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麻雀ラブコメの短編

麻雀ラブコメ【私が目指したのは四槓子(スーカンツ)】

作者: ナヤカ

 私は麻雀における面子(メンツ)が少し苦手だ。


 メンツは基本三枚で一組だけど、それだと一枚(あぶ)れてしまうように思えたから。


 だから、私は最大の四枚で一組にしてあげたいと思う。


 でも、それはとても難しくて、四枚で一組にすると『(カン)』になるんだけど、そのカンだけで役をつくれるのは『三槓子(サンカンツ)』と『四槓子(スーカンツ)』だけ。


 前者でアガれる確率は1%もなくて、後者は0.1%にも満たないらしい。

 とても難しいことだと知って、そんなもんだよね……と納得しようとした。


 逆に二枚を一組としてメンツとする役もあるのだけど、正直これは三枚一組よりも好きじゃない。


 だって、二枚にするためには一枚を捨てなきゃいけないから。


 たぶん、この考えは私のトラウマが影響してるんだと思う。

 

 私の家は空手界でも有名な道場で、私も幼い頃から空手を習っていた。

 運動神経には自信があったし、男の子になんて負けたくないと思っていた性格もあって、小学校高学年になるころには全国大会に出場してた。


 そして、中学一年生の時に初めて日本一になる。


 日常的に起こる喧嘩でも負けたことはない。

 だから、周りの女子から頼りにもされてた。


 でも、強さは人を孤立させる。


 誰かが助けようとはしなくなるし、誰かに助けを求めようとも思わなくなる。


 そんなことに気づいてしまってから、私は空手をしていたことを後悔した。


 そして、私についてくる輝かしい強さの証明さえも嫌悪した。


 決定的だったのはたぶん、好きだった男の子に告白したとき。



――ごめん。強い女はちょっと。



 今でも、その顔を、声を……「女」と言われた言葉を夢に見ることがある。


 そして、その男の子が他のクラスのぶりっ子と付き合った事を知って、悲しくなったことを思い出す。


 だから……私は三枚のメンツが苦手なんだ。


 彼らを思いだしてしまうから。


 だから……一枚を捨てて二枚にするのも苦手なんだ。


 自分を重ねてしまうから。


 高校生になったとき、私は弱い女子でいようと思った。

 覚えたお化粧で可愛くして、か弱い女子を演じて。


 それが、新しい自分になると信じて。


 なのに――。


「おい、テメェ! どこ見て歩いてんだ!」

「い、いや、歩いてないです! 走ってただけです!」

「どっちだっていいんだよ! お前がぶつかってきたことに変わりねぇだろうがぁ!」

「まぁ、それはそうなんですけど……」


 最悪だ。


 入学式当日の朝、登校していた私の目の前で喧嘩が起きようとしていた。


 しかも、胸ぐらを掴まれているのは同じ高校の制服をきた男の子。


 助けたらたぶん、私の計画は台無しになる。


「いいから、一発殴らせろよ!」


 振り上げられた拳。目をつむる男の子。


 それを、私は見過ごすこともできたはずだ。


 でも。


「あーあ……」


 私は鞄を投げ捨てて弾みをつける。

 その勢いのまま高く跳び、足を高く振り回し不良男の首もとに落とした。


 空中回し蹴り。これなら、胸ぐらを掴まれている男の子には被害がない。


「がぁッッ!?」


 不良男は突然の衝撃に白目を剥いて沈む。

 その時を見逃さず、急いで鞄を拾うと男の子の手を掴んで駆け出した。


「走って!」

「お、おぉ!」


 時間にして数秒。でも、その一瞬で私の思い描いた高校生活が崩れる音を聞いた。


「――いや、それなら俺が黙ってれば大丈夫だろ」


「え?」


 逃げた先で息を整えて私が落ち込んでいたら、理由を聞いた彼はそう言った。


「内緒にしてくれるの?」


「内緒というか、話す必要あるか?」


「……たしかに」


 彼はあっけらかんと言ってのける。


「というか、入学そうそう女子に助けられたなんて言ったら馬鹿にされるのがオチだ。それこそ俺の高校生活が終わる」


「そっか。そうだよね」


「そうだろ。というか……これ完全に遅刻だよなぁ」


 そうして、今度は別のことで彼が落ち込みはじめた。聞けば、電車で降りる駅を逃してしまったらしい。


「ま、まぁ、幸先が悪いなら、この先は良いことしかないって!」


「いや、お前も遅刻だろ」


「あ、ホントだ。急げば間に合うかな……?」


「完全にアウトだって言ってるだろ。ここから間に合うには時を駆けるしかない」


「そっか」


 そうしていると、彼は物珍しそうに私をジッと見ていた。


「え、なに?」


「いや、なんか落ち着いてるというか……他人事なんだな? もっと慌ててもいいんだぞ?」


「あー、たぶん遅刻確定してるのが私だけじゃないからかも。誰か一緒だと安心するよね!」


 そう言って親指を立てたら、彼は呆れていた。


 でも、安心したのは私の方だった。

 遅刻して怒られるよりも怖かったことを、彼が否定してくれたから。


「俺は門善(もんぜん)栄吉(えいきち)だ」

「私は天輪(てんりん)うるは」


「まぁ、遅刻はしたが運良く同じ学校の奴とこうして出会えたんだ。ポジティブに考えるさ」


「そうだね。私もそうすることにした」


「しかし、さっきの蹴りは凄かったな。ただ……あれは、あまりしないほうがいい」


「なんで?」


「いや、その……」


