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弱肉強食 ー君臨する龍 異形の蟲ー  作者: 世の中退屈マン
繁栄都市への道中編
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決着

 



 光の(おび)によってもたらされた幻覚作用によって巨大蜻蛉はカイランのように白黒の世界で空が落ち世界が縮んでいく感覚を味わっていた。



 その影響か、上昇しようとすると直ぐに諦めて下降(かこう)するなど、巨大蜻蛉は先程から明らかに不可解な軌道の飛行を繰り返している。

 速度も八割から六割程にまで落ち、自分が今どこを飛んでいるのかすら把握していないようだ。



 怒り心頭状態となった孔雀龍はそんな巨大蜻蛉に対して激しい猛攻を繰り出していた。

 飛行能力にもほとんど差は見られないが、怒りで我を忘れている孔雀龍の闇雲な攻撃は寸前で避けられる。



 それでも怒り心頭状態によって規模と速度が増した極大(きょくだい)吐息(ブレス)は何度か命中しており、形勢は大きく傾き始めていた。

 更に巨大蜻蛉の活動高度が著しく下がった事で低空飛行での戦闘に変化し、地上への影響が顕著(けんちょ)になる。



 巨大蜻蛉は色が抜け落ち世界が縮小し続けていても複眼という広範囲の視野を持つ事で孔雀龍の猛攻を何とか回避する事ができていた。

 それでも飛行能力はまだほんの僅かに自身が勝っている。

 巨大蜻蛉は力を振り絞ってより殺傷力を上げるため、顎を最大限に剥き出しにした。



 だがそこで世界に更なる劇的な変化が生じた。

 雲、太陽、地上、孔雀龍、そして自身。それらを形作る線がうねうねと動き始めたのだ。



「カイラン……?どうしたんだい……?僕だよ。ススノロ、君の夫……」


「うああああああああああっっっ!!!!!!!!!!来るなぁっ!!!化け物ぉっ!!!」


 半狂乱状態のカイランが闇雲に刃物を振り回すと、ススノロの胸から腹部を切りつける。

 ススノロは驚いたように数歩後退ると傷口からは大量の血が流れ出した。


「カイラ……ン」


 ススノロは何とかカイランに手を伸ばそうとするが、届かずその場で血を流して倒れてしまう。


「カイ……ラ……ン」


 血がどくどくと流れ全身から力が抜けていき、カイランの発狂すら徐々に遠くなっていく。

 何故だかまた、カイランと初めて出会った日を思い出してススノロは笑みを浮かべていた。


「はあ……はあ……はあ……一体……あたしは何を……」


 そう言って自身の手を見ると、そこにある筈の手はぐちゃぐちゃに崩れそれが自身の身体の一部である事を到底認める事ができない姿だった。


 慌てて腕や首から下の身体を確認するが、手と同様に一滴の血も流れていないにも関わらず子供の落書きのようにあり得ない方向に曲がり、そして伸び縮みしていた。


「いやあああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!」


 自身の存在を認識できなくなったカイランは完全に心を壊し発狂する。

 目を閉じ暗闇に逃げ込む事もできたが、そうすると眼球の奥から激しい痛みがやって来る。


「光の帯を見ると、目がおかしくなっちまうんだ。見えてる物から色が抜け落ちたり、空が降ってきたり、世界の全てが歪んでいるように見えちまう……」


 カイランの発狂する声に顔をしかめながら、センは光の帯


「……一種の幻覚作用というわけか……」


 エニシたちは目を閉じるという行為に一応の納得は得た。

 全てに納得する事はできないが、身動きとれない自分たちをカイランが襲ってこない事、何度も彼女の絶叫が聞こえてきた事からこの判断はやはり正しかったのだろう。


(そして……この者の話した内容は、不可解に思えた逸話の続きとも内容が酷似しておる……伝承に失敗したというのは間違いだったか……)


 改めてセンの特異な素質にエニシは冷や汗をかく。

 そして巨大蜻蛉はそのあまりに異様な景色に動きを完全に停止してしまっていた。


 ーーギュアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!


