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#12 二人でセッション

 目覚ましの音で跳ね起き、パチン、とそれを止める。


 土曜日。いつもなら学校は休みだから、こんなに朝早く目覚ましをセットすることはないが、今日は僕にとって一大事とも言える用事がある。綺音が家に来るのだ。


 昨日の夜十時頃、彼女から携帯に電話があった。住所を尋ねられ、電話越しに口頭で自分の家の住所を教えた。最初は最寄りの駅だけ伝えて、そこまで僕が迎えに行く手筈だったけど、彼女は自分で来ると言ってきた。駅からはそんなに複雑な経路じゃないし、まあ大丈夫だろうと僕もそれに同意した。


 部屋は昨晩のうちに粗方片付けたから、見られても多分、恥はかかないだろう。部屋を出て一階に降り、リビングに行くと母親だけがいた。父親はすでに出勤していった後らしい。朝食を済ましたあと、母親も仕事に出かけていった。


 玄関で母親を見送ってから、リビングに戻って時計を確認。綺音が到着する予定の時間は十時半頃。まだ一時間くらいの猶予がある。


 自室のクローゼットを開けて、私服を選ぶ。さすがに休日で家にいるのに、制服でいるのは不自然極まりない。だから、こうして服を選んでいるが、何を着ていいかわからない。どれも似たような感じだから選びようがないのだけれど、それでも、無駄に意識してしまう。


 綺音は、何を着てくるのかな? という、余計な思惟も同時に浮かんでくる。


 ダメだ、ダメだ。ただ単に、部活の友達が遊びに来ると思えばいいんだ。と、変な妄想に突入しようとしていた自分を叱咤するようにブルブルと首を振り、クローゼットの中から適当な服を選択した。


 お気に入りのジーンズと水色のTシャツ。四月も半ばに入ってから気温も上がってきているので、家の中ならば半袖でいても寒いとは思わなくなっていた。


 自室の姿見に自分の姿を映し、どこもおかしくないことを確認してベッドに腰掛ける。あとは、綺音が訪問してくるのを待つだけだ。


 今更だけど、妙な具合に緊張している。出会ってから半月も経っていないのに、同級生の女の子を家に招き入れるという行為が、とても罪深きことのように思える。


 動悸が加速し、待つ時間がとても長く、冗談抜きで数時間にも感じられた。しかし、実際に経っていたのは、三十分くらいだった。


 チャイムが鳴った。それが聞こえるとほぼ同時に、僕は半無意識的に勢いよくベッドから立ち上がり、部屋を飛び出して自覚するほど騒々しい足音を立てながら、玄関に向かって階段を駆け下りていく。


 玄関で適当な靴を引っかけて、そっとドアを開ける。ドアの前には、思った通り綺音が立っていた。笑顔で、「こんにちは」と挨拶される。


「場所、わかった?」


「うん。思ったよりも駅から近かったから、すぐにわかったよ」


 彼女は優しさ溢れる微笑を維持しつつ、そう答える。


 今日も、彼女は見慣れたギターバッグを背負っている。が、最初に目がいったのはそこではなく、やはりというべきか、彼女の私服だった。意識したらいけないとわかっていても、つい意識しちゃうのが年頃の男子の本能ってやつかもしれない。


 綺音の今日の装いは、薄桃色のブラウスに紺色のスカート。相反する色合いの服装は素人目からも、特異な感性の持ち主だということがわかる。その下も、黒のニーソに白いスニーカーと一見正反対だが、でもそれが彼女の独特な出で立ちを際立たせているように思う。


「入っていい?」


「あ、あぁ、どうぞ」


 つい見惚れてしまっていた僕は、綺音の声に気がつくと、ドアを大きく開いて彼女を家の中に入れた。バレてしまったかな……?


 その後すぐ、落ち着かない気持ちのまま、僕は彼女を自分の部屋へと案内する。


 そして、自室に彼女を入れた。


「わぁ、綺麗だね」


 開口一番、綺音はそんな感想を述べた。


「みんな、こんなものだと思うけど……」


「ううん、私の部屋なんかもっと散らかってるよ」


 綺音はまた笑った。しかし、それは謙遜じゃないかと思えた。


 固定観念かもしれないけど、女の子の部屋といえば、みんなきれいにしているイメージだ。ドラマや漫画とかでも、きちんと整理整頓されているという印象さえある。


 しかし、僕のそんなイメージを踏みにじるように、綺音がドカッと音を立てて、床にギターバッグを下ろした。


「じゃあ早速、始めましょうか」


 さながら講師のような口振りでそう言うと、僕を見る。その立ち居振る舞いには、おぼろげながら貫禄があった。まだプロではないにしろ、音楽に関して彼女はそれと同等の知識を持っているだろう。その分、厳しいのだろうなということは、僕をして安易に想像させる。