 門善くんは少し頭を掻いてから、コホンと咳払いをした。


「パンツが、な?」


「みっ、見たの!?」


「不可抗力だ」


「へ、変態だ!」


「不可抗力だって言っただろ! それに、こんなことわざわざ本人に言わん! その……見えたから教えてあげただけだ!」


「そ、そっか。うん、確かに。ありがとう」


「こちらこそありがとうな? ……ん? いや、パンツの事でお礼を言ったわけじゃなくて助けてくれてのありがとうだからな?」


「分かってるよ」


 慌てて訂正した彼に、私は思わず笑ってしまう。


 でも、本当によかった。


 私の事は誰も知らない学校へ。

 そう思って進学したから友達つくりに不安があったけど、初日から良い人と友達になれた。


 その後、私も門善くんも入学式に遅刻して教師に怒られた。

 クラスはなんと彼と一緒だった。


「これはもう運命だね!」


 そう言うと。


「俺、嫌いなんだよなぁ。偶然とか運命とか奇跡ってやつが」


 頭を掻いてそう返してきた。


「門善、お前にはまだ聞きたいことがあるから、全部終わったら職員室にきなさい」


「わかりました」


 担当の教師がそう付け足して、彼がそれに答える。


 その時、私は何も考えてなかったんだけど、翌日彼が教室に居なくて何があったのかを知った。


「昨日、このクラスの一人が他校の生徒と喧嘩をしていた事がわかった。本人には今日自宅待機を指示してある。みんなは他校の生徒に絡まれても絶対に喧嘩などしないように」


 それを聞いたとき、私は頭が真っ白になった。


 なんで……。


 その生徒が門善くんであることはすぐにわかった。

 教室にいる人たちがヒソヒソと囁き出す。


「不良と同じクラスかよ……」

「つか、初日から喧嘩して休みって……」

「やっべー奴と同じ教室になっちまったなぁ」


 違う。


 そう言ったけど、声は出なかった。


 彼が喧嘩をしたわけじゃない。


 否定したいのに、恐怖で呼吸すらもできない。


 そもそも、なんで彼は私の名前を出さなかったのか。



――言う必要あるか?



 なかった。その時は。でも……今は違う。


 彼は言う必要があった。

 自分は絡まれただけで喧嘩をしていないと。喧嘩をしたのは私だと。


 なのに、彼はそれを言わずに自分が喧嘩をしたことにしてくれたんだ。


 自宅待機まで命じられて。


「一応処分をどうするのかは検討中だが、入学初日のことだしな? 最悪退学も視野に入れている。お前たちもその方が安心だろうし、彼もそういったことは早い方がいいだろう」


 淡々と告げられた残酷な言葉。

 それに安堵するまだ名前も覚えていないクラスメイトたち。


 私は迷った。


 迷ったけど、答えなんて最初から決まっていた。


 目を閉じて深呼吸をする。

 それは、空手の試合前に必ずやっていた動作。


 精神を落ち着かせてから目を開けた。


「待ってください先生! その喧嘩のことなんですが、実は――」







「天輪、お前なんて説明をしたんだ?」


 次の日、門善くんは無事に自宅待機が解けて登校してきた。お咎めも無しらしい。


「へ? 私が悪いって言ったけど」


「なんか、俺がお前を助けるために喧嘩をしたことになってたんだが……。まぁ、別にどっちでも良かったからそれで通したが」


「そうなの?」


「あぁ」


「私は……必死だったからよく覚えてないや。でも、門善くんが悪くないってことはちゃんと伝えたよ? 良い人だってことも」


「おぉ、たぶんその抽象的に伝えたのが原因だ」


「でも良かった。ちゃんと誤解が解けて」


「解けたのか……? いや、別に構わんが」


「それより、なんで門善くん私の名前出さなかったの?」


「いや、言わないって約束しただろ」


「でも、言わないと悪者だったよ?」


 そしたら彼は、少し考えてから。



「いや、言わないって約束しただろ」



 全く同じ事を言ったんだ。


「ぷっ……ははは! なにそれ! 全然答えになってない!」


「答えになってるはずだが」


「なってないよ」


 結局、私が喧嘩をしたことは幸か不幸かバレなかった。

 でも、正直私にはそんなことどうでも良くなっていた。


「まぁ、入学そうそういろいろあったが改めてよろしくな」


「うん! こちらこそ!」


 とても信頼できる人と仲良くなれたから。


 そして――。


「……またお前天和(テンホー)かよ。いい加減にしてくれ」

「文句言うなら牌山(ハイヤマ)に言ってよ! 私はそこから取っただけなんだし!」


 何の因果か、私と門善くんは麻雀部(・・・)に入ることになった。


 そして今日も、同じ卓で麻雀を打っている。


 私がたまに出す『天和』という役はとても確率の低い役らしいけど、本当に出したい役はそれじゃない。


 誰も溢れない……誰も捨てられない……優しい世界。


 偶数に染められた……気持ちの良い手牌(テハイ)


 (カン)をしなければ辿り着けないその役を、私はいつまでも目指している。


 そして。


「恋愛もこんな簡単にアガれたら良いのにね……」


「ん? 何か言ったか?」


「なにもッ!」


 最近では、二枚で一組の役も悪くないかな、と思い始めていた。

カンが絡む役は他にも二つありますが、それは揃えるというより偶然揃うという方が正しいため、今回は省かせてもらいました。


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