 その瞬間に孔雀龍の突進が巨大蜻蛉の直撃する。

 凄まじい衝撃だ。巨大蜻蛉は空中を転がりながら地上に衝突する寸前で翅を広げ、何とか飛び立つ。

 しかしその直後に極大吐息が上空から降り注ぐ。


 巨大蜻蛉はそれを視野に収めるものの、巨大蜻蛉の視界に映るのは一直線に自身に向かってくる吐息ではなく歪んで不気味な形となった吐息である。

 回避行動も不自然な軌道を描き余程混乱しているのが分かる。


 更に極大吐息を幾度も受けた事で飛行能力は更に低下し、完全に孔雀龍に追いつかれた巨大蜻蛉は攻撃に転ずる事ができず、回避に徹する事しかできない。


「うああああっっっ!!!!!くそっ!くそくそくそくそおおおおおおっっっ!!!!!」


 カイランは頭を振り回し、よたつきながら見当違いの方へと向かっていく。

 既にセンやヲチ、エニシたちの事など頭にない。


「何で!!!どうしてぇ!?あたしが……あたしばっかりが!!!こんな目に合わなきゃいけないのよおおおおおっっっ!!!!!!!!!!」


 自身を襲う激痛と幻覚に精神をすり減らされ続ける彼女は発狂する事でしか自身の意識を保てない。


「ススノロッッッ!!!!!どこにいるのよあの役立たず!!!あたしがこんな辛い目にあってるのに!!!まさかあの臆病者、逃げたんじゃないだろうな!!!」


 自身が切りつけた事すら知らず、既に息も絶え絶えのススノロに悪態を吐く。


「うっ……ぼぇっ……おぇっ……げほっ……げほっ!」


心より先に身体が限界を迎え、カイランは膝をつくと地面に向けて激しく嘔吐(おうと)した。


「たす……け……て……だれ……か……」


それに答える声も差し出される手も現れる事はない。

ふらつく足取りで何度か歩みを進めるがついには地面に倒れ泡を吹いて気絶した。



 世界の形を失った巨大蜻蛉は孔雀龍の存在を完全に見失い、やがて回避する事すらまともに出来なくなる。

 そして(しばら)くの攻防の後、巨大蜻蛉は孔雀龍の両脚に胴体を掴まれると、地面に叩きつけられた。


「……もう大丈夫だ。目を開けてくれ」


 センの許可が出るとヲチやエニシたちはゆっくりと目を開ける。

 辺りを見渡すと遠くの方で孔雀龍が巨大な何かを押さえつけているのが見えた。


「……あれは!」


 孔雀龍の存在にいち早く気付いたエニシが声を上げる。


「ああ。多分、これで決着がつく」


 (うつぶ)せの状態で押さえつけられている巨大蜻蛉は殆ど抵抗らしい抵抗は見せていない。

 翅や三対の脚は全く動かさず、頭部だけを振り回すように動かしていた。


 孔雀龍はがぱっと大きく口を開くと、巨大蜻蛉の翅に喰らいつきブチブチィ!、グシャッ!と生々しい音を立て根本から喰い千切った。

 それを直ぐに吐き捨てると同じ側に生える翅に喰らいつき同様に喰い千切る。


 これでもう巨大蜻蛉は飛ぶ事すら叶わなくなった。

 痛みは感じるものの、自分が何をされたのかすら今の巨大蜻蛉には理解できないだろう。


 ーーギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 孔雀龍は勝利の咆哮を上げると巨大蜻蛉の頭部に喰らいついた。

 ガシュッ、グチャッ、と何かが砕かれ潰れる音が僅かに漏れる。

 直後、孔雀龍が顔を上げると孔雀龍の口には巨大蜻蛉の頭部が(くわ)えられていた。


 ーーギチッ、ギチギチッ、グシャアッ!!!!!


 巨大蜻蛉の頭部は完全に粉砕(ふんさい)され、孔雀龍はそれをそのまま喉の奥に押し込んだ。


「終わったか……」


 結末を見届けたエニシが絞り出すように呟く。


 ーーガシュッ、ガツッガツッ


 孔雀龍は巨大蜻蛉の残骸(ざんがい)を喰らい始める。これこそが勝者の特権、弱肉強食の理。

 敵にとどめを刺した事で怒りが鎮まったのか、孔雀龍の姿も怒り心頭状態から元に戻っていく。


 逆立つ体毛は穏やかに倒れ、光沢も薄れていく。扇子(せんす)のように大きく広がっていた尾翼もまた一つに(まと)まり長く伸びる尾のような形に姿をかえていった。


 センやヲチたちは、ただそれをじっと眺めていた。

 勝った。孔雀龍が勝利した。かなり際どい状況だったようだがそれでも最後に立っていたのは孔雀龍だ。


 嵐が過ぎ去ったという実感を得られないまま、少し遠くにある異様な光景に目を奪われていた。

 しばらくすると、エニシがぽつりと呟く。


「これは……大変な事になったのう……」


 最悪の結末は回避された。

 しかしそれでも、今回の事件がもたらした混乱は計り知れない。

 ピファウル集落やそれを取り囲む平原には戦闘による生々しい傷痕が残っていた。


「そろそろ行くか。あまり長居するべきではないだろう」


 エニシに急かされセンとヲチは動けない二人を引きずり荷台に乗せると、エニシが引く荷車を後ろから押しながら、重い足取りで直ぐそこまで迫ったカッサランに向けて歩きだした。

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