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#11 僕にも青い春がやってきた!

 校舎を出て、今日も綺音と二人きり、駅までの道のりを歩く。


「レンくん、歌ってみてどうだった?」


 綺音が不意に、こちらに顔を向けてきた。


「え、ああ。思ったよりよかっ……た、かな……?」


 唐突に感想を求められたから、わずかに言い淀んでしまった。


「やっぱりあたし、上手いと思うんだよね。君の歌。だから、もっと自信持っていいと思う」


 自信。それはこれまでにあまり意識したことがない言葉だった。誰かに褒められても、なかなかそれを受け止められずにいた。僕にはそんな才能なんてない、お世辞に決まってる、そんなことを卑屈ながら思っていたのだ。


 ただ、歌だけは己の特技だと自覚してはいる。それに、シンガーソングライター志望の人に評されることなど、そうそうないだろう。だから彼女の言うように、もっと自分の歌に自信を持ってみよう、とも思える。歌うことは好きだから。


 校門の手前まで来た時、綺音がふと足を止め、思い出したように言った。


「そういや、明日って土曜日だったよね?」


「そ、そうだね……」


「君は明日、何か予定あるの?」


「予定っていうか、家で発声の練習でもしようかなって考えてて。明日は親が二人とも仕事で家にいないから、気兼ねなくできると思うし」


 綺音が何故そんなことを訊いてくるのか判断しかねたが、明日は一人で留守番をすることになっている。両親には軽音部のことはまだ話していないから、こっちとしては都合がいい。今のところ帰りが遅くなるのは、学校に居残って友達と勉強しているからだということにしているけれど、いつか本当のことを伝えなければとは思っている。不本意にも嘘をついてるわけだし、それについても謝らないといけない。


 とは言っても、なかなか踏ん切りがつかずにいる。妹の一件以来、僕が「歌う」という行為を忌避するようになったのはもちろん、父も母も知っているから、また歌うようになったなんて話したら、どんな反応をするだろうと、それが怖いのだ。


「へぇ、偉いね。ちゃんと練習するんだ」


 そう言って、綺音は褒めてくれた。親や先生に褒められたことはこれまでにもあるけど、同い年の女の子から褒められたことはあまり例がない。これが気恥ずかしいという感情だろうか? ちょっとばかり、くすぐったい。


「ねぇ、あたし、行ってもいい?」


 きらきらと輝く彼女の瞳が、僕の視線を捉える。


 ? 行くって、どこに?


 ポカン、と目を見開く僕の心の声を読んだのか、


「君の家。明日、君しかいないんでしょう? あたしも、練習に付き合っちゃダメかな?」


 と、綺音は言ってくる。


 全く思いがけない展開だった。急なことで、頭がうまく回らない。


 確かに、一人でするよりも、誰かに見てもらった方が合理的かもしれない。彼女も、それを言いたいのだろう。僕はほぼ初心者だから、どちらかというとその方が有り難い。


 しかし、相手が同級生の女の子だということが、逡巡に拍車をかける。家だからといって、上手に振る舞える自信がない。綺音には申し訳ないが、ここは、丁重に断ろう。


「……ごめ……あ、いや。別に、構わないけど」


 断ろうとして、OKしちゃった馬鹿は僕です。なんで、いいなんて言ったんだろ……?


「よかった! じゃあ明日、一緒に練習しようねっ!」


 安堵したように笑う綺音。


 ……ん、まあ、実際、彼女も喜んでくれてるみたいだし、断らなくて正解だったのかも。綺音が指導してくれるなら、こちらも練習のし甲斐があるし、上達も早いかもしれない。


「じゃあ、これからスタジオ行ってくるね。帰ってから、また連絡するから!」


 手を大きく振りながら、綺音は僕に背を向ける。


「え? そうなの?」


「あれ、言ってなかったっけ? 今日も収録なの!」


 話によると、今日は夜の九時頃までレコーディングの予定が入っているという。今日もまた一緒に帰れると思っていた分、少々落胆したが、もちろん、顔には出さない。


「じゃあ、また明日」


 僕も片手を上げながら、さよならの挨拶をする。すると綺音がまた、体をこちらに向けた。そのまま歩み寄ってきたかと思うと、そっと僕の耳元で囁いた。


「重音部の人が言ってたこと、何も気にしなくていいからね」


 それだけを告げると、彼女は再び走り出した。僕は咄嗟に引き止めようとしたが、声をかける暇もなく、綺音は門の外へ去ってしまった。


 門の前で棒立ちになり、僕は綺音が走っていった方角をただ見つめていた。最後の言葉は、彼女なりの、僕への励ましの言葉だったのだろうか。そういう思考が、漠然とした意識の中で芽吹いていた。



 そして、明日のことを考えてみる。


 同級生の女の子がうちに来る。こういうことは僕の中で、漫画の世界でしか起こり得ないと思っていた。ついに、僕にも青い春がやってきた!


 ……なんて浮かれた妄想をしていると、大怪我しそうだけど。

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