は何かを連想したらしい、と判断する。

モスグリーンのユゼ王女はソファのアームレスト部分に大胆に足を乗せ、履いていたサンダルを落とし、足指でユーヤの肩をつまむ。


「痛いぞ」

小憎こにくらしいのう。どうせこの試合、勝とうが負けようが鏡を守るという方針は変わらん、どっちに転んでも損にはならんと考えておるのじゃろ?」

「何が言いたいんだ」

「おぬし、なぜパルパシアにおるのじゃ」


沈黙。

双王の言わんとすることは理解した。子供らしい気まぐれ、ふと思いついた連想からの悪ふざけに過ぎない。

しかし相手はパルパシアの王。このパルパシアの王宮にあって彼女たちに不可能はない。ふと気まぐれで平手が落とされ、羽虫のように潰されても不思議はない。


「つまらん想像じゃが、あの勘定クイズ、おぬしはわざと負けたのではないか? このパルパシアに来るために」

「……」

「ハイアードの集めておった鏡は返還されたものの、鏡の情報は一部に流布してしもうた。おぬしは大陸に混乱が起きると踏んだ、そして最初に鏡を狙うやからが現れるのは、パルパシアであると読んだのじゃな。見事に当たりおったぞ、占い師でも食っていけそうじゃのう」

「……誤解だよ、ただの偶然だ」

「そんなに我らは頼りなかったか? 鏡も守れぬ小便臭い小娘じゃと思うておったか?」

「荒れてるな双王、推測で僕を責めても何も生まれないだろう」

「もちろん、こんな会話はただの戯れ言、おぬしに何もする気はない……」


双王はその乳白色の足を踊らせる。およそ走ったことすらなさそうな、赤ん坊のように柔らかい足を多脚の虫のごとく動かし、ユーヤの頬を撫でる。天窓からそそぐ妖精の光はスポットライトとなり、こうこうとステージを照らし出しているため、よほど眼を凝らしていないとユーヤたちは見えないだろう。


「むしろ、おぬしにはもっと山ほどの快楽を与えてやりたくなったのう。その精も魂も最後の一滴まで絞り尽くして、二度とパルパシアを出て行きたくなるほどにのう。どうじゃ、わしらが勝ったら一生ここに住むというの、は……」

「まず一つ、確認しておくならば」


がし、と。

宙に踊るユゼ王女の足首を捕まえ、そのアキレス腱を捉える。


「あの勘定クイズはこういうルールだったな。勝った国が僕を連れて帰る。僕が勝ったなら身の振り方は自分で決める。もし僕がパルパシアへ行こうと考えていたなら、そして勝敗を自由に操れるなら、自分で勝ってしまえばいい話だろう」


ぞく、とユゼ王女に鳥肌が走る。

その声が空気を凍らせている。今にもこの細い足首がねじられ、茹でたてのパスタのように柔らかな腱がぶちぶちと引きちぎられそうな、無言の殺気が。


「……ふ、ふふ、怒るでないユーヤ、ほんの戯言じゃと……」


実のところ、それは本当に戯れに過ぎなかった。人を弄ぶために生きているような双王にとってはいつものこと、言った言葉を自分でどれほど覚えているかも怪しいものである。

だが、ユーヤの眼から容赦のない光が消えなかった。足首を握る指に力を込め、その腱の隙間に指を差し入れるような気配がある。


「……君たちはいつもそうだ」

「な、何じゃ」

「生まれたその時から何でも持っている。どんな贅沢でも思うがまま、何の因果なのかクイズの才能まで持っている。そう、まさに君たちは天才肌のクイズ戦士。だから理解できないのか、地を這う凡人たちがどれほど努力しているかを」

「い、いったい何の話をしておる、というか顔がコワいんじゃが……」

「勝敗を自由にできるだと? 言ってくれるじゃないか、あんな場面でとっさに思いついた勘定クイズで、しかも名前も知らない異世界の料理でそんなマネができると本気で思っているのか。あのハイアードキールでの戦い……僕が、僕がどれだけ、一つ一つの戦いをどれほど血ヘド吐く思いで勝ってきたと思っている。実際に血も吐いた。もう少しで一生、声が出なくなるところだった」

「わ、我が悪かった……いやほんとに、す、すまぬ……」

やめだ・・・

「え?」


ぱ、と手が離され、ユゼ王女は慌てて足を引っ込める。

すると体の上に影がかぶさる。スポットライトから離れた暗がりの中で、ユーヤの体が己の上にかぶさっている。そのギラついた眼だけが暗闇に浮かび上がる。


「君の言うとおりだ。この勝負、どっちが勝ってもいいと思っていた。所詮はパルパシアの問題でもあるしな。だがイカサマ師扱いされた上に面体を蹴られて、さすがにちょっと腹が立った。君たちのような天才にとっては虫を踏む程度に過ぎないのだろう。だが許しがたい。打ち負かしてやりたくなった」

「あ、あの……」

「君らが勝ったら僕を快楽漬けにするだと? いいだろう。だが君らにもそれに見合うだけのチップを払ってもらう。僕が勝ったら罰を受けてもらうぞ。凡人を足蹴にしたことの報いに見合うだけのチップを」

「ひ……」

「受けるな? 双王」


有無を言わせぬとはこのことか。

もはやユゼ王女の頭は、この眼から逃れることしか考えられなかった。がくがくと、首を縮ませるような動作で何度もうなずく。


丁度そこで、ステージの方から声が。


「はーい、ではユギ王女の答えをお預かりしましたーん、では続きましてセレノウのユーヤさま、お願いしまーす」

「忘れるなよ、ユゼ王女」


ユーヤはすいと立ち上がり、スポットライトの方へと歩いてゆく。

入れ替わりにやってくるのは、スカイブルーの服に金色モールのユギ王女。


「うむ、まあ第一問はあんなもんじゃろ……ん、どうしたユゼよ」


青ざめているユゼ王女を見て声をかけるが、ユゼ王女はぱっと座り直し、扇子で顔の下半分を隠したまま視線をそらしてしまう。


「……い、いや何でもない」

「? そこにサンダル落ちておるぞ、行儀が悪いのう」


実のところ、双王の間で何かを勝手に約束したり、隠し事をしたりするのはこれが初めてのことだった。

ユゼ王女は何かとんでもない約束をしてしまった感覚に青ざめながらも、言い出せずにもじもじと身をよじるのみだった――。


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