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#24 重圧と責任

「まじかよ。どうすんだ……?」


 打山くんたちが控室に戻ってくると、僕は事情を説明した。すると当然のことではあるが、三人とも驚きつつ、互いの顔を突き合わせていた。


 打山くんは、不審そうに眉根を寄せる。小鳥谷くんと北郷くんも、腑に落ちないような顔つきでこちらを睨んでくる。確かに、綺音に「行け」と言ったのは僕にほかならないけど、全部こっちが悪いみたいになっているのは何故だろう。


「えー……と。綺音が言うには、病院は往復で一時間くらいみたいだから、きっと大丈夫だと思う。今は、信じて待とうよ」


「いや、それはさすがに楽観的すぎだぞ、暁。プログラムだって前後することもあるんだし、仮に間に合ったとしても、戻ってきてすぐ歌えるのかってのはまた別問題だろ」


 打山くんから呆れたように諭され、煮詰まった思考が一気に冷えていくのがわかった。言われてみれば、その通りだ。何も考えていなかったのは、僕の方だった。


「もしもあいつが戻ってくるの遅れたら、お前が責任を持って全部のパートを歌えよ」


 と言ってから、打山くんはソファーに身体を沈めた。


 一方、僕はその場に立ち竦んだまま、先の自分の言動を顧みた。やっぱり、僕の出した答えは間違っていただろうか? あの時は最善の選択だと思ったけど、そうではなかったらしい。


 綺音が時間内に戻ってこられなかったら、彼女のパートも僕が引き受けることになる。まさかこんな事態になるとは予想すらしていなかったから、そんな話は事前にしていなかったけれど、最悪の場合はそうせざるを得ないだろう。だが、こうなってしまったからにはもはや腹をくくるしかない。


 練習こそしていないものの、彼女の担当パートの歌詞は一応、全て頭に入っている。


 ……大丈夫、いけるはず。そう、心に強く念じてみる。


 その後、四人はソファーに並んで、綺音が戻ってくるのをただ待つことになった。しばらくして、ふと控室の時計を見ると、いつの間にか彼女が病院に向かってからすでに二時間以上が経過していた。


 少しずつ、不安度が増していく。僕がそわそわし始めた頃、隣で腕を組んで座っていた打山くんが、さらに隣にいる小鳥谷くんに囁きかけるように言った。


「やっぱりあいつ、もう戻ってこないんじゃないか?」


 それに続くようにして、小鳥谷くんと北郷くんも口々に不満を漏らした。


「あいつがいないんじゃ、何のためにやってんのかわからないよな」


「ああ、俺らはただ付き合ってやってるだけなのにさ。言い出しっぺが抜け出してんじゃねえよって感じだよなぁ」


 堰を切ったような言葉に戸惑いを感じると同時に、にわかに苛立ちが込み上げてきた。


 綺音はこれまで、絶え間ない努力をしてきた。誰も見ていないところで、限りある時間をひそかに音楽に捧げてきた。僕も、それは充分に理解しているつもりだ。それなのに……。


 打山くんは天井を仰ぎ見ながら、続けてこんなことを口にした。


「あいつにとっても、所詮、そんなもんだったのかもな。あんなにフェスに出たがったのも、俺たちと同じでただ目立ちたかっただけじゃねーの?」


「そんなわけないだろ!」


 僕の声が天井に反響し、一瞬にして凍ったような空気が室内に漂うのを感じた。三人の視線が、こちらに一斉に集まる。しかし、今はそんなこと知ったことじゃない。


 僕は憤然と立ち上がって、三人の顔を見渡しながら、感情に任せて畳みかけた。


「綺音は、お母さんと二人暮らしなんだ。だから、いつか有名になって、今より楽な暮らしをさせてあげたいって、そう言ってた。そのために、学校に内緒で音楽活動もしてるんだ。あの子は、この中の誰よりも本気だよ」


 静寂に包まれた控室の中、時計の秒針音だけが鳴っていた。世界が静止したように、三人は固まったまま呆然と僕を見上げている。そこで、僕はようやく我に返る。憤激のあまり、べらべらと喋ってしまった。だが、もう手遅れの状態に過ぎなかった。


 やや驚いたように目を剥いていた打山くんが、ふっと口許を歪めて笑みをこぼした。


「やっぱりあいつ、《アスキー・アート》だったのか」


 そりゃ、バレますよね。仕方がない。


「う……うん」


 泣く泣く白状しつつ、首肯する。


「まあ、前からそうじゃないかとは思ってたけどな。でも、事情はわかった。今の話には目を瞑って、聞かなかったことにしておいてやるよ」


 打山くんは足を組み直しながら、顔に同情の色を湛えつつ言った。


 彼の優しさに、先程までの憤懣やるかたない思いが感謝のそれへと変わる。


 あの事実が知れ渡ってしまったら、綺音はもうあの学校にはいられなくなる可能性すらある。千條ユキみたいに。僕のせいで綺音の夢が壊れてしまったら、あの時のようにまた後悔してしまうだろう。綺音には、ずっと夢を追い続けていてほしい。どこまでも。


 打山くんは隣の二人にも、絶対に言うなよ、と釘を刺していた。彼らも、素直に頷いてくれた。思えば、これまでにもこんなふうに何度か彼らの善意に救われてきた。まずはそのことに感謝しよう。


「ありがとう……」


「まあ、座れよ」


 打山くんは立って僕の肩に軽く手を置くと、優しくそう言った。


 慰められてばかりだ。入学してから初めて言葉を交わしたのも、彼だった。最後くらいは、僕だって皆の役に立ちたい。と思うものの、何ができるだろうか?


 ……そうだ、ひとつだけある。僕は彼らと順に目を合わせ、その意思を伝える。


「万が一、綺音がライブに参加できなかったら……僕が責任を持って全部歌うよ。僕には今のところ、そのくらいしかできないから」


《トラブルサム・アート》は、この日のために結成されたバンドだ。だから今日を過ぎれば、おそらく、解散だ。そこに彼女の姿がないのは本意ではないけれど、もしもということも残念ながら考えられるわけで、だからこそ僕が皆を鼓舞して、頑張らないといけないのだ。


 決意がちゃんと通じたのか、打山くんも意気込んだ様子で親指を立てて笑った。


「ああ、頼むぜ!」


 その言葉に対し、大きく頷いてみせる。


 もちろん、まだ望みを捨てたわけじゃない。綺音は必ず戻ってくる。今はそれだけを信じて待とう。


 しかし、彼女が戻ってくる前に、再びスタッフが来てアナウンスした。


「《トラブルサム・アート》の皆さん、舞台袖に移動してください」


 僕らは寸分の間、顔を見合わせてから、互いに頷き合う。そして、息を合わせたように四人同時に立ち上がり、控室を後にしてスタッフについていった。

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