「……は、はい。よろしくお願いします!」


 僕はピンと姿勢を正し、深々と頭を下げた。すると綺音のクスクスと笑う声が耳に入り、頬から耳の辺りにまで熱が帯びるのを体感した。


「そんなに緊張しなくてもいいよ。怒ったりとかしないからね」


 顔を上げても、彼女はやはりまだ笑っている。僕をからかうような、面白がるようなその顔は、先程までの貫禄を留めていなかった。


 その後、綺音は黒いギターバッグからマイギターを取り出し、一爪、ジャーン、と鳴らしてみせた。その音は力強さをもって僕の心を打った。同時に、家中に響き渡ったんじゃないかと思うほど、耳をも激しく震動させた。


「ちょっと待ってね」


 彼女は床に腰を下ろし、ギターを抱えてチューニングを始めた。どうも、音がずれているかどうかを確認するために鳴らしたらしい。例のごとく、弦を一本一本順繰りに弾いていき、音程を直していく。その手際の良さときたら、何度見ても惚れ惚れとしてしまう。


 しばらくして、チューニングが完了したのか、綺音はすくっと立ち上がった。


「じゃあ、見本として、まずあたしが先に歌うね。君は座って聴いてて」


 そう言って、彼女はピックを操って演奏を始め、また弾き語り形式で歌い始めた。


 僕はその場に正座し、両耳に全神経を集中させた。あとで自分が歌いやすいように、彼女の演奏を聴きながら色々と吸収しておく必要がある。その一心で、耳を傾ける。


『COLORFUL』に関してはバンドバージョンしか聴いたことがなかったから、ちょっと新鮮だった。メロディーは同じはずなのに、昨日のセッションの時のような苛烈さはどこにもなく、しっとり系のバラードのような落ち着いた響きを含んでいる。


 自分でも気がつかないうちに、僕は綺音の歌声に合わせてこくこくと小刻みに首を縦に揺らしていた。これは、僕の意思で動いているのだろうか? それとも、彼女の奏でる音楽が僕を操っているのだろうか?


 とにかく、素晴らしいという言葉では表現しきれないくらい素晴らしい。もっと気の利いたことを言えればいいが、僕の語彙力では、彼女の歌の魅力についてこれ以上伝えられないのがとても残念だ。


 演奏を終えた綺音に対し、僕は精一杯の拍手を送る。これが、僕が彼女の音楽の世界に感銘を受けたという、せめてもの証になるだろう。


 彼女は少し恥ずかしそうに頬を赤らめつつ、言った。


「じゃ、じゃあ……次はレンくんが歌って」


「あ……」


 そうだった。綺音の弾き語りに魅了されすぎて今の今まで失念しちゃってたけど、次は僕が同じ曲を歌わなければならないのだった。


 僕は早急に起立すると、綺音と向かい合う。


 彼女は無言で僕に視線を送りつつ、再びギターを鳴らす。歌い始めるタイミングは、先程の演奏を聴いたため頭には入っている。


 昨日ほどの緊張はないが、まだちょっとだけ手に汗を握っている。


 歌う前にゆっくり深呼吸し、昨日みたいに心を落ち着かせる。


 前奏終了とともに、Aメロに入る。歌い出しは昨日に引き続き、順調だった。そしてBメロも特に問題はなかった。最後の問題はサビだ。Bメロよりは簡単であるものの、テンポが速いため意外に息継ぎが難しいのだ。それでも、なんとか最後までを歌いきった。


「ほんと、上手いね。音程がおかしいところあったら指導しようって思ってたんだけど、あんまりそういう問題はなさそうだよね」


 演奏が終わるとすぐ、綺音にベタ褒めされる。


「いや、君に比べれば僕なんて……」


 無事に歌いきれたという安心感と、綺音の言葉による気恥ずかしさとで、つい笑みがこぼれているのを自覚する。僕はその顔を彼女に見られまいと、俯きがちに目を伏せた。


 それでもやっぱり、歌うのって気持ちがいいなと思えた。また、妹とのセッションが思い出される。あの時も、こんな清々しい心情だっただろうか?


 ……なんて考えていたら、綺音の声がやや強い口調で聞こえた。


「ほら。またそうやって謙遜する」


 見ると、彼女は不満そうに唇を尖らせていた。


「昨日も言ったと思うけど、もっと自信持った方がいいよ。だって、このあたしが評価してあげてるんだから」


 僕は口をつぐんでしまう。どうも癖になってるらしい。わざと謙遜したわけじゃないけど、これからは気をつけよう。前から思ってたけど、綺音は変なところを気にするタイプのようだ。ただ、プライドが高いだけかもしれないけど。


 その後、僕は何度も綺音のレクチャーを受けながら、歌の練習を続けた。彼女のギターの音色に合わせ、歌唱していく。今日だけでも十回以上は歌ったんじゃないかと思うくらい、同じ曲を何回も、何回も。


 途中、何度か息が上がったりもしたが、それなりに楽しかった。綺音がいるからかな、って思う自分もいたが、もちろん彼女には言わないでおく。


 楽しい時間ほどあっという間に過ぎるもので、気づけばもう昼過ぎであった。


 ずっと歌い続けていたせいか喉が渇いたので、区切りのいいところで一度休憩にしようということになり、二人分の飲み物を取りに行くため、僕は一階のリビングに戻った。

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