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#02 中庭のライブ

 眠い。垂れ下がる瞼を押し上げつつ自席に鞄を置くと、時計をちらりと見た。


 現在、七時二十五分。約束の時間まで、あと五分しかない。まだ朝が早いせいか、教室には他には誰も来ていない。


 打山くんはもう登校しているのだろうか。机にはしっかり鞄が置かれてあるから、来ているとは思うけど。しかしこの期に及んで、行きたくないという気持ちが強まっていた。だけど、来てしまった。集合時間までに。


 結局、彼からの頼みを断れなかった。


 昨晩はあまり眠れていない。というのも、ライブで演るらしい曲を夜遅くまで聴いていたのだ。打山くんからCDを渡され、何回もリピートして聴き込んだ。その成果もあって、歌詞はだいたい覚えられた。


 でもやっぱり、人前で歌うのにはどうしても抵抗がある。実際、どれくらいの人が集まっているかもわからないし、怖い。


 打山くんは友達に声をかけるとか言ってたけど、具体的な人数は知らされていない。


 ああ、行きたくない。行きたくない、帰りたい、来るんじゃなかった……。


 別に無理して行かなくてもいいんじゃないか、とも一瞬思ったけど、結局、僕は教室を出るに至った。約束を破ったら迷惑かけるかもしれないし。それに、もしも彼らをそれでがっかりさせちゃったりしたら、今後の人間関係も悪くなりそうだ。これからの学園生活も楽しくなくなるかもしれない。


 初っ端から躓きたくない。せっかく、歌詞も覚えてきたんだから。


 三階から一階に降りると、中庭に出るドアの傍に人影が見えた。近づくと、それが打山くんだとわかった。彼も僕に気がついたのか、エレキギターを片手に手を振ってくる。


「よう、来てくれたんだな!」


「そりゃ来るよ。約束したもん」


 僕は彼の前で足を止める。打山くんは嬉しそうに、僕の右肩を二回ほど軽く叩く。


「じゃあ行こうぜ、みんな待ってる」


 打山くんは身を翻すと、中庭に向かって果敢に歩き出そうとした。


 その背中に、僕は呼びかける。


「ねえ、ほんとにやらなきゃダメ?」


 どうやら、まだ気の迷いがあったみたいだ。


「なんだ、今さら嫌だとでも言うのか? 男なら、約束は最後まで遂行してもらわないと困るぞ」


 振り向きながら、打山くんは呆れたように目を細くする。


「そういうわけじゃないけど……やっぱり、恥ずかしいし……」


「大丈夫だって! ともに演奏するも、他生の縁っていうだろ?」


 聞いたことないよ。まあ、元になってるのはあの諺なんだろうけど。


「ま、もうタイムアップは過ぎてる。観念して歌うことだな」


 打山くんはわざとらしく笑うと、僕の腕を引き、半ば強引に中庭へ連れ出した。


 校舎から外に出ると、少し離れたところにブルーシートが敷かれてあるのが見えた。その上には、オーディエンスらしき生徒たちが座り込み、演奏が始まるのを待っているようだった。


 目算してみると……十五、六人はいるんじゃないかと思う。予想していたより数が多いことに、さらに不安が増す。


 ほらあそこだよ、と打山くんが向こうを指差した。


 言われた通り、そこに目を向けるとブルーシートの前には仮設ステージ(?)のようなものが設けられていた。切り開いたダンボールが何枚も雑に重ねられ、広さは三畳くらい。ステージと呼べるかどうかも怪しいラインだ。


 しかも、どこから運んできたのか、ステージの両脇にはやや小さめのアンプまで設置されている。そんな無駄とも言える用意のよさに、ある意味で感服してしまう。


 ダンボールの上には、ギターとベースをそれぞれ手に持った生徒が二人、その後ろにはバスドラムがあり、ドラム担当と思われる人がその奥に座っていた。


 打山くんはまず、その三人に僕を引き合わせた。メンバーは、いずれも男子生徒だった。


「遅くなって悪いな。昨日話した、同じクラスの暁だ」


 そう言いながら、彼は僕の肩に手を回す。そして次に僕の方を向き、


「右から、ギターの猪爪いづめ、ドラムの北郷ほうごう、ベースの小鳥谷こずやだ」


 と、三人を順に指しながら紹介していく。


 ちょうどその時、僕はそのうちの一人と不意に目が合った。合った、というよりは睨まれた感じだった。確か、「猪爪」と打山くんから紹介された人。


 ヤンキー風の見た目のせいか、その眼光は鋭く、見られただけでも気圧されてしまう。


 一秒も目を合わせていなかったと思う。咄嗟に、僕は彼から目をそらしていた。それでも、

挨拶くらいはしなくちゃ。


 気を取り直し、僕は「よ、よろしく」と小さい声(しか出なかった)で言いながら、彼らにペコリと頭を下げた。……だが、返事はない。


 恐る恐る顔を上げてみると、三人ともこちらを見ていない――というか、僕を無視して練習を勝手に始めてるというか、楽器を鳴らして音を確かめていた。


 ……なに、この人たち。怖い。


 心臓がバクバク鳴っている。まるで生きた心地がしない。


 可能なら、今すぐにでもここから立ち去ってしまいたかった。あぁ、本気で帰りたい……。


 打山くんはステージに上がり、バンドメンバーを集めて何か話しているようだった。すると彼が不意に振り返って手招きしてきた。それが合図だとわかると、僕はダンボールのステージに急いで上がり、駆け足で彼のところに行った。


 マイクが手渡される。


 そこで、間もなく演奏が始まるのだと、否が応でも悟らされた。


 観客席ブルーシートの方を向くと、座っている生徒のほとんどが僕らに向けて拍手やら声援やらを送ってくる。こんな場所でライブがあること自体珍しいだろうから、意外とノリはいいみたいだ。


 ちょっと安心した……っていうわけでもないけど、少しだけ歌う気になれた。楽しくなってきたかも……?


 そう思っていた矢先、最前列の中央に座っていた人と目が合う。四十谷あいたにさんだった。


 え? 四十谷さん? なんでここにいるの?


 しかも、客の中に女子生徒は彼女一人だけ。他は全員男子なのに。


 四十谷さんは近くの生徒が立ち上がる中、シートの上に体育座りしたまま子供のように目をきらきらさせながら、僕をガン見してくる。


 彼女が何故ここにいるのかわからないまま、背後では演奏が始動する。ギターやベースの音がアンプを通して流れ、それが騒音のようになって、僕の耳に流れ込んだ。一旦、彼女の存在は意識しないようにしよう。深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。


 歌い出しは……よし、覚えてる。大丈夫だ、きっといける、心の中でそう繰り返す。


 緊張を圧し殺しつつ、そっと口許にマイクを近づける。もうすぐ、イントロが終わる。


 大きく息を吸い、Aメロの歌詞を歌おうとした直後――


『こら〜! 何をやっとるんだ、今すぐやめなさい!』


 拡声器によるバカでかい声が、中庭に響いた。


 瞬間、演奏がピタリと止む。伴奏を弾いていたメンバーも、その声が聞こえたようだ。


 僕は声の主を予想し、そして後悔した。